三十九話 反転
「なんで・・・あんたがここに・・・それにその格好・・・」
あまりの出来事に言葉がうまく出てこない。
「その顔は相当驚いてるようだな!いやぁ頑張った甲斐あったよ!」
そう言って嬉しそうに笑いやがる。
ショーシャの中身はこのおっさんだったのか?
なんでそんな事・・・俺を驚かせる為?
・・・だとしたら、
「この野郎!」
ぶっ殺してやる!
掴みかかろうと手を伸ばした瞬間、爆音が響いた。
「うわっ!」
どうやらユーリが発砲したらしい。
狭い小屋の中でそれも至近距離だ。
キーンという音が頭の中で鳴り響き、何も聞こえなくなる。
「・・・!」
ユーリが何か叫んでる様だが、よく聞こえない。
口を見ろ?ああ、読唇術で会話しろってことか。
残念ながら俺にそんなスキルはないぞ。
肩を上げて降参のポーズをとる。
なんで呆れた顔されなくちゃいけないんだよ・・・。
次にユーリは俺達を指差し、そのまま自分の背中を指差した。
付いて来いってことか。
ん?何処に?
そう思っている間に、ユーリは扉から外に飛び出していた。
「おい!何してんだ!」
死ぬ気か?!
ヤマモトさんと目を合わせる。
俺の真似なのか、肩を上げ降参のポーズをする。
相変わらずムカつくおっさんだな!
ユーリに続いて小屋を出る。
扉の真横、壁際に血溜の中倒れている男がいた。
さっきユーリが撃ったのはこいつだったか・・・胸と頭に銃創がある、壁越しなのに随分と正確だな。
男の物だったであろうライフル銃を拾って各部を点検する。
問題無さそうだ。
そんな事をしている合間にも、ユーリは片っ端から敵を撃ちまくっていた。
敵もまさか出て来るとは思わなかったのだろう、殆どの奴等が慌てて遮蔽物に隠れようとする。
だが中にはこちらに銃口を向けてくる者もいた。
しかし撃つ前にユーリが弾丸を叩き込む。
ターゲットは全部で3人、物凄い速さで的確に2発づつ撃ち込んでいく。
見たことの無い独特な構え方だ。
左腕を伸ばして上から抑え込むように持ち、身体のほぼ中心で銃を保持している。
最後の1人が腹部と胸部に喰らい、そのままうつ伏せに倒れた。
しかしユーリは止まらない、敵が隠れたであろう場所に向けて淡々とライフルを撃つ。
これは・・・弾が貫通するソフトバリケードだけを撃っているのか・・・。
危険度の高いターゲットを攻撃しつつ、一瞬で隠れた場所を覚え、一瞬でバリケードの状態を見極める。
銃の扱いに長けているとか、戦い慣れているとか、そんな次元の話じゃない。
とんでもない化け物だ・・・。
ユーリがその場にしゃがみ込む。
「援護してくれ!」
僅かだがようやく聞こえるようになった耳に、叫び声が飛び込んで来た。
すかさずライフルを敵に向けて引き金を引く。援護射撃だから別に狙って撃つ必要は無い。
あー折角治まりかけてたのに、また耳鳴りだ。それもさっきより酷い。
ユーリは空になった弾倉を取り外し素早く新しい弾倉を装填、レバーを引く。
瞬きするような一瞬で完了し、射撃を再開。ターゲットにプレッシャーを与え続ける。
一体どれ程の訓練を受ければこんな早く出来るのか。
それ以前に何処で訓練を?
いや、今は考えてる暇なんか無い。
ユーリがまたハンドサインを送って来た。
大体わかる、こっちに逃げるから左側をを警戒しろって感じだ。
廃村の入り口とは逆方向だが当然だろう、そっちには多数の敵が潜んでいるはずだ。
かと言って反対側に敵がいないとも限らないが、まぁ選択枠はそんなに多くない。
素直に従おう。
左側と前方を警戒しながら走り続ける。
俺の背後にはヤマモトさんがいた。
1人だけ得物を持っていないからしょうがないが、さっきから何もしていない。
少し振り返り、様子を伺う。
呑気に笑顔で手を振ってきた。
・・・まぁいい、ぶん殴るのは後だ。
廃村の突き当たりまで来た、敵は1人もいない。
人手が足りないのか、単なる馬鹿なのか、どっちにしても都合がいい。
ここから先は森林だ、中に入ればうまく逃げられるかもしれない。
だがユーリは足を止め、後方を向いたまま動かない。
「逃げないのか?」
声を出して初めて気がついたが、どうやら右耳の鼓膜が破けたようだ。
「・・・」
「聞こえねぇよ、耳がイかれてる」
ユーリが手招きをして口を指差す、多分耳を近づけろって事だ。
仕方がないので素直に左耳を差し出した。
「下の奴らは俺が引き付ける!あんたは崖上の女のところに行け!」
は?
「だったら3人で行けばいいだろ」
「敵を牽制しながらの移動では時間がかかりすぎる!あんただけでも早く行くんだ!」
いや、でも、どれだけ敵がいるかわからないんだ、弾だってもう残り少ない。
「ここはふた、いや1人でなんとかする!それよりもパラが心配だ!」
ヤマモトのおっさんが何か言っているが2人とも無視する。
「お前!なんであいつの本名を?!」
ユーリにはまだ教えていない。何処かで口走ってしまったか?
「そんな事はどうでもいい!手遅れになる前に行け!もしかしたらもう間に合わないかもしれないがな!」
「・・・パラがやられたとでも言いたいのか」
そんな筈は無い、あいつは強いんだ。
今まで何度も死にそうな目にあったが、パラの働きでなんとか乗り越えて来た。
今回だって・・・
「これまでと一緒にするな!大切な人ができるってのはそれだけで隙を生む!」
それは・・・知っている・・・いや、知っているつもりだ。
でも、俺達に限ってそんなヘマはしないと信じていた。
「間違いない。このままだとあの子は死ぬぞ」
「・・・」
聞こえなかった筈なのに、何故か強烈な一撃となって俺の胸に突き刺さった。
「おい!来たぞ!」
ヤマモトさんが叫ぶ。
敵だ。
体制を立て直し、こちらに向かって来る。
多分逡巡していたのは、ほんの数秒だったと思う。
「ヤマモトさん」
ライフルを投げ渡す。
「行ってくる」
「・・・おう!こっちは心配するな!」
「すまん・・・ユーリ、ありがとう」
「必ず2人で戻れよ!」
「ああ!」
背を向け森の中を目指す。
正体不明となったユーリの言葉に何故俺は従うのか、正直自分でもよく分からない。
だけど、あいつの顔、あいつの言葉を否定することが出来なかった。
まるで経験があるかのような説得力があったんだ。
お前を失ったら・・・俺は・・・
木々の合間を走り抜ける。
頭の中はまだ整理が出来ていない。
タイミングの良すぎる襲撃、ユーリの豹変、ショーシャの正体がヤマモトさんだった。
まるで、たった数分間の内に世界がひっくり返ってしまったかのようだ。
しかしそれよりも俺の頭が理解出来ないのは、パラを失うかもしれないという現実だ。
パラと一緒になりたい。
それはずっと心の中で燻っていた。
今回はいいタイミングだったんだ、困難かつ面白そうな仕事で有終の美を飾る、これで心置き無く終われると。
全てが終わってから打ち明けようと思っていたのに、あいつの喜ぶ顔が早く見たくて先走ってしまった。
全部俺の我儘だ。
三年半好きでもない仕事に付き合わせて、最悪のタイミングで告白して・・・
その結果がこれだ。
この大馬鹿野郎の最低野郎!
不安が頭の中で渦巻く。
頼むから無事でいてくれよ!
きっとこれも、俺の我儘なんだろうな。




