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 生まれた時から死ぬまでの行動は予めDNAにインプットされている。

 そんな言葉をいつだったか、匠が言っていた。それが本当だとしたら、今ここで自分が失恋するのは、しかも相手が男だったりするのも、さらに衆人環視の元だったりする事さえも、DNAに組み込まれていた事なのだろうか。(そして、あの場に居合わせてしまった人達のDNAも……)

 なんて事を考えたところで起こった現実は変わらない。あの場所はおそらく学校関係者も目撃しているだろう。

 明日登校したらどんな騒ぎになっているか。いや、そんな事はいい。幸い恭太の声は周りにほとんど聞こえていなかっただろうから、どのようにもごまかせる。

 ごまかせなかったとしたところで人の噂も七五日、そのうち飽きるだろう。

 それよりも問題は、匠だ。無かった事にしてくれ、と逃げてきたが、果たして忘れてくれるだろうか。

 おそらく無理であろう。匠が、あれで納得するとは思えない。絶対、明日顔を合わせればなにやかにやと問いつめてくるだろう。

 それを考えると憂鬱になりながら、恭太は自宅のドアを開ける。

「ただい……」

「恭太! アンタホモになったんだって?!」

「お兄ちゃんやめてよ往来で恥ずかしい!」

帰宅の挨拶を言い終わりもしないうちに、玄関で待ち受けていた母と妹の言葉に、恭太はがっくりと首をうなだれた。耳に入っているだろう、とは思ったが……。思わずその場にめり込みたくなったが、沈黙すれば好いように解釈されるだろう。

 たとえ二人の言っている事が真実に近いとしても、今ここでそれを肯定するわけに行かないのだ。

「誰がホモだよ……変な誤解やめてもらえる。」

「だって聞いたわよ。光が丘商店街のど真ん中でなんだか男の子ともめてて好きがどうこうとか……。」

「誰に。」

「お向かいの奥さん。たまたまお買い物中に見たんですって。携帯から電話あったのよ。今は情報はリアルタイムなんだから。」

メール一つ打つのに大騒ぎしているくせに、何がリアルタイムだよ、これだから主婦ってやつは……。と、恭太は心の中で悪態をつく。

「ちょっとした意見の相違でホモにされたらたまらねーっつの。単純に向こうが嫌がる事を、俺が好きだっていったもんだから、怒りだしただけだよ。」

「本当に? なんか尋常じゃない雰囲気だったって聞いたけど?」

「本当だよ。ったく、この調子じゃ近所中で俺はホモだって言われそうだな。母さん、ちゃんと否定しておけよな。」

そう言うとまだ納得していない様子の母をおいて、恭太は自室に向かう。

「待ってよお兄ちゃん。」

 二人のやりとりを横で見ていた妹の優衣が、後を追いかけてくる。

「なんだよ、まだ何か言いたい事あるのか。」

「……入っていい?」

何か言いづらそうに視線をさまよわせる優衣。

「……汚いとか騒ぐなよ。」

適当にあしらっても引いてはくれなそうな姿に、恭太はため息をついて言うと部屋の中へ誘った。

「で? 母さんに聞かれたくない話か。」

手に持った学生鞄をベッドの上に投げて、悠太はブレザーを脱ぎ捨てる。

「……ハァ……。」

優衣はため息をつくと、それをその辺に落ちていたハンガーに掛け、クロゼットに入れた。いつもなら山のような文句が出そうだが、部屋に入るときに騒ぐなと言われたせいか、黙ったままで。

「……海野さん、でしょ?」

「あ?」

いきなり、優衣の口から匠の名前が出る。何度か恭太の家にも遊びにた事があるから、妹もその名前を知っていた。

「お兄ちゃんが振られた相手。」

「あのな、さっきの話聞いてなかったのか?」

「あんな見え透いた嘘、信じられるわけ無いじゃない。母さんだって、だまされてる振りしてあげてるだけよ。」

そう言い切って、もう一度溜め息。

「お前、身内にホモになって欲しいのか?」

「そうじゃないわよ!」

強く言い切ると、きっと恭太を睨み付ける。

「そうじゃないけど、なんとなく話聞いた時、海野さんの名前が浮かんだのよ。」

「なんでそうなるんだ? 妄想力逞しいな。俺はいいとしても、勝手に先輩をホモにするのはどうかと思うぞ。」

妹の思いこみを何とかやめさせようと、恭太は混ぜ返すように軽い調子で返す。それでも、優衣は引く様子を見せなかった。

「何でおにいちゃんはいつもそうなのよ! 自分の事にはぜんっぜん興味なくてどうでも良くて、人の事ばっかり……。」

「優衣……」

「いつだって、別にいいよって、なんにも興味のない顔して、何かを選ぶときだって私を優先してくれるけど、本当に欲しくなくて言っているのか、我慢してるのか、わからないの。我慢させてるんだとすれば、それは私なのに……。」

「別に我慢なんてしてないって。」

「……女の子と付き合って別れた時だってそうじゃない。相手の子がお兄ちゃんの事好き勝手言いふらしても気にしてない、言わせておけって。いっつも、自分の事はどうでもいいって、そういうのを私小さい頃から見てきて。」

始めの勢いはどこへやら、優衣の声はだんだん小さくなる。

「初めて、海野さんつれてきた時に思ったのよ。こんなお兄ちゃん、私知らないって。」

「別に普通にしてただろう?」

「自覚無いの? 海野さんと話してるときお兄ちゃん、すごい楽しそうだった。活き活きとしてたし、二人とも遠慮無く言いたい事言い合ってる感じがして、私二人の会話に全然入れなくて。その時思ったの。あ、お兄ちゃんこの人の事好きなんだって。」

「だからどうしてそうなる……。」

「もちろん変な意味じゃないわよ。友達として、だと思ったの。なのになんでかな、今日お向かいのおばさんの話聞いたときに、海野さんだろうな、ってわかったのよ。そうなんでしょ? お兄ちゃんさっき否定しなかったし。」

否定しなかったわけではなく、いきなり名前を出されてとっさに反応できなかっただけなのだが。

「お兄ちゃんにホモになって欲しい訳じゃないけど、何となく、あの人ならしょうがないかなって。お兄ちゃんとられても。」

「……ったく、考えすぎだよ、全部お前の。」

「でもっ……。」

「もう馬鹿な事考えるなよ、な? 別に俺は、お前が言ったような事全然考えてもないから。ほら、着替えるから出て行けよ。」

強引に話を切り上げようとする恭太に、優衣はまだ何か言いたそうに視線をよこしたが、しかしそれ以上は言おうとせずに、

「……わかった……でもお兄ちゃん、忘れないでよ。誰が何言っても、私もママも、お兄ちゃんの見方なんだからね。」

それだけは忘れないでね、と念を押し、部屋を出て行った。それを見送って、恭太は疲れ果ててベッドに身を投げる。

「ガキだガキだと思ってたんだけどなぁ……。」

思いもかけなかった妹の言葉。

 嘘をついた自分。我慢なんてしてないと。それは妹を思うが故の嘘で、そう言った事を後悔してはいない。してはいないけれど……


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