第九回
(第九回)
春うらら。
家人は一生懸命座ったまま下を向いて指を動かしている。
何かをつまむようにして同じ動作を繰り返す。
「何してるの」と聞いても一向に止めない。
肩を揺さぶると、
「ここに針がいっぱい落ちているから…」
と言う。
「そんなもの落ちてないよ」
無理やり腕を押さえて抱きかかえると、
「危ないじゃない!」
家人は悲壮な声を絞り出した。
セカンドオピニオンに意を決して「紹介状」を書いてもらうことにした。
これまで何度もケアマネと称する人間が訪れた。
「ご主人大変ですね。倒れないでくださいよ」
いつも口先だけの同情を繰り返してきた。
実際に彼らが助けてくれる施設を紹介してくれたことはない。
ただ、
「ご主人大丈夫ですか?」
と家までやってきては「報告書」の捺印を請求して満足そうに帰っていった。
奴らは何なんだ。
カタログを並べて「デイサービス」だの「ショートステイ」だの強要し、
「奥さん、一度行ってみませんか?」
と笑顔で誘惑した。
しかし、家人は絶対に頷かなかった。
と、いうより既にそういった施設をもう「理解」する能力を失っていたのかも知れなかった。
それでもケアマネは、
「ご主人大丈夫ですか?倒れないでくださいね」
を常套句のようにして、
そしてそれが自分の任務だと心得て、
更に少しも肝心な手配はしないで、
ただ「報告書」に記録実績を完成させるのだった。
不治の病にかかった家人が、
ただ哀れだった。
セカンドオピニオンが書いてくれた「紹介状」に何が書いてあるのか、
前の病院のデータに何が記録されているのか。
「外来では詳しい検査ができないので」
ということでついにここでも丸投げされることになる。
家人の靴下を見ると片足ずつ柄が違っている。
いつの間に履いたのか。
「脳」は完全に狂っている。