四十一話 対話
走る幌馬車の中。
傍には眠るパラの姿があった。
いつものお下げ髪を解き、今は少し癖のある長髪を乱している。
髪を一房手に取り、両手で撫で付けそっと離す。
誰かに掴まれているかのように、心臓が痛い。
でも、全部終わったんだ。
これからは、この子の為に生きよう。
何処かで静かに・・・
「おい、話を聞いてるのか?」
ナイツが俺の顔を覗き込む。
「自分の女の事しか頭に無いんだろ」
「兎に角今後の方針だけでも決めんと」
「1人に固執するなんてお前も変わったなぁ」
「・・・」
レッドロックの襲撃を撃退した俺達は、ひとまずシュタイアーの首都マドセンに移動する事になった。
俺としては幌馬車を誰かに操ってもらい、荷台でパラの容態を静かに見たいと思っていたんだが、何故か余計な4人まで乗り込んで来やがった。
「お前らうるさいぞ!パラが起きるじゃねぇか!」
「お前が一番声大きいだろ」
「ぐっ・・・」
ナイツのツッコミに慌てて口を閉ざす。
ここにいるのは俺とパラ、ナイツとその部下だというアイソセレスの副隊長ノベスキー、そしてユーリとヤマモトさんだ。
因みに御者台にはナイツの部下が座っている。
「まぁなんだ、うるさいついでに情報交換をしたいんだが」
ユーリが退屈そうに呟く。
眠っているパラを除く全員がお互いの顔を見合わせた。
「私達の素性はすでに知っているだろうし、今更話す事は何も無い。説明を求めたいのは・・・」
そう言いながら、ナイツがヤマモトさんとユーリを見る。
「そうだな。お前らは一体何者なんだ?」
ノベスキーが訝しげに目を細めて2人を睨み付けた。
さっき話を聞いたんだが、こいつは俺と同い年らしい・・・でも風格というか風貌が俺とは段違いだ。
正直言ってちょっと怖い。
「アレックス、お前説明して無かったのか?」
呆れた顔でヤマモトさんが俺を見る。
いや・・・説明する理由も暇も俺には無かったし。
「まぁいいや、俺はリチャード ヤマモト。こいつの元上司だ」
そう言って俺を指差す。
「では、環境保護の・・・」
ナイツの呟きに、ヤマモトさんは頷いた。
「そう、地球環境保護局の者だ。なんだ、お前そこら辺は教えていたんだな」
「別に隠しておかなくちゃいけない規則も無いし。それより俺の話を信じちまったナイツに問題があると思うぞ」
ナイツが不機嫌そうな顔をして俺を睨む。
「・・・あの時は切羽詰まった状況だったんだ、お前を信じるしか無かった。というか私が信じなかったらそっちだって困っていただろう?」
「まぁな」
そういや、
「副隊長さんは俺の事ナイツから聞いたのか?」
ノベスキーに視線を移す。
「ああ、大体のところは聞いている」
「話を聞いて疑わなかったのかよ、自分で言うのも何だが、俺だったら絶対信じないぞ」
「隊長が、ナイツが嘘をつく理由なんてどこにも無かった。ならば信じる以外の選択は無い」
随分と信頼してんるだな。
もしかして、それ以上の関係か?
・・・あまり詮索すると下衆の勘繰りになるな。やめとこう。
「なぁ」
突然ユーリが口を挟んできた。
「お前らこれからどうするんだ?」
ユーリが俺とパラを順番に指差した。
こいつ・・・自分に話が振られるのを避けやがったな。
「勘違いするなよ、俺の正体なんかより、2人のこれからの方が大切なんだ」
全てを見越した目でユーリが俺を見る。
何だってこいつはそこまで心配してくれるんだ?
「これで引退なんだろ?」
「まぁ、そうだけどさ・・・」
でも、俺にはやらなくちゃいけない仕事があるんだ。
ナイツに目を向ける。
その気配に気が付いたのか、ナイツもこちらを振り向く。
しかし視線が合う直前で目を逸らしてしまった。
「・・・私との約束なら気にしなくていいぞ。パラを幸せにする使命は、何よりも優先されるべきだ」
そう言うと思ったよ。
俺に協力してくれる交換条件として、ファブリックを引き摺り下ろすナイツの作戦に加わる約束をした。
いつもなら反故にするなんて信用を失うような真似は絶対にしない。
だが、もう昔のように考える事は出来なくなってしまった。
さっきの喪失感がフラッシュバックする。
何があってもパラを守る。幸せにする。
この言葉の呪縛からは、もう逃れられそうに無い。
「なに、俺が協力してやるよ。おっさんもやってくれるよな?」
ユーリがヤマモトさんの肩を叩き笑顔で親指を立てる。
「言われなくてもやるさ、間違い無く俺の仕事に関わってくるからな。それに可愛い元部下の幸せが掛かってるんだ」
ヤマモトさんも嬉しそうに親指を立てた。
「そう言う事だ。後は任せてくれ」
2人が同じ笑顔で俺を見る。
いつの間にか意気投合しやがって・・・。
世の中には良い縁と悪い縁がある。
ここにいる6人、そしてアイソセレスの連中は、深さに違いがあったとしても、俺やパラにとって多分良い縁なんだろう。
そしてそれは、とても貴重だし大切なものだ。
そんな連中が危険を冒すと言ってるのに、何もせず傍観しているだけなんて・・・俺にできるのだろうか。
「なに煮え切らない態度とってんの」
少し弱々しいが、それでもハキハキとしたいつもの声が聞こえる。
「・・・パラ」
どうやら本当に騒ぎ過ぎたみたいだな。
「起こして、私も話聞きたいし」
「お、おい・・・」
背中に手を回し起こしてやろうとしたが、パラは自力で起き上がった。
そこそこ回復してきた様だ。
「兎に角話を聞こうよ、何がどうなっているのか。それから決めても遅くないでしょ?」
目覚めて開口一番に、随分と現実的な話をするんだなこいつは。
もうちょっとこう・・・なんかあるだろ。
お互いの無事を確認するとか、再会を喜ぶとかさぁ。
「なんか言った?」
「いや、何にも」
明後日の方向を見て誤魔化す。
「じゃあ、先ずはさ」
俺の頭を両手で掴み、無理矢理明後日から現在に戻される。
い、痛い!
「私が知らないアレックスの事、全部教えて」
「何それ・・・単なる覗きじゃん・・・」
説明を終えた俺に、放った第一声がそれだった。
「いや、まぁ否定は出来ないな」
遥か昔、人類の活動範囲は太陽系全体へと広がり、国という単位が惑星レベルへとシフトしつつある時代。
この星にも高度な文明が栄えていた。
魔法と区別がつかない程の超科学技術。
誰もが当たり前のようにその恩恵を受け、疑う者は誰1人としていなかった。
しかしそんなある日、悲劇が起きる。
ナノマシンと呼ばれる目に見えない極小の機械が暴走事故を起こしてしまう。
人々の身体に入り込んでいたその機械達は、或る日突然猛毒に変わってしまったのだ。
地球にいる九割以上の人類と、一部の動植物が死滅。
未だに根本原因は解っていない。
そして不思議な事に、この大事故は地球上でしか起こらなかった。
誤作動が発生し、ナノマシンが原因だと突き止め、強制的に停止させるまでにかかった時間はたったの2時間。
皆為すすべもなく死んでいった。
発達し過ぎた科学技術が人類の滅亡を招きかねないと知った人々は、これを規制しようと動き出す。
だが、文明の利器に依存し共存していた為これを断念。
そこで地球をタイムカプセルのようにして保存する事を決定する。
もし地球以外の人類が科学技術の暴走で死滅したとしても、地球だけは残せるように計画したのだ。
その結果、地球環境保護条約が結ばれ、地球環境保護局が設立された。
保護局の目的は、地球を産業革命以前の状態にする事と、動植物及び人類の個体数の監視と管理。
現在も監視活動は行われており、地球人類はその活動と繁殖を制限されている。
「おったまげたな、こりゃディストピアじゃねえか」
ユーリが顔を歪めて笑う。
別に政治的、発言的に規制されている訳では無いし、人工統制も文明レベルが低い影響で多産多死の状態だから、保護局から具体的に介入はしていない。
でも、監視、管理されているという事実に変わりは無い。
ユーリの発言を、全否定は出来ない。
「何にせよ私達は知らない所で監視されていたという訳だ。それも秘密裏にな」
ナイツの言葉に俺とヤマモトさんが反応する。
「いや、別に隠してた訳じゃないぞ」
「さっきもアレックスが言っていたが、隠さなければならないという規則は無い。それに保護条約が締結されて何世代かまでは、地球の人々も充分承知していた筈なんだ」
「じゃあ何で私達は知らないの?」
パラの疑問はもっともだ。
だけど、
「さぁ・・・何でだろ」
ヤマモトさんにも、勿論俺にも分からない。
過去に何かあったのか?
「俺は・・・何となく分かるな。自分達が檻の中の見世物になっているなんて、屈辱以外の何者でも無い。自分達の子孫にだって教えたくは無い筈だ。そんな思いが重なって、多分みんな忘れちまったんだ」
ノベスキーが誰に言うでもなく、静かに呟いた。
確かに、それはあるかもしれない。
「あのさ、隠す必要ないんなら、何で私に黙ってたの?」
うっ!
「それは・・・突拍子も無い話をして、変に思われたく無いから・・・」
「それだけ?」
「そ、それだけだよ」
「ふぅん・・・」
「過去の話しはこれくらいにして、これからの話しをしよう!」
これ以上突っ込まれたら、ボロを出しちまうかも知れない・・・。
ヤマモトさんを指差す。
「先ずはおっさん!何であんたはここに居るんだ?それもご禁制の生体スキンなんてもの着てさ」
保護局員が地球で活動する場合、使用する道具は相当制限される。
特にナノマシン系は使用厳禁だ。
だが、ヤマモトさんは医療用ナノマシン入りの変装スキンを堂々と使っていた。
まぁ、そのおかげでパラは助かったんだが・・・。
「あれ?言ってなかったっけ?ある程度解禁されたんだよ」
「これも?」
パラの着ている生体スキンを指差す。
「あ、それは・・・うん、大丈夫」
絶対嘘だ。多分こっそり持ち込んだんだろう。
「それと俺の脳内物質も操ってただろ」
「・・・してないぞ」
とぼけやがって。
脳内物質を自在にコントロールし、興奮させたり逆にリラックスさせたりする装置がある。「機械系麻薬」と呼ばれ、一般には非合法品だ。
最初に「ショーシャ」と出会った時、このおっさんはそれを使って俺を緊張状態にしていたんだ。
あれは少しでも使い型を間違うと廃人になっちまうんだぞ!
でも不思議だ。ナノマシンやら機械麻薬やら、こんなの地球上で使ってたら一発で、
「そういや「リサ」が仕事してないって言ったっけ?」
「なんだと?!」
リサが・・・?
「それ・・・誰なの?」
パラがジト目で睨む。
「おま・・・何勘違いしてんだ!女じゃねぇよ!てか人でもねぇ!」
「リサは観測システムの事だ、正確には全球観測装置。開発者の名前がそのまま愛称になったんだ」
「・・・あっそ」
ヤマモトさんの説明を聞いてパラは明後日の方向を向く。
おい・・・謝れよ。
いや、それより、
「リサが止まるとか前代未聞だぞ。修理できる奴なんていないだろ」
リサは地球上のどんな出来事もリアルタイムで観測出来る。
更に人間の思考まで大まかではあるが読み取れてしまう。
だがブラックボックスが多過ぎて、未だに仕組みが解明されていない。
開発者の「南部リサ」は人間では無かった、なんて噂があるくらいだ。
「修理は・・・多分出来ない、と言うよりどうやら壊れていない。どうも意図して観測してないみたいなんだ」
何じゃそりゃ。
「他の方法で観測しようとしたんだが出来なくてな、調べてみたらリサが妨害していた」
「はぁ?!あり得ん!」
リサなんて名前はついてるが、あれは只の機械だぞ?!
「中身なんて殆ど解明されてないんだ。何があってもおかしくはない」
一体どうなってるんだ・・・。
「停止しようにも、万が一そのまま再起動出来なかったら観測方法を一から構築しなきゃならん。で、仕方が無いから直接出向いて監視活動をしてる訳だ。いやぁびっくりしたぞ、活動を開始して早々、フォーサイスから前時代の武器が流出してたんだからな」
「なら直接ウジールに行って回収しちまえばよかったじゃないか」
「いや、それがよ、どうにもファブリックって奴が曲者で」
「・・・あいつは俺たちと同類だ」
ヤマモトさんの言葉を引き継いで発言する。
ファブリックは間違い無く「外」から来た人間だ、更にご禁制の品も使っている。
その証拠に、周囲の人々の記憶を操作していた。
で、その結果、俺の人相も操作されちまった訳だ。
記憶の改竄というのはかなりの高度な技術を必要とする。
「送信側」から「受信側」に、更には「受信側」から「送信側」に影響を与える装置が必要だ。
訳あって俺は「受信側」から「送信側」への変換装置を持っている。
そのせいでファブリックが「送信側」から「受信側」の装置を起動した時、近くにいた俺にも影響が及んだ訳だ。
・・・待てよ。
「そんな記憶の改竄なんてやれば、リサが・・・」
「だから言ったろ?ファブリックは曲者だって」
ファブリックは事前にリサの「反乱」を知っていたか、或いはリサを操っているのがファブリックなのか・・・。
「そう言うわけで迂闊には近付けなかった。ナノマシンの「洗浄」をしていない俺が行くと、そっち方向から攻撃をかけられるかもしれん」
そっちというのはナノマシンによるカウンター攻撃の事だろう。
随分以前からだが、暗殺方法がより複雑になり、特にナノマシンによる殺害は本当に面倒臭い事になっている。
あるナノマシンを防御する為のナノマシン、を無効化する為のナノマシン、を更に攻撃方法に利用するナノマシン。
・・・「ナノマシン」がゲシュタルト崩壊しそうだ。
「だが、どうしてもユーリに、いや、ユーリを名乗る「何者」かに事情を聞く必要があった。だからアレックスに協力を依頼したんだ。お前は「清潔」だからな」
何言ってんだ?
「俺の体には一部のナノマシンが残ってるぞ?消去すると身体に悪影響があるってんで、能力だけ消したんだ。確か引退する前、おっさんにも説明したと思ったんだが」
「・・・」
こいつ・・・忘れてやがったな。
「ま、まぁ何もなくて良かったじゃないか!」
「カウンター攻撃で殺されてたかも知れないんだぞ?!それにナイツ達にも不審がられるし!」
「いや、人相書きの件が無くてもお前は充分怪しかったぞ」
「愛する女に変態道具を買わせるとか、正直ドン引きだ」
何故アイソセレスから攻撃が?!
いや、それよりもっと突っ込まなきゃいけない事がある!
「何でショーシャに変装して俺に近付いたんだ?普通に再開出来なかったのかよ」
ヤマモトさんは、さっきまでの明るい表情から少し寂しそうな顔に変わった。
「お前、この子に過去がバレても良かったのか?」
「それは・・・」
「久しぶりにアレックスの元気そうな姿を直に見て、俺だって名乗り出たかったさ。でもよ・・・」
「という建前で俺をからかっていた訳か」
目を見開き俺を見る。
「俺がそんな人間に見えるか?!」
「見えるね。それにさっきから肩が震えてるぜ」
笑いを押し殺してるのがバレバレだ。
「・・・まぁそれもある!だが正体を隠した方が良かったのも事実だろ?!」
遂には開き直りやがった。
でもまぁ、
「確かにな。初から本当の事を言われてたら断ったかも知れん。そうしたらユーリも助けられなかったかも」
ただし、今のユーリじゃ無い。
以前の優しくて強くて守りたくなる、あのユーリだ。
さっきから黙っている少年を見る。
「なぁ、そろそろ正体を明かしてくれないか」
皆の視線がユーリに集まった。
「え、もう俺の番?」
「お前は・・・一体何者なんだ?」




