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水瀬姉弟の解けない関係  作者: 白井駒子
2/4

◇2◇ 現場調査は基本です

 約束の土曜日が来て、(めぐむ)達は駅から彼の祖母宅への道を歩いていた。

 知鶴(ちづる)は歩きながら、学校であったことを嬉しそうに恵に話していた。その姿はどこから見ても普通の小学生だった。

 今日はこの間の制服姿とは違い、裾からレースが見える可愛らしいワンピースを着ている。今どきの小学生は本当におしゃれだと恵は感心した。

「それで、それで、飼育小屋のうさぎが脱走しちゃったんです。わたしは飼育係じゃないんですが、りんちゃんが飼育係で手伝ってたんです。わたしも飼育係が良かったんですけどじゃんけんで負けちゃって」

 子供らしい話の飛び方である。うさぎは結局どうなったのだろうか。

高良(たから)さんは何係なんですか」

「俺は体育祭の実行委員」

「たいいくさいのじっこういいん」

「ええっと運動会の準備する係だよ」

「あ、そうでした。体育祭は運動会のことでした」

 思い出したかようにそう呟く。知らなかったと思われたくなくて言っている訳ではないらしい。それはまるで自分の記憶を確認するかのような呟きであった。

「確か(よう)くんもやってました」

水瀬(みなせ)さんが? やってたんですか、体育祭実行委員」

「ああ、高校生の時ね」

 後ろで二人のやり取りを黙って眺めていた水瀬は、恵の問いに簡潔に答えた。

「じゃあ体育祭の後、結構告白されたんじゃないですか? 体育祭、文化祭マジックというか。俺の学校でもそういうの多くて実行委員って意外に人気なんですよね」

「なるほど、高良君はそれで実行委員に立候補したのか」

「いやいや、俺はじゃんけんで負けたんですよ。マジックも最低限の顔面偏差値をクリアしてないと意味がないですから。ああ、でも水瀬さんは普段からもててたんじゃないですか?」

「残念ながら特に自慢できる話はないよ」

「そうなんですか?」

 何だかはぐらかされた気がしたが、これ以上はこの話題を引っ張りたくない空気を水瀬が出してきたので恵は話題を変えることにした。触らぬ神に祟りなしだ。

「それでちづちゃん、脱走したうさぎはどうなったの?」


 十分程歩いたところでようやく恵の祖母宅に到着した。結局うさぎはどうなったのか、聞き出せずに終わったことに、恵は自分のトークスキルの低さを自覚させられた。全く気にしてはいないが。

 短い坂を上った先にあるその家は、周辺の家より倍近い敷地面積であった。この辺りは近年再開発された地域であり、同じような見た目の家が多く連なる中、恵の祖母宅である日本家屋は少々浮いた存在であった。庭には様々な木が植えられていて、緑の葉が揺れて涼しげに見えた。

「立派なお家だね」

「古いだけですよ。周りに家が増えるずっと前から建っているそうですから。あちこちがたが来てて……っと」

 雨戸を開けようとしたのだが、途中で止まってしまったらしい。見かねた水瀬が手を貸すと、雨戸は鈍い音を立てながらようやく横へと動いた。

「すみません、ありがとうございます。ばあちゃん――祖母の家に行くって言ったら風を通して軽く掃除して来てって言われちゃって」

「今は誰も住んでいないのかい?」

「はい、祖母は一人暮らしでしたから。ここ、再開発のおかげで結構土地の値段上がってるんですけど、売るかどうかは今話し合い中みたいで。伯父さんは売りたいみたいなんですけど、母さんは出来たら家を残したいみたいで。ほら、売るとしたら家は古いから取り壊されちゃうでしょう? 自分の育った家が無くなるのは寂しいんでしょうね」

「なるほどね、それで話し合い中ということか」

「そんなところです。かといってうちが引っ越してくるわけにはいかないんで、多分売ることになると思うんですけど」

「結構あっさりしているね」

「まあ、小さい頃遊びに来ていた場所がなくなるのは俺も寂しいですけど、それでばあちゃんとの思い出がなくなるわけじゃないですし」

「形のあるものが重要ではない、か。それは何となく分かるかな」

 恵に話しかけるというよりも、何かを再確認するような声である。上手い返しが出来るほどの語彙を持ち合わせていない為、恵は黙って最後の窓を開けた。

 その時、家のどこからか悲鳴に似た小さな声が聞こえてきた。知鶴が待っている部屋の方からである。子供ではなく、おそらくは大人の女性の声だが、水瀬は顔色を変えると突然走り出した。恵も慌ててその後を追う。

「ねえさん!」

「陽くん」

 声がした部屋へ行ってみると、驚いた顔をしたままの女性と困った顔の知鶴が立っていた。水瀬は急いで知鶴を自分の方へ引き寄せ、声をあげた女性の方を見た。恵は女性が誰なのかすぐに分かった。

春美(はるみ)叔母さん」

「え、あら確か、けい子さんのところの恵君……?」

 けい子とは恵の母親のことである。この女性は恵の叔父の妻であり、彼の叔母にあたる人物だったのだ。

「水瀬さん、こちら俺の叔母の春美さん」

 それを聞いて水瀬の緊張が少し解ける。

「叔母さん、こちら水瀬さんと――その親戚の子の知鶴ちゃん」

 この二人の関係は所長と所員以外結局不明だったが、話がややこしくなるので親戚という便利な単語を用いることとした。今回の依頼に関しては身内にはあまり知られたくないのだ。

「ああ、恵君の知り合いだったのね。驚いたわ、突然人形が動いたのかと」

 どうやら春美は知鶴が大きな人形か何かだと思い近づいたら、突然動いたので思わず悲鳴をあげたらしい。恵も初めて知鶴を見た時同じようなことを思ったので、少し叔母を不憫に感じた。それは驚いたことだろう。

「ばあちゃん家、人形多いですもんね。あ、そうそう、それです」

 恵は水瀬達がここにいる良い理由を思いつき、頭の中で手を打った。

「知鶴ちゃんのお兄さんが俺の友達で、ばあちゃん家の人形の話をしたら妹がそういうの好きだって聞いて。本当はそいつと来るはずだったんだけど、急にバイトが入っちゃって、代わりに親戚の水瀬さんが付いてきてくれたんです、ね!」

 同意を求められ、水瀬はすぐに恵が何がしたいのかを理解して頷いた。

「すみません、驚かせてしまって。水瀬と申します。甥の亀吉(かめきち)が恵君にはいつもお世話になっています」

 にこりと営業用に作りに作りこまれた完璧な笑顔で対応する水瀬。一切動揺しないで対応するその姿に恵は感心してしまった。甥の亀吉が実在する人物なのかは少し――いやかなり気になったが。

 落ち着いた彼の対応を見て、春美も納得したのかようやく柔らかな表情になった。

「いえ、こちらこそ大きな声を出してすみませんでした。ごめんなさいね、知鶴ちゃん。おばさん大きな声だして驚いたでしょう」

 知鶴は水瀬の上着の裾を掴んだまま、彼女をじっと見つめ小さく首を振った。どことなく不安そうな顔をしている知鶴を見て、恵は首を傾げた。案外人見知りなのだろうか。

「そういえば、春美叔母さんはどうしてここに? 母さん、今日は誰も来ないって言ってた気がするんですけど」

 今朝も母親に確認したのだから、間違いないはずである。恵の母が勘違いしていた、ということならあり得るが。

「私ったらこの間ここに来た時に忘れ物をしていたみたいで」

「この間?」

「あら、けい子さんに聞いてない? 私、ここの掃除によく来ているのよ」

「そうだったんですか、ありがとうございます」

「いやだわ、お礼なんていいのよ。私だって一応身内なんだし」

 髪を耳にかけ、春美は遠慮がちに微笑んだ。

「でも気を付けて下さいね。まだここに入った空き巣も捕まってないし」

「そうね、そうよね。まさかこの家に泥棒が入るなんて考えてもみなかったわ。でもそれなら恵君の方か気をつけなきゃ」

「俺ですか? 俺はこれでも男なんで大丈夫ですよ」

「それでもまだ子供なんだから。それに恵君はもしかしたら犯人を見ているかもしれないし」

「俺が犯人を?」

 春美の意外な言葉に恵は間の抜けた声を出す。恵のそんな様子には気付かず、彼女は少し早口で話を続けた。

「だってお義母さんが倒れた時に一番初めに見つけたのは恵君でしょう? その時に近所で犯人を見ているかもしれないじゃない」

「でも特に不審そうな人は見かけませんでしたよ」

「それでも犯人に見られているかもしれないし。落ち着くまであまりここには来ないほうがいいんじゃないかしら」

「まあ、そうかもしれませんね。気を付けます」

 心配したつもりが逆に心配されてしまい、恵は何とも言えない気持ちとなった。

「それでもあの日、恵君が学校帰りにお義母さんの家に寄ってくれて良かったわ。あのまま一人で倒れていたかと思うと――」

「本当はもっと早く見つけることが出来たら良かったんですけど」

 黙って二人の話を聞いていた知鶴が恵の袖を引っ張る。恵がまた自分のことを責めていると思ったのだろう。恵は慌てて、大丈夫だよと笑って見せた。

「引き留めちゃってすみません。忘れ物を探してたんですよね、手伝います」

「ああ、それはもう見つかったから大丈夫よ。こっちこそごめんなさいね、邪魔してしまったみたいで。私はこれで失礼するわ」

 そう言って春美は腕時計を一瞥した。この後何か予定があるのか、どことなく落ち着かない様子である。

 玄関まで見送ろうとした恵を制止して、春美は軽く会釈するとこの場を後にした。

「すみませんでした、驚かせちゃって。まさか叔母さんが来ると思わなかったので」

「いや、仕方ないよ。それより――ねえさん、大丈夫ですか? すみません、一人にするべきじゃありませんでしたね」

 水瀬は知鶴に目線を合わせられる高さに腰を屈めたが、彼女は春美の去った方を未だに眺めていた。

「ちづちゃん?」

「高良さん、高良さんは今の方と仲が悪いんですか?」

 知鶴の質問は意外なものだったが、恵は即座にその問いを否定した。

「ううん、そんなことないよ。というか仲悪くなるほど会ったこともないし。えっと、うちの母さんは二人兄弟がいてね、弟の方――つまり俺の叔父さんの奥さんが春美叔母さんなんだ。お盆とか正月にある親戚の集まりくらいでしか会ったことないよ」

「でも、あの人は――」

「あの人は?」

「いえ、綺麗な人ですね」

「それ、うちの母さんもよく言ってた。若いし、綺麗だし、叔父さんにはもったいないって。叔父さんも歳の割には若く見えると俺は思うんだけどね」

 身内の見た目の話などしても知鶴には分からないだろう思い、話をその辺りで切り上げる。知鶴は何か考え込んでいるのか、俯いたまま暗い表情をしていた。

 ――子供にこんな顔をさせたままで良い訳がない。

「そうだ! ちづちゃん、良かったら本当に人形見ていく? ばあちゃんのコレクションでさ、アンティークっていうのかな? 大きいのから小さいのまで沢山あるんだけど」

 それを聞いた知鶴の顔に輝きが戻った。

「見たいです!」

「良かった、人形も子供に遊んでもらったほうが喜ぶだろうし」

 知鶴に笑顔が戻って恵は胸を撫で下ろしたが、水瀬は彼以上にホッとした顔をしていた。子供の扱いに慣れている訳ではないらしい。

「あっその前に依頼ですね。高良さん、このお家がどんな風に荒らされていたんですか?」

 どうやら完全に復活したらしい。

「じゃあ家の中ざっと案内しながら説明するね。水瀬さんもそれでいいですか?」

「構わないよ」

「それじゃあ……」

 恵は分かりやすいようにと玄関から順に部屋を案内していった。一階は全て和室で襖によって区切られているだけで基本的には続部屋であった。二階には先ほど話題に出た人形が飾ってある部屋があるのだが、ここは荒らされていなかったので案内は後回しにした。部屋へ入る度に、スマホで撮っておいた当時の写真を見せて説明をする。

 先ほど春美と鉢合わせた和室まで戻ると、恵は水瀬に意見を求めた。

「どこか気になったところとかありますか」

 写真と部屋を交互に眺めながら水瀬は口を開いた。

「大きい引き出しや扉は開けられているのに、小さい引き出しはほとんど開けられていないんだね。普通貴重品を探すなら小さい引き出しから探さないかな」

 実際、通帳や宝飾品はどれも比較的小さめの引き出しにしまわれていた。

「確かにそうですね。あんなに派手に荒らしたままにしたってことは急いでいたんでしょうし」

「まあ、大きめの引き出しの底に大事なものを隠す人もいるからね。引き出しの中は相当荒らされていたみたいだし、そういうのを探していた可能性もある。もしくは――」

 水瀬の言葉がそこで途切れる。だが、恵も彼と同じ考えに辿りついていた。

「お金じゃない……他のものを探していた?」

「その可能性が高いかな、と思う」

「貴重品じゃないなら何か盗られていても俺達じゃ分からないですしね――っとちづちゃんどうかした? 飽きちゃったかな」

 知鶴に袖を引っ張られ、恵は彼女の方を向いた。

「高良さん、あの押入れは?」

「押入れ?」

「あの押入れは荒らされていましたか?」

 恵は知鶴の目の付け所に驚いた。彼女の言う通り、押入れも荒らされていたのだ。

「よく分かったね。中にあったものは全部出されたし、天板まで外されてたんだよ」

「天井裏に何か置いていたんですか?」

「置いてなかったと思うよ? ばあちゃん足腰弱ってたから、一人で天板なんて外せなかっただろうし。何年か前にねずみ騒動があって――結局ねずみはいなかったんだけど、その時にうちの父さんが天井裏見た時は何も言ってなかったし」

 恵の言葉に知鶴と水瀬は顔を見合わせる。

「時間がないのに、どうしてわざわざ押入れの天井なんかを外したのか。今の時代、天井裏に貴重品を隠す人なんてほとんどいないだろうしね」

「そういえば……」

 恵は何か思い出したかのような声を出した。

「階段から落ちた祖母を見つけた後、救急車が来るまでの間に祖母が一言二言呟いたんです。うわごとか何かだと思ってたんですけど」

「何て言っていたんだい」

「やね、の、うら」

「屋根の裏? 屋根裏のことかな」

「この家で屋根裏って言ったら、二階の天井裏のことでしょうけど」

「二階は荒らされていなかったんだろう?」

「そうなんですよね。人形部屋も二階ですし、とりあえず二階を見てみますか?」

「見ますっ!」

 知鶴が勢いよく返事を返す。やはり飽きてきていたのかもしれない。

 二階に上がった三人は人形部屋の前にまず客間を見せてもらった。二階の部屋は洋風で、一階とは別の家のようだった。

「二階は一階と雰囲気が違うね」

「二階は俺が生まれる数年前にリフォームしたらしいです。小さい頃、この家に泊まるときはいつも二階の部屋でした」

「これ、この写真高良さんですか?」

 知鶴が指を指したのは、壁に掛けられたフォトフレームであった。

「うん、そう、丁度今のちづちゃんくらいの年齢かな? 俺の後ろにいるのが両親で、両隣にいるのがじいちゃんとばあちゃん。この頃は二人とも元気だったから」

 知鶴が他の写真についても説明を聞いている間、水瀬は部屋を見終えたらしい。

「ありがとう高良君、この部屋はもう大丈夫」

「すみません、何にも説明なしで」

「いや、特に確認することはなかったから。次の部屋へ行こうか」

 それを聞いて恵は、早く人形を見たくてそわそわしている知鶴を連れて次の部屋へと移った。

「わあ、すごい。お人形さんがいっぱいいる!」

 知鶴は喜んでいるが、恵は小さい頃この部屋が怖かったという思い出しかない。なぜなら人形が夜な夜な動き出そうな気がしたからだ。子供の想像力とは逞しいものである。

 部屋にはアンティークのビスクドールが大きいものから小さいものまで飾られていた。青や緑の瞳が一斉に恵を見つめている気ががして、やはり少し怖い気がした。

「お人形さんに見られているみたいですね」

 自分の心を見られたようで、恵はどきりとした。

「ちづちゃんもそんな風に思うんだ」

「高良さんも思ったんですか」

 どうやら心を覗かれていたわけではないらしい。ただ、同じことを思っていても恵と知鶴の人形への印象は異なるものだった。

「見張られている感じだよね、何だか。ビスクドールは見た! 的な」

「違いますよ、人形さん達は見守ってくれているんです」

 恵は小さい頃から人形が怖かったので、子供と大人の感覚の違いというわけではないのだろう。

「水瀬さんはどう思いますか?」

「え、そうだな、そもそも俺は見られているとは思わないからなあ」

 先ほどと同じように部屋を見回して何かを確認していた水瀬は、突然話しかけられて少々上の空で返事を返した。

「陽くんは顔に似合わず現実主義者なんです」

 知鶴からさらりと難しい単語が出てきて、恵は瞬きを繰り返した。本当に小学生なのだろうか、と。

「小学校に入る頃にはすでにサンタクロースなんていないって言ってましたから」

「まるで水瀬さんの小さい頃を知っているような言い方だね」

 恵が笑いながらそう言うと、知鶴はきょとんとした顔をした。それから何かに気づいたように口を押えた。

「陽くんがそう言ってたんです」

「そっか、そうだよね」

 知鶴は恵の言葉に同意するように何度も小さく頷くと、再び人形鑑賞に戻った。水瀬も気になる点の確認を終えたのか、知鶴の後ろから人形を覗き込んだ。

「ねえさん、良かったら今度ビスクドールの展示販売会でも見に行きますか? 好きなのを買ってあげますよ」

「陽くんはお給料をもっと有意義に使った方がいいと思う」

「俺にとっては一番有意義な使い方だから良いんです」

「プレゼントなら彼女にしてあげて。休みの日はわたしに付き合ってもらってばかりだから、陽くんが彼女に振られたりしたら悪いなって思ってたの」

「彼女なんていませんよ」

「え、でも」

 知鶴の意外そうな反応に、水瀬は何かを察したのかばつの悪そうな顔をした。

「ねえさんが兄さんに何を聞いていたのか知りませんが、少なくとも今現在俺に彼女はいません」

「そうなの?」

「そうなんです。はい、この話はこれでおしまいです」

 恵は水瀬の女性遍歴に関しても非常に興味があったが、それよりも気になったのは話題に出てきた彼の兄のことである。まさか兄まで小学生なのだろうか。

「高良君」

「あ、はい!」

 小学生の兄について想像を膨らませていた恵は、水瀬の呼ぶ声で現実へと引き戻された。

「とりあえず、家の中はこれで十分かな。あとはこっちでちょっと調べてみるよ」

「何を調べるんですか」

「色々とね。探偵なんて情報収集が仕事のようなものだから。ペットの捜索でも失せ物探しでも情報が肝心だからね」

「浮気調査とかもですか」

「ねえさんが所長なのに浮気調査を受けるとでも?」

「ごめんなさい、受けませんよね」

 真顔に戻った水瀬の顔に怯んだ恵は、間を置かずに発言を撤回した。普段微笑んでいることが多いせいか、たれ目がちの印象だった水瀬だが、実際はどちらかというときつめの顔のようだ。

 再び穏やかな表情に戻った水瀬は話を続けた。この顔は対知鶴仕様なのだろう。

「大叔父の現役の頃に使っていた探偵同士のネットワークとかもあるから情報収集もそんなに大変じゃないしね」

 知鶴が所長をしている時点で、そんなに本格的な活動はしていないと恵は思っていたのがそうでもないらしい。

「ちづちゃんは大丈夫? 何か気になることない?」

「――いいえ、大丈夫です」

 知鶴は言おうとしていた言葉を飲み込み、にこりと恵に笑いかける。

 その時、知鶴のお腹から、ご飯を催促する可愛らしい音が聞こえてきた。

「もうお昼でしたね。何か食べて帰りましょうか、ねえさん。何がいいですか?」

「アイスクリーム!」

「それはご飯の後ですね」

 そうして、知鶴の腹の虫をおとなしくさせるべく、三人は恵の祖母の家を後にしたのだった。


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