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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第1章 さよなら、大切な日々
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2人だけのレッスン

 タクマの小屋に向かうと、ピアノの音が聞こえてきた。

 ピアノを手に入れてから、タクマは毎日、暇さえあればピアノを弾いている。


「小さいころに習った、バイエルの曲なんだ」「これはブルグミュラー」と言われても、レイナにはチンプンカンプンだ。


 ただ、世の中には美しい曲がたくさんあるのだけは分かる。そして、そんな曲を聴いている間は、レイナにとっても至福のひとときなのだ。


「お兄ちゃーん!」

 ピアノは小屋には入らないので、外に置いてある。

 タクマはレイナに気づくと、演奏を止めた。


「今日は、鉄くず、売れた?」

「うん。廃品回収のおじさんが年末だからってちょっと奮発してくれた」

 レイナはタクマの横に腰かけた。ピアノの長椅子も一緒に捨てられていて、ゴミの山から持って来たのだ。


「今日は何の曲弾いてるの?」

「エーデルワイスって曲」


 タクマはつたないながらも、エーデルワイスを両手で弾いた。

 両手で別々のメロディーを奏でられるのが不思議で、レイナは魔法を見ているように、いつもタクマの指使いに見入るのだ。


「エーデルワイスっていう花があるんだって。白い花だって歌にあるんだよ」

「ふうん、かわいい曲だね」


 レイナは鼻歌で、今聞いた曲を歌った。タクマは目を丸くする。

「レイナ、一回しか聞いてないのに、もう覚えたの? 耳がいいんだね」

「たぶん、覚えやすい曲なんだと思う」

「それでも、普通は一回では覚えられないよ」


 タクマは、ピアノを弾きながらエーデルワイスを歌った。か細い声で、途中で何度も指が止まる。それでもレイナはじっと耳を傾けた。


 何回か聴いているうちに、レイナはすっかり歌詞を覚えて、ピアノに合わせて歌った。

 二人だけの、小さな小さなコンサート。

 タクマは嬉しそうに「もう一回歌って、レイナ!」とリクエストする。


 ふいに、「僕、歌を作ったんだ」とタクマは言った。

「えっ、お兄ちゃん、歌を作れるの?」

「簡単な歌ならね。昔、ピアノのレッスンで曲の作り方を習ったんだ」

「へえ、どんなの、どんなの?」


 タクマは簡単な前奏を弾き、大きく息を吸いこんで、ピアノを弾きながら歌いだした。


♪君に一つの花をあげよう

それは勇気という名の花で

君の胸の奥で

決して枯れることなく

咲き続けていくだろう


君と一つの山を越えよう

高く険しく

果てしなく見える山だけど

君と一緒なら

乗り越えることができるんだ


君に一つの声を聞かせよう

たった今 

僕の胸の中に生まれた声を

君に伝えるために

僕はここにいるのだと思うんだ♪


 か細い声で、しっかりと音程をとらえて歌う。ミディアムテンポのバラードだ。


 タクマは顔を真っ赤にして、懸命に歌い続ける。ピアノが最後の音を奏でた後、しばらく静寂が漂う。


「すごい、お兄ちゃん……」

 レイナは夢から醒めたような表情になった。

「すごい、すごいよ、こんな歌を作れるなんて!」

 タクマに大きな拍手を送る。


「単純なメロディを組み合わせただけだから」

 タクマは照れくさそうに頭をかく。

「これ、何て曲?」

「うーんとね、『小さな勇気の唄』って名前をつけた」


 レイナはタクマの腕をつかんだ。

「お兄ちゃん、もう一回歌って。もう一回!」

 タクマは顔をほころばせた。

 レイナのリクエストを受けて、もう一度ピアノを弾きながら歌う。


「もう一回!」

 またピアノを弾きはじめると、レイナも一緒に「君に一つの花をあげよう」と歌いだした。


 最初は軽く合わせて歌っていたが、途中で椅子から降りて、全身を使って声を出した。タクマのピアノの演奏も大きくなる。


「そうだレイナ、もっと大きな声で!」

 空に向かって、身体の底から声を出す。


 歌い終わったとき、拍手が鳴り響いた。タクマの母親のマヤが、いつの間にか小屋の窓から顔をのぞかせていた。


「ごめん、おばさん、起こしちゃった?」

 マヤは病弱で、しょっちゅう寝込んでいる。

 マヤは青白い顔をしながら、弱々しい微笑みを浮かべた。


「レイナちゃんの歌声を聞いてると、何か元気が出てくるの。ホント、いい声」

「ありがとう。この歌、お兄ちゃんが作ったんだよ」

「そう。いい歌ね。心に染みる歌」


 それからマヤは、「いつか二人で、世界中を回れるといいわね。タクマがピアノを弾いて、レイナちゃんが歌って」と言い、咳をしながら窓を閉めた。


 ――二人で、世界を回る。

 レイナとタクマは顔を見合わせた。

「行こうよ、レイナ。二人で、世界中を旅しよう」

 タクマは強い光を帯びた目でレイナを見つめる。レイナはコクリとした。



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