第十三回
(第十三回)
k病院。
「光」があると信じた病院。
権威ある病院。
家人の指定難病にかけてはランキング・NO2とある。
ワラにもすがる心境で運命を賭けた唯一の病院。
十三階へのエレベーターを待つあいだふと目に留まったものがある。
壁に飾られていた一枚の絵画だった。
自分の描いた「菜の花」と同じくらいの小さなF4キャンバスに描かれている。
単なる風景画。
何も考えず…
ただぼんやりと眺める。
「シンチ検査の結果…病状はかなり進んでいまして…年齢から言うと早すぎるくらい…脳の萎縮に関しては打つ手はなく…治療法はなく…etc」
画像を解析しながら響く主治医の言葉は
次第に信じていた「光」を打ち砕き、引き裂き、闇の中へと誘うかのように響いていた。
「もはや、あとは終の棲家を介護施設にするか、療養病院にするか、いずれかになろうかと思われます」
この場に家人はいない。
本人は臨席していない。
残酷な告知は家人の耳には入らない。
この場にいたとしても狂った「脳」に何を理解させようというのか。
「光」が消えていく。
頼みにしていたNO2の病院の診立てが言うのだからそれが「嘘」だとは信じ難い。
間違っている!とどうして言うことができよう。
目の前にした「画像」がそうだから、それが「真理」なのだ。
家人の「脳」の画像はこのときすべてを絶望という一文字の打撃を放しつつ
この日行われたカンファレンスの幕を閉じようとしていた。
病室に戻った時、家人は「菜の花」の絵を眺めていた。
相変わらず両足には柄の違った靴下を履いている。
「靴下が違うよ」と言うと
「今こういう履き方が流行っているの」
と答えた。
「へえーそうなの」
切なくて胸が熱くなる。
帰りの電車のなかで考え続けた。
いずれ訪れる最後の棲家は施設か…療養病院か…
家人の残酷な運命を思うとただ悲しみしか浮かばない。
あれほど一軒家に住みたいと言い続けてきた家人の願いも虚しく叶えられないまま
人生を終えてしまうのか…
もう正常な神経は戻らない家人。
ただ「光」を信じたことが間違いだった。
賭けたこと自体何かに対する冒涜だった。
すべてが不条理から成り立ち不条理に惑わされ不条理に終わった。
なるようにしかならない。
すべて最初からなるようにしかならないのだ。
「おはよう!」
つい数か月前までは毎朝、家人の明るい元気な声が聞こえていた。
不思議なくらい明るいさわやかな声だった。
それがなぜ突然にしてあのような「画像」に表れている「脳」になってしまったのか。