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明けない夜  作者: ケケロ脱走兵
28/40

(28)

 どうやら風邪をひいてしまったようだ。朝起きて出掛ける支度をし


始めるとすぐに躰が熱くなって喉がえがらっぽく、脳がフィルムに包


まれたようにボーッとしていた。それでも予定されていた農場見学に


参加したが、最後の牧場見学では意識がいよいよ利己的になって、年


老いた牧場主が語る体験談を聴いていても、その話よりも彼が話し終


える度に頻りに舌を出す仕草が、すぐ後ろで柵から頭を出して藁を食


む乳牛たちの舌を伸ばす仕草とダブって、笑いを堪えるのに必死だっ


た。帰りの車の中ではフィルムに包まれた脳は外界への意識を朦朧と


させたが、逆にフィルムに閉じ込められた意識は妄想を膨らませた。


 宇宙はビッグバーンによって生まれ、世界を構成する質量そのもの


は宇宙誕生以来不変である。生命体を形成する物質もそれらからもた


らされるとすれば物質の特性から逃れることはできない。その特性と


は、物質はさまざまな分子が結合して生まれ、その分子はまた小さな


原子からなり、原子もさらに小さな素粒子からできていて、素粒子は


電荷を持つ。電荷は異なったもの同士では結合する引力が働き、同じ


電荷同士では反発する斥力が働く。世界を構成する質量とは物質とエ


ネルギー、つまり「存在と力」なのだ。そもそも物質を構成する素粒


子はなぜ電荷を帯びているのかはビッグバーンまで遡らなければなら


ないが、物質は「反」物質と結合して光を放って消滅するはずだった


が、しかし「対称性の破れ」によって反物質と結合できず「無」へ回


帰できずに取り残され引き裂かれたことによって電荷を持つようにな


ったのかもしれない。電荷は反物質との結合を求めているが、しかし


すでに反物質は存在せず、仕方なく他者との結合と反発を繰り返して


いる。つまり、電荷は他者と結合するためにもたらされたのではなく


、反物質と分裂したことによってもたらされたのだ。ところで、生命


体もまたそれらの物質の結合によって細胞を構成し、細胞は分裂増殖


して成体を形成し、成体は生存を存続させるために様々な受容と拒絶


を繰り返して環境への適性を高次元化させた。生命体とは物質の「存


在と力」による引力と斥力がもたらす複雑な自然現象であるとすれば


、と言うのも命が亡くなっても生命体を構成する物質そのものは無く


ならないので、物質から見れば生命体とは複雑な結合がもたらす自然


現象だと言ってもそれほど間違っていないだろう。だとすれば、現象


である生命にその本質を求めても何かが見つかるとは思えない。たと


えば、雲はなぜ斯く在るのかと言えば雲という現象を構成する粒子の


特性と影響を与える外的影響によって説明されるように、では生命と


は何かと問うなら、まず生命体という現象を構成する粒子の特性を語


らなければならない。存在とは「無」から取り残された不完全な物質


によって構成され、絶対「無」への回帰こそが完全な形であるなら、


それらから構成される生命体も不完全な存在で、存在の意義など伴わ


ないただの仮象に過ぎず、すでに存在しない反「自分」を追い求めて


他者との結合と反発を繰り返しながらやがて仮象は、つまり生命は消


滅する。こうして我々という現象は、さながら宿命の人を失った者が


次から次へと及ばぬ相手にその影を求めるように、完全な結合から取


り残された後悔とそれでも生きなければならない虚しさに苛まれなが


ら存在している。もしも、物質が無限に拡がる宇宙空間の中で「無」


への回帰に抗いながら有限を保って存在し、そして消滅から逃れるた


めに結合と反発を繰り返して物体や液体、或いは気体を形成して本来


の姿を変化させたとするなら、それらの物質の結合によってもたらさ


れる生命体もまた、「無」への回帰に抵抗するために存在の限界を保


ちながら変化し続けなければならない。つまり、空虚な宇宙空間の中


で存在そのものに意義があるとすれば、そして存在とは抗いであり有限


であり変化であるなら、またそれらから生成される人間存在も、抗い


、つまり生きるとは闘うことである、有限、つまり無限を追い求めず、


変化、つまり進化し続けなければならない。

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