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新幹線大宮駅で「やまびこ」に乗り換えるとあっという間に下車駅
に着いた。そして待ち合わせていた在来線の一両編成の車両に乗車す
ると遠くに見た残雪に覆われた山々が車窓に迫ってきて春から冬へ季
節を逆戻りしているようで、そこはすでに東京圏外だった。単線のた
め停車駅では上り車輛の通過待ちで底冷えのする車両で恐ろしく待た
された。ディーゼル車両のエンジン音だけが響く山々に囲まれた閑散
とした無人駅で時間の流れの緩さに戸惑いながら、東京から遠ざかる
ことの寂しさに襲われた。始発時には座席に3割くらいは居た乗客も
停車する度に次第に減り、集合場所になっている駅に到着すると、車
両は残っていた3人全員を降ろして文字通り運転手だけのワンマンカ
―で発車した。私を除く中年の二人は夫婦で大きなバックを抱えて他
所者としか思えない身形から同じ目的で降り立ったことはすぐに察し
がついた。ところが、無人駅の改札を抜けて駐車場を見渡しても4、
5台の車は停まっていたが、案内では待機しているはずのマイクロバ
スが見当たらなかった。するとすぐ近くに停まっていたワゴン車の助
手席から一人の中年男性が近付いてきて自己紹介をしてから、
「失礼ですが、宿泊体験ツアーの方ですか?」
と訊いた。それ以外には考えられなかったはずだが、
「そうです」
と応えると、
「失礼ですが、マイクロバスはこちらの車に変更させて頂きました」
彼が言うには、定員が予定に満たなかったためワゴン車で対応するこ
とになったらしい。そしてワゴン車のサイドドアを開けながら乗車を
促すと、すでに座席には3人が占めていた。一組の夫婦ともう一人は
まだ若い女性だった。いずれも東京近郊からの参加者で自らの車でや
って来て合流したらしい。中年夫婦と譲り合って私が先に乗り込むと
奥に居る女性に会釈してから三人掛けの席を一つ空けて腰を下ろし
た。担当者は助手席の乗り込むと後ろを振り向いてこれからの予定を
確認した。
「まず失礼ですが、これからすぐ近くにある『道の駅』で食事をとり
ます。その後、失礼ですが、是非とも皆さんには震災の被災地の状況
を見ていただくために、失礼ですが沿岸の方を周ってそれから本日の
宿へと向かいます」
それらは予定表に書かれたままの行動だった。彼は一応の説明を終え
ると前を向いて運転手を促した。ワゴン車は僅かばかりの寂れた商店
街を抜けて幹線道路を疾走した。しばらくすると静まり返った車内に
口笛の音が聞こえ始めた。後部座席の誰もが場違いな口笛の音色の
出所を確かめようとしていると、前の男性が助手席の担当者の背中を指
差した。担当者は後部座席の戸惑いを意に介さず何の歌かは定かでは
ないがいよいよ流暢にさびのメロディーを奏で始めた。するとそれま
で無表情だった後部座席の乗客たちからも笑みが洩れはじめた。さす
がに東京で暮らす者は人前で堂々と口笛などを吹くことなど躊躇った
し、たぶん街中であっても間違いなく頭がおかしいと怪しまれるだろ
う。ところが彼の口笛が奏でる、やっと判った「なだそうそう」の音
色はのどかな山間の田園風景と相まって何とも言えない寛いだ雰囲気
を生み、まるで体裁ばかり気にする都会人の分別をあざ笑っているよう
で何か微笑ましかった。いや、もしかするとそれは車中の雰囲気を和ま
すための彼独特の気遣いだったのかもしれない。
「それにしてもまだこの国には口笛を吹く人がいたんだ」




