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笑菓  作者: 千葉焼き豆
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三十七話 治療薬

「悪いが今度は横を素通りって訳にはいかないぜ」

「・・・そのようだな」


 男は不敵に笑い俺を睨みつけた。




 十分前。

「あんたらの隊長に話がある。悪いが案内してくれ」

 野営地の入り口に立つ歩哨に声を掛ける。

「・・・要件は?」

 歩哨は怪訝そうに俺の顔を覗き込んだ。

 どうやら顔は割れていないらしい。

「アイソセレス副隊長のノベスキーが会いに来たと言えば通じる筈だ」

 歩哨の顔色が一瞬で真っ青に変わる。

「アイソ・・・ちょっ、ちょっと待ってくれ!そこを動くんじゃ無いぞ!」

 そう言って何処かへ走り去ってしまった。

 なって無いな、先ずは拘束するのが先だろうが。


 数人の男達を引き連れて、さっきの歩哨が戻ってきた。

「体を改めさせてもらう」

「存分にやってくれ」

 両手を上げ、身体中を弄られる。

 勿論武器の類は一切持っていない。

「よし・・・隊長はこっちだ、ついて来い」

 武装した数人に囲まれて、野営地へと入る。

 野営地、とは言っても街からは遠く、ただの野っ原にテントを張っているだけだ。

 歩きながら周囲を見渡す。

 20人程度いるという話だが、人影は見えない。

 まぁ既に配置は確認済みだがな。


「隊長、連れてきました」

 小さな建物の前で止まる。

 多分狩猟者用の小屋かなんかだろう。

「入ってくれ」

 ・・・何処かで聞いた事がある声。

 扉を開け、中に入る。

 室内は明かり取り用の小窓から日の光が差し、僅かに明るかった。


 その中央に男が1人。

「やっぱりあんたか」

「どーも、レッドロック中隊長のパーリングだ。よろしく」




 パーリングと名乗った細身の中年男は、以前ファブリックの執務室前で出会った男だった。

 何が面白いのか、さっきからずっと不気味な笑みで俺を見つめている。

「まぁ座んなさいよ、多分交渉は長引くと思うからさ」

 そう言って二つある椅子の一つを勧めてくるが、俺はその場を動かない。

「交渉?そんなつもりはない、俺はメッセンジャーだ。うちの隊長のな」

「メッセンジャーね。で、どんな内容なんだい?」

 椅子に深々と座りながら、パーリングが笑顔で聞いてくる。


 一呼吸置いて、俺は口を開いた。

「『今すぐケルテックの家族の居場所を教えろ。さもないと命を落とすことになる』それだけだ」

「・・・」

「さあ、答えを聞かせろ」

 パーリングは真顔になり、下を向く。

 そして次に顔を上げた時、さっきよりも歪んだ微笑みに変わっていた。

「・・・プッハハッ!面白い事言うなぁ!そんなのとっくに殺してるに決まってるだろ?!」

「だろうな」

「で?それだけか?」

 さも愉快そうに下卑た笑顔を俺に向けた。

「10秒」

「は?」

「・・・・・3、2、1」


 外で銃声が響き渡る。




「悪いが今度は横を素通りって訳にはいかないぜ」

「・・・そのようだな」

 断続的な銃声が続いている。

「制圧は一瞬で終わるぞ。どうする?」

「どうするって?どうもしないさ」

「俺は非武装だ、盾にして逃げることもできるぞ。ケルテックにしたようにな」

 パーリングの笑顔は消えない。

「そんな事しないよ。だって、」

 さっきまで鳴り響いていた銃声が一斉に止まった。

「どうやら終わったらしい」

 制圧完了だ。

「いやいや、これからが本番だって」


 ・・・余裕たっぷりの笑い顔を見るのも流石に飽きて来たな。

 ここらで種明かしと行こう。


「言い忘れていたが、潜伏していた43人はとっくに無力化済みだぞ」

「・・・あ?」

 今度こそ本当にパーリングから笑顔が消えた。

「・・・銃声も何も・・・」

「音を立てずに襲撃するなんざ簡単な事さ」

 静かな武器なんていくらでもある。

 更に今回は、減音できる拳銃なんて卑怯な物まであるからな。

「倍以上の戦力差で・・・」

「戦技戦術の差だ」

「・・・」

「もう一度聞くぞ、どうする?」

 扉の方向から三発の轟音が響く。

 次の瞬間、扉を蹴破り数人の男達が突入して来た。

 第三分隊の連中だ。

「クリア!・・・副長ご無事で?」

「見りゃ分かんだろ」

「そのようで」

「そいつを拘束しといてくれ。一番「辛い」やつな」

「了解」

 2人が照準を合わせ、1人がパーリングの武装を手際良く外していく。

「悪趣味だな、いたぶってから殺すつもりか」

 引きつった笑みでパーリングが呟いた。

「レッドロックに言われたく無いね、噂で聞いただけだが相当悪どい稼ぎ方してるらしいな」

 両手両足を背中に回し一点で縛り上げ、縛った箇所から更にロープを伸ばし、首に回す。

 体を海老反りにして首にロープを通す事で、常に体を反らしていないと首が締め付けられる、拘束方法としてはかなりエグいやり方だ。

「・・・殺すならとっととしてくれよ」

 苦しそうにしているが、減らず口は変わらない。

「そう焦るな。他にも聞きたい事がある」

 言いながら、隊員から受け取った消音器付きの拳銃を突き付ける。

「ファブリックとの契約内容を教えろ」

「ユーリフォーサイスとダンウエッソンの殺害だ」

 意外とあっさり答えた。

「別働隊の残り40人はどこに行った」

「言わなくても分かるだろ」

 やはり本当の目的地、「廃村」に向かったのか。

「最後の質問だ、ケルテックとその家族を利用したのは誰の発案だ」

「・・・俺が本当のこと言うと思うか?」

「時間がないんだ、早く答えろ」

 銃口で頭を小突く。

「ファブリックだ。あいつが教えてくれた」

「・・・そうか」


 銃を突き付けたまま、後方を見る。

「隊長は?」

「今来ます」

 隊員の1人が答えた。


 くぐもった音と共に、パーリングの頭部が捲れあがり内容物が散乱する。

「・・・え?」

 周りの隊員達が間抜けな声を上げるのと、ナイツが室内に入って来たのはほぼ同時だった。

「・・・何をしている」

 ナイツが唖然と俺を見ていたが、次の瞬間、顔を歪ませて俺を睨んだ。

「ノベスキー・・・お前・・・何をした!」

 拳を振り上げ俺に突進して来る。

 一直線に伸びた拳をかわし、そのまま腕を掴んで投げ飛ばす。

 咄嗟に受け身をとって衝撃を和らげたようだが、受けきれなかったのか大きな音が響いた。

 倒れたままのナイツを見つめる。

「これは治療だ、お前は今「ハシカ」にかかっている。早いうちに治す必要がある」

 なるべく感情を込めずに言う。

「・・・どう言う意味だ」

 起き上がりながらナイツが俺を睨んだ。

「復讐をしない救う為の行動、大いに結構」

 そう言いながら睨み返す。

「だがこいつは敵だ、俺達にとって必要な死だ。それをも否定するってんなら、お前は完全に壊れちまうぜ」

 ナイツが眉を寄せて俺を見た。

「一つ聞きたいんだが、こいつとお前、ついでに言えばついさっき無力化した外の連中、一体何が違うんだ?」

 肉の塊になったパーリングを指差す。

「武器を持ち殺し合う。そこに何の違いがある」

「私は、」

「話を聞け!」

「・・・」

「俺達の仕事は殺し合いだ。そこに何の違いも無い。その事は十分理解している筈だ。それなのにこいつを殺した事を非難するってんなら、お前は何も選べない、何も決断出来ない、弱腰隊長に成り下がっちまったって事だ」


 何かを守る事と、決断から逃げる事は行動の方向性が似ている。

 だから勘違いしやすいが、実際には全く違う。

 守るという行動は、究極の選択を常に突き付けられる。

 更にまずいのが、決断出来ない言い訳として、守るという言葉がよく使われる事だ。


 今のナイツが正にこの状態だ。

 彼女を責めるつもりは無い。

 余りにも色々あり過ぎたんだ。

 自分が犯した罪そのものと言えるユーリに出会いその強さに打ち拉がれ、本来忠誠を誓うべきファブリックに裏切られ、そして追い討ちをかけるように、家族も同然の部下に裏切られ敵に殺された。

 もう耐えられなくなっている。


 これ以上不安定な心理状態が続けば、確実に壊れてしまう。


 ナイツに銃を向ける。

「・・・副長」

 隊員が止めに入ろうとするが、それを目で制す。

「完全に壊れた人間がどうなるか知ってるか?どうしようもない感情が内か外に放出されるんだ。内側ならまだ良い、さらに壊れて終いには死んじまうからな。だが外に向いたら最悪だ、周りを巻き込んで盛大に爆発しちまうんだ」


 ・・・そんなナイツの姿、俺は絶対に見たくない。


「三択だ。このまま立ち去って静かに暮らすか、全てを決断して俺達と行くか、それとも今ここで俺に殺されるか」

 立ち尽くしたまま俺を見ていたナイツは、視線を逸らし悲しそうな顔になった。

「私は・・・そんな弱い人間ではない」

 まだそんな事を言いやがるか。

「弱いさ、誰よりも弱い。だから俺はお前とここまで来たんだ」

 俺の言葉に反応したのか、ナイツはまた俺を睨み付ける。

「弱くなんかない!父さんが死んだ時も、仲間が死んだ時も、部下が死んだ時だって私は立ち上がった!前を向いて全部受け止めて!」

「それが弱いって言ってんだよ!目を反らせ!誰かに頼れ!それが出来ない奴は只の腰抜けだ!」

 ナイツは目を釣り上げ、さらに激高する。

「何故それが強さなんだ!逆だろ?!」

「お前は何も分かってない!自分1人で抱え込んで傷付いて!それでも真っ直ぐあろうなんて、そんなの強さでもなんでもないんだ!」


 何も決断出来ず、それでも全部を1人で受け止める。

 まともな人間ならあっという間に廃人だ。

 どちから一つでもいい、俺達に、俺に寄りかかってくれれば・・・。

「頼む・・・」


 ナイツの瞳は変わらず、戸惑いと迷いの狭間で俺を見続ける。

 もう駄目なのか。

 ここまでなのか・・・


 俺は、約束を果たせなかった・・・


 引き金に力が入る。


 発砲する直前、近くにいた隊員が拳銃に掴み掛かり、弾は明後日の方向に飛んで行った。

「副長!何考えているんです?!」

 そのまま銃を奪われてしまう。

「・・・」

 皆の視線が俺に集まった。

「・・・父親だ」

「父親?」

 隊員達が顔を見合わせ頭をかしげる中、ナイツだけはその意味が分かったのか、不安そうにこちらを見た。

「それは・・・誰の?」

「ユージン ブラック。あんたの親父さんだ」

「父さん・・・」

「あの人は村長として上に立つには余りにも真面目で優し過ぎたんだ」

 ナイツの顔が益々不安の色を濃くしていく。

「男手一つで子供を養いながら、身寄りを亡くした俺を引き取って、更に国境から来る敵国の奴等に媚を売りつつウジール軍に協力する。そんな器用な事出来る人じゃなかった」

 真っ直ぐにナイツを見据える。

「あんたの親父さん、ユージンさんは周りに村長を押し付けられて、それに耐え切れず心中しようとしたんだよ」

「・・・そんな」


 これだけはどうしても言いたくなかった。

 俺達の、俺と親父さんの苦しみを、苦悩を知って欲しくは無かったから。


 だが、今ここで言わなければならない。


「親父さんを殺したのは俺だ」

「!」

「あの晩、物音に目を覚ました俺は、ロープとナイフを手に持って声を殺して泣いているあの人を見たんだ。その傍にはお前が寝っていた」

 まるでついさっきの出来事のように思い出せる。

 余りにも辛く悲しい思い出。

「声をかけた俺に、親父さんは襲いかかってきた。泣きながら、謝りながら。自分が死ねば俺達は野垂れ死ぬ、だから一緒に死のうとナイフを振りかざして来た。だから咄嗟に俺は・・・自分のベットの下に隠していた拳銃を・・・」

 これ以上は言うことが出来ない。

 思い出す事を、口に出す事を、心が拒否してしまう。

「ノベスキー・・・」

「そうなって欲しくないんだ・・・ナイツ、俺を、俺達を頼ってくれ、全てに向き合おうなんてしないでくれ・・・」

 それだけ言って後は口を閉ざす。


 ナイツは視線を逸らしたまま黙り込んでいたが、気を決したのか真っ直ぐに俺を見た。


「・・・皆が私の罪に付き合ってくれると言ってくれた時、凄く嬉しかった。だけど心の中に黒いわだかまりのような何かが産まれたんだ。不安とも恐怖とも違う、もっと恐ろしい何かが」

「それが「ハシカ」だ。自分の正当性や存在意義を揺るがす病気でな、真面目な奴ほどなりやすい」

「父さんはそれにやられたのか」

「・・・俺はそう思ってる」

「お前は・・・兄ちゃんは何も悪く無い」

 そう言って寂しそうに笑う。

 不謹慎かも知れないが、そんな彼女を俺は美しいと思ってしまった。

「その病気に私が負けたら・・・」

「俺は親父さんに合わす顔が本当に無くなっちまうな」

 両肩を上げ苦笑する。


 長い、本当に長い沈黙の後、なんの前触れも無くナイツの表情が変わった。

 諦めとも苦悩とも違う、かと言って晴れやかでも無い。

 全てを決断した表情だ。


「情報は聞き出せたのか?」

「ああ、やはり別働隊は廃村に向かっている。急がないとアレックス達が危ない」

「分かった、倒した連中の武器を回収し、持てない物は全て破壊し破棄する。急げ」

「・・・」

 皆直ぐに動かない、いや、動けない。

「何をしている!早くするんだ!」

 ナイツがさっきの弱々しい姿からは想像出来ないような叫び声をあげる。

「り、了解!」

 隊員達は大慌てで小屋から走り去って行った。


 小屋に2人っきりになる。

「・・・ノベスキー」

「何も言うなよ。聞きたく無いし、俺も言いたくない」

 溜息と共に言葉を吐き出す。

 正直俺の方が修羅場だった。今迄隠していた父親の死因を、ついに教えちまったんだからな。

「これからどうなるか分からんが、落ち着いたらゆっくり話そう」

 それだけ言って、俺も小屋を出ようとすると静かな声で呼び止められた。

「・・・・・てね」

「ん?」

「いや、何でもない」


 ・・・今のは聞かなかった事にしておこう。

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