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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第5章 それでも、私はあきらめない
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変わりゆく日常

 翌日、レイナは裕とアミと一緒に近所の団地に出かけた。

 団地の庭に見慣れた姿が見える。

「マサじいさ~ん」

 レイナは駆け寄った。

 マサじいさんは鍬を下ろして、手拭いで汗をぬぐった。


「庭に畑を作ってるんですか?」

 裕は困惑していた。

「どうも、何もしないでいたら、体がなまっちゃってねえ。家の中でゴロゴロしてるわけにいかないし。まずかったかな?」

「いえいえ。ここは買い取ってるから、自由に使って大丈夫ですよ」


 裕の家から歩いて10分ほどのところにある公営団地は、今は住人が少なく、廃墟のようになっている。そのうちの2棟を裕が区と交渉してゴミ捨て場の住人用に買い取ったのだ。買い取りやリノベーションの費用は、レイナがすべて支払った。


 レイナがツアーに出る直前から、ゴミ捨て場の住人はここに移り住んだ。職を得た住人も多く、ジンは長距離トラックの運転手として、あちこちに荷物を運んでいる。マサじいさんは、平日は図書館で清掃のバイトをすることになった。


「レイナ、久しぶり!」

「コンサートはどうだったの?」

 庭やベランダに出ている住人が、声をかける。みんなゴミ捨て場にいる時とは見違えるような、こざっぱりとした姿になり、表情は生き生きと輝いている。

「コンサートは最高だったよ!」

 レイナも手を振って返す。


 マサじいさんの部屋に入る。部屋は2Kで、ゴミ捨て場から持って来た家具が置いてある。新しいのは小さなテレビぐらいだ。

「こんな広い部屋は、一人で暮らすのにはぜいたくすぎる」と、越したばかりのころはぼやいていた。


 マサじいさんがお茶を入れるのを、アミが手伝う。

「そういや、ショウさんがゴミ捨て場に戻ったよ」

「えっ? この間は、チアキさんが戻ったって言ってなかった?」

「ああ。どうしても街の暮らしになじめなくて、仕事もうまくいかなくて、ゴミ捨て場に住むしかないんだろうなあ。帰りたいって言うのを、止められん。ゴミ捨て場でしか生きていけない人間もいるってことだ」


 アミが4人分の湯飲みをお盆に載せて、そろそろと運んで来た。マサじいさんはまんじゅうを出してくれた。

「でも、あそこの小屋は壊されたという話を聞きましたが……」

 裕の言葉に、

「うちらがいなくなった後に、壊したらしいな。まあ、あそこに住んでいたヤツなら、また小屋ぐらい建てられるさ」

 と、マサじいさんはさらりと答える。

 レイナは黙ってお茶を飲んだ。


 タクマやトム、アミと一緒に駆けまわった小屋の集落は、もうない。そう思うと、自分が考えたこの選択肢は正しかったのかどうかが分からなくなる。

 レイナ自身も、時折、無性にゴミ捨て場に帰りたくなる。あそこに戻ったら、タクマと美晴がいた暮らしを取り戻せるような気がするのだ。


「もちろん、街に戻って来て、仕事を得てありがたく思っているヤツばかりだよ。みんな、好き好んでゴミ捨て場に住んでいたわけじゃないからね。どうしようもなくなって、街から出るしかなかったんだ。レイナのお蔭で、再チャレンジができて、みんな喜んでるよ」

 マサじいさんはレイナの心を見透かしたかのようにフォローする。


「ジ……ジ……ジン」

 アミの言葉に、「ジンは今朝帰って来たみたいだから、まだ寝てるだろう」と、マサじいさんは説明してくれた。レイナは久しぶりにジンに会いたかったので、ガッカリした。

 それから、レイナがいなかった3カ月間に何が起きたのかを、マサじいさんは話してくれた。



「しばらくこっちにいるから、また来るねえ」

 レイナたちはマサじいさんに挨拶をして、部屋を出た。

 アミは、マサじいさんの3つ隣りの部屋の前で立ち止まる。そこはヒロが住んでいる。

 ヒロに挨拶をしていくべきかどうか。

 レイナが迷っていると、ドアが開き、ルミが出てきた。ルミは別の部屋に住んでいるはずだが、相変わらずヒロのところに入り浸っているらしい。


「あら、帰って来たの」

 ルミは、レイナの顔をじろじろと見る。

「へえ、しばらく見ないうちに、女っぽくなって。タクマはもったいないことをしたわねえ。生きてれば、いい女をモノにできたのに」

 レイナが固まっていると、「オイ、お前、なんてことを言うんだよ!」とマサじいさんの隣の部屋のドアが勢いよく開いた。Tシャツにジャージ姿で、今起きたばかりのようなジンが飛び出してくる。


「相変わらず、失礼なババアだな」

「何よ、うるさいわね。トラックの運転手にしかなれないくせに」

「お前だって、水商売やろうにも籐が立ちすぎちゃって、誰にも相手にされないんだろ? 街角に立って客引きやってるって聞いたけど」

 ルミは苦々しげに「フン」と鼻を鳴らした。

「ヒロさんはいないわよ。昨夜も帰って来なかったから、またギャンブルにハマってるんじゃないの?」とアミに言って、階段を上って行った。

 アミはしょぼんとうつむく。レイナは頭をなでた。


「お帰り、久しぶりだなレイナ」

 ジンの目は真っ赤だ。

「ごめん、起こしちゃった?」

「いや、もう起きなきゃいけなかったから」

 ジンは大あくびをした。


「今、昔のダチに、美晴さんのことを聞いてみてるんだ。顔が広いヤツが何人かいるから。なんか、半年前に福島で見かけたっていう情報もあるらしい」

「福島ってどこ?」

「北のほうだ。寒いところだよ」

「なんでそんなところに美晴さんが?」

 裕が尋ねると、

「さあ。原発の作業場に女性が訪ねてきたことがあって、それが美晴さんに似ていたらしい。あそこは、まだ汚染水の処理とかしてるからな」

 とジンは背中をぼりぼりとかきながら答える。


「まさか、そこで働いてるとか」

「さすがにそれはないな。女性があんな現場で働いていたら目立つから、すぐに分かるだろうし」

「じゃあ、ママはどこにいるの?」

「うん、それはまだ分からないんだ。ゴメン」

 ジンはレイナの顔を覗き込む。

「すぐには分からないかもしれないけど、何か情報があったら、必ず教えるからな」

「ありがとう。待ってるね」


 別れ際、レイナとアミは、ジンに手を振る。ジンも快く手を振ってくれるが、なぜか裕のことは睨みつける。

「なんで、ジンおじさんは、いつも裕先生には怒ったような顔をするんだろ」

「しっかりレイナを守れよって言いたいんだと思う」

 裕はジンに頭を下げた。



「アミちゃん」

 団地を出たところで呼ばれて振り返ると、少女と母親が立っていた。少女がアミに「ア-ミー」と手を振る。アミはパッと顔を輝かせて駆け寄った。

 アミは学校に通い始めてから、友達ができた。その一人だろう。

 いつもレイナの後をついて回っていたアミが、自分の人生を歩み始めている。

 少女と楽しそうに話しているアミを見て、レイナは少し寂しい気持ちになった。



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