四十話 終焉
崖上に行くには、この森を抜けて崖へと続く獣道を登らなければならない。
でも俺は、まだ森を抜ける事すら出来ないでいた。
「クソが!」
心ばかりが焦って身体が付いていかない。
この役立たずの肉体が!さっさと動きやがれ!
自分の身体と喧嘩しながら走り続けていると、目の前が僅かに明るくなった。
森がようやく途切れ、日差しに照らされて目を細める。
後少しでパラのいる崖上だ、休んでいる暇は無い。
使えない鈍足な脚を動かす。
その時、目の端で何かが動いた。
・・・人だ!
俺は周囲の警戒を怠るほど追い詰められていたのか?!
数人の男達が俺の前方を塞ぎ、無言でライフルを向けてくる。
例のライフルだ。
レッドロックか・・・或いは・・・
男達の背後から女が顔を出す。
・・・見覚えのある美女だ。
「ナイツ!」
「アレックスか!」
タイミング悪すぎ!いや、良すぎか?
「敵の動きからこっちにいるとは思ってたが、やはり正解、」
ナイツにしがみつく。
「な!ど、どうした?」
「一緒に来てくれ!パラが危ないんだ!」
状況を説明している暇は無い、今はとにかく急がなければ。
獣道を進んでいる最中、廃村の方角から激しい銃声が聞こえて来た。
「私の部下達だ、各地に散らばっているから全員は連れてこれなかったが、それでも20人はいる。一瞬で制圧するだろう」
て事はここにいる5人と合わせて25人か、充分な人数を連れて来てくれたみたいだな。
「ありがとな、もう来てくれないのかと思った」
そう言うと、何故かナイツは目を逸らす。
「お前達に言わなければならない事がある・・・落ち着いたら聞いて欲しい」
何かあったようだが、そんな事より今はパラだ。
「急ごう、早く合流しなくちゃいけないんだ」
「・・・わかった」
監視ポイントにしている筈の場所に、パラはいなかった。
その代わり、
「パラがやったのか・・・」
レッドロックの死体が転がっていた。
横に落ちていたライフルを手に取る。
「パラ!何処だ!」
大声で叫んでも、廃村の銃声で掻き消される。
その時、近くから別の銃声が響いた。
「おい!アレックス!」
ナイツが突出した崖の1つを指差す。
そこには伏せて狙撃銃を構える人影があった。
「パラだ!」
無事だったか!
無意識に足が動き、走り出す。
ユーリの野郎!俺の不安を煽るだけ煽りやがって!生きてるじゃねぇか!
視界が歪む。
どうやら俺は泣いているらしい。
袖で乱暴に涙を拭い、蹴躓きそうになりながらも最愛の人に駆け寄った。
「パラ!」
近くで叫んでも反応が無い、どうやらこいつも耳をやられているようだ。
「アイソセレスが来た!後は下の奴らに任せれば大丈夫だ!」
肩を叩くとパラは顔を半分だけこちらに向けた。
「え?あ、アレックス・・・こっちにいたの?通りで見当たらないと思ったよ」
「まったく、援護遅いんだ・・・・」
・・・何だこれは。
右眼が無い。
皮膚がめくれ上がり、血が止めどなく流れている。
パラは俺の方を向いたまま仰向けに倒れた。
「はは・・・無事だって知ったら気が抜けちゃった」
身体が・・・血で染まっている・・・
「ごめん、ちょっと休むね」
「パラ!」
何だこれは!
一体何処を撃たれた?出血量は?撃たれてどれくらい経つ?何をすればいい?
何をすれば・・・助かるんだ?
身体を抱きかかえる。
俺の大好きな匂いが血で汚されていく。
「パラ!目を閉じたらダメだ!」
「・・・でも・・・もう限界」
ゆっくりと左目が閉じていく。
出血性ショックで意識が混濁している。
何か方法がある筈だ!考えろ・・・考えるんだ!
傷口を洗って縫合、これ以上の出血を抑えて・・・腹膜炎・・・切開して内臓を洗浄・・・そんな事したら・・・でも・・・
「私のせいだ・・・」
俺の思考を遮るように、ナイツが呟いた。
「アイソセレスに・・・内通者がいたんだ・・・それなのに私は・・・廃村の事を言ってしまって・・・」
声が震えている。
「再開は笑顔でと約束したのに・・・こんな事に・・・すまない・・・」
「ナちゃんは・・・悪くないって・・・私が・・・」
それ以上言葉が出てこない。
「パラ!」
「アレック・・・」
パラの指が俺の頬を撫でる。
そしてそのまま・・・指が力無く落ちて・・・
「パラ・・・」
死んだ・・・
こんなに呆気なく・・・目の前で為すすべも無く・・・
時間が止まったかのように静かになる。
遠くからの銃声も、ナイツの叫び声も、何も聞こえない。
当たり前だ、俺達の人生だったんだ。
だから、もう・・・全て必要ない。
「・・・約束だもんな」
腰の拳銃を取り出して頭に当てる。
「ずっと一緒だ」
引き金に力を加えて、
「!」
パラが目を覚ました!
「止めて!ナっちゃん!お願い!」
パラが死に掛けているとは思えないような大声で叫ぶ。
「・・・ア、アレックス!やめろ!」
ナイツが拳銃を奪おうと腕を掴んでくる。
「離せ!お前には関係無い!」
まだ死んでないなら丁度いい、俺が先に死んでやる!
パラの死に目に会うくらいならそっちの方がまだマシだ!
「本気に・・・しちゃダメ」
はぁ?!
「ふざけんな!お前が言い出したんだろ?!自分が死ぬ時は俺も一緒だって!」
今更あれは本気じゃなかったなんて通用するか!
立派に!元気に!最後まで!完璧に死んでやるんだ!
「おい!お前達も見てないで手伝え!」
「え・・・は、はい!」
クソ!5人がかりなんて卑怯だぞ!
こうなったらこいつらも殺して・・・
「アレックスザイテル!」
誰かの叫び声に、皆の動きが止まった。
この声は・・・
ゆっくりと首を動かして後ろを見る。
ヤマモトさん・・・
え?・・・全裸?
「その子の服を脱がせ!早く!」
「あんた・・・ふざけてんのか?」
こんな時に・・・こいつも殺してやろうか・・・
「お前、こいつの性能忘れたか?!その子を助けられるぞ!」
そう言って、手に持つ布切れのような物を俺に見せる。
これは・・・変装用の・・・
そうか!
「パラ!脱がすぞ!」
「ぅあ・・・え?」
「あんたらも手伝ってくれ!」
「な、何を・・・」
ナイツが戸惑いの声を上げる。
「いいから!」
医療用ナノマシンがどうのなんて説明をしている暇は無い!
「い、いや・・・アレックス・・・」
パラが僅かな抵抗をみせる。
「今助けてやるぞ!ナイツ!あんた達はズボンを脱がしてくれ!」
「え?あ・・・ああ」
俺を含め6人がかりで服を脱がしていく。
それも緊急事態だ、ナイフで袖口や襟元を切り開き、ボタン類は手で無理矢理引きちぎる。
側から見ると、6人で輪姦しているようにしか見えないだろう。
「酷い・・・アレックス・・・信じてたのに・・・」
何やら勘違いしているようだが、そんな事に構ってる暇は無い。
上着を全部脱がした所で銃創を発見した。
背中寄りの脇腹から反対側の脇腹に貫通銃創、多分膵臓か胃をやられている。
よくこんな状態で喋れたもんだ。
「よし、全部脱がしたぞ」
久しぶりに見るパラの裸は相変わらず傷だらけだ。
更に銃創と血痕で壮絶さが増している。
「・・・」
どうやらアイソセレスの連中は絶句しているようだ。
「おい!お前らは下がっていろ!」
「は、はい!」
呆然とパラを見つめていた男達は、ナイツの叫び声で我に帰り、慌てて後方へ下がって行った。
「デリカシーのない連中で悪いな」
「いや、ありがとう」
別に下心があって見ていたわけではないだろうが、ナイツの気遣いに俺は感謝した。
「よし!これを被せるんだ!」
ヤマモトさんがスキンを差し出す。
変装用スキン、もっと詳しく言えばショーシャになる為の生体スキンだ。
人型になっているそれをパラの上に被せる。
「臭っ・・・」
生体スキンは、本来の肌が行う働きを100パーセント補ってくれるから内部に垢や汗が溜まる事は無い。
でも、50過ぎのおっさんが半年以上身に付けていたんだ、相当な匂いだろう。
「・・・起動は・・・何処だっけ?」
「腹の部分に指を上にして左手をかざすんだ。忘れちまったのか?」
俺が何年使ってないと思ってんだ、とっくの昔に忘れてるよ。
言われた通りパラの左手をかざす。
「い、痛い」
「少し我慢してくれ」
指を上にして腹部に手をかざすのは、かなり無理がある。
不用意に解除出来ない為なんだろうが、死に際のパラには相当キツイだろう。
手をかざして数秒、スキンがまるで生き物のように動き出し、体全体を包み込む。
「お、おおっ!これは?!」
ナイツが驚きの声を上げる。
「あ・・・なんか傷口が痒い」
早速ナノマシンが効いているようだ。
「1日もすれば完全に完治する。それまでは動かない方がいいぞ」
優しい笑みでヤマモトさんがパラを見つめ、「ショーシャ」の時着ていた女物の服を被せてやる。
「・・・私・・・助かるの?」
パラが信じられないといった顔で俺を見た。
「ああ、助かる。詳しい事は後で話すよ。でも、その前に身体を治そう」
頭をそっと撫でてやる。
「うん・・・あんたを1発殴ってからね。助けてくれたのは嬉しいけど、あんまりにも扱いが酷くない?」
・・・これだけ悪態を付けるようなら大丈夫だな。
俺は安堵の余り、その場で座り込んでしまった。
手が震えている。
パラが死んだと思った時の、強烈な喪失感が未だ消えずに残っている。
俺は・・・大切な人を失いかけたんだ。
いや、本当なら失っていた。
運が良かった以上の幸運、強運だ。
こんな思いは、もう二度としたくない・・・。




