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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第6章 歌って、レイナ
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美晴の覚悟

 レイナが飛行機で歌う動画は、スティーブがSNSにアップすると、瞬く間に世界中に広がった。


「なんて美しく、悲しい声」

「聞いていて、涙が出て来た」

「なんで日本に入れないの? 政府はひどすぎる」

「レイナのママって誰?」

「真実の党の影山美晴だって」


 コメント欄には世界中からメッセージが寄せられる。

 美晴はその動画を何度も見た。

「レイナ……ちゃんと届いてるからね」

 眼の縁に浮かんだ涙を拭う。


 そのとき、陸から電話がかかって来た。

「美晴さん、ゴミ捨て場が放火された!」

 陸が演説をしている時、火炎瓶を投げ込まれた。逃げ惑う住人にも火炎瓶が投げつけられて、大やけどを負った住人もいるらしい。

「なんてこと……」

 美晴はスマホを握りしめる。

「陸君は大丈夫なの? 千鶴さんは?」


「うん、オレには直接当たらなかったから。母さんは離れたところにいたから、巻き込まれなかったし。だけど、このゴミ捨て場にはもう、人が住めなくなる。あいつら……ここまでするなんて、どこまでヒドイやつらなんだ!」


 陸が怯えるどころか怒り心頭という様子なので、美晴は少し安心した。

「ケガ人は病院に運んで手当てしてもらって。治療費は、本郷家に払ってもらえると思うから。ゴミ捨て場の人たちの住む場所も相談してみる」

「分かった」

「気をつけてね。また襲ってくるかもしれない。たぶん、ここからがホントの闘いになる」


 ゴミ捨て場の放火の様子は誰かが撮影していて、すぐに動画がネットに出回った。

 炎に包まれるゴミ捨て場を、逃げ惑う人たち。

 ゴミ捨て場の住人や演説を見に集まった人たちに、笑いながら火炎瓶を投げつける者もいれば、鉄パイプで叩きのめす者もいる。あちこちで悲鳴が上がる。


「ひどい。彼らを襲っているのは殺人者だ。なぜ警察はつかまえない?」

「日本はこんな暴力行為が許される国なのか」

「ゴミのような人間は、これぐらいのことをされて当然でしょ」

「ゴミ捨て場から出てくんな。ゴミが」


 動画のコメント欄は、犯人を非難する意見と肯定する意見で真っ二つに割れた。その事件を皮切りに、あちこちのゴミ捨て場で放火や暴力行為が相次いだ。



 その日、美晴は大阪のあるゴミ捨て場で、応援演説をしていた。

 そこにはゴミ捨て場の住人や作業員たちが集まっていた。事前に告知していないので、ゴミ捨て場以外から人は集まっていない。

 だが、鉄パイプや火炎瓶を手にした男たちが数人、ゴミ捨て場にずかずかと入って来た。美晴たちが来るんじゃないかと、ゴミ捨て場を監視していたのだろう。


「ゴミ捨て場にゴミがいるぜ!」

 一人の男が火炎瓶を投げつける。住人たちは悲鳴を上げて、散り散りに逃げ惑う。男たちは笑いながら、追いかけていった。


 ある男が、美晴に向かって、火炎瓶を投げようと身構えた。20代ぐらいの若者だ。まわりにいたスタッフが、慌てて美晴をステージから降ろそうとするが、美晴はその手を振り払う。

 美晴は男をにらみ、「投げなさい!」と一喝する。


「私を殺したいなら、殺せばいい。でも、このムーブメントはもう止められない。この国を変えたいっていうみんなの希望の火は、あなたたちにはもう消せない。私がいなくなったら、ますます強く燃え上がるでしょう。だから、私は死ぬことなんて怖くない。レイナや子供たちの未来のために自分が犠牲になるのなら、私は喜んで犠牲になるから!」


 男はその迫力にひるんだ。その様子を、スタッフがためらいながらもずっと撮影している。この演説は生配信されているのだ。


「かわいそうな人。あなたは、権力者の駒に使われるためにこの世に生まれて来たの? あなたは、それを望んでいたの? 権力者にすりよって、いいように使われて、報酬をもらって。それって、正しい生き方ですか? あなたは、そんな生き方を望んでいたの?」

「うるせえっ、うるせえ! お前に何が分かるんだよ!」


「私は13年間、ゴミ捨て場で暮らしてきました。これ以上ないぐらいの極貧生活を送って来た。でも、私には娘がいた。仲間がいた。だから、心までは腐らずにいられた。それがどんなに幸せなことか。でも、あなたにはきっと、そういう仲間がいなかったんでしょう? だから今、こんなことをしてる」


「ふざけんな、勝手なこと言うんじゃねえよ」

 男は悪態をつきながらも、そこから動けなかった。


「それは寂しい生き方です。だけど、それはあなただけの責任じゃない。そういう社会にしてしまったのが、今の政治家や官僚たちです。そして、そんな政治家や官僚を野放しにしてきた、私たち大人の責任でもある。だから、私は自分の責任を果たすために、今、こうやってここに立っています」


 男は美晴を睨みつけた。火炎瓶は握りしめたままだ。 


「いつまで、私たちは分断されたままなんでしょう。私とあなたは、ホントは憎みあう仲でも何でもない。だけど、そう仕向けられている。私たちが分断されたままじゃ、世の中はずっとこのままです。たとえ私を排除しても、また新たな敵をつくられて、闘わされる。いつか、あなたが排除される側に回るかもしれない。それでいいんですか? あなたはそれで苦しくないんですか?」


 男の手から力が抜け、火炎瓶が転がり落ちる。

 ゴミ捨て場のあちこちで火が上がっている。だが、暴徒は今、立ち尽くしていた。住人も逃げ惑うのを忘れて、演説に耳を傾ける。


「じゃあ、どうやったら、権力に立ち向かえるのか。その答えは簡単です。私たちが団結すればいいだけです。私たちが憎みあうのをやめて手を握れば、権力者たちが恐れるパワーが生まれる。あいつらは、それを怖がっているから、私たちを分断させるんです。皆さん、憎みあうのを、もうやめませんか? 一緒に闘いませんか? この世の中を、もっとマシな世の中にするために。あなたが、自分の人生を取り戻すために」


 火炎瓶を投げようとした男は、ぼうっとした目で地面を見つめている。

「自分の人生……?」

 つぶやく。

 美晴はステージを降りた。

 そして、まっすぐにその男のほうに向かう。スタッフは誰も止められなかった。


「さあ、こちらへ」

 美晴は、男に向かって手を差し伸べる。その顔に、穏やかな笑みを浮かべて。

 男は戸惑いながらも、おずおずと手を差し出す。美晴はその手を両手で包み込んだ。

「あなたも手を火傷してるじゃない。手当てしなきゃ」

 その言葉を聞き、男の目から大粒の涙が零れ落ちる。男は子供のように声を上げて泣き出した。

 

 美晴はスタッフに向かって、「ケガをした人に治療してあげて」と指示する。

 スタッフは我に返り、救急箱を持って、あちこちに走って行った。 

 暴徒も憑き物が落ちたかのように、火災が起きている場所の火を消しはじめる。


「君は」

 美晴の耳に着けていたイヤホンに、岳人の声が突然聞こえた。

「君は……怜人が思い描いていた世界を実現してるんだな」

 岳人は涙声になっている。

 美晴は寂しそうな笑みを浮かべた。



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