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後編

 赤ずきんが帰った一時間後、オオカミが卯三郎のビルにやって来た。

 頑丈な鉄製の扉の前に立つと、オオカミはニヤリと笑い、インターフォンに向かってささやくような声で告げた。

「ここを開けやがれ、ブタ野郎。さもなきゃ、おまえが困ることになるぜ」

 きしむような音をたてて、扉が左右に開いた。自動扉のようだ。

 オオカミは、拳銃の形にふくらんだポケットを軽くで、左右を見回してから中に入った。

「いいか、おかしなマネをするんじゃねえぞ」

 オオカミの声が聞こえているはずなのに、返事がない。

「ふん、ビビッてやがるのか」

 恐らく、多少は感じているであろう漠然ばくぜんとした不安を、オオカミは相手の方がおびえているのだと自分に言い聞かせているようだ。

「まあ、念のためだ」

 言い訳がましくつぶやくと、オオカミはポケットから拳銃を出した。

 マグナム拳銃ではなく、風次郎からうばったワルサーの方だ。繁華街はんかがいに近いため、銃声が響くことを懸念けねんしたのであろう。

 オオカミは慎重に階段をのぼり、卯三郎の事務所がある二階に上がった。

 階段を上がった正面のドアに、『ワイルドピッグ不動産』と表示が出ている。

「いるんだろ、入るぜ」

 すると、中から「どうぞ」と返事があった。思ったよりカン高い声だ。

 オオカミは体をズラしてドアの横に立ち、片手でノブを回して開けると、室内からは死角になる位置で数秒待ってから、半身だけ出して中の様子をうかがった。

 正面のマホガニーのデスクに誰か座っていた。顔の半分をおおうマスクをし、耳までかくれる大きな帽子をかぶっている。

「そんなに怖がらなくても、何もしないよ。わしが卯三郎だ」

 オオカミは鼻の上に小じわを寄せ、クンクンといだ。

「なんだか、いいにおいがするぜ」

「わしは汗っかきなので、しょっちゅうシャワーを浴びて、コロンをつけているよ」

 オオカミは、ますます疑わしそうに目を細めた。

「ウワサじゃ、とてつもないデブだと聞いたが、見たところ随分ずいぶんせてるな」

「大金を出してインストラクターを雇い、ダイエットした結果だよ」

 オオカミは全身を室内に出し、ワルサーの銃口をピタリと相手に向けた。

「おまえ、欲に目のくらんだ悪徳不動産屋にしちゃ、きれいな目をしてるじゃねえか」

「それは、悪いヤツらの魂胆こんたんを見抜くためさ!」

 帽子を取るとバサリと長い髪が流れ落ち、マスクを外すと美しい女の顔が現れた。もちろん、赤ずきんである。

 だが、オオカミは一向に動揺どうようした様子もなく、銃口を向けたまま、牙をむきだして嘲笑あざわらった。

「とんだ正義の味方の登場だな、え、おい。おまえのような人間の小娘に、いったい何ができる。さあ、両手をあげて、前に出て来やがれ」

 そのままスタスタと前に出て来た赤ずきんに、オオカミはチッと舌打ちをした。

「聞こえねえのか。手をあげろと言ってるんだ」

 ニッコリ笑って手をあげるフリをしながら、赤ずきんはアンダースローで刀子を投じた。

 それはあやまたず、ワルサーの銃口にカツンと食い込んだ。

「そのまま撃ったら銃身が破裂して、あんたは大ケガよ。刀子を振り落とそうと銃口をらしたら、次の刀子を急所に投げるわ。さあ、あんたの持っているという、ブタ社長がタヌキ市長に賄賂を渡した一部始終を録音したヴォイスレコーダーを、あたしに渡すのよ」

「くそっ。仕方ねえな」

 オオカミは左手でポケットからレコーダーを出すと、そのまま赤ずきんに向けて放り投げた。

 その刹那せつな、オオカミはワルサーを握った右手を振り下ろして刀子を落とし、すぐに銃口を赤ずきんに向けた。

 が、引鉄を引くことはできなかった。銃を握っている手の甲に、グサリと刀子が突き刺さっていたのだ。

「いてててっ!」

 オオカミが投げたレコーダーは、赤ずきんの足元に落ちていた。それが陽動ようどうであると見抜いて、完全に無視したのだ。

「今度は、本当に急所に刺すわよ。大人しく銃を捨てなさい」

「ふん、わかったよ」

 オオカミが捨てた銃を蹴飛けとばすと、ようやく赤ずきんはレコーダーをひろった。

「念のため、再生してみるわ」

 流れてきた音声は、卯三郎が便宜べんぎをはかってもらった見返りに、タヌキ市長に賄賂を渡している現場であった。

「おいおい、もうそれぐらいでいいだろう」

 そう言って、たまらずに奥の部屋から出てきたのは卯三郎本人であった。

「とりあえず、そのレコーダーをわしに渡せ。そしたらすぐに警察を呼ぶからな」

 だが、赤ずきんは笑顔で首を振った。

「このズルがしこいオオカミが、コピーを取ってないわけがないじゃない」

 卯三郎はオオカミの方に向き直った。

「そ、そうなのか?」

 オオカミは牙を見せて笑ったが、すぐに「いてっ」と顔をしかめた。

 卯三郎は再び赤ずきんの方を見た。

「乗りかかった舟と言うじゃないか。そのコピーも取り返してくれ。もちろん、謝礼は倍出そう」

 赤ずきんは、尚も笑顔で首を振った。

「残念ね。約束はここまでよ。ああ、それから謝礼の件だけど、このヴォイスレコーダーでいいわ」

「何っ、どういう意味だ?」

「これを、とても欲しがってる週刊誌の記者がいるのよ。お金はそっちからもらうわ」

 卯三郎は口をアングリと開け、「そんな、そんな」とり返すばかり。

 事態の急変に目を丸くしているオオカミに、赤ずきんはニコリと笑って見せた。

「いいこと。世直しというのは、こういう風にやるのよ。じゃあね、オオカミさん」

 赤ずきんは窓を開け、細いロープを結んだ刀子を向かい側の街路樹がいろじゅに投げると、ロープにつかまって窓の外に飛び出し、そのままやみの中に消えて行った。

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