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慣れない事はする物じゃない、と恭太は思う。

 欲しい物は欲しいと言っていい。 そういったのは匠だった。

 うっかりと出してしまった言葉はやはり、恭太の思うようにはいかない。欲しい物は手に入らない。

 一晩中眠れずにいたから目が赤い。洗面台の前で恭太はため息をつく。

「お兄ちゃん。」

 控えめに、優衣が声をかけてくる。

「よぉ。なんだ?」

いつも通り、何もなかった顔で明るく答える恭太に、優衣は表情を曇らせる。

「目、赤いよ。」

「あ? ああ、夕べちょっと徹夜でDSをな〜。」

「私じゃ、相談に乗れない?」

「ばーか。そんなせっぱ詰まった問題も無いっての。」

優衣が本気で心配しているのはわかったけれど、長年培った「お兄ちゃん気質」はそう変わる物じゃない。第一、妹に弱みを見せるなんてかっこ悪い。

「遅刻するぞ、早くしないと。」

ぽんぽん、と優衣の頭を軽く叩くと、恭太は玄関に向かった。


 期待を裏切らないにも程がある、と。

 自宅を出た瞬間恭太はめまいがするかと思った。”行ってきます”の言葉を言いつつ視線を外に向けた瞬間、そこに匠の姿を見つけたからだ。

 相変わらずのきつい瞳と視線が合った瞬間、恭太は絶句する他になかった。

「どうかしたの? 」

様子がおかしい恭太に、母親から声がかかる。

「なんでもない、気にしないで。」

昨日の今日だ。匠の姿を見たら母親にどんな誤解されるかわからない。恭太は嘘くさいと言われそうなくらい、とびきりの笑顔を作ると、

「おはよう。」

と、匠に声をかけた。これには匠も虚をつかれたようで、

「……はよ。」

フイ、と視線を外してぶっきらぼうに答える。それきり、何から話そうかと、思案気に黙り込んでしまった。

「とりあえず、遅刻するから。」

そう促すと、恭太は匠の横に並んで歩こう、と促す。それが、いつも通りのはずだから。わざわざ迎えに来たのは初めてだったけど、登校途中で出会う事があれば、並んで雑談しながら歩くのが常だった。

 しかし今、横に来た恭太に対してびくっと匠は肩を揺らす。それに恭太は気がつかない振りをした。昨日の事は無かった事にする、と決めていたから。

 かまわず歩き出したが、匠はそのまま動こうとしない。

「……どうかした? 本気で遅刻するけど……今日はさぼるつもり?」

「おまえっ……っ」

振り向いて、何食わぬ顔で声をかける恭太を、匠はきっと睨み付ける。

「どういうつもりだよっ!」

周りに憚ってか、大声を出しはしなかったものの、十分に怒気を含んだ声で問いつめられて。

「どういうつもりって……?」

匠の言いたい事を十二分に理解しながら、恭太は敢えてわからない振りをした。

 それが、火に油を注ぐ行為だと言う事は、十分にわかった上で。

「とぼけんなっ……昨日の事……!」

案の定、ぶち切れた匠には、すでに周囲を気にする余裕など無くなったようだ。少し前にいた恭太に詰め寄ると、襟首に掴みかかってくる。

「昨日? なんかあったっけ。」

それが最低な行為である事を重々承知した上で、恭太はとぼけ通す。そうすると、昨日言ったはずだと、掴みかかる匠に視線だけで告げて。

「お前、何考えてるんだよ……。」

蒸し返すつもりはない、そんな気持ちが伝わったのか。匠は困惑した顔をする。

「普通に、オトモダチしたいって、それだけだけど?」

我ながら白々しいせりふだと思いつつも、自分と匠の間にあるか細い縁を切るまいと、答える。 けれどそれが逆効果だったらしい。

「オトモダチ? あんな事言っておいて?」

「だから、あんな事ってな……がっ…」

どこまでも空とぼけようとする恭太の顎に匠の拳がヒットした。襟首を捕まえていた指が離れ、恭太は反動で尻餅をつく。

「ふざけんな! ほんっと、冗談じゃねぇよ! おれがどんな気持ちで一晩過ごしたと思ってんだよっ! 無かった事にしろだ? こちとら一度聞いた事を一瞬で忘れられるほど器用にできちゃいねぇよ!」

こっちもそう器用じゃない、と恭太は内心で呟きながら、立ち上がる。

 切れた匠の声はもう、遠慮会釈無く大きくなっていて、幸い周りに人はいないが、いつ誰が出てくるかわからない。どうするにしても、ここでこのまま話をしているのは得策ではない。

「あのさ、話があるのはわかったから、とりあえず人気のない所に移動した方がいいんじゃない? 騒がれても面倒だし。」

恭太自身も努めて冷静に、とは思っても、この先頭に血が上れば何を口走るかわからない。そんな所を家族に見られるのはごめんだ。

「……人気がない所ってどこだよ。」

「昼休みに、屋上。」

自宅から学校まではたいした距離はないし、この辺りは住宅街で、人気のない所など見つけるのは困難だ。

 それなら、学校に行ってしまった方が、人目を避けるのは容易。

「なんで昼休みなんだよ。」

「……頭、冷やした方がいいし。お互いに。」

「おまえ、逃げるんじゃ……」

「逃げないから。」

約束は守る、と言いきる恭太に、匠は渋々頷いた。

 本当は逃げたい気満々の恭太だった。




 案の定、登校した途端に恭太はクラスメイトに囲まれた。口々に、昨日の事を聞いてくる。うっとうしいとは思っても、恭太の口から説明しなければ納得しなさそうな連中に、恭太は昨日母親に言ったのと同じ言い訳をした。

 匠の方も何か聞かれるかも知れないが、あれだけの不機嫌オーラを出している匠が、まともに答えはしないだろう。必然的に、恭太の言い訳が校内に広まる事は時間の問題だった。

  それで、全員が納得するとは思えなかったけれど。


 時間が止まってしまえばいいのに。

 退屈な授業、眠ってしまいそうな教師の声。昼休みの事を考えると、とてもじゃないが勉強に身が入るわけが無くて、恭太はふと視線を横に向ける。クジによる席替えで決まったその席は、窓際の一番後ろ。校庭がよく見える席だった。

 視線の先、体育の時間なのか体操服姿の匠が見える。 この席になってからこんな事が良くあった。

 基本的に気が向かない事は徹底的にやらない匠だが、体を動かす事は好きらしく、体育の授業の時は活き活きとしていた。そんな姿を見るのが、この席になってから恭太の密かな楽しみだった。

 しかし、今日は様子が違う。

 もとより細身の体は体操着の中で泳いでいるようで、頼りない。けれどそれだけではなく、遠目に見るその顔はいつもよりも白く見える。その上、動きも緩慢だ。

(体調でも悪いのかな。)

恭太がそう思った瞬間。

 匠の体がふらついたかと思うと、その場に崩れ落ちるように倒れた。

 周りにいた生徒達と、体育教諭が慌てて走り寄り、あっという間に匠の姿は見えなくなる。しばらくして、クラスメイトに背負われて運ばれる姿。恭太はさらに落ち着きを無くし、今すぐにでも保健室へかけていきたい気持ちになる。

 それからの数十分、授業は全く身にならなかった。


 授業終了のチャイムがなり、授業終了の礼をおざなりにすると、恭太は教室を飛び出した。行き先はもちろん、匠が運ばれたであろう保健室。

 何しに来たのかとか、帰れとか、そんな事を言われるかもしれないけれど、じっとしている事なんてできなかった。普段健康優良児の匠が倒れるなんて、きっとよほどの事だ。

 事と次第によっては、昼休みの約束もなしにしなければならない。何より、匠自信の身体の方が心配だった。

 勢いだけで保健室の前まで行き、足を止める。今、匠が一人でいるのか、それとも誰かが付き添っているのか。それによって恭太も対応を変えなければいけない。一人でいればいいのだけど。

 そう思ったとき、中から声が聞こえた。

「寝不足で倒れるってお前、間抜けすぎ。」

低く通りのいい声は、確か匠のクラスメイトの声だ。それに、匠の声が応えた。

「悪かったな、桂。」

「おう、自覚してるならいいけどな。倒れるほど寝不足って、何していたんだよ。」

「…………。」

返事をする気がないのか、応える匠の声はない。

「いいけどな、別に。病気とかじゃないならさ。けど、あんまり心配させるな。保険医、ちょっと会議で留守するけど、少し寝て行けって言ってたし、休んでいけば?」

「うん……。」

おそらく、本当に匠を心配しているであろうその言葉に、素直に頷く気配。

「じゃ、俺授業始まるから行くな。」

桂がドアに近づく気配がして、恭太は慌てて一歩後ろに下がる。

 ガラリ。

引き戸を引いて出てきた桂と、まともに目があった。

桂は長身で、軽く一九〇はあるだろうか。運動部に所属しているだろうと推測できる、健康的に焼けた肌。黒くて短く刈り込んだ髪に鋭い眼光。鼻筋の通ったきりっとした口元。かなり迫力のある風貌で、恭太は一瞬気押される。

 匠と一緒にいるところを数度見かけた事はあったが、まともに会うのは初めてだ。おそらく自分の事など知らないだろうと、恭太は軽く会釈だけして保健室に入ろうとした。

「あれ。お前、匠と良くつるんでるよな。」

すれ違いざま、桂に止められる。

「あ、はい。」

「何の用? どっか怪我でもしたわけ?」

桂の言葉には、何故か棘が含まれている。恭太と匠の間にあった事を知っているとは思えないのに、何故。

 嫌われたり恨まれたりするには、接点もないのに。

「た……海野先輩が、倒れたのが見えたんで……。」

「心配できたわけ。てかお前、匠の何? どういう関係? わざわざそんな事でここまで来るほど親しいの?」

ほぼ初対面に近い人間に、いきなりなんでこんな事まで聞かれなければいけないのだろうか。さすがにむっとした恭太は、応えずに桂から視線を外す。

「何でもいいけどね、俺は。あいつ今寝不足で疲れてるみたいから、ほっといてやってくれない?」

ある意味言い分としては正しいのかもしれないが、あんたに言われたくない。恭太は内心でそう呟く。

 何か、桂は恭太に反発心を起こさせる。

 恭太は口を一文字に引き結び黙ったまま、しかし桂に保健室に入るのを阻まれて、二人の間に緊張が走る。

「……桂? どうかした?」

と、中から匠の声がした。ぎょっとして中を見ると、ベットから起きあがった匠が顔を出している。

「な、なんでもないよ。お前寝てろって。」

焦ったのは桂も一緒のようで、応える言葉に詰まっていた。

「てか、そこに誰かいるのか?」

様子がおかしい、と感じたのか桂に言い含められる事なく、匠はベッドから裸足で抜け出し、ドアに向かってきた。

「だれもいねーって……匠っ。」

桂の制止などどこ吹く風、ドアの所までやって来てしまう匠。ひょい、と桂の身体を避ける避ける様にして顔を出す。

「……恭太……」

いるはずのない人間を見た、とでも言いたげな顔で、匠は目の前の人物の名前を呟いた。その隣で、桂が会わせたくなかった、と言う顔をしている。

 恭太は、一体何故桂にこんな態度をとられなければいけないのか、それが疑問でならなかったが、それよりも目の前の匠の方が気になった。

「窓から見てたら……アンタ、倒れるの見えたから心配になって。」

「悪かったな、心配かけて。ただの寝不足だよ。」

桂に気を遣ってなのか、匠は口の端に少しだけ笑顔を作ってそういった。けれど、目は笑ってないし、そもそも恭太を見ようとしない。態度に無理がある。

 それは、一緒にいる桂にも伝わっているようで、

「ほら、心配ないってわかったろ。気が済んだら、さっさと自分の教室戻れよ。」

恭太を追い返そうとする。だからといって易々と引き下がる恭太ではない。

「先輩にこんな事言うのもなんですけど。」

そう、言い置いて。

「なんでそこまで言われなくちゃいけないんですか。海野先輩に帰れって言われるならともかく、桂先輩に言われる筋合いは無いと思うんですけど。」

「んだと? お前なぁ……。」

「待ってよ、桂っ。」

険悪になった二人を、匠が止めた。

「恭太も、やめろって。二人とも、悪いけどちょっと俺ちょっと寝たいから、一人にしてもらえる?」

他でもない恭太にこう言われてしまえば、二人とも従うしかない。

 匠は桂を保健室から押し出すと、ドアを閉じてしまった。

 残された二人は、しかしすぐにその場から立ち去らない。

「お前、匠をあんまり振り回すな。」

先に口を開いたのは桂だった。ただし、中の匠に聞こえないよう、小さく低い声で。

「どういう意味ですか。」

「とぼけんな。あいつの寝不足の元凶、だろ、おまえ。」

はっきりきっぱりと桂は言い張るが、恭太にはなぜそう思われるのかさっぱり理解できない。昨日の事を、匠が吹聴しているとも思えないし、憶測だけで言ってるのであれば、とぼけておくに限る。

「俺が……?なんでそんな事思うんですか。ただの後輩ですよ?俺は。」

「お前なぁ……っ!」

関係ない、としらを切る恭太を、桂は正面から睨み付けた。恭太の方も負けてじと睨み返す。

 しばらく睨み合った後、桂が溜め息をついて視線をはずし、保健室を振り返る。

「ただの後輩、か……。」

「そうですよ。そういう先輩こそ、海野先輩とどういう関係なんです?」

恭太は一番の疑問を桂にぶつける。しかし桂は応えなかった。

「本当に、自分がただの後輩だって思うなら……おまえ、匠のそばから消えろ。」

そう言って、もう恭太の方を見る事もなく去っていってしまう。

「ワケ、わかんねぇ……」

残された恭太は、頭を抱えた。それくらい、桂の態度は謎だった。



 昼休み。恭太は昼食もせずに屋上に向かった。授業中に倒れた匠の体調を考えれば、最低限食事くらいはとるだろう。であれば一人で待つ事になるが、それでもかまわない。

 落ち着いて昼食などとっていられる精神状態じゃなかった。

 朝は行きたくない話を聞きたくない、等と思っていたが、今はそんな事言っていられない。寝不足だったと言うけれど、本当に大丈夫なのか、体調は少しでも良くなったのか、それを早く確認したかった。

 そして、桂という男との関係も。

 階段を上りきると、屋上へ行く扉の横にある窓に手をかける。

 本来であれば立ち入り禁止の屋上で、通常は扉には鍵がかかっている。が、その横にあるガラス窓は引き戸になっていて、ちょっといじるだけで窓がはずれるようになっていた。それを利用して屋上に出る事を、恭太に教えたのは一足先に高等部に入っていた匠だ。

恭太は慣れた手つきでガラスを外すと、窓枠に飛び乗った。人一人やっと通れるような隙間を抜けて、屋上に出る。

 そこにはすでに、匠の姿があった。

金網に寄りかかり、校庭を見下ろしている。恭太はすぐに声をかけず、その姿を見つめた。

一八歳、と言う歳にしては華奢な後ろ姿。初めて会った時から、身長も体重もあまり変わっていないように見える。

しかし匠はその身体に似合わず、パワフルな面も兼ね備えている。自分の気が向けば何でも全力投球だから、文化祭や体育祭等と言ったイベントの時は、必ず先頭切って仕切っていた。

適当に、周りに文句言われない程度に手を抜いて、できるだけ楽をしようとする恭太とは何もかもが正反対だ。

欲しいものは欲しい。けれど、欲しいものを手にするためには努力を怠らない。

欲しいものは諦めるもの。そんな風にして大概適当に諦めてきた恭太には、匠の事がまぶしかった。

要領が良くたって、何も手に入らない。

匠を見ていると。それに気付かされた。

『欲しい物は欲しいって言っていい。』

匠に言われた言葉。その言葉は魔法の呪文のように、恭太の中に残って響いた。

よく考えれば、恭太にとってどうしても手に入れたいものなんて、無かったのかもしれない。横から妹や他の人間にとられても諦められる程度の執着。

欲しいと思えば、手に入らなかった時にがっかりするから。最初から無いと思えばいいと、そう思いこんで。

そんな恭太が、初めて、欲しいと心から望んだもの。それが、恭太の存在だった。

どんな関係でもいいから離れたくないと。

そんな事を考えながら背中を見つめていたら、気配に気付いたのか、匠が振り向く。

「来てたなら、声かければいいのに。」

朝の激情とはうってかわって静かな声が響く。

「……早かったけど、飯は?」

問いかけられて、恭太は首を横に振った。

「俺も。なんか喉通らなくて。」

アンタに早く会いたくて。そう、恭太が言ってしまえたら話は早かったかもしれない。けれど、その言葉を口にできるほどには、まだ恭太も素直ではなかった。

「……寝不足、平気なの。」

「ああ、気を失って少し寝たから平気。」

「……俺のせい? 寝られなかったのって。」

恭太の問いに、匠は瞳を伏せる。

「なんでそう思うわけ。」

「……俺が、昨日あんな事言ったから。」

「あんな事……てなに。」

そう聞き返されて、恭太は口ごもる。

「無かった事、なんじゃなかったのか。お前が、そうしたいんだろ?」

「そう、だけど……。」

それでも、倒れる姿を目の当たりにしてはそうも言っていられない。

「だいたいさ、お前どういうつもりなの。」

「え……?」

「どういうつもりで言ったの、あんな事。」

匠は真っ正面から聞いてくる。

 そんなの、好きだからに決まってる。

そう思いながら、即答できない恭太。けれど黙っていれば、誤解されるばかりで。

「冗談じゃないって言ったよな。からかってるわけでもないって。ならなんで言ったんだよ。言ったすぐに、無かった事にしろって言う程度の気持ちなら、始めから言わなきゃいいだろ。おまえ、こっちの気持ち全然考えてない!」

言われた言葉は、ほとんど想像したとおりのものだったけど、最後の一言が胸に刺さる。昨日のあの告白は確かに、自分の気持ちを吐いてしまいたいという自己中心的なものだった。

「ごめん……。」

「別に謝れって訳じゃないけど……。」

素直に謝られて拍子抜けしたのか、匠は気まずそうにそっぽを向く。

 再びしばらくの沈黙が流れて、次に口を開いたのは恭太だった。

「桂先輩……て、アンタのナニ。」

先輩に対しての口の利き方ではなかったが、今更そんな事を気にする匠でもない。

「ナニって……友達。」

「ただの友達が、俺の事アンタを振り回すなとか、関わるなとか、寝不足の原因は俺だとか、そんな事言うわけ? ずいぶんお節介だな。」

恭太の声に、若干皮肉めいた響きが混じる。

「昨日の事、あの人に話したの。」

匠がそんな事するわけ無いとわかっているのに、妙にささくれた感情がそんな言葉をぶつけさせる。

「お前……俺の何見てるんだよ。俺がそんな事するわけ無いだろ。」

「じゃぁ、ただの友達があんな口出しするくらい、付き合いが親密って訳だ。」

こんな事を言いたい訳じゃないのに、桂と対峙した時のどす黒い感情が、匠を責めるような事を言わせる。

「……桂は、幼なじみだから……心配してるんだろ。余計な言われたんなら悪かったな。」

先ほどまでの覇気はどこへやら、奥歯に物の挟まったような言い方をする匠に、恭太はイライラする。

「別にアンタが謝る事じゃないでしょ。」

本当に言いたい事はこんな事じゃないのに。いつになく気弱な瞳で自分を見つめている匠に、恭太自身、どうしたらいいかわからなくなる。

 何を言えばいいのか、さえも。

「……今、桂は関係ないだろ。」

「確かにそうですね。」

自然と。本当に自然と、匠の嫌いな敬語になる。こうなると恭太自身止めようもない。イライラしている、と言葉で表してしまう。

「……お前、ほんと訳わからねぇ。」

その言葉で、恭太のスイッチが入る。

 つかつか、と匠のそばに近寄ると、その両手を持って乱暴に金網へその身体を押しつける。

「アンタが……っわかろうとなんてしてないんでしょうがっ!」

「きょ……」

「どういうつもり? そんなの、好きだからに決まってる! 好きだから、伝えたいって思ったんだ! 欲しいものを欲しいって言えって言ったのはアンタだ! だから欲しいって言った! アンタの事が!」

激情のままに言葉をたたきつける。

 あまりの勢いに言葉を失って、ただ自分を見返してくるだけの匠。その目を見つめていると想いが止まらなくなる。

 腕を捕まえていた片手を離し、そっとその顎に手を添える。両方の手を片手で上にまとめられて、何をするのか、と匠が口を開こうとした瞬間。

「んっ……」

先ほどの勢いが嘘のような優しさで、恭太自分の唇をそっと匠のそれに重ねた。

 ぎゅっとかみ締めた唇をなぞるように、恭太は唇を移動させる。触れるだけのキスはそれだけでも十分、恭太の頭をしびれさせる。

 けれど、身体をよじらせる気配を感じて、恭太は我に返った。

「ごめん……。」

相手の意志を無視してまで、こんな事をしたい訳じゃなかった。掴んでいた手を離して、一歩、後ろに下がる。

「どうして……。」

「アンタそればっかな。」

殴られると思ったけれど、匠はただ呆然として疑問を投げかけるばかり。

「俺、ちゃんと好きだっていったよね。わかってない?」

「ちが……。」

「いいんだ、わかって無くても。俺はアンタにキスしたいし、抱きたい。そういう意味で、好きになってた、けど。」

恭太は言葉を切ると、自嘲気味に笑う。

「本当はそんな事どうでも良くて、なんか子供みたいにアンタが欲しいってそれだけで。だから、こういう事して嫌われたくない、振られるくらいならただの後輩としてでもそばにいたい。ともかくあんたから離れたくない。だから、忘れてって言った。アンタが、俺の事そういう意味で好きになるとも思ってないから。とりあえず気持ちだけぶつけられればいいやって。それで寝不足にさせたんだったら悪いと思うけど。」

匠はただ黙って恭太の言葉を聞いている。なんのアクションもないと言う事が、恭太を不安にさせた。さっきの行為を責めるなら、責めてくれた方が気が楽なのに。

「ねぇ、ほんと、忘れてくれない? それで今まで通り付き合えれば俺、もうこんな事言わないししないから……ってぇ!」

いきなり、匠の平手が恭太の頬を叩く。

「このおーばかやろう。何が欲しいものが欲しいから欲しいって言っただけだ、だよ。お前、全然変わってない。俺がお前の言う事わかってないってんなら、お前だって俺の言う事聞こうともしてない。始めから全部駄目だって決めつけて、結局手に入らないって、俺の意志なんて聞く気もないんだろ。」

「て、わざわざ振られるほどマゾじゃないって……てぇっ!」

叩かれなかった頬にも、平手打ち。

「なんで振られるって決めつけるんだよ。お前は俺か? 答え聞きもしないで決めつけて自己完結するって、どんだけ俺の意志無視するんだよ。馬鹿にするな。」

そういって、匠は扉に向かって歩き出した。

「しばらくお前とは絶交……。」

すれ違いざま、そう呟かれて。

「い……いやだっ。」

恭太は考えるよりも先に身体が動いていた

 匠の手をつかむと後ろから抱きしめる。

「嫌だってお前、子供じゃあるまいし……。」

「嫌だ……絶対……。」

子供のようにそう繰り返すしながら、ぎゅうぎゅう抱きしめてくる恭太に、匠はため息をつく。

「だからお前、ちょっと落ち着け。俺こんな事言いたい訳じゃなかったけど、今のお前相手じゃ何言っても無駄っぽいし。別に一生口きかねーとか言ってるんじゃなくて、少しインターバルおいた方がいいって言ってるんだよ。」

「でも……。」

「言う事聞かないなら一生絶交。」

そういわれて、情けない事に。本当に情けない事だが、恭太は匠を抱きしめる腕をほどいた。

「人の話、ちゃんと聞く気になったら、来いよ。それまでは、俺からも声かけないから。」

「……」

渋々ながら、恭太が無言で頷くのを確認して、匠は鮮やかに笑うと、ひらっと軽やかに窓を飛び越え姿を消す。

その後ろ姿を見送って。

「落ち着け……たってなぁ……。」

恭太はずるずると座り込むと、頭を抱えた。

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