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笑菓  作者: 千葉焼き豆
襲撃
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四十三話 到着

 不眠不休で1日半を費やし、やっとの事でマドセンに到着した。

 もう馬も人もヘトヘトだ。

 シュタイアー常備軍詰所にいるベルダンの元には、先行してアイソセレスの隊員を一人向かわせている。


 あの髭面の男は、俺達の本名を知る数少ない友人だ。

 今回は頼らせてもらおう。


 日もすっかり落ちた頃、詰所の入り口に辿り着いた。

「ホーグさん!」

「ようライド、久しぶりだな」

 ライドが俺の姿を見つけ駆け寄ってくる。

 半年前と同じ構図だ。

「準備は全て整っています。あの・・・お一人ですか?」

 ライドが辺りを見回す。

「いや、途中から俺だけ走って来た。他の奴らは、」

 後ろを振り返る。

「・・・到着だ」

 幌馬車を先頭にして、車列が近付いて来る。

 闇夜に浮かぶ異様な集団。

 中々に不気味だ。

「おお・・・本当に大人数ですね・・・こちらから入ってください」

 少々気圧されたライドの先導で、馬車用の出入り口に案内される。


 詰所の中に入ると、所々に松明が備え付けられ、数人の兵士が銃を手に持ち忙しそうに走り回っていた。

「これは?」

 前を行くライドに聞く。

「なんでもレッドロックに狙われてるらしいじゃないですか、それを聞いてベルダン大佐が街の守りを強化するよう命令したんです」

「・・・マジで?」

 流石のレッドロックでも、貧弱国とはいえ一国の首都を狙うとは思えないんだがなぁ。

「僕の故郷と同じ悲劇を繰り返したくない。そういう事だと思います」

「ああ、成る程な」

 弟夫婦を殺された苦しみは、一生消えることの無い傷なんだろう。

 でも、それを言ったら、

「ライド、お前はレッドロックと聞いて何も思う所は無いのか?」

 両親の仇だ、心が動かない筈はない。

「僕ですか・・・確かに憎む気持ちはありますが、それよりも大切なものがありますから。それに一人で出来る事なんて限られますし」

「そうか・・・」

 肩を組み、頭を乱暴に撫でる。

「ちょっ!ホーグさん?!」

「お前、いい男になるぞ」

「何ですかそれ?」

 嘘偽りない本音だ。


 ライドは厩舎まで俺達を案内してくれた。

「叔父さんにホーグさん達が到着した事を報告してきますね」

 また来ますと言い残し、ライドは足早に去って行く。

「・・・先ずは休息だな」

 そう独り言を呟き、自分の幌馬車に向かう。


「少し良いか?」

 戻る途中、ノベスキーに呼び止められた。

「・・・ナイツの事だな?」

「話が早くて有難い」


 俺とパラが優奈救出に同行すると決まった時、ナイツは涙を流して動揺し、取り乱していた。

 少し・・・尋常じゃ無い。


 俺とノベスキーは人気の無い建物の隙間に入る。

「別に責めるつもりは無いんだが・・・」

 開口一番そう切り出したノベスキーの顔を伺おうとしたが、暗くてよく分からなかった。

「ナイツがあんなになっちまったのは、多分あんたのツレのせいだ」

「パラが?」

 あいつが何をしたってんだ。

「当てられた。と、言った方が正しいのかもな」

 これは推測なんだが、と前置きをしてノベスキーが話を続ける。

「パラの裏表も遠慮も恥もない性格は、多分ナイツとは真逆のもんだ」

 たった1日程度行動を共にしただけでパラの性格を言い当てるとは、こいつ中々やるな。

 てかパラが酷すぎるだけなんだけど。

「ナイツは元々内気で大人しい性格だったんだが、入隊を気に自分を変えようと糞真面目に頑張った結果、今の堅物みたいな女になっちまった」

 うん、まぁ・・・なんとなく分かる。

 あいつ真面目だもんな、軍の空気に慣れようとしたんだろう。

「だが、殺伐とした世界であっけらかんと生きている、同じ「女」に出会った事で、自分を見失ったんだと思う」

「いや、パラだって、」

「分かってる、辛く無い筈がない。でもそれを押し殺してあれだけ自分を出せるんだ、相当な精神力だよ。あんたが惚れたのも納得する」

「・・・そりゃどうも」

 他人の口から聞くと、なんかこそばゆい。

「聞いた話だと、捕らえられている時にナイツの事を友人だと言ったそうじゃないか。そんな真似あいつには絶対に出来ない、敵味方って考えを捨てきれないだろう。「糞真面目」だからな」

 多分、パラは特に大きな意味も無く、ナイツと友達になりたかったんだと思う。

 ただ単にナイツの優しさや生真面目さに惹かれたんだ。

 そう考えると、パラだってナイツに「当てられ」てもおかしくないんだが・・・やっぱり元の性格が違うと影響力も変わるんかね。

「アイソセレスに裏切り者がいた事は聞いているか?」

「そこまではっきりとは聞いてないが、一応知ってるよ。それで目的地の場所がバレたとか」

 暗闇の中でノベスキーの頭が動く。多分頷いたんだろう。

「そいつは家族をレッドロックに捕らわれていてな、最後は自殺みたいな形で死んだんだ・・・ナイツの目の前で」

 そりゃキツイ。

「今迄のナイツだったら割り切って立ち直っていた筈なんだ。それが、今回は違う。相当な衝撃だったらしく、中々立ち直れなかった。部下達の信頼が逆に重荷になる程に」

「その原因がパラにあると?」

 ちょっと極端すぎる気がするんだが。

「最初は「色々」あり過ぎて切羽詰まっただけかと思っていた。だが根本的な原因はおそらく・・・最初に言ったが責めるつもりは無い。ただ、このままだとナイツが駄目になっちまう。どうにかしたいんだ」

 そう言われてもなぁ。

「俺達は何をすればいい」

「こんな事頼める立場じゃないが、ナイツの目を覚まさしてやってくれ」

 それは、

「あんたの役目だろ」

「ほんの数日前、俺はナイツの迷いを断ち切らせる為に、一発ぶちかましてやった」

「一発?!」

「そういう意味じゃない!」

 いや、分かってるよ。この人も冗談通じないな。

「その時は持ち返したと思ったんだが、あんた達が参加すると決めた途端、また駄目になっちまった。俺じゃあ、もう無理なのかも知れん」

 そう言ってノベスキーは小さな溜息をついた。


 うーん、どうしたもんだか。

「まぁ、分かったよ。今は何も思い付かないが、何かあればあんたに話すよ」

「すまないな、恩にきるよ」


 それだけ言うと、ノベスキーは俺に背を向けて隙間から出ようとする。

 しかし出る直前、俺に向き直った。

「なぁ、全部終わったら、飲もうじゃないか」

「ん?ああ、そうだな。そんときゃ俺達の引退祝賀会だ」

「ならばいい酒を用意しないとな」

「おお、楽しみにしとくよ」


 全部終わったら、か。

 ノベスキーが去った後、俺は一抹の不安を覚えた。


 もしかしたら、縁起悪かったかも。




 幌馬車に戻ると、パラが馬留めに手綱を括り付け、鬣を撫でて馬に労いの言葉をかけていた。

「体動かせそうか?」

「一日以上何にもしてないんだもん、動かさないと逆に不健康になりそう」

 俺の姿を見て笑いながら答える。

 見た目からは大丈夫そうに見えるが、実際はどうなのか少々不安だ。


 引退して地球に来てから科学技術の恩恵を受けられなくなり、俺は相当な苦労をした。

 怪我や病気は簡単に治らないし、移動も大変だし、あらゆる事を一からやらなければならない。

 しかし、俺はそれを楽しんでいた。

 何も無いところから新しく構築していく快感は、今まで味わったことの無い達成感をもたらしてくれた。


 でも・・・パラを失いかけて、全部吹き飛んだ。


 またあの時の喪失感が蘇り、俺が見ている目の前の人物が、幻覚なんじゃないだろうかと、そんな恐怖に駆られる。

「ち、ちょっと・・・」

 確かめたい衝動に駆られ、思わず抱き締めてしまった。

「ごめん。なんかさ、不安になって・・・」

「何弱気になってんの?」

 パラが顔を上げ、俺を見つめる。

「・・・あ」

 その顔が急に驚きの表情に変わった。

 俺の肩を誰かが乱暴に握り、無理矢理反対方向に振り向かされる。

 ・・・ベルダン?

 何でそんな怖い顔してるんだ?

「ひ、久しブッ!」

 左の頬に衝撃が走り、体ごと吹っ飛ばされる。

「話は聞いたぞ!」

「な、何だよ!」

 ベルダンがパラを指差す。

「相当危なかったらしいな!」

 どうやらパラが死にかけた事を言っているらしい。

「誰からそんな・・・」

「美しいお嬢さんがお前達を心配していたぞ!」

 ナイツめ・・・余計な事を。

「俺は言った筈だ!覚悟をしろと!」

 ベルダンの眉が吊り上がる。

「・・・したさ」

「してないから死にかけたんだろ?!」

 ベルダンが腕を振り上げながら足速に近づいて来る。

 ヤバイ!本気で怒ってる!

 これ以上あんな一撃を食らったら、顎が吹っ飛んじまう!


「待って!」

 パラが俺の前に立ちはだかり、腕を組んでベルダンを睨み付けた。

「アレックスを殴るんだったら私も殴ってよ!」

 ベルダンの動きが止まる。でも腕は上げたままだ。

「私だって覚悟が無かったんだから、一緒に殴られる!」

「・・・」

 ベルダンがパラ越しに俺の顔を伺う。

 どうやら戸惑っているようだ。

 いや、そんな目で見られても、俺だってどうしたもんか・・・。

「どうしたの?!殴ってよ!それとも女には手を出せない?」

「う・・・そ、そうだ。それに・・・」

「男女差別!臆病者!」

「な!何だと?!」

 馬鹿!何で火に油を注ぐような事を!

「ならばお前も!」

 ベルダンの腕が振り下ろされる。

 パラの頭に直撃・・・する寸前に姿勢を低くしたパラがベルダンの腕を握り、身体を跳ね上げる。

 ベルダンは巨漢の大男では無いが、それでも大柄な方だ。

 その体が宙を舞い、凄まじい轟音と共に地面に叩きつけられた。

「お、おおぅ」

 ・・・いや、パラは強いし。知ってたし。

「素直に殴られるとでも思った?!」

 そう言ってベルダンの股間に足を振り下ろそうとする。

 マズイ!

「それ以上はやめてくれ!」

 思わず大声で叫んでしまった。

「・・・フンッ!」

 パラは一度俺の方を一瞥し、腕を組んだまま鼻を鳴らす。

 マジでこいつ怖い・・・。

「ベルダンは俺達のことを思って怒ってくれたんだぞ!」

「そんな事は分かってるよ!」

 分かってるなら金的はやめてあげようよ・・・。

 でもまぁこれではっきりした。

 パラは完全に、これでもかってくらい、完治している。

「・・・流石パラだな。見事な接近戦だった」

 ベルダンが起き上がって頭をかく。

「お前らちょっとこっち来い」

『・・・』

「大丈夫だ、何もしない」

 パラと目を合わせる。

 そう言うなら何もしないのだろう、2人して近付く。

「アレックス、パラ」

「な、なんだよ」

 いきなりベルダンが俺達を抱きしめた。

 何もしないって言ったじゃねぇか!

「よく無事だったな・・・そして、おめでとう」

「・・・ありがと」

 そっとパラの顔を伺うと、嬉しそうに涙を流していた。


 俺の鼓動が高鳴り、耳まで真っ赤になるのを感じる。


 友人の祝福と愛する人の涙。

 まるで婚姻の儀式だな。

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