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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第6章 歌って、レイナ
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もう、逃げたりなんかしない。

「せ、先生! この動画、ご存じですか?」

 その日、森口は玄関から大声で裕を呼んだ。

 裕が二階から降りてくると、「この動画、今、ネットで話題になってるから見てみたんです」とスマホを見せてくれた。


 それは、美晴の演説動画だった。

「これは……美晴さんじゃないか!」

 裕は驚いて、食い入るように動画を見る。

「そうなんです。私も、ゴミ捨て場にレイナさんを送迎した時に会った方だって気づきまして」


「政治家に立候補するとは、ビックリだな。レイナに知らせないと」

「それで、私、気づきました。この美晴さんは、15年前、本郷怜人と一緒に政治活動をしていた、革命のアイドルって呼ばれていた方です」

「えっ⁉」


「ゴミ捨て場で見かけた時も、どこかで会ったことがあるような気がしてたんですが……影山美晴さんは、本郷怜人と一緒に演説をして回って、国会議事堂を占拠するときも一緒に先導していたそうです。議事堂の騒動の後、姿を消してしまって、一部の仲間からは本郷怜人を置いて逃げたって言われてたんですけど。まさか、レイナさんの母親だったとは。それで、確か、二人はつきあっていたという話もあって」


「つまり、もしかして、レイナの父親は」

「ええ。本郷怜人の可能性がありますね」

 裕は言葉もない、という表情になった。

「とにかく……とにかく、レイナにこれは見せたほうがいいな」



 レイナがスティーブのところに来てから2週間が過ぎた。スティーブもトムも、スティーブの家族も仲間も、みんなレイナに優しくしてくれる。

 レイナは日本にいたころよりも心は軽くなった。だが、声は思うように出てこない。

「時間が解決するのを待つしかありません」と医師から言われた。


「レイナ、裕から連絡が来てるよ。レイナに伝えたいことがあるって」

 スティーブはオンラインで裕と話していた。

「こんにちは、レイナ」

 裕はいつもと変わらず、穏やかな表情で呼びかける。

「こん……」

 レイナは声を出そうとしたが、息が漏れるだけだ。


「ムリしなくていいんだ。レイナ。今日は、レイナに見てもらいたい動画があって、連絡したんだ」

「レイナ、この動画だ」

 スティーブがスマホの動画を見せてくれる。

 一人の女性が、ゴミ捨て場で大勢に向かってスピーチしている。レイナは「……っ!」と声にならない声を上げる。


 ――ママ!


「そうだ。そこに映っているのは美晴さんだ」

 裕がレイナに向かって語りかける。

「美晴さんは政治家に立候補したんだ。この2年の間に、そのための準備をしてたみたいなんだ。仲間を集めてね」

 レイナの目からポロポロと涙が零れ落ちる。


 ――ママ、ママ。


「その動画を見ても、美晴さんが何をしているのか、分からないかもしれない。美晴さんは今、闘ってるんだ。君のために。そして、アミやトムのために。ゴミ捨て場で命を落とした、君の大切なタクマ君のために。子供たちがゴミ捨て場に住まなきゃいけない世の中を変えようとしてるんだ。


 そのために、巨大な権力を持っている片田と闘っている。命を懸けてね。美晴さんは、きっと一日たりとも、レイナのことを忘れてなんかいない。美晴さんはレイナを守ろうとしてる。いつでもね。レイナのために立ち上がったんだよ」


「マ……マ」

 スティーブが目を丸くしてレイナの顔を見る。

「マ……マ、ママ、ママ」

「OH、レイナ! しゃべってるじゃないか!」

 スティーブは感激してレイナを抱きしめる。


「君のお母さんは、素晴らしい人だ。オレも尊敬するよ。そして、そんな強い人の娘である君も、強いんだ、レイナ」

 スティーブはレイナの顔を見つめる。


「レイナ、君はこんなところにいていいのか? 美晴さんのそばにいて、応援してあげたほうがいいんじゃないか?」

「うん。ママ……」

「そうだ、ママに会いに日本に帰る。そうだね?」

 レイナは大きく何度もうなずく。

 裕も画面の向こうで、そっと目頭を拭っていた。



 レイナはピアノの前に座っていた。

 スティーブの家に来てからも、ピアノのレッスンは続けていた。今では、『小さな勇気の唄』をつっかえずに弾けるレベルにはなった。


 ――今まで、大勢の人と出会ってきた。私と同じように貧しい生活を送っている人もいっぱいいた。その人たちがみんな、みんな、幸せになれるように。私も闘おう。ママだって闘ってる。いつまでも、泣いてるだけなんてイヤだ。でも、私に何ができる?


 ピアノの蓋に映る自分を見つめる。

 やがて、蓋を開け、フェルトのキーカバーをとって、鍵盤に指を置く。

 深呼吸をしてから、前奏を弾きはじめる。


「♪君に一つの花をあげよう」

 掠れてはいるが、声は出た。

 レイナは一つ一つの単語を確かめるように、か細い声で歌う。


 ――私には歌うことしかできない。でも、それでみんなが元気になるなら。勇気が出るなら。ママ、お兄ちゃん。私は歌うよ。みんなのために。もう、どんなことをされても、私は逃げないから。



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