ピンクのうさぎがあらわれた!
「死に場所は選べって言われたけどなぁ…
ここじゃないよなぁ、師匠ぉ…」
俺の手に握られたもの、それは一振りの剣。
身に纏うものは血まみれの包帯とズタボロの服、そして簡易的であるにしろ今まで十数度の致命的な攻撃を防いで来た胸当て、それが俺の装備だ。
左手に握った手の主が俺を鼓舞する。
「死んではならぬぞ!?我を我が体に届けるまではな!ぴにゃっ!?」
よく喋る盾だ。鼓舞するどころじゃないな。
「盾ではないわ!!この麗しき体に傷一つぷぎゃ!」
今追手の剣を防ぐこの盾
「盾ではないと、ぎゃっ!?」
…盾はどこからどう見てもピンクのうさぎのぬいぐるみだ。
「仕方ないだろ!?お前の手を離せないんだからな!!」
そう、故あってこのぬいぐるみを盾にしてでも生き延びねばならないのだ。左手装備スロットは常に埋まっているのだ。盾にせねばならないだろう。
「おい、この状況を、なんとかっ!できないのか!」
森を抜ける街道を行く俺とぬいぐるみに斬りかかってくる集団は、白いローブと目深にかぶったフード、そして隠すことなく胸元にきらめく聖なる炎の紋章…リビエナルー教徒の暗殺者である。
…隠せよ。
「我が体が真のものならば斯様な敵、瞬く間もなく寸刻みであるぞ!我が従者よまだまだ甘、ぎゃわっ!?」
毒が塗られているであろうクナイ…西方の暗殺者が好んで使う暗器だ…を3本まとめてはたき落とすとぬいぐるみが何か騒いでいる。
「毒じゃな!?我に毒を盛るとは…」
「ぬいぐるみだろ!大丈夫だ!」
本当によく喋る。
暗殺者に狙われる覚えは…
…覚えしかない賞金稼ぎを生業としている俺の名はゼントゥール=エル。左手のぬいぐるみは
「我は東の賢き巫女姫、花も恥じらい目をそらす、リミエ=イル=マハードラ=セルノィアス=オ=リミエルーナであるぞ!おわっ!?」
なんとか名乗り終えたようだが顔にクナイがめり込んでるぞ。
誰に名乗っているかは知らないが、命を狙われているのはコイツ、リミエルのせいだ。
時はたった30分前に遡る。
賞金稼ぎといってもそんなに悪い奴らがウロウロしてるわけでもないから…なかなかに寂しい財布を鳴らして飲み屋に来た俺。店で一番か二番目に安い酒とツマミを嗜んでたら現れたガラの悪い連中。
そいつらのヒソヒソ話を聞いてうまい話を…と思ってたところでそれは起こった。
「我が逆鱗に触れし悪逆非道の小悪党…地に伏し泣き叫んでも許しはせぬ…!
…風の王よ我が呼びかけに応えよ…
我はマハードラの巫女リミエルーナ…
古の盟約に従い力を貸したまえ…!」
小悪党の荷物の中でゴニョゴニョ聞こえたと思ったら、突如店内を吹き荒れる暴虐の風。
間近にいた小悪党は身ぐるみ剥がされ天井に貼り付けになっているし、俺は飛んできたグラスが額に当たってコブができるし、もちろん俺の飲んでた酒…
酒!?
オイオイオイオイ、一週間薬草ケチって食費も削って作った小遣いだぜ?
俺の酒どうしてくれんだオイ。
今なお吹きすさぶ嵐の中心のテーブルに、ふんぞり返り仁王立ちするうさぎのぬいぐるみがあった。あまりに似つかわしくないその可愛らしい姿とその言葉…
「我は東の賢き巫女姫、花も恥じらい目をそらす、リミエ=イル=マハードラ=セルノィアス=オ=リミエルーナである…ぷにぇ!?」
「知らんわ!酒返せ!」
俺の渾身のツッコミ(チョップ)が炸裂した。
嵐のおさまった店内から先ほどの小悪党はいつのまにか姿を消していたが、代わりに店内に侵入してきたものがいた。
「その飾り…リビエナルー教徒か」
リビエナルー教とはマハードラ神を主神とするマハードラ教を国教とするセルノィアス王国ではかなり少数派の西方の宗教である。偶像を許さない炎そのものを信奉する宗教であらゆる邪悪は炎によって滅びると信じられている。
それはともかくあいつらは他の宗教の神様まで否定しにかかってくるんだよな…。それで各地で諍いを起こしては排斥される苦難の道を歩んでいる。
自業自得だが。
…誰に説明してんだ俺は。
そんな奴らが見つめる先には件のピンクうさぎ…
ちょっとまって下さいよ、うさぎさん?
あなた、何か不穏なこと叫びませんでした?
花も恥じらい目を逸らす…じゃなくて東の賢き巫女姫…?
リミエ=イル=マハードラ=セルノィアス=オ=リミエルーナ…?
俺記憶力いいな。じゃなくてな、それって…
「お前、あのじゃじゃ馬姫かっ!?」
「馬とはなんじゃ、馬とはっ!我にはリミエルーナという可愛らしい名がある!ほれこの可憐さ、まっこと神の威光を感じずにはおれんじゃろう!」
ピンクのうさぎだがな!
リビエナルー教徒にとってはまさに怨敵、その大将たる巫女姫がいるのだ。真偽はともかく、姿はともかく。
しかしあの殺気、ただのぬいぐるみに向けられるには些か…
音もなく3人のリビエナルー教徒が動く。1人は入り口を塞いでいる。俺の酒代を弁償いただくピンクうさぎは未だ踏ん反り返っている。
理由は知らないが、されるがままにすればあのピンクうさぎは見事消し炭にされるのがオチだ。
たとえ魔法が使えようともぬいぐるみには変わりない。4人の手練れを相手にしては分が悪いだろう。
「おい、じゃじゃ馬!こっちだ!!」
使い慣れた片手剣を抜き3人の前で横薙ぎに払う。
対多数の戦闘は苦手とはいえ場数はこなしている。
ピンクうさぎの右手をひっ掴みカウンターに飛び込み、ありったけの酒瓶を打ち払う。
「もういっちょ!」
右の耳にぶら下げていた鉄火石を剣で打ち払うと瞬く間に炎が広がった。
店の主人には悪いことをしたが俺の酒代は…
…プライスレスだ。
主人を裏口から蹴りだしながら外へ飛び出る。
「お主やるのう!」
だまれピンクうさぎ。