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笑菓  作者: 千葉焼き豆
救出
9/43

九話 突入

 変装に必要な物は幾つかある。


 まず軍の制服。

  戦場で戦う為の野戦服、平時に着る軍服、式典などに着る礼服。

  手に入れるのは意外と簡単だ。ボロくなって捨てられたものを利用したり、仕立て屋で作ってもらったり。

 今回は野戦服と軍服を捨てられたものから、礼服を仕立て屋に頼んで作ってもらった。


 そして情報。

  諜報員として上手く動けない状況ではあるが、俺とパラには長年培ってきた経験がある。ある程度の情報は仕入れることができた。

 必要な書類、組織図、ウジール周辺の情勢。足りない情報も多いが、変装するには十分だろう。


  次に書類だ。これが難しい。

  入城許可証と面会許可証は、書式さえきちんとしていればそれほど怪しまれないだろう。

  それから転属報告書の書類、他の駐屯地や地方基地からの転属報告書は伝令が運んでくるが、書式はバラバラだし書類の扱いもいい加減だったから、紛れ込ませるのはわりかし簡単だった。

  一番の難関だったのは転属届けの書類だ。

  こいつは転属前の上官が封蝋で閉じて、転属先の上官だけが開けることを許されている。流石に印璽を偽造することはできなかった。

  ウジール軍が使う封蝋がどんなものか、現物がない中で色々調べた結果、ぶっつけ本番で切り抜ける策を考えた。

 かなり危ない綱渡りだが、これに賭けるしかない。




「転属になった者です。確認してください」

  石城の入城門にいる兵士に、入城許可証を渡す。

「よし、入城を許可する。門を潜ったら右の扉から入ってくれ」


  今ちゃんと見てた?

ここである程度通用するか試したかったのに、見てくれないと意味ないんだけどなぁ。穴が空くほど見てくれよ。


  嘆いていてもしょうがない。言われた通り、右の扉から城の中に入る。

  中は広い作りになっており、何処と無く高級感のある雰囲気だ。流石は超大国。

  受付担当の女性兵士に声をかける。

「今日から転属になった者です。面会許可証を確認願います」

「城内警備兵、サイガ中尉の所ですね。ここの階段を3階まで上がって、一番左奥の待機室におります」

「ありがとうございます」

 案内された通り、階段を上がり3階まで行く。意外と人影は無い。ちょうどいいな。

 三階の通路を歩きながら封蝋用のワックスと小瓶を取り出す。小瓶には小さな穴が空いており、中には火種が入っている。

 火種を取り出し息を吹きかけ火の勢いを強めた後、ワックスと一緒に手の中に隠しておく。


 突き当たりまでついた。扉には城内警備部隊隊長待機室と書いてある。深呼吸して軽くノックする。

「今日から転属になったダン ウエッソン上等兵です」

 少し間を置いて、

「空いてるぞ、入ってきたまえ」

  中から声が聞こえた。


 さて、ここからが正念場だ。気を引き締めて行くぞ。

「失礼します」

  サイガ中尉は少し小太りで頭髪の綺麗な御老体だった。うん、想像通りだな。

 視線をサイガ中尉から机の上に移す。

 よし、あった!第一関門突破だ!

「話は聞いているよ。どれ、転属届けを見せてくれ」

「了解しました」

  封蝋のしていない封筒を取り出す。勿論封の所は見られないようにする。


  次の瞬間、外で発砲音がした。

「敵襲!」

一瞬で城内が騒がしくなる。

「こんな昼間から?!誰かが暴発させたんだろ!まったく、本部警護だというのに恥ずかしいぞ!」

 中尉が悪態をつきながら、後ろにある窓を開けて覗き込む。


第二関門突破!今だ!


 手に隠していたワックスを火種で溶かし、封筒の封になすり付ける。

 そして机の上にある印璽を手に取り、なすり付けた箇所に押し付けた。

  すぐに印璽を戻し、完成した封蝋に手で風を送る。

「どうやら城外での暴発事故みたいだな。民間人なのか警備兵なのか。どちらにしても・・・ん?何をしているのだね?」

「いえ!何も!」

  あっぶねっ!見られる所だった!

「転属届けであります」

  封筒をサイガ中尉に渡す。


  危ない綱渡りはなんとか成功した。

  封蝋を調べた結果、各部署の印璽にはほとんど違いがないことに気付いた。違いは文様の中にある文字と、フチの部分の模様だけだ。

 封蝋は押し方によって多少崩れる。じっくりと見なければバレないはずだ。


「ん?!」

 封蝋を見て眉をひそめるサイガ中尉。

 ヤバイ!バレたか?!

「向きが上下逆じゃないか。いい加減なのは感心せんなぁ」

 糞ジジイぶっ殺すぞ!危うく心臓が止まりかけたからな?!

  そんな俺の憤慨に気付く事なく、簡単に封蝋を破り中身の書類に目を通す。

「なに?!」

「!」

  途中まで読んだ所で、大声を出して俺の顔を覗き込んでくる。

「・・・・・」

  な、なに?なんなの?

「そうか・・・君はあのボーマー戦線を・・・あそこは激戦だったろう。先日も私の元部下があそこで戦死してな・・・」

「そ、そうでしたか。心中お察しします」

「今戦況はどうなっているのだ?まだノバック軍は撤退の気配はないのか?」

 い、いや流石に最新情報までは探れていないですよ?

「それは、その、申し訳ありません。詳しくは・・・」

「あっ、すまない!思い出したくない事も多いだろうに、無神経な質問だったな」

「へ?あ!いえ!そんな事は!ただ、私の腕の中で冷たくなったジョージの事を思い出してしまい・・・」

「ああ、戦友の死は辛いものだ。だが!君のように生き残った者達は、未来を見つめて足を進めなければいかんよ。それは逝ってしまった者達が託したものだからね」

「はい。ありがとうございます!」

 何とか誤魔化しきれた・・・。




 サイガ中尉の案内で城内警備兵の詰所に案内してもらった。

「あまり使う事はないがね。何しろ歩哨任務はずっと歩きっぱなしだからな。今は誰もおらんだろう」

 城内警備部隊待機室と書かれた扉を開ける。中は椅子とテーブルが並んだ簡素な作りだ。

「お?お前何やってんだ?」

  室内にいた人物にサイガが声をかける。

「あれ?隊長じゃないスか!隊長こそ何しに?」

「転属者を案内しとるんだ。お前非番なら娯楽区域にでも行けばいいだろ」

「いやぁ、それがですねぇ、この前の休みでそのぉ、全部スッちまいまして。テヘヘ!」

 照れ隠しみたいに笑うが、むさい男なので勿論可愛くない。

「あれ程給金は大切に使えと言っただろうが!馬鹿者!」

「すいません・・・」

  お、意外に素直。

「暇なら丁度いい、こいつを案内してやってくれ。歩哨の担当箇所はお前と一緒だからな」

「ダン ウエッソン上等兵であります」

「あんまりかしこまんなくていいスよ!同じ上等兵だし!セオドル コッホ上等兵!よろしく!」

 手を差し出されたので、少し戸惑いながらその手を握る。

「それじゃあよろしく頼むぞセオドル。後、案内賃だ」

「お!ありがとうございます!やっぱり隊長は世界一の隊長だ!」

「よく言うわ。期待していたくせに。ダン上等兵、後はセオドルについて行きなさい」

「はい。ありがとうございました」

  そして糞ジジイとか思ってごめんなさい。あんた良い人だよ。




「え!ボーマー戦線!?激戦区じゃねぇか!」

 セオドルは最初に歩哨担当区域を案内してくれた。

 本当は先に娯楽区域を案内したかったらしいが、俺のたっての希望でこっちにしてもらった。なんかそうしないとそのまま遊んじまいそうだったからな。

  あ、こいつがだぞ?


「ああ、で、足を撃たれてうまく走れないんだ。それで警備部隊に転属だ」

  馴れ馴れしく肩を組んでくる。

「確かにここなら走る仕事もあんま無いしな。でもなんかあったら言ってくれよ!手ェ貸すからよ!」

「あ、ありがとう」

「同じ部隊だ!気にすんなよ!」

「なぁ、あんたシュタイアー国に親戚とかいるか?」

「シュタイアー?中西部の貧乏国だっけ?いんやいないけど、なんで?」

「なんでもない、気にしないでくれ」

  なんで俺の周りには、こうも鬱陶しい奴らが多いのかね。そういう奴らを引き寄せる匂いとかあるのか?


 歩哨の巡回ルートは偶然にもユーリ坊っちゃまがいるであろう、捕虜収容室の真下を通っていた。

 と言っても3階と8階だ。その距離は遠い。

「なぁ、上の階も案内してくれないか?」

「えー!?何にもないよ?行ったってつまんないぜ?それに8階は捕虜収容室があるから6階迄しか行けないし」

「7階は?」

「捕虜収容室担当の警備兵詰所があるだけさ。あそこは担当にならないと入れない規則になってんだよ。でも収容室担当は楽だぜ!立ってるだけで良いんだかんな!」

「・・・俺達もそこの担当になるのか?」

「ああ!俺達の班もそのうちな!」

「そうか」

「あ、でも次は半年とちょっと先だな!」

「・・・そうか」

  流石にそこまで都合よく行かないか。

「よし!次は娯楽区域いこうぜ!」

  行くのは良いがちゃんと案内してくれよ。


  娯楽区域はそりゃあもう素晴らしい場所だった。


 忌々しい程にな。


 酒場には世界中の酒が並び、接客するのはここの為に採用したのかと思う程の美人な女達、サウナは全て大理石で作られた立派なものだし、賭博場もディーラーが専用のスーツを着て、手捌きも完璧だ!


 フザケンナよ、これじゃあ外出る気にならねーだろ・・・

「な!凄えだろ!ファブリック元帥様々だぜ!」

 俺の呆れ顔を感動したものと勘違いしたセオドルが、同意を求める。

  ああ、凄え。

 ファブリック元帥さんよ、あんた凄いよ。ブン殴ってやるから表出ろ。

「じゃあ俺はあっちでちょいとかましてくるからよ!兄弟もどっかで遊んでこいよ!じゃあな!」

  ん?ちょっと待て!

「おい!まさか、さっきもらった金で博打やろうってんじゃないだろうな?!」

「大丈夫!三倍に増やすだけだから!それ以上儲けると嫌味言われちまう!」

 頭沸いてんのか?!

「あんたサイガ中尉の好意をなんだと思ってんだ!それにまだ案内が終わってない!」

「隊長にも美味いもん差し入れするから大丈夫だって!あ!ちょ!離せって!」

  襟首を掴み無理矢理引っ張って行く。

 そんな不義理な事を目の前でされて黙っているほど、俺は極悪人じゃないんでな。


 娯楽区域を抜ける手前に、何やら薄暗い部屋が連なる一角に出くわした。

「ここは?」

「もう離してくれよ!やらないからよ!・・・ん、そこか?」

「他とは随分と雰囲気が違うな」

「そこはヤリ部屋だ」

「や・・・なんて?」

「ヤリ部屋だよ。男と女が一発かます所さ。ま、別に男と女じゃなくてもいいって言われてるけどな!」

「正確な名前は?」

「正確なも何も、ヤリ部屋はヤリ部屋さ」

「それは俗称だろ?」

「違う違う。正式名称がヤリ部屋なの!」

「はい?」

「みんなも最初は驚いたさ、そんな部屋作っちまっていいのかよーとか、その名前はストレート過ぎんだろーとかさ。でも最上級指揮官様がやった事だし、誰も反対しなかったぜ!」

「じゃああれか、名付けたのも」

「そう。ファブリック元帥様だよ!」


  どんな人なんだろう・・・俄然興味が沸いてきた。絶対会いたくないけど。




 その後食堂と宿舎を案内してもらい、セオドルとは別れた。

 ソワソワしていたが・・・やっぱり賭博場に行ったのかな。まぁ目の届がない所で何しようが俺には関係ないか。

  可哀想なサイガ中尉。


  俺は素早く紙に暗号を書き、事前に調べておいた廃棄物集積場へと足を運んだ。

  ここには城で排出された汚物を貯めておく、木製の汚物タンクが置いてある。

 タンクの下に手を入れて、暗号文の入った箱を貼り付ける。

 このタンクは週に一度、肥料として近くの農村に買い取られる。その時に箱を回収してもらうわけだ。


  あんな告白をした後だってのに、パラとの繋がりはこの汚物タンクだけかよ・・・

なんとも悲しい気分になった。

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