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海野匠、と言う少年に出会ったのは3年前。中学3年の時だ。

。中高一貫教育で知られる私立西華学園の入学式。恭太は中等部2年で、匠は高等に外部入学したばかりで。

中等部と高等部合同の入学式で、在校生は迎える立場として強制的に参加。通り一遍に行われる式は、毎年同じ内容で退屈する。とはいえ、元来決まっている事を無視できる性格でもない恭太は、かったるいと思いながらも講堂へと渡り廊下を歩いていた。

朝に弱いため遅刻ギリギリで登校したおかげで、クラスメートはすでに式に向かった後。遅刻する事自体は気にしないが、それに付随する担任のお説教が嫌で、慌てて走っていた時に、講堂の方からやって来た少年にぶつかった。

前方不注意による正面衝突。気づいていなかったのはお互い様だったと思う。

にもかかわらず、相手は

「いってぇ! 走るならちゃんと前見ろよな!!」

と、思い切り怒鳴ったのだ。

 この頃はまだ恭太も背が伸びる前で匠とそう身長が変わらなかった。お互い頭を思い切りぶつけ合い、額を抑えながら相手を確認する。

 見た目だけでは年上か年下か図りかねたが、真新しい制服に胸につけた白い造花で、本来ならここにいていいはずのない、新入生である事は見て取れた。

「……なにやってんの?」

謝る事すら忘れて、恭太はそうつぶやく。

「はぁ? お前とぶつかったんだろ、見てわかんねぇ?」

「や、そうじゃなくて……。講堂に行かなくていいわけ?」

「式? ああ、かったるいから抜けてきた。つか、お前、謝るくらいしろよ!」

絶対的に恭太が悪い、と言い切るその態度もさる事ながら、悪びれもせず入学式をさぼると言い切るその態度が、恭太には信じられない。

 そんなに面倒ならはじめから登校しなければいいのに、等と言えば、目の前の相手はおそらく更にに怒るのだろう。

「あーごめん、けどそっちも……。って、あんた中等部?」

仕方なく謝りつつの恭太に、

「高等部だっ!! ついでに俺の名前は、海野匠だ!!」

怒る匠に、こんなに気が短かったら、人生疲れそうだなぁ、と恭太は思ったのだった。

 ちなみに、この後もちろん式には遅刻し、恭太は結局担任のお説教を聞く事になった。

匠は、眠くなりそうな事はごめんだ、と遅刻しつつも式に向かう恭太とは反対方向に駆けていき……。のちほど職員室でみっちり絞られる羽目になるのである。



 海野匠の名前は、校内で有名になった。それはそうだろう。入学式をさぼった、なんて事は前代未聞だ。

 とは言え、高等部と中等部に分かれている恭太と、匠の接点はほとんど無いに等しい……はずだった。

 にも関わらず、何故かやたらと接触する事が多かった。まずは掃除当番。西華学園の掃除当番は、各教室以外の場所は縦割りでグループが決められる。入学式の数日後、くじで決められた掃除場所で二度目の遭遇を果たす。


「めんどくせぇ……。」

掃除用の竹箒を片手にそう呟きながら恭太ぼーっとしていた。

「ちょっと、真面目にやってよ。」

見とがめたクラスメイトの古居清美がヒステリックに声をかける。何故か中学入学から同じクラスの彼女は、恭太のそれなりに親しい数少ない友人である。

 小柄で陸上部のエースである清美は、どちらかと言うとかわいい、愛嬌のある顔つきをしていた。髪の毛は少年のように短かったが、大きな目と愛らしい口元のせいか、性別を間違えられる事はない。むしろ、そのさっぱりとした性格で誰にでも好かれていた。

 その清美と親しいと言う事で、やっかまれたり付き合っていると噂されたりしたが、恭太にしてみれば冗談ではない。お互い恋愛の対象だと思った事は一度たりとも無いのだ。

「やってられっかよ……裏庭の掃除なんて。したってしなくたって、大してかわらねーし。」

「そこでぼーっと立っていられると邪魔なのよ。」

清美はそういいながら、わざと恭太のいる辺りを箒ではいた。埃が舞って、恭太がたまらず後ろに避けた、その時。

「いてぇ。」

誰かにぶつかった。いや、踏んだと言うべきか。

「え……?」

後ろを振り向くと、ジャージ姿の少年がちりとりを持って座り込んでいた。踏んだのは、その足だったらしい。

「あ、すみませんっ。」

何故か足を踏んだ恭太より先に、清美が頭を下げる。そして、肘で恭太をドン、と押した。

「あ……すみま、せん……。」

「あのさ……お前、俺にぶつかったり踏んだりするのが趣味なわけ?」

「え……? あっ……。」

恭太はなんの事かわからず相手の顔を見返す。そして思い出した。入学式の日にぶつかったあの少年だ。

「しかも彼女に先に謝らせるって……。」

「彼女じゃありません!」

恭太と清美が同時に、否定の言葉を叫ぶ。匠は一瞬面食らった顔をしたが、

「ぶっ……お前ら、そんな思いっきり同時に……おっかしいやつら。」

足を踏んだ事はもう忘れてしまったかの様に、笑う。

「ま、いいや。お前らもここの掃除担当? てきとーによろしくな。」

そう言って立ち上がると、んじゃねーと手をひらひら振って匠は教室へと行ってしまう。

「……ねぇ。」

「あ?」

「……さぼり……?」

清掃終了のチャイムは、まだ鳴っていなかった。



 掃除の一件からしばらくした、放課後の図書室。恭太は教師に授業に使った本を返すために立ち寄った。本を読んでいるよりは外で身体を動かしている方が性に合う恭太は、こういった用事でもなければ、図書室になど足を踏み入れたりはしない。

 司書の担当教諭に本の陳列場所を聞き、林立する本棚の中向かう。

 と、指定された一番奥の棚の窓際に床に座り込んで眠り込んでいる匠の姿を見つける。なるほど、この場所なら死角になっていて、思う存分昼寝が楽しめそうだ。窓から差し込み日差しがまともに顔に当たって暑そうではあったが。

 恭太は手にした本を棚に戻すと、そっと近くにより窓のカーテンを閉める。

「ん……。」

と、匠が気配に気付いたのか身じろぎをすると片目を開けた。

「あ、すみません、起こしちゃいました?」

本当はさっさと立ち去ろうと思っていたけれど、ばっちりと視線が合ってしまってはそうもいかない。

「……変なやつ。」

親切にも日差しを避けてやろうとした相手に、匠は失礼な事を言い放つ。

「普通さ、こんな所で何やってるんだとか言わない?」

「……俺、別に図書委員でも風紀でもなんでもないですし。」

しれっと言い放つ恭太に、匠はぷっと笑った。

(笑うと印象変わるなぁ。)

掃除の時にも想った事。少しきつめの匠の顔が、笑うとなんだか可愛くなる。年上とは思えないほどに。

「なんか良く顔あわすけどさ、なんだっけ、名前。」

「中等部2年の藤崎恭太です。」

「あ、年下なんだ。俺は……。」

「海野匠先輩、ですよね。高等部一年の。初めて会った時、聞きました。」

「あーあん時なー。」

そういや言ったっけ、と一人ごちながら、匠は立ち上がってぐーっと伸びをする。

「あのさ。その先輩って言うのやめない?」

「え、でも先輩ですし……。」

「たかが一歳の差でがたがた言うなっつの。それにその敬語もなんかやだ。おれ、堅苦しいの嫌い。」

「えーとじゃー……海野さん……。」

「やーめーろー!! サブイボたつ!」

よほど嫌なのか、がんがんと足を踏みならしつつ嫌がる匠に、恭太は困って首をかしげる。じゃあなんと呼べばいいのかさっぱりわからない。

「匠でいい、匠で! で、敬語禁止な!」

びしっと人差し指を突きつけて宣言する匠がおかしくて、恭太はぷっと吹き出した。

「……くく……、て、てか、アンタ無茶すぎ……。」

「何がだよ。」

「や、だって……アンタ誰にでもそんな?」

「悪いか?」

「悪かないけど……。」

かなり破天荒だ。これくらいの年頃はたった数ヶ月の差でも先輩後輩と騒ぎ立て、威張りたがる輩も多いというのに、この態度。

 貴重と言えば貴重だが恭太には壮絶におもしろかったし、興味深かった。

 先輩後輩の垣根を越えるなど、恭太の思考ではあり得なかったし、だからこそ呼びつけなどもっての他だと思っていたのに。

「アンタ、おもしろすぎ。」

「わぁるかったな。俺にしてみりゃ、お前も十分おもしろいぜ?」

「どこが?」

「わざわざカーテン閉める所とか。今のその反応も十分おもしろい。」

普通力一杯笑われれば気を悪くする所だが、匠は全く気にもとめていない。

「じゃぁ、お互い様って事で……。だけどですね、先輩? 他の連中の手前堂々と呼びつけってのもどうかと思うので……とりあえず、二人の時だけって事で、勘弁してもらえませんかね?」

恭太はそういって悪戯っぽく目配せる。

「しゃーねぇな、それでいいわ。」

「りょーかいです。じゃ、俺の事も恭太って呼ぶって事で。匠?」

それでいいよ、と匠が笑った。

何故か、その笑顔に心が浮き立った。

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