九話 突入
変装に必要な物は幾つかある。
まず軍の制服。
戦場で戦う為の野戦服、平時に着る軍服、式典などに着る礼服。
手に入れるのは意外と簡単だ。ボロくなって捨てられたものを利用したり、仕立て屋で作ってもらったり。
今回は野戦服と軍服を捨てられたものから、礼服を仕立て屋に頼んで作ってもらった。
そして情報。
諜報員として上手く動けない状況ではあるが、俺とパラには長年培ってきた経験がある。ある程度の情報は仕入れることができた。
必要な書類、組織図、ウジール周辺の情勢。足りない情報も多いが、変装するには十分だろう。
次に書類だ。これが難しい。
入城許可証と面会許可証は、書式さえきちんとしていればそれほど怪しまれないだろう。
それから転属報告書の書類、他の駐屯地や地方基地からの転属報告書は伝令が運んでくるが、書式はバラバラだし書類の扱いもいい加減だったから、紛れ込ませるのはわりかし簡単だった。
一番の難関だったのは転属届けの書類だ。
こいつは転属前の上官が封蝋で閉じて、転属先の上官だけが開けることを許されている。流石に印璽を偽造することはできなかった。
ウジール軍が使う封蝋がどんなものか、現物がない中で色々調べた結果、ぶっつけ本番で切り抜ける策を考えた。
かなり危ない綱渡りだが、これに賭けるしかない。
「転属になった者です。確認してください」
石城の入城門にいる兵士に、入城許可証を渡す。
「よし、入城を許可する。門を潜ったら右の扉から入ってくれ」
今ちゃんと見てた?
ここである程度通用するか試したかったのに、見てくれないと意味ないんだけどなぁ。穴が空くほど見てくれよ。
嘆いていてもしょうがない。言われた通り、右の扉から城の中に入る。
中は広い作りになっており、何処と無く高級感のある雰囲気だ。流石は超大国。
受付担当の女性兵士に声をかける。
「今日から転属になった者です。面会許可証を確認願います」
「城内警備兵、サイガ中尉の所ですね。ここの階段を3階まで上がって、一番左奥の待機室におります」
「ありがとうございます」
案内された通り、階段を上がり3階まで行く。意外と人影は無い。ちょうどいいな。
三階の通路を歩きながら封蝋用のワックスと小瓶を取り出す。小瓶には小さな穴が空いており、中には火種が入っている。
火種を取り出し息を吹きかけ火の勢いを強めた後、ワックスと一緒に手の中に隠しておく。
突き当たりまでついた。扉には城内警備部隊隊長待機室と書いてある。深呼吸して軽くノックする。
「今日から転属になったダン ウエッソン上等兵です」
少し間を置いて、
「空いてるぞ、入ってきたまえ」
中から声が聞こえた。
さて、ここからが正念場だ。気を引き締めて行くぞ。
「失礼します」
サイガ中尉は少し小太りで頭髪の綺麗な御老体だった。うん、想像通りだな。
視線をサイガ中尉から机の上に移す。
よし、あった!第一関門突破だ!
「話は聞いているよ。どれ、転属届けを見せてくれ」
「了解しました」
封蝋のしていない封筒を取り出す。勿論封の所は見られないようにする。
次の瞬間、外で発砲音がした。
「敵襲!」
一瞬で城内が騒がしくなる。
「こんな昼間から?!誰かが暴発させたんだろ!まったく、本部警護だというのに恥ずかしいぞ!」
中尉が悪態をつきながら、後ろにある窓を開けて覗き込む。
第二関門突破!今だ!
手に隠していたワックスを火種で溶かし、封筒の封になすり付ける。
そして机の上にある印璽を手に取り、なすり付けた箇所に押し付けた。
すぐに印璽を戻し、完成した封蝋に手で風を送る。
「どうやら城外での暴発事故みたいだな。民間人なのか警備兵なのか。どちらにしても・・・ん?何をしているのだね?」
「いえ!何も!」
あっぶねっ!見られる所だった!
「転属届けであります」
封筒をサイガ中尉に渡す。
危ない綱渡りはなんとか成功した。
封蝋を調べた結果、各部署の印璽にはほとんど違いがないことに気付いた。違いは文様の中にある文字と、フチの部分の模様だけだ。
封蝋は押し方によって多少崩れる。じっくりと見なければバレないはずだ。
「ん?!」
封蝋を見て眉をひそめるサイガ中尉。
ヤバイ!バレたか?!
「向きが上下逆じゃないか。いい加減なのは感心せんなぁ」
糞ジジイぶっ殺すぞ!危うく心臓が止まりかけたからな?!
そんな俺の憤慨に気付く事なく、簡単に封蝋を破り中身の書類に目を通す。
「なに?!」
「!」
途中まで読んだ所で、大声を出して俺の顔を覗き込んでくる。
「・・・・・」
な、なに?なんなの?
「そうか・・・君はあのボーマー戦線を・・・あそこは激戦だったろう。先日も私の元部下があそこで戦死してな・・・」
「そ、そうでしたか。心中お察しします」
「今戦況はどうなっているのだ?まだノバック軍は撤退の気配はないのか?」
い、いや流石に最新情報までは探れていないですよ?
「それは、その、申し訳ありません。詳しくは・・・」
「あっ、すまない!思い出したくない事も多いだろうに、無神経な質問だったな」
「へ?あ!いえ!そんな事は!ただ、私の腕の中で冷たくなったジョージの事を思い出してしまい・・・」
「ああ、戦友の死は辛いものだ。だが!君のように生き残った者達は、未来を見つめて足を進めなければいかんよ。それは逝ってしまった者達が託したものだからね」
「はい。ありがとうございます!」
何とか誤魔化しきれた・・・。
サイガ中尉の案内で城内警備兵の詰所に案内してもらった。
「あまり使う事はないがね。何しろ歩哨任務はずっと歩きっぱなしだからな。今は誰もおらんだろう」
城内警備部隊待機室と書かれた扉を開ける。中は椅子とテーブルが並んだ簡素な作りだ。
「お?お前何やってんだ?」
室内にいた人物にサイガが声をかける。
「あれ?隊長じゃないスか!隊長こそ何しに?」
「転属者を案内しとるんだ。お前非番なら娯楽区域にでも行けばいいだろ」
「いやぁ、それがですねぇ、この前の休みでそのぉ、全部スッちまいまして。テヘヘ!」
照れ隠しみたいに笑うが、むさい男なので勿論可愛くない。
「あれ程給金は大切に使えと言っただろうが!馬鹿者!」
「すいません・・・」
お、意外に素直。
「暇なら丁度いい、こいつを案内してやってくれ。歩哨の担当箇所はお前と一緒だからな」
「ダン ウエッソン上等兵であります」
「あんまりかしこまんなくていいスよ!同じ上等兵だし!セオドル コッホ上等兵!よろしく!」
手を差し出されたので、少し戸惑いながらその手を握る。
「それじゃあよろしく頼むぞセオドル。後、案内賃だ」
「お!ありがとうございます!やっぱり隊長は世界一の隊長だ!」
「よく言うわ。期待していたくせに。ダン上等兵、後はセオドルについて行きなさい」
「はい。ありがとうございました」
そして糞ジジイとか思ってごめんなさい。あんた良い人だよ。
「え!ボーマー戦線!?激戦区じゃねぇか!」
セオドルは最初に歩哨担当区域を案内してくれた。
本当は先に娯楽区域を案内したかったらしいが、俺のたっての希望でこっちにしてもらった。なんかそうしないとそのまま遊んじまいそうだったからな。
あ、こいつがだぞ?
「ああ、で、足を撃たれてうまく走れないんだ。それで警備部隊に転属だ」
馴れ馴れしく肩を組んでくる。
「確かにここなら走る仕事もあんま無いしな。でもなんかあったら言ってくれよ!手ェ貸すからよ!」
「あ、ありがとう」
「同じ部隊だ!気にすんなよ!」
「なぁ、あんたシュタイアー国に親戚とかいるか?」
「シュタイアー?中西部の貧乏国だっけ?いんやいないけど、なんで?」
「なんでもない、気にしないでくれ」
なんで俺の周りには、こうも鬱陶しい奴らが多いのかね。そういう奴らを引き寄せる匂いとかあるのか?
歩哨の巡回ルートは偶然にもユーリ坊っちゃまがいるであろう、捕虜収容室の真下を通っていた。
と言っても3階と8階だ。その距離は遠い。
「なぁ、上の階も案内してくれないか?」
「えー!?何にもないよ?行ったってつまんないぜ?それに8階は捕虜収容室があるから6階迄しか行けないし」
「7階は?」
「捕虜収容室担当の警備兵詰所があるだけさ。あそこは担当にならないと入れない規則になってんだよ。でも収容室担当は楽だぜ!立ってるだけで良いんだかんな!」
「・・・俺達もそこの担当になるのか?」
「ああ!俺達の班もそのうちな!」
「そうか」
「あ、でも次は半年とちょっと先だな!」
「・・・そうか」
流石にそこまで都合よく行かないか。
「よし!次は娯楽区域いこうぜ!」
行くのは良いがちゃんと案内してくれよ。
娯楽区域はそりゃあもう素晴らしい場所だった。
忌々しい程にな。
酒場には世界中の酒が並び、接客するのはここの為に採用したのかと思う程の美人な女達、サウナは全て大理石で作られた立派なものだし、賭博場もディーラーが専用のスーツを着て、手捌きも完璧だ!
フザケンナよ、これじゃあ外出る気にならねーだろ・・・
「な!凄えだろ!ファブリック元帥様々だぜ!」
俺の呆れ顔を感動したものと勘違いしたセオドルが、同意を求める。
ああ、凄え。
ファブリック元帥さんよ、あんた凄いよ。ブン殴ってやるから表出ろ。
「じゃあ俺はあっちでちょいとかましてくるからよ!兄弟もどっかで遊んでこいよ!じゃあな!」
ん?ちょっと待て!
「おい!まさか、さっきもらった金で博打やろうってんじゃないだろうな?!」
「大丈夫!三倍に増やすだけだから!それ以上儲けると嫌味言われちまう!」
頭沸いてんのか?!
「あんたサイガ中尉の好意をなんだと思ってんだ!それにまだ案内が終わってない!」
「隊長にも美味いもん差し入れするから大丈夫だって!あ!ちょ!離せって!」
襟首を掴み無理矢理引っ張って行く。
そんな不義理な事を目の前でされて黙っているほど、俺は極悪人じゃないんでな。
娯楽区域を抜ける手前に、何やら薄暗い部屋が連なる一角に出くわした。
「ここは?」
「もう離してくれよ!やらないからよ!・・・ん、そこか?」
「他とは随分と雰囲気が違うな」
「そこはヤリ部屋だ」
「や・・・なんて?」
「ヤリ部屋だよ。男と女が一発かます所さ。ま、別に男と女じゃなくてもいいって言われてるけどな!」
「正確な名前は?」
「正確なも何も、ヤリ部屋はヤリ部屋さ」
「それは俗称だろ?」
「違う違う。正式名称がヤリ部屋なの!」
「はい?」
「みんなも最初は驚いたさ、そんな部屋作っちまっていいのかよーとか、その名前はストレート過ぎんだろーとかさ。でも最上級指揮官様がやった事だし、誰も反対しなかったぜ!」
「じゃああれか、名付けたのも」
「そう。ファブリック元帥様だよ!」
どんな人なんだろう・・・俄然興味が沸いてきた。絶対会いたくないけど。
その後食堂と宿舎を案内してもらい、セオドルとは別れた。
ソワソワしていたが・・・やっぱり賭博場に行ったのかな。まぁ目の届がない所で何しようが俺には関係ないか。
可哀想なサイガ中尉。
俺は素早く紙に暗号を書き、事前に調べておいた廃棄物集積場へと足を運んだ。
ここには城で排出された汚物を貯めておく、木製の汚物タンクが置いてある。
タンクの下に手を入れて、暗号文の入った箱を貼り付ける。
このタンクは週に一度、肥料として近くの農村に買い取られる。その時に箱を回収してもらうわけだ。
あんな告白をした後だってのに、パラとの繋がりはこの汚物タンクだけかよ・・・
なんとも悲しい気分になった。