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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第6章 歌って、レイナ
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最後の午餐

「あなた、外がずいぶん騒がしいけど、大丈夫なの?」

 片田の前には不安そうな瑞恵が座っている。二人は公邸でランチをとっている最中だった。

「ああ。今日さえやり過ごせば大丈夫だ」

「そう。それならいいの」


 二人は昼間から、ワインを片手に一流シェフの料理に舌鼓を打っている。

「やっぱり、君の作る牛頬の赤ワイン煮込みは絶品だね。このとろとろ感がたまらないよ」

「ありがとうございます」 

 傍らでシェフが給仕をしながら、ぎこちなく微笑んでいる。


 シュプレヒコールは、「片田辞めろー!」「片田を逮捕しろー」という呼びかけも混じっている。公邸中に、その声が響き渡っていた。シェフはもちろん、一連の騒動について知っている。


「今日は若い子が給仕しないのかね?」

「え、ええ、みんな今日は休んでおりまして……インフルエンザが流行ってますから」

「じゃあ、君が全部作ったの?」

「ハイ」


「そうか。いや、それはそれで、こちらにとっては贅沢なことだけどね。道理で、前菜もスープも、いつもよりおいしいなと感じたよ」

「ありがとうございます」

「ワインのお替りをいただけるかしら?」

「ハイ、ただ今、お持ちします」


 瑞恵も昨日の討論会でのできごとは知っているはずだ。動画を見ているか、側近から話を聞いているだろう。

 それでも、何も聞いてこない。

 本当に何も知らないのか、それとも見て見ぬフリをすることにしたのか、はなから興味がないのか――片田は探る気をなくしていた。もう、何もかもどうでもいい、という気になっていた。


「そういえば、アメリカの大統領との会食の時のドレス、どうしようかしら」

「ああ、それはなくなったよ」

「え?」

「向こうから中止の連絡がきた」

「そうなの。せっかくドレスを新調しようと思ったのに」

「まあ、次のときでいいじゃないか」

「そうね。いくらでも機会はあるし」


 カチャカチャとフォークとナイフを動かす音が部屋に響く。

 二人の空虚な目には何も映っていなかった。互いの顔も、お皿の上の料理も、テーブルの上の鮮やかなフラワーアレンジメントも。すべてが空しかった。


*****************


 お台場のライブ会場では、レイナを抜きにリハーサルが進められていた。

「どうやら、森口さんたちは歩いて都内に入ったらしい。官邸前に行ってから、夜にこちらに合流するって連絡が来たよ」

 裕は笑里に報告する。


「そう……レイナちゃん、もう着いていてもいい時間よね?」

「ああ。都内に入れなかったのかもしれない。それなら、スティーブが何とかしてくれることに賭けるしかないな」

「アミちゃんも連絡がないし……」

 裕は笑里の肩を優しく抱き寄せた。

「少し休んだほうがいいんじゃないか? 夕べは寝てないんだし」

「そうね」


 そのとき、ドヤドヤと大勢の人が客席に入って来た。

「あれ、まだ開場前ですよ?」

 支配人が駆け寄ると、「この会場は封鎖することになりました」と先頭の人物が告げる。

 黒い出動服に身を包み、黒いヘルメットをかぶり、ポリカーボネート製の透明な盾を持ったその男たちは、機動隊だ。


「は? どういうことですか?」

「この会場で危険な行為が行われるという通達があって、封鎖することになりました。ただちに、会場から出て行ってください」

「またこのパターンか」

 裕はため息をつく。


「いやいや、ここは僕のライブハウスですよ? 危険な行為って何のことですか? 何が起きるって言うんですか?」

 支配人は機動隊に食ってかかる。だが、機動隊は「封鎖しますので、ただちにここから出て行ってください」とステージの上に呼びかけるだけだ。


「……いいかげんにしてくれ!」

 裕はステージを飛び降りると、機動隊のリーダーに突進した。

「君らのボスは片田総理だろう? 片田に言ってくれ、そんなにレイナや僕らが気にくわないなら、直接ここに来て対決しろって。官邸から傍観するんじゃなく、直接つぶしに来いって言え‼」


 アンソニーやバックバンドのメンバーは、裕が激しい感情をむきだしにしたことに驚き、目を丸くしている。長年一緒にいる笑里も、ここまで裕が感情的になっている姿を見るのは初めてだった。


「私はここから、どく気はないっ。私を排除したいなら、無理やり引きずり出せばいいだろ?」

 その剣幕に機動隊のリーダーはたじろぐ。

「……どうします?」

「とりあえず、官邸から関係者を外に出せとまでは言われてないから、しばらく様子を見よう」

 機動隊はひそひそと話し合ってから、ステージを囲むようにズラリと並んだ。


「――すまない、取り乱してしまって」

 裕はステージに戻ると、肩で息をしながらメンバーに語りかける。

「私はここからどく気はないし、ライブは必ずできるって信じている。だけど、みんなの身の安全までは保障できない。だから、ここにいたくない人は」

「私は残るわよお。決まってんじゃない。こんな面白いバトルができるの、めったにないもの」

 裕が最後まで言い終わらないうちに、アンソニーは意志を表明する。


「オレも残る」「私も」

 バンドのメンバーもコーラス隊も、次々に手を挙げる。

「先生、水臭いですよ。オレらは一蓮托生。ツアーのときも、レイナの歌にどれだけ励まされたことか……レイナは今日歌うために日本に戻って来たんでしょ? 声も取り戻して。レイナがライブをする気でいる限り、僕らはここで待ちますよ」

 ドラマーの龍が静かに言う。


「ありがとう……みんな、ありがとう」

 裕は深々と頭を下げる。その肩は震えていて、足元に数滴、水滴が落ちた。



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