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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第6章 歌って、レイナ
141/165

怜人、見ててね。

 投票日前日。

 その日は海外特派員協会主催の、党首討論が行われることになっていた。

 海外特派員協会は、外国のメディアの特派員でつくられた団体で、世界各国のジャーナリストが自国に向けて日本の情報を発信するためにある。


 片田は野党の党首と並んで、長机に座っていた。

 会場には、あらゆる国の記者たちが詰めかけて、取材のための準備をしている。

 事前に記者たちからの質問を提出してもらっているので、答弁は官僚がすべて考えてくれている。

 片田は答弁をプリントした紙を前に、あくびを必死でかみ殺していた。連日、応援演説のためにあちこちに出向いているので、さすがに疲れが出ていた。


 ――ホントなら楽々勝利のはずなのに、影山美晴のせいで、オレまで走り回らなきゃならん。見つけたら、あいつらは立ち直れないほどつぶしてやる。


 その思いだけで何とか自分を奮い立たせていた。

「それでは、討論会を始めたいと思いますが、その前に、1つ予定を変更させていただきます」

 司会は協会に所属している日本人ジャーナリストの男性だ。


「本日は衆議院選挙に向けての党首の討論会です。ですが、そこに座っている方々を見て、何か足りないと皆さん感じていませんか? そうです。真実の党の党首が呼ばれていないんです。おかしいですよね、党首の討論会なのに、今や野党で一番の支持率になっている真実の党が呼ばれてないなんて。だから、海外特派員協会では真実の党の党首にも参加していただくことにしました」


 あくびを我慢していた片田は、思わず「ふああ⁉」と声を上げてしまった。

「それでは、影山美晴さん、どうぞ!」

 司会者は後方のドアに向かって、手を伸ばす。



 美晴は扉の前で大きく深呼吸をした。足が震えている。

 ――お願い、怜人。私を守ってね。

 息を吐きながら目を閉じる。


 ――あのとき、あなたの手を離さなければよかったって、今も思ってるの。あなたの遺体が、どんな風に扱われたのか、私は知らない。捕まってもいいから、最後まで寄り添えばよかったって、私は今でも。


 じわっと涙がにじむ。


 ――あのね、怜人。私、あなたが亡くなった歳を、あっという間に超えちゃった。本当は、あなたと一緒に歳をとりたかった。ずっとずっと、一緒にいたかった。たくさん笑って、一緒に泣いて、たまにケンカして。二人の子を、二人で愛して……。幽霊でもいいから出てきてほしいって、何度も何度も思ったの。あなたと話したかったこと、たくさん、たくさんある。レイナが産まれたとき、あなたと同じ茶色の瞳で、どれだけ救われたか……。


 そのとき、「影山美晴さん、どうぞ!」という声が扉越しに聞こえた。


 ――さあ、行こう。私は、今度は逃げない。最後まで闘えるよう、私を守ってね、怜人。あなたができなかったことを、私が代わりにやり遂げるから。

 

 美晴は扉を押し開けた。



 ドアが開き、会場中の視線が集まる。視線の先にいるのは美晴だ。

 紅いワンピースにオフホワイトのジャケットを羽織った美晴は、顔を上げて、カツカツと靴音を響かせながら、堂々と会場を歩く。

 片田は思わず立ち上がる。

「何の……何のマネだ、これは!」

 司会者をにらむ。

「こんな話、聞いてないぞ⁉」


「ハイ、直前まで影山さんとは連絡が取れなかったので、出てもらえるかどうか分からなかったんです。事前にお伝えできなくて申し訳ありません。ですが、討論相手の人数を変更することぐらいで総理に承諾を得る必要もないかな、と思うんですが」


「そういう問題じゃないだろ? あいつは犯罪者だぞ! おいっ、誰か、あいつを捕まえろ! 内乱罪の首謀者で、死刑だっ!」

 片田は美晴を震える手で指さす。美晴は動じることなく、片田を見据える。

「お久しぶりです、片田さん。15年ぶりですね」

 その声はゆるぎない決意に満ちていた。


「野党の皆さんはどうでしょう。影山さんが参加されることについては」

 司会者は野党の党首に話を振る。

「私は構いませんよ」

「僕も、全然。むしろ大歓迎ですよ!」

 党首たちは席をずらして、美晴が座るスペースを開けてくれた。ただちに椅子が運ばれて来る。

「ありがとうございます」

 美晴はペコリと頭を下げて席に着いた。


「バ、バカバカしい」

 片田はわなわなと震えている。

「こんな、こんな犯罪者と一緒に討論会なんてできるか! オレは帰る!」

「あら、逃げるんですか?」


 美晴は涼しい顔をしている。その瞳は闘志で燃えていた。


「私を逮捕したいんならすればいいけど、せめて討論会が終わった後にしたらどうですか? この様子は、今、世界中に生配信されてますよ」

 片田は会場を見回す。テレビカメラやスマホが、片田に向けられている。


「いや、犯罪者と同席するなんて、私のモラルに反するんでね」

「モラルなんて、よく言いますね。あなたはずいぶん人を殺してきたくせに」

「は? 何を言ってるんだ」

 片田は顔をゆがめて笑う。


「仮にも、私は日本の総理大臣なんだぞ? 総理を人殺し呼ばわりするなんて、正気の沙汰じゃないね」

「それじゃあ、この音声を聞いてください」

 美晴はスマホを操作してテーブルに置く。

「なんだ、いったい」

 片田がやめさせようとすると、「いったい、何をしてるんだ!」と怒鳴り声がいきなり流れた――片田の声だ。


「やつらを対立させるどころか、手を結ばせるなんて、お前はどこまで無能なんだ!」

「いや……ゴミ捨て場を襲わせれば、やつらもおとなしくなるって思ったんですけど」

「おとなしくなるどころか、感動的な和解だってネットで話題沸騰じゃないか! 影山美晴や真実の党が検索ワードで上位に来てるんだぞ? 革命のアイドルの復活だって、みんな喜んでるじゃないか」


「いや、そんなことになるとは」

「もういいっ、お前はほんっとに役立たずだな! ここから先は三橋が陣頭指揮を執ってくれ」

「いや、待ってください、総理。影山美晴を襲わせますから」

「んなことしたら、オレがやったと思われるだろうが! タイミングを考えろ!」


 片田はみるみる青ざめていった。野党の党首たちは、「え、これなんですか?」「片田さんの声ですよね」とうろたえている。


 だが、会場にいる記者たちは驚く様子もなく、成り行きを見守っている。

 片田はようやく、ここにいる記者たちは事前に情報を得ているのだと気づいた。自分がまずい立場に立たされているのだと、悟る。


「次の用事があるから、これで」

 会場から出ようとすると、「まあまあ、討論会は始まったばかりじゃないですか」と司会者が押しとどめる。


「これ、片田総理の声ですよね?」

「いや、ちが、違うっ、オレの声じゃない!」

「でも、総理って言われてますよ?」

「知らない、知らない! こんなの捏造だ!」

 美晴をものすごい形相でにらみつける。


「お前な、自分が死刑になる身だってこと、分かってんのか?」

「死刑にしたいのなら、すればいいじゃないですか」

 美晴は凛として言い返す。

 そのまっすぐな目に、片田はぐっと言葉を飲んだ。 


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