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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第6章 歌って、レイナ
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反撃、開始!

 選挙戦の公示日の朝、片田は有楽町で選挙カーの上にいた。党の若手候補者の応援演説をすることになっているのだ。


「ご通行中の皆様、おはようございます! 通勤、通学、ご苦労様です。私、民自党の党首の片田義則です。本日から衆院選がスタートしました。えー、私が総理大臣になって5回目の選挙になります」


 総理大臣の演説にもかかわらず、足を止める人はほとんどいない。

 選挙カーを取り巻くのは、支援者たち。街を行きかう人はチラッとこちらを見るだけで、足早に去って行く。


 片田はまったく手ごたえのない演説をするのがむなしくなり、予定時間の半分ほどで切り上げてしまった。

 若手候補者は慌てて、「総理、まだお時間になってません」と引き留めるが、「次の予定があるから」とさっさと選挙カーを降りた。


 公用車に乗り込むと、「総理、あの、今、事務所スタッフから連絡がありまして」と秘書の三橋が困惑したように話しかける。

「何? どうしたの」

「真実の党っていう政党が立候補してるそうなんです」

 片田は固まった。


「真実の党……?」

「ハイ。それの党首が影山美晴って人らしくて。総理にお伝えしたほうがいいんじゃないかって、スタッフが」

 片田の口からは、ヒューヒューと荒い息が漏れた。



 美晴はゆっくりと見回した。

 ここはゴミ捨て場。ゴミの山をバックにして、ゴミ捨て場の住人や作業員たちが集まっている。

 美晴はベニヤ板で作った箱の上に立っていた。

 腕時計で8時になったのを確認し、大きく息を吸い込む。


「皆さん、おはようございます! 私、真実の党の党首、影山美晴です! 本日から衆院選がスタートします。そのスタートの地、第一声を上げる場所として選んだのは、私が13年間ずっと暮らしてきたゴミ捨て場です。といっても、私はもともと、東京の端っこにあったゴミ捨て場で暮らしていました。そこは、今は住人はいなくなってしまったので、ここ福島のゴミ捨て場を選びました」

 集まった人たちから拍手が起きる。


「皆さんもご存じの、山脇千鶴さんと陸さんの親子がここで暮らしてます。その陸さんが今回、真実の党から立候補することになりました!」


 美晴の後ろには、総白髪になって一回り小さくなった千鶴と、千鶴以上の背丈に成長した陸の親子が立っている。陸は緑色の恐竜の帽子をかぶっていた。子供の頃に来ていた恐竜の着ぐるみの、頭の部分を帽子に仕立てたものである。

 親子は背筋を伸ばし、熱いまなざしで美晴を見つめている。


「皆さんは、こう思ったことはありませんか? 別の人生があるんじゃないか。今とは違う人生があるんじゃないかって。なぜ、自分はその人生を手に入れられないのか。生まれながらにして、自分の人生は決まってしまっているんだって、思ったことはありませんか?」

 聴衆の顔が真剣になっていく。


「私はそうは思いません。自分の人生は、自分で決められるんです。たとえゴミ捨て場で生まれ育っても、自分の力で切り開いていけるんです。それは、たやすい道ではないかもしれない。だけど、必ずできる。それを実現させたのが、私の娘、レイナです。


 だけど、私たちに自由に生きられたら困る人たちが、必死に諦めさせようとしてるんです。貧しい家に生まれたら、チャンスがないんだ。学歴がなかったら、成功できないんだ。貧しかったら結婚もできないし、子供も持てない。そう私たちは思いこまされてきて、私たちはいろんなことを諦めてきました。私だってそうです。娘と一緒にゴミ捨て場で一生を過ごすのも悪くないな。そんな風に思っていました。


 でも、それは娘のためにも何にもならない。娘の未来をつぶしてしまっているんだって、気づいたんです。娘のために、自分ができることは何か。そう考えたら、世の中を変えることだっていう結論にたどり着きました。世の中を変えることなんてできない。選挙なんか行っても無意味だ。そう思っているのなら、そう思わされてるんです。


 私たちは、大事なものを国に奪われてしまいました。未来を信じる力、自分の頭で考える力、そして自分で決める力。それを取り戻すためには、自分で一歩前に踏み出すしかない。その一歩となるのが、今回の選挙です」


 わあっと拍手が起きる。


「今日、全国各地で、私たちの仲間が一斉に名乗りを上げています。その数、250人。すごいでしょ? これだけの人数が、世の中を変えるために、一斉に立ち上がったんです! 私、一年以上かけて全国を回って、みんなを説得してきました。


 もしかしたら、負けるかもしれない。そうであっても、もう黙ってる場合じゃないんです。負けたとしても、またいつか、私たちの後に続く人たちが出て来て、戦ってくれるでしょう。そうやって何度も何度も戦っているうちに、いつかこの国を変えられる。そのための戦いです。


 黙ってゴミ捨て場に住んでるだけなんて、もうたくさん。どうせ負けたとしても、ゴミ捨て場に戻るだけです。私たちに失うものなんかない。そうじゃありませんか?」


 うおーと歓声が上がった。聴衆はすっかり高揚し、瞬きをするのも忘れて美晴の演説に見入っている。


「だから、戦いましょう。戦うって言っても、武器なんていりません。投票するだけでいいんです。それだけで、この絶望的な世の中を変えられる。何もしなければ、何も始まりません。私たちが立ち上がるところから、すべては始まるんです。今日はそのスタートの日です!」


 ゴミ捨て場に歓声と拍手がこだまする。

 美晴は拍手の波がおさまるまで、ステージの上で胸に手を当てて待った。そして、歓声がおさまってきたところで、待機していた陸にバトンタッチする。


「さあ、ここから、反撃開始よ」

 

 美晴は二人に輝くような笑みを向ける。



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