第三章(1)
(第二十五回)
季節は正直に巡る。
悲しみも希望もやってきてはどこかに消えてゆき
また新たな音色と輝きを携えては現れ、そしてこの「闇」に光をあてようとする。
家人の「脳」を元通りに治す医者は現れてくれるのか。
狂った家人の「神経」を正常にする「薬」と出会うことができるのか。
ある夏も終わりに近づいた夜、テレビに映った女医がこんな言葉を放っていた。
「病名は関係ない。治してなんぼの世界ですから」
脳天を砕かれた。
「仮説」に引き摺られてたまるか。現代の「医学」そのものは「教科書」どおりのことしか
診断しない。「治る病気は治る、治らない病気は治らない」。これにさんざん痛めつけられてきた。
この女医の放った言葉こそ真に患者と向き合うプロといえる。
こんな「医者」に診てもらうことができなかった家人が不憫だ。
更に彼女は「患者の主治医は患者自身です」とも言った。
何度も後悔せざるを得ない。
今までの病院は何だったのか。
薬と検査漬けの四年間。
迷って迷って迷い続け、疑い疑い疑い続け、
挙句の果ては指定難病だから「治りません」。教科書にそう書いてありますから、の一点張り。
誰に聞いても、ネットで調べても何だかんだ医学用語を並べて「論理」を展開し、結論として
現代医学では「治りません」。
しかし、この女医は言った。
「病名が何であれ、治してなんぼの世界ですから」
その女医に会いたいと思った。
家人を連れてそこへ行こうと思った。
幽かに秋の虫の音が窓の外に聞こえていた。




