モデルと役者とプロ市民
周りはどうやら水で満たされているらしい。それなのに、息苦しさや水に濡れた感触は無い。
回りには魚が泳いでいたり、ワカメや昆布のような海草が生えている。中には鮫のようなものもいるが、こちらには気づいていないようだ。
「え?…え???」
どういう事だろう。
おかしい、さっきまで私はJKのグンバツな太ももを拝んでいたはずなのだが…
「なにこれ…海?ていうか遊園地?」
回りを見渡すと気づく。どうやら遊園地のような場所らしい。遠目に、観覧車やメリーゴーランドのようなものが見える。
自分が今いる場所は中央広場のような場所でテーブルに突っ伏していたようだ。
そして、他にも二人が同じようにテーブルに座っていた。そのうち一人は、シトラスと同じように狼狽していた。
・・・とりあえず、声をかけてみる。
「あ、あの…」
「ひぇ!?外国人!?は、はろー!わっちゃねむ!?あいふぁいんせんきゅー!!」
「ああいえ、日本語でOKです…」
日本の「萌え」文化に心打たれてはや十年、日常会話なら普通にできる。
「あ、ああ…よかった、ありがとう」
男の見た目は学校にいるイケメンくらい。背は男性の平均程度だろうか?185cmのシトラスと比べると、少し小さい。
「いや全く良よくはないが・・・なんなんです、ここは」
「私にもさっぱり…気がついたらここに居たんです」
気がついたらここに居た。
本当にそうとしか言えないほど、唐突な展開である。
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
「あ、ああ…相模。相模典雅です、ピエール相模と言う名前で俳優をやってます。そういうあなたは…」
「シトラス・サーバードと言います。駆け出しですが、ファッションモデルやってます」
「シトラスさん、ですか。貴女はこの場所に、その、覚えとかはあるんですか?見たところ、遊園地のようですが…でも魚が…なのに服は濡れてない…」
「いえ、私も全くわかりません。こんな体験型水族館があったら、真っ先にツィーターのトレンドになってますよ」
スマホの電源をいれても、動く気配はない。どうやら海水でダメになってしまったらしい。
「ああ…最新機種だったのに…」
まぁ、至極の太ももコレクションはバックアップがあるので、それが無事ならいい。事務所には、トイレに落としたとでも言っておこうか。
「ダメですね、スマホは水没っぽいです」
「そうですか…いや、自分が溺れてないだけマシでしょう。この突飛な状況で何がマシかも分かりませんが…」
そういって、もう一度あたりを見渡す。が、水没遊園地は水没遊園地のままだった。
幾つかの建造物に泳ぐ魚、仮に本当にこれが水族館なら、オープンすれば大盛況間違いなしだろう。
「ところで、彼は・・・あなたのお知り合いかな?」
伏し目がちに、相模は別なテーブルを指差す。
「えーっと…」
指を指す先には、この世界に迷い混んだのであろう三人目が、未だに座っている。いや、正確に言えば…
「ぐごごごごごごごぉ…」
眠っている。
しかもシトラス知り合い…というか、仕事にたまに顔を出す人だった。
だがなぜだろう、ここで知り合いと言うのは恥ずかしいというかなんというか…
はっきり言って、知り合いと思われたくない。
ので、
「いえ、私も知らない人です」
嘘をつきました。
「そうですか…とりあえず、起こしてみようか」
相模はそういうとテーブルに突っ伏して寝ている彼に「もしもーし」と声をかけはじめた。
が、相手が起きる気配は一向にない、ずぞぞぞぞぞとイビキをかくだけである。
「弱ったなぁ、起きてくれない…」
「も、もうほっといていいんじゃないですか?ほらあっちの方行ってみましょうよ、メリーゴーランドタノシソー」
「いや、こんなところに置き去りにするのは…そうだ!」
何か思い付いたらしい相模は、一旦その場から離れると、ゆらゆら泳いでいた魚を素手でつかむ。
そしてあろうことか、「そォい!!」のかけ声と共に、眠っている彼めがけてぶん投げた。
「え、ちょま、えええ!?」
あまりにも突飛な行動に、シトラスは行動できない。
投擲された魚は、その流線型の体を生かして真っ直ぐに飛んでいく。そして、机に突っ伏した男のツムジをしっかりと捉えた、
「よし、ナイスヒット」
「ナイスヒット、じゃないですよ!いきなり何してるんですかあなた!?」
「いや揺すっても起きなかったので、これはもう投げるしかないな、と」
「だからってなぜ魚!?」
石とかじゃないのかそこは!?私か!?私がおかしいのか!?
いや石投げるのも危ないけど!!
「で、どうだろう?彼は目覚めたかな?」
見ると、むにゃむにゃいいながら男は起き上がろうとしていた。
「あぁあ、起こしたくなかったのに…」
「よかった起きてくれた…もしもし?大丈夫ですか?」
相模が声をかけると、
「んぁ…なんじゃここぁ…」
のっそりと、男は立ち上がる。
ワインレッドのワイシャツに白い背広。背格好は平均的なその男は、しかし目元だけは刃物のように鋭く、睨まれるだけで竦み上がりそうだ。
「えーっと、失礼ですがあなたは…」
「んぉ、誰だあんた…ウォ、つーか、何処だここ」
「状況は自分にもさっぱり…ここが何処かも分かりません」
「ふぅん、そう…あれ?ジッポーつかねぇ、なんでだ?」
タバコをくわえ、ジッポーを擦る男。
しかし水中だからか、火が付くことはない。
「ってかなんじゃここぁ…水族館?遊園地?っつーか水ん中?」
「ちょちょ、どこに行くんですか!?」
ひとりでフラフラ歩いていこうとする男に、相模が訴える。
「あぁ?どこに行くだ?いやそこにトイレあったから用足しに」
「そ、その前に、あなたのお名前というか、職業とか、教えて欲しいのですが…」
相模が訴える。
「あぁ?名前だぁ?なんで?」
「それは、自分たちもなぜここにいるか分からなくてですね、ここにいる三人、せめて何か共通点でもないかと思って」
「共通点?あんたら二人ならともかく、俺ぁあんたらに共通点はねぇな。そうだろ、シトラスちゃん」
「…え?」
相模はシトラスの方に向きなおる。
「シトラスさん、知らないってさっき」
「すみません、知り合いと思われたくなかったので…」
「はっは、まぁそうだろうな。こんな奴とはつるまねぇ方が賢いやな」
そういって、男は
「俺ぁ、綱手照幸。闇医者と暴力団幹部やってるだけの、ただのプロ市民だよ」
そう、名乗った。
好きに能力値振れとは言ったが、医学に95も振るとかバカなのかなこのプロ市民(当時を振り返って)




