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笑菓  作者: 千葉焼き豆
襲撃
42/43

四十二話 息継

「どうしても聞きたい?」

 ユーリがまた顔を歪めて笑う。

 いい加減その不気味な笑い方やめてくれないかな・・・。

「聞きたい。協力者になってくれるのは有難いが、正体が分からなければ背中を預けることが出来ない」

 ナイツが真摯な眼差しでユーリを見る。


 面倒臭さそうに頭をかいて、ユーリがゆっくりと瞬きをすると、さっきまでの気だるそうな雰囲気は消えていた。

「俺はユーリじゃ無い」

 そんな事は先刻承知だ。

「以前の「あの子」もユーリという名前では無い」

 それも知っている。本人から聞いたからな。

「本当のユーリフォーサイスは・・・」

 ユーリがヤマモトさんを見る。

「バッチリ生きてるぜ、俺が保護してうちの局員が三国連合国に連れて行った」

「本物のショーシャも?」

「あのおばちゃんもだ、因みにユーリ救出は彼女の希望でもある」

 ・・・おばちゃん?

「え、本物のショーシャさんっていくつなの?」

 どうやらパラも同じ疑問を持ったようだ。

「56歳って言ってたかな?でも美人な人だぜ!」

「あのよ・・・」

 フザケンナよ!変装とギャップあり過ぎだろ!

「いやぁアレックスが依頼を断らないように頑張ったよ!」

「そんな頑張りいらねぇよ!」

 やっぱり俺をからかいたかっただけじゃねえか!

「・・・話を続けてもいいか?」

「あ、すまん」

 非難の目でユーリが俺たちを睨む。

 つい脱線してしまった。


「俺は二重人格でも無い。以前のユーリ、ユウナに身体を貸していただけだ」

「ユウナ?」

「ああ」

 ユーリは床に人差し指を落とし、何かを書き始めた。


「優奈」


「これが彼女の名前だ」

「・・・何故漢字なんだ?」

 ヤマモトさんが首を傾げる。

「当時はまだ名前を漢字にする人も多かったんだ。何しろナノマシン暴走事故以前の頃だからな」

 何だと?!

「あれはもう何百年も前の話じゃないか!」

「そうだ。彼女と俺はその時代の人間だ」

 本当かよ・・・いや、ナイツやノベスキーは俺を信じてくれた。今度は俺が信じる番だ。

「なぁナイツ、フォーサイスの地下には銃を収めたタンクの他に、何だか禍々しい機械が置いてなかったか?」

 いきなり話を振られたナイツは、体を一瞬震わせユーリを見る。

「あ、ああ。あった。この世の物とは思えないような「何か」が・・・」

 ユーリが軽く深呼吸をして、また目を閉じた。

 そしてゆっくりと目を開き、何処を見るでもなく虚空を見つめる。


「あれは人工冬眠装置だ。俺はあの中で眠っていた。そして、まだ優奈が閉じ込められている」

 人工冬眠・・・。

「俺は彼女を助けたい。その為にもファブリックを倒さなくちゃいけないんだ」

 ユーリが俺の手を取る。


「有坂安綱」


「アリサカヤスツナ、それが俺の名だ」

 ユーリ・・・安綱が笑った。

 今までの薄気味悪い笑い顔では無く、優しい微笑みのような笑顔。

「今まで守ってくれて、本当にありがとう。でも、もう大丈夫」

 安綱が手を離し、深々と頭を下げる。

「後は自分で何とかするよ」

 頭を上げ俺とパラを見る。

 強い意志、と言うより有無を言わせない威圧感が漂っていた。


 どうしても俺達を外したいらしい。


 十中八九間違い無いだろう。

 安綱には経験があるんだ、だから大切な人を失った喪失感を知っている。

 俺達に同じ轍を踏んで欲しく無いんだろうな。


 未だにこいつの正体はよく分からないままだ。

 だけど、悪い奴じゃ無い。

 俺達の幸せを祈ってくれている。


 そんな奴を放って置いて俺達だけが幸せになる・・・そんな薄情な事・・・でも・・・。

 ああっ!駄目だ!どうしたって優柔不断になっちまう!


「ちょっと待って」

 俺が悩んでいる最中に、元凶の1人であるパラが手を上げた。

「さっきさぁ、ユーリ、じゃなかった、ユウナの事「彼女」って言ってたよね」

 おい・・・。

 確かに俺も気になってはいたが、今聞くタイミングか?

「お、おう、優奈は女だ。俺と最後に会った時は15歳だった」

 安綱もまさかそこから聞かれるとは思わなかったんだろう、虚を突かれて戸惑いながら答える。

「私、人工冬眠ってのがどんな物なのかよく分からないけど・・・今でもフォーサイスの地下にいるって事?」

「ああ、俺と一緒に入ったからな。あの事故を回避する為には、それしか方法が無かった」

「事故って、まさか」

「ナノマシンの暴走事故だ。まぁ、さっきあんたの話を聞いて、初めて「あれ」が事故だって知ったんだが」

 あの事故の当事者か、そりゃスゲェ。

「ねぇ、もしかしてユウナってあんたの、」

 パラの台詞を遮るように安綱が手の平をかざす。

「ま、まってくれ、何だってそう重要性の低い事ばかり、」

「答えて」

 拒絶を許さない声色でパラが迫る。

「・・・あの子はただの友人だ。それに30も歳が離れてんだ、恋愛感情なんて無いよ」

 ん?聞き違いか?

 「いや、30て・・・誰が?」

「俺が。こう見えても今年で45だ」

『45?!』

 皆が一斉に叫ぶ。

 女性のような美しい声と容姿、幼いながらも艶めかしい色気すら感じるこの少年が、45歳のおっさんだと?

「お前ふざけんのもいい加減にしろよ?!今迄の話はまぁ信じたとしても、こればっかりは信じられん!」

 どう見たってガキじゃねぇか!

「信じないのは勝手だがな、事実は変えられない!」

 開き直りやがって!

「では、何か理由があるのか?」

 興奮する俺とは反対に、ナイツが冷静に質問する。

「聞いたって理解できないと思うぞ」

 何だその言い方は、こんだけナイツが優しく聞いてるのに。

「私達が愚かである事は理解てしている、だがヤスツナを理解出来ないと私は思わない。僅かだが言葉を交わし、ほんの少しお前の心持ちが見えて来た気がする。もう少し、話してみても良いんじゃないか?」

 ナイツは子供を諭すように言った。


 安綱は少し面食らったように驚いた後、さっきと同じ様な微笑みを浮かべる。

「あんた、良い人だな。あの時忠告した甲斐があったよ」

 そしてナイツもまた、微笑んだ。

 何だかちょっと羨ましい。




「時間の矢ってのがある」

「時間の不可逆性を説明する時に使うあれか」

 俺の言葉に安綱は無言で頷く。

「そうだ、だがミクロの世界では時たまこの時間の矢が消失する」

 それも知っている、素粒子の世界での話だ。

「時間の矢の消失をマクロな世界に応用したのが、人工冬眠を可能にする機械、「可逆蘇生装置」だ」

 随分と仰々しい名前だな。

「装置の作動中、特定の「場」にある物体は時間が逆戻りする」

 て事は、

「人間が入れば、若返るってことか?」

 安綱が頷く。

「俺は2回ほどこの装置で若返っている。だから実年齢は45ってわけだ」

「なんであんたはその装置の中に入ったんだ?実験の被験者だったとか?」

 ヤマモトさんが少し聞き辛そうに質問する。

 安綱は少し影のある表情を一瞬だけ浮かべた。

「まぁ・・・そんなところさ」

 何か意味深な感じだが、これ以上聞くのは不躾だな。

「で、1回目の覚醒の時、紆余曲折の果て俺は優奈と出会った。あんたらも分かってるとは思うが、あの子は本当に優しくて良い子だ」

「じゃあ優しくて良い子のユウナに戻ってよ。あの子にも話し聞きたいしさ」

 パラの台詞に安綱は力無く首を振る。

「それが・・・どうにも出来ないんだ。さっきは貸していたと言ったが、実際には何が起こったのか俺にも分からない」

 意図的に貸していたわけじゃないのか。

「今までは寝ている時とか、優奈の意識が無い状態になると「表」に出る事が出来た。でも今は・・・どうやら頭を打った衝撃で優奈の意識と遮断されちまったらしい。そもそも可逆蘇生装置は俺専用みたいなもんだったから、二人で入るなんて前例が無い。何が起こって俺の体に優奈の意識がリンクしたのか・・・」

 このまま肉体をあげても良かったのに。と、寂しそうに安綱は呟いた。

 いや、女の子なんだから貰っても困ると思うぞ・・・。

「じゃあ、そのなんとか装置に行って、ユウナを助けない限り、もう二度と会えないの?」

 パラが今にも泣きそうな表情をする。

「・・・助けに行かなくちゃならない」

 安綱が真っ直ぐな視線でパラを見つめる。

「安心してくれ、勝算はある」

 そう断言した安綱を無視して、パラが無表情のまま固まってしまう。

 これは・・・何か考え事をしている時の表情だ。

 一体なんだ?


 暫く固まっていたパラは、唐突に俺とナイツを見た。

「アレックス、ナっちゃん、私達が一緒に旅したユーリは、こんな中身が中年親父の変ちくりんじゃなかったよね」

「変ちくりんだと?・・・」

 安綱が絶句する。

 ごめんな、口が悪くて。

「私達が知ってるのは優しくて健気で強い心を持ったユーリだよ!でもその子はまだ助け出されていない。なんとか装置の中にいるの」

 パラが俺を睨む。


 俺は、この瞳を知っている。

 絶対に譲らない、強い時の目だ。


「ねぇ、私達の仕事は終わってないよ。絶対にユウナを助けないと!」

 ナイツの表情が驚愕に変わる。

「パラ、まさか・・・」

 パラは力強く頷いた。

「このままじゃ、終われないよ。どうしてもあの子を助けたい。そうじゃ無いと私・・・」

 それ以上の言葉を、パラは飲み込んでしまう。


 ・・・どうしても降りる気は無いのか。

 俺と目が合ったナイツは、今にも泣きそうな顔で首を振った。

 きっと止めて欲しいんだろう。

 そうだな・・・パラを止められるのは俺しかいない。


 次の選択で、全てが決まる。

 今迄の迷いを振り払い、腹をくくる。


「ああ、最後の仕事なんだ、きっちり終わらせないと」

 俺達はずっと一緒だ。

 こいつがやりたいと言うのなら、それに付き合うだけだ。


 パラが満面の笑みで俺の手を取り、顔を近付ける。

「そうこなくっちゃ!」


 多分、俺はこいつに一生逆らえないんだろうな・・・。


「なぁ、お前らさ、もし片方が死んじまっても冷静でいられるか?」

 安綱が冷たく言い放つ。

「それは・・・」

「正直に言えば、片割れが死んだだけで使い物にならない様な奴を連れて行っても足手纏いになるだけだ、だからお前らはここでお終い。後は何処かで落ち着いて子供でも作ってろ。安心してくれ、優奈を助け出したら一緒に顔出すからよ」

 口調は荒いが、言葉の端々に安綱の優しさが垣間見える。

「は?何言ってんの?連れてってやるのはこっちなんだけど」

 そんな優しさもパラの手にかかれば一刀両断だ。

「あ?!何でそうなんだよ!」

「これは私達の仕事なの!」

「俺は仕事じゃねぇ!」

「私用なら尚更じゃん!邪魔しないなら連れてってあげるよ!」

「分かれ!俺はお前達が心配なんだ!」

「ありがと!でもそんなの必要ないから!」

 俺知ってる・・・これ絶対終わらないやつだ。

 結局尻拭いはいつも俺なんだよな。

 もう少し学習してくれよ・・・。


「まぁ待てって」

 ヒートアップする2人の間に割って入る。

「確かにパラを失いかけた時、俺は冷静でいられなかった」

 二人が口を開けようとするのを、すかさず手で制する。

「だがな、それは誰だって同じ事なんだ。程度の差はあっても、お互い不思議な縁で集まった俺達だ。この中の誰かが死んでも冷静になんてなれないよ。だから見捨てて行くなんて、したく無いし、して欲しく無い」

 繋いだままだったパラの手を引っ張り抱き寄せる。

「あ・・・」

「だから俺達は一緒に行くよ」


 甘い考えなのは分かっている。

 でも、僅かでも良い縁で繋がった人達を失いたく無い。

 嘘偽りない本音だ。


 ヤマモトさんが安綱の肩を叩く。

「ま、諦めてくれよ。昔っからこうだからな、いくら言っても治りゃしない」

「・・・あーっ!ったくよう!」

 安綱が乱暴に頭を掻きながら盛大に溜息をついた。

 なんか仕草だけ見ると本当におっさんだな。

「分かったよ、お前らの事は全力で守る。今迄の礼だ」

「じゃあ・・・」

「一緒に優奈を助けに行こうぜ」

 安綱は苦笑とも微笑とも取れる笑顔を見せてくれた。

「・・・ありがとう」

 不満はあるだろうが、安綱は納得してくれたようだ。


 だが、

「どうしても・・・行くのか?あんな事があっても、まだやると言うのか?!」

 震える声でナイツが叫ぶ。

 さっきまでの冷静な態度が嘘の様だ。

 パラを見つめるナイツの瞳からは、涙が溢れていた。

「どうしてまだやろうとしてるんだ?!私には理解出来ない!」

 そう叫ぶ姿は、以前丘の上での彼女と重なった。

 おい、一体どうしちまったんだ?


「ナイツ・・・」

 ノベスキーが呟きナイツを見る。

 驚きと不安を同時に表したような、不思議な顔をしていた。

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