表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明けない夜  作者: ケケロ脱走兵
37/40

(37)

「行けるわけないでしょ」


彼女は、弁明によって担当者の白い目に「目入れ」をして開眼させようと


試みたが、成就しなかったので研修ツアーへの参加をあきらめた。そこで


、わたしが無農薬栽培をしている農場を見学に行くので一緒に行かないか


と誘うとあっさり応じた。さっそく担当者を呼んで二人がリタイアするこ


とを告げると、


「これ婚活ツアーじゃないんですけどね」


と嫌みを言った。担当者は二人が「できてる」と信じて疑わなかった。わ


たし達は旅館をチェックアウトして、彼女が車を駐めている駅まで一旦戻


ってから、彼女の車で山間にある農場へ向かった。道中はカーナビが案内


を放棄するほどの山道ですんなりとは辿り着けなかったが、昼過ぎには何


とか到着できた。オーナーの娘さんが迎えてくれて農場内の案内をしてく


れた。その日はすでに農作業を終えていたので、わたし達も寝ていなかっ


たので、娘さんが手配してくれたすぐ近くの温泉宿に宿泊することにした


。応対した係の女性は一部屋しか用意していなかったので、彼女が「二部


屋お願いします」と言うと、しばらく黙って二人の顔を窺った。「できて


いない」男女が温泉宿の相部屋で一夜を過ごすのはさすがに気まずかった


。わたし達は湯に浸かるよりもまず寝ることを優先してそれぞれの部屋に


別れた。


 農家の朝は早い。二人が朝食をすまして農場に着いた時には彼らはすで


に仕事を始めていた。オーナーの娘さんが手袋を外しながら「おはようご


ざいます」と言って現れた。早春の農繁期が始まる前で、今は春野菜を播


種をするための土づくりに忙しいと言いながら、彼らが生活しているログ


ハウスへ招いた。中に入ると傍らの木机で彼女の夫と思しき男性が書類を


拡げて事務作業をしていたが、わたしたちに気付いて手を止めると立ち上


がって、「お早うございます」と関西訛りで名前を名乗った。その側らに


は彼らの幼女がイスの上に立ちあがって何か呟きながら、我々にはまった


く関心を示さずに、ペンを握って夢中で書類に殴り書きしていた。彼が愛


娘に「ゆいちゃん、ご挨拶は?」と促すと、手を止めずに「おはようござ


います」と言って作業を続けた。わたしたちは机の横のソファ―を勧めら


れて一頻り会話をしているとドアが開いて白髪の男性が現れたので、ふた


りは立ち上がって彼を迎えた。オーナーの娘さんは、


「竹口さんです、いまキャベツの栽培をしてもらってます」


彼は名乗ってから自己紹介をした。


「広島からキャベツの無農薬栽培を勉強するために御厄介になってます竹


口です、どうぞよろしく」


そう言って、われわれの方へ掌を差し出した。わたしはてっきり握手を求


められたと思ってその掌を握ると、彼は咄嗟にわたしの手を振り解いた。


一瞬気まずい空気が流れたが、彼が「どうぞ、座って下さい」と言いなが


ら改めて掌でソファーの方を示したので、わたしは自分の勘違いに気付い


て詫びると、みんなが大笑いした。今度は「ゆいちゃん」も作業の手を止


めてみんなと一緒に笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ