署長命令
こんにつわ! ワセリン太郎です!
※現在進行形で連載中の、お下劣ウンコ小説【ビニール傘と金属バット ~レアさん、やりすぎですよ~】(N2931DD)の続編です。
https://ncode.syosetu.com/n2931dd/
本作(続編)では、登場人物、世界観等についての基本的な説明を省略して描いておりますので、お時間がございましたら、お手数ですが前作からお読み頂けると幸いでございます。ちなみに本作からお読みになられると、多分、全く、間違いなく意味がわかりません!!
首のチョーカーを触ってウェアラブルフォンを呼び出し、浮かび上がった画面を見ると……午後十一時、二十九分。
辺りは暗闇に包まれ、河川敷公園にポツポツと灯る街灯のみが、せせらぐ川の様子をうっすらと浮かび上がらせていた。
「やだもう帰りたい……」
そう呟くアタシの耳に、時偶遠く川の中から『ッシャオラア!』と気合いを入れる野太い声が飛び込んで来る。
隣を見ると、アタシと同じくグッタリとした様子のフリストさん。更にその隣には、川の浅瀬に立つ“その男”を指差してケラケラと笑う師匠の姿が。もうホントやだ……
「テメ、コイヤオラアァァァァッ!!」
うわぁ、あのオジサン、また誰もいない川に向かって何か叫んでる……
(どうしてこんな事に……)
そう考えつつ、何故こんな状況になっているのかを、今朝の辺りから思い返してみた。
そう。まずは今日の午前中、川に潜んでいるらしき“何者か”を釣る為にロッタ姐さんから呼び出され、アタシは“釣り餌”の代わりに泳がされていた。ふっざけんな!
しかも後で家に帰る前に聞いたところ、それはどうも最近巷を“噂”で賑わせている“連続昏睡事件”の捜査だとか何とか。
全くこの悪魔みたいな人は……女子高生をエサにするとか、いや、そもそも未成年を捜査に使うとか常識的にダメでしょ! ぷんすか!
ちなみに何故“噂”と付くかと言うと、警察ではまだ事件性が認められていないらしい。高校生に大人の事情は良くわかんないけれど。
でもアタシも以前、その事件のウワサだけは聞いた事があった。
教室でおバカな男子達が、その件についてあーだこーだ、やれ宇宙人の仕業だとか、悪魔の祟りだとか、非常に幼稚な話をして盛り上がっていたのだ。どうせ、よくある都市伝説の類いだと思って『アホだ』と聞き流していたんだけど、まさか本当に事件が起きていたなんて……
とにかく、そうしてルアーの代わりにされていたアタシなのだが、昼過ぎにロッタ姐さん達からようやく解放されて自宅へ戻り、昼食を取ってシャワーを浴びてから真面目に学校の課題へと取り組んでいた。
その間、鶴千代はどうしていたかと言うと、毎度の如く参考書ごと教室の机の中へ置いてきたらしく、ずっと居間でプレ〇ステーション、ナインで遊んでいた。てかあの子、課題ホントどーすんの? 週明けたらまた居残り確定じゃん。
それから夕方になり、母の夕飯の支度を手伝ってから……父はまだ帰宅していないので三人で食事を済ませ、洗い物を手伝った後、鶴千代と居間でテレビを見ていると……再び“人的災害”が現れたのだ。
ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴぽぴぽぴぽぴぽ、ぴんぽーん!
ちょ──!? 何なの、誰!? これ絶対、変な客だ! 普通よその家のチャイムを連打したりする!?
そうして恐る恐る玄関のカメラモニターを覗いてみると、そこには……ドヤ顔でちっちゃく仁王立ちするジャージ師匠と、その背後でニヤつくロッタ姐さんが。どうやらチャイムを連打していたのは師匠の方らしい。
そう、間違いなくアタシを“夜の部”へと連れ出しに来たのだ。昼間、何かそんな話してたし。
(うわぁ、とうとう家まで来ちゃったよ……よし、面倒臭いし隠れとこ!)
そう思い、階段を上がって二階の自室へ退避しようとしていると……アタシの背後から画面を見ていた母が、さも当たり前の様に玄関を開けてしまったのだ。じーざす。
しかも普段はアタシの夜遊びなどもってのほか、『不良になる』と絶対に外に出してくれない母なのだが……まあアタシ自身も家でゴロゴロしている方が良いので、別に夜遊びしたい等とはこれっぽっちも思わないのだけれど。
とにかくその母がいるので、いくらロッタ姐さん達がアタシを連れ出そうと騒ごうが、『ダメよ』の一言で終わるだろうと高を括っていたのだ。流石のロッタ姐さんも、母の前ではそう激しい事は出来ないし。
だが、何故か今日に限ってはそうではなかったのだ。
「そっか、わかった……いいわよ」
少し考え、エプロンを外しながらそう答える母。
「よし、おっけー! アタシらに任せとけよなっ!」
「……ん。これも経験」
お母さん、一体どうしたのだろう? 何やらジャージ師匠が母にボソボソと耳打ちした後……すんなりと許可が下りたのだ。いやいや、許可いらない。アタシ絶対行きたくないんだけど……
てか師匠、母と知り合いなのだろうか? お互い玄関を開けてからすぐ、随分とフランクに話しをしていたし、もしかしたらそうなのかも知れない。いや、それでも絶対行きたくないんだけど……
とにかく“絶対に行きたくない”アタシは、必死に母へ『夜道は暴漢とか出るかも! 女だけで夜中の公園を出歩くとか危険過ぎるかも!!』等と過剰にアピールしてみたのだが……
母の答えはこうだった。
「あのねエリカ。この女達の方が……暴漢なんかよりよっぽど怖いわよ? それに“アレ”が居て、その辺の暴漢や不審者程度が近付いて来るモンですか……」
……? “アレ”って何だ? 師匠やロッタ姐さん達以外にも誰か来るの?
そして一時間程度の後、アタシはその“アレ”が一体“何”なのかを知る事になってしまう。いやもう、知りたくなかった……
とにかく、それからフリストさん達も合流して暫くが経ち……というか数時間が過ぎ、こうしてアタシ達は河川敷公園の草むらの中で“獲物”が現れるのを、今か今か? と待っているのだ。
──ぷぅうううううううん。
ああ! さっきから蚊が微妙にうっとおしい。この虫除けスプレー、効いてない事はないと思うんだけど……もういいや、諦める!
ぷぅぅぅぅぅうううん──
「ああもう! この蚊、ほんと腹たつわぁ……へぶしっ!?」
視界がぶれる──!?
突然師匠が、アタシのほっぺたに取り付いた蚊を、平手……というより、“掌底”で打ち抜いたのだ。
「これでおっけー。エリカ、アタシに感謝しろよなっ!」
「痛ったぁぁぁ!? やるにしても限度っつーモンがありませんかね!?」
脳みそが揺れたのか、少し世界が波打っている。やっぱダメだ、この人……
アタシは諦め、隣で頭を抱えるフリストさんへと、今回の件で不思議に思っている事を訪ねてみた。
「あの、そう言えば襲われたのは男の人ばかりなんですよね?」
フリストさんは輝きを失った瞳で此方を向き、力なく頷いてアタシの質問に答えてくれる。ちなみに彼女の表情から生気が消えている理由は……先程から川の中で仁王立ちする、“アレ”だ。
「うん、そう。先月は二人、今月に入ってからは三人も被害者が出てるの。捜査情報だから本当は言えないんだけれど、被害者の身体からは毒物、薬なんかも検出されてないし、現場には犯行に使った凶器はおろか、足跡等の痕跡すら一切残されてないの」
えっと……
「あの、それって……ただ倒れただけなのでは? もしかして、倒れた時に頭を強く打っちゃったとか??」
プシュッ──
買ってきた缶ビールを開けながら、川に立つ“男”をジッと見つめるロッタ姐さんが……視線はそのままに、アタシの疑問に答える。
「……ん。最初は警察もそう考えてた。でもあまりにも状況の酷似した案件が立て続けに続いて、流石にこれはおかしい……って刑事達も騒ぎ出した」
──グビッ。
ビールを一口煽った姐さんは話を続けた。
「証拠は全く出ないけど、全ての被害者に共通してるのが“全員ズボンとパンツを降ろされていた”こと。あまりにも不自然、流石にこれを“事件”と考えてない職員はいない。わざわざ自分で“下半身丸出し”にしてから倒れる人間なんているはずないし」
へぇ……何か、ロッタ姐さん達って、案外真面目に働いてるんだなぁ。あれ、でも。
「あの、アタシよくわかんないんですけど、こういう危なそうなのって婦警さんのする仕事なんですか? 何か普通は刑事さんとか、男の人がするものじゃないのかなー? と」
再びビールをグビッと一口飲んだロッタ姐さんは、ジッと遠く、川の中を見つめたまま言う。
「署長命令。こういう物理的に不審な案件があると、大抵は私とフリストにこっそり命令が出る。あの横崎のババア、私らを便利に使いすぎ」
ふふふ、と笑うフリストさん。
「ロッタはいつも天音署長に怒られてますからね。でも署長、ああしてますけど、実はロッタに随分と期待してるみたいですよ?」
「……ふん」
そっかぁ、署長さんからの命令なんだ……てかアンタ職務中ならビール飲むなよ!?
「ロッタ姐さん、仕事中にお酒飲んでていいんですか!? ダメでしょ!」
「……ん。やかましい小娘、私がビールなんかで酔っ払うか」
酒豪め……そういやこないだ、街中巡回中のパトカーの助手席に乗っていた姐さんから、突然ビールの空き缶を渡され、『エリカ、これをそこの空き缶捨てにポイしといて』と言われた事が。この人、まさかあの日も……
そう思い出していると、再び川の中から、気合いの入った野太い“掛け声”が聞こえてくる。
「──オラショッ──!!」
……何が『オラショッ!』だ。あの不審人物め。
ああもうやだ、あっち見たくない!!
ケタケタと笑う鶴千代。
「うむ、やはりこういうのは“彼奴”に限るの! その辺のオッサンを餌におびき寄せるとなると、随分不安じゃが……アレなら何が来ようが問題はあるまいの!」
あぐらをかいて腕を組んだまま、彼女の言葉に大きく頷くジャージ師匠。
「ほらな、やっぱアタシは天才だろ? アレならぜってーダイジョーブだって! ぎゃはは!」
師匠の言葉にロッタ姐さんも吹き出す。その“不審者”からそっと目を逸らすフリストさん。
(もうやだ……あのオッサン)
そう、何故にアタシとフリストさんがこんなにも露骨に嫌がっているのかと言うと、原因はそのオッサンがしている服装にあるのだ。
まだそう暖かくない季節なのに、上半身にパツパツの黒いタンクトップを一枚だけ。しかも……一体何を食べ、どんな生活をしていたらああなるのか? 恐ろしい筋肉の塊、もはや同じ人類とは微塵も思えない。
それに良い歳したオッサンが、茶髪のロン毛でやたらと日に焼けているし、そもそもあの日焼け……こんがり過ぎる、絶対にお店か何かでわざわざ焼いてるに違いない。
「オラァツ、セイヤッ! バッチコイヤオラァッ──!!」
丸太の様な両腕を組み、ビシッとした背筋でアタシ達に背を向けて微動だにせず、川の中にドッシリと構える筋肉オヤジ。てか脚とか冷たくないんだろうか? 彼が大声で“気合”を入れるたび、ビシイッッ──!! っと、やたらと質量のある尻筋がギュッと小さく引き締まる。 背筋も左右交互にピクピクしてるし……いやだぁ、もう気持ち悪い!!
だが最大の問題は……何故この暗闇の中、あのオッサンの“ケツの筋肉”がいちいち“ビシイッツッ!!”っと引き締まっているのがアタシに解るのか? という事だ。
見えている。そう、見えているのだ。何せ彼が身につけている物は“タンクトップ一枚のみ”。
要はこの筋肉ダルマ……下半身丸出しで、川の中に仁王立ちしているのである。