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明けない夜  作者: ケケロ脱走兵
35/40

(35)

 北欧諸国の多くは、あまり知られていないかもしれないが、今も国家元


首に国王を戴く君主制国家である。ただ国王自身も自らの頭の上に民主主


義憲法を戴く立憲君主制国家である。いちばん分り易いのはイギリスで、


近代民主主義発祥の国でありながら、現在も国王であるエリザベス女王が


国家元首に「君臨」している。それらの国はまるで社会主義国家のような


高福祉政策を行なっているが、それは王室の存在と無関係ではないのかも


しれない。かつて国王が支配していた絶対権力を市民革命などによって国


民に委譲するとなれば、当然「平等」でなければならないからだ。つまり


国王の存在が国民の平等を保証しているのだ。一方幕末期の日本では、近


代化した欧米列強が軍事進出してきて開国を迫られ、鎖国を国是としてい


た幕藩体制が揺らぎ、内乱が頻発して求心力を失った徳川幕府は大政を天


皇へ奉還した。天皇は天皇親政による新政府を発足させたが、儒教道徳に


洗脳された国民や藩閥上がりの閣僚さえも「民主主義」を正しく理解して


いる者など居なかった。のちに思想家北一輝は、弱冠23才で自費出版し


た初著「国体論及び純正社会主義」の中で「明治維新の本義は民主主義に


ある」と言い、帝国憲法における天皇の地位を厳しく批判して発禁処分と


なった。さらに「日本改造法案大綱」では、その第一巻の表題は「国民の


天皇」とあり、天皇は大権を発動させて憲法を停止させ「全日本国民と共


に国家改造の根基を定め」、彼が主張する国家社会主義への道を進むべき


だと訴える。いま読めば随分乱暴なことが書かれてはいるが、近代化を目


指して発展途上だったあの時代は内憂外患を抱えてそれほどまでに乱暴で


暗い時代だったのだ。彼の主張は当時の青年将校たちに大きな影響を与え


後にクーデターを決起させ、戦争への契機となった。「歴史は繰り返す」


とは言い古された言葉ではあるが、いまや我が国は押しも押されもせぬ先


進国として発展を遂げ、その経済規模からいって比べるに値する過去など


見当たらないことを承知の上で、近代化は成し遂げたけれども世界経済の


行き詰まりから先行きが見通せず、近隣諸国との間では過去の怨讐が解け


ずに緊張が増すばかりで、謂わば内憂外患に苦しむ状況は、あの時代とあ


まりかけ離れていないのかもしれない。いまや世界経済が限界に達して「


寡なきを患」いても経済成長の夢は叶わないとすれば、「均しからざる」


内憂を払うために、格差社会を是正することが再び忌わしい歴史を繰り返


さない最善の策ではないだろうか。世界限界論の下で戦争だけは避けなけ


ればならないとすれば、世界は社会主義化する以外に道はない。もちろん


民主主義憲法の下で彼の提案をそのまま今の社会に当て嵌めることはでき


ないが、「日本国民統合の象徴」たる天皇の存在と社会主義体制の共存は


理論上は相反するけれど、北欧社会の例を見れば相反するどころか相互作


用によって不思議な安定感が生まれる。その不思議さとは多分生命現象の


不思議さに違いない。生命は物理法則だけに従って生まれてくるわけでは


ないからだ。つまり、北一輝が唱えた天皇制と社会主義体制は「社会的に


」は共存できるのだ。


「ほら」


わたしは傍らにあったタブレットを手に取って「ノルウェー」と検索して


「ウィキペディア」のサイトを指でクリックして彼女に見せた。そこには


「ノルウェー王国」と最初にあって、何行目かに「立憲君主制国家」とあ


った。彼女は、


「へえーっ、まだ王様が居るんだ」


「うん、それでも世界の幸福度ランキングでは1位なんだから」


「へぇー、そうなんだ」


「それどころか北欧の他の国だってほとんど上位にいるよ」


わたしは彼女からタブレットを取って「幸福度ランキング」と検索して、


ランキング表が載ったサイトを開いて彼女に返した。彼女は、


「ノルウェー、デンマーク、アイスランド・・・、みんな北欧の国じゃな


い」


「そう」


「どうしてかしら?」


「簡単に言ってしまえば国土の割に人口が少ないからじゃないの」


「どのくらい?」


「面積は日本と同じくらいだけど500万人くらいしかいない」


「で、日本は何位なの?」


「確か50位くらいだったと思う」


「あっ、あった、51位」


「まあ、それが本当の幸福かどうかは一概には言えないけどね」


「でもそんなに幸福ならもっと人口が増えてもいいのにね」


「寒過ぎるんだよ、きっと。北極圏のすぐそばだからね」


「あ、そうか」


「でも、これからもっと増えるかもしれない」


「どうして?」


「地球温暖化で気温が上がるから」


「えっ、ほんと?」


「分らない、でも、もし本当ならもっと大変なことが起こるさ」


「どんなこと」


「海面上昇によって陸地が沈むとか、気候の極端な二極化とか・・・」


「二極化って?」


「洪水と干ばつ、ある所では雨ばっかり降って、他の所では全く降らない


ような」


「それってよく聞く異常気象ってことでしょ?」


「そう、われわれが気付かないだけで気候変動はもう起こってるんだ」


「だったらもう北欧へ逃げるしかないわね」

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