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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第6章 歌って、レイナ
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ママに届いて。

 二日後、スティーブのプライベートジェットに、トムと一緒に乗り込んだ。

「ライブに間に合ってよかったね」

 トムは最近ハマっているスマホのゲームをしながら話しかけて来る。

「美晴さんがあんなすごい人だなんて、知らなかったよ」

「うん。ママはすごいの。強いの」

 レイナの声はやや掠れているが、本調子に戻って来ていた。


「裕は、美晴さんは昔、国会議事堂に乗り込んで、選挙法案を変えるのを止めようとしたんだって話してたよ」

 スティーブの話は難しくて、二人にはよく分からない。


「まあ、日本がメチャクチャになろうとしたのを、体を張って止めようとしたってことだな。そのときはうまくいかなかったけど、もう一度、チャレンジしようとしてるんだ。それはすごいことなんだよ」


「片田のおじさんは先生と笑里さんを傷つけたし、団地を壊しちゃったし、悪い人だよ。ママはその人と闘おうとしてる。だから、私も逃げないって決めたの」

「いいね、レイナ。強い子だ」

 スティーブはレイナの頭をなでる。


 飛行機の中でじっとしてられなくて、レイナは何度も「まだ日本じゃないの?」「まだ?」と聞いた。やがて、疲れてトムと一緒に眠りこけていたら、肩を揺さぶられた。

「レイナ、日本に着いたぞ」

 スティーブが窓の外を指さす。

 見ると、見慣れた羽田空港に着いていた。レイナは飛び起きる。


 だが、飛行機を降りようとすると、職員がずらりと並んでいた。

「影山レイナさんですね? 申し訳ありませんが、上陸許可が下りていません」

「え?」

「どういうことだ? レイナは、日本人だぞ? 日本に戻って来ただけだぞ?」

「日本でよからぬことを扇動する恐れがあるからと、外務省が上陸許可を出していません」


「いったいどういうことだ?」

「とにかく、ここから先は一歩も入れませんので。お引き取りください」

「オレはアメリカ人だ! アメリカ大使館に連絡をしてくれ!」

「スティーブさんは入国できます。ですが、影山レイナさんは入国できません」

「なんなんだそりゃ、クレイジーな!」


 レイナは何とか職員たちの壁を突破しようとするが、押し戻されてしまう。トムがすり抜けようとしても、同じだ。


「じゃあ、外務省の担当者と話をさせてくれ」

「いえ、そういうわけにはいきません」

「君たちは、オレが誰か分かってないんじゃないか?」

「分かってます。歌手のスティーブさんですよね。スティーブさんは上陸許可が出てますので、どうぞ」

「オレだけ入国しても、意味ないんだよ!」


 何十分も押し問答を続けるが、一向に埒が明かない。

 スティーブのマネジャーがアメリカ大使館に電話で相談したが、スティーブは入国できるので、それ以上にできることはないと言われて、方策が尽きた。


「レイナが入国できるまで、オレはここを動かんぞ」

 職員たちは顔を見合わせて、「ほかのお客様の到着予定があるので……申し訳ありませんが、格納庫に移動していただけますか」と、まったく申し訳なく思ってない調子で言う。


「格納庫? そんなところで待てるか!」

 スティーブは激怒する。

「いったんアメリカに戻るしかないんじゃないですか。このままここにいても、こいつらは何もしてくれないでしょ」

 マネジャーは肩をすくめる。 

 スティーブはこめかみをピクピクさせて、「お前ら、覚えとけよ? こんな理不尽なマネ、絶対に許さんからな!」と怒鳴りつける。


 レイナは窓に張りついていた。


 ――どうしよう。このままじゃ日本に帰れない。ママに会えない。ライブをできない。


 どんなに焦っても、何も方法を思いつかない。

 スティーブはため息をつきながら、機内に戻って来た。

「レイナ、とりあえずアメリカに戻ろう。アメリカに戻って、何か方法を考えよう」

 レイナの目に悔し涙が浮かぶ。


 ――ダメ。もう泣かないって決めたじゃない!


 ステップがしまわれようとしてるのを見て、「待って!」と出口に駆け寄った。

「レイナ? どうした?」

「私のことを撮って! 早く!」」

 スティーブはレイナが何をしようとしているのか気づいたようだ。スマホを取り出し、レイナに向ける。


「みんな、レイナです。私は今、羽田空港にいます。日本に帰って来たのに、入れてもらえないの。飛行機から降りれないの。だから、アメリカに戻るしかなくって。お願い、私を日本に帰らして。みんなの力を貸して!」

 レイナはカメラのレンズに向かって、訴えかける。


「今、ママが闘ってます。ママと、ママと一緒に闘ってる人たちに、歌を届けたいの。だから、ここで歌います」

 すうっと大きく息を吸う。一拍置いてから、アカペラで歌いだす。


「♪君に一つの花をあげよう」

 ステップの下で聴いている職員はやめさせたくても、飛行機の中には入って来られない。それに、歌っているだけなら、さすがに止められない。

 レイナは空港をバックにして、全身全霊を込めて歌う。

 機内にいたパイロットやCA、トムやスティーブのスタッフたちは、その迫力に圧倒される。外にいる職員たちも、雷に打たれたように動けないでいた。 


「なんて……なんて切ない声なんだ」

 スティーブが胸に手を当てて、感嘆の声を漏らす。


 ――届いて、ママに。この歌、届いて!



「ねえ、どっかから、歌が聞こえない?」

 飛行機を降りて、空港ビルまで運ぶバスに乗り込もうとしていた乗客が、ふと顔を上げる。

「え? 飛行機でかかってる音楽?」

「違う違う。誰かが遠くで歌ってるみたい」

 その女性は耳を澄ませる。

「すごく哀しい声。泣いてるみたい……」




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