三十六話 分岐点
小高い丘の頂にケルテックを埋葬する。
戦友の死は何度か経験しているが、この虚空な気持ちに慣れる事はない。
隊員の1人が埋葬したケルテックの上に金貨を置く。
すると他の奴らも同じ様に金を置き始めた。
はした金じゃない、それなりの額だ。
「何やってんだ?」
近くにいたタウルスに声をかける。
「いや、分隊長に金を借りていまして・・・」
借りてただと?
「・・俺が見る限り、ほぼ全員が置いてるみたいだが」
「多分借りてない奴なんていませんよ。金に困ったらケルテック分隊長に頼めってのは有名でしたから」
確かに呑む打つ買うから一番遠い所にいる奴だった。
オフになったら家族の元に直行していたしな。
だが、
「ケルテックは小遣い制だったんだぞ?そんな奴から金を借りるなんて・・・」
なんて恥知らずな連中だ!
「それは知っていましたが・・・『一番正しい金の使い方だ』とか言って喜んで貸してくれるもんだから、つい・・・」
ケルテック・・・お前・・・お人好しにも程があるぞ。
そんな文句を言いたくても、本人は土の下だ。
その事実に虚しさだけが募る。
・・・やはり、慣れないな。
「隊長達はこれからどうするんです?」
野営地に戻ってくるなり、シュバルツとダニエルの2人が声をかけてきた。
「とりあえずここでケネスの帰りを待つ」
「・・・あいつはレッドロックの居場所を突き止めに行ってるんですね?」
ダニエルが少し安堵したように言う。
「そうだ」
ようやく俺の思惑に気付いたらしいな。
連れションの時、俺はケネスにケルテックが怪しい事を伝え「外」から監視するよう命令した。
最初は訝しんでいたが、事情を包み隠さず説明し、ケルテックの無実が証明されるならと受け入れてくれた。
しかし、昨晩の一件が起きてしまった。
だが、最悪の事態に備えてケネスとは事前に打ち合わせをしておいた。
万が一の時は尾行し、敵の居場所を突き止めろ、と。
「俺の予想だと、そう掛からずに戻って来る筈だ」
間違い無くレッドロックは俺達の近くにいる。
ケネスが姿を現したのは、昼に差し掛かる直前だった。
皆の歓迎の声を制止し、俺の元に駆けつける。
「奴ら俺達の目と鼻の先にいましたよ。完全に舐められてますね」
些か憤慨気味にケネスが報告する。
「人数は?」
「100人前後ですが、その内80人ほどは何処かに向かいました」
多分目的地は廃村だろう。
「しかしやけに中途半端だな、残りの20人は何だ?」
「少しだけ話し声を聞き取れたんですが、どうやら本隊と合流するみたいです」
・・・本隊は別にいるのか。
クソッ、ピターゼンからもっと情報を聞き出しとくんだったな。
「80人はユーリ達の元へ行ったと思うんですが、俺達もそっちに向かうんで?」
「ああ、俺と隊長はな」
「・・・は?」
そうか、こいつはケルテックが撃たれた後の経緯を知らないのか。
「アイソセレスは解散だ。これ以上巻き込まれると、お前らの家族に危害が及ぶかもしれん」
確かケネスにも石城都市に住むお袋さんがいた筈だ。
「何を・・・言ってるんです。ここまで来て解散だなんて・・・」
「お前らの家族に何かあっても俺や隊長は責任を取れん、もうそういう立場じゃないからな」
「じゃあケルテック分隊長の仇は誰が?!」
声を荒げてケネスが叫ぶ。
「復讐は無意味だ。そう私が決めた」
後方から声がする。
そこには虚ろな目をしたナイツが立っていた。
「隊長・・・」
「これからの行動は救う為のものだ、それ以外に意味を持たせない」
「そんな理想論を、」
「甘い考えなのは承知している、だが私が決めたんだ」
「・・・」
ケネスが俺を見る。
そんな困ったような目で見られても、俺だって困るぞ。
「・・・まぁ良いですよ、俺も付き合います」
諦めたように肩を上げ、ケネスが呟く。
ん?付き合うだと?
「おい、お袋さんはどうするんだ。俺達と行動するって事は・・・」
「言ってませんでしたっけ?お袋は元軍人ですよ。それも前線で戦ってた兵士でしたから、万が一襲われても大丈夫ですよ。それに・・・」
ケネスは今までの明るいトーンから、急に沈み込んだ口調に変わる。
「ケルテック分隊長に言ってたじゃないですか、家族だって」
「あれは・・・」
「本当の家族じゃ無いなんて理屈は通用ませんよ」
「・・・」
ナイツは絶句し、言葉を失ってしまう。
「まぁそう言う事ですから、皆付き合いますよ。そうでしょう?」
ケネスがナイツの背後に視線を移す。
そこには、いつの間にかやって来たダニエルとシュバルツがいた。
「分隊ごとに話し合ったんですけどね、誰もウジールに戻りたがらないんですよ。どうやら馬鹿野郎供に付ける薬は無いらしい」
シュバルツがそう言って苦笑する。
ナイツの表情を伺おうとしたが、俯いて表情を読み取る事は出来ない。
「・・・家族なんて言った私が馬鹿だった。本当にお前達は・・・」
立ち上がり俺達に背を向ける。
「・・・私の罪に、付き合うというのか?」
ケネス、シュバルツ、ダニエル、そして俺は、お互いの顔を確認する。
4人とも笑って頷く。
「当たり前だろ」
皆を代表して俺が答える。
ナイツがこちらを振り向く。
初めて見る表情・・・これは・・・何だ?
ナイツが駆け寄り、俺に抱きついた。
「お、おい」
「少しだけ・・・」
それだけ言って、顔を胸に埋めて動かない。
これは・・・どうしたらいいんだ?
助けを求めて3人を見る。
『やってらんねぇ!』という顔をしているように見えるんだが・・・何故だ?!
「ま、まぁ、落ち着け」
「・・・」
なんか言ってくれよ。
「じゃあ、俺たちはこれで。移動の準備をしときます」
「おい!待てよ!」
「無粋な真似は嫌いでして」
「どう言う意味だよ!」
俺の叫びを無視して3人は行ってしまった・・・。
一体どれくらい経ったのか、短いようで長いような、静寂の時間が流れる。
「もういいだろ、いい加減離れろよ」
そう言うと、あっさりとナイツは離れてしまう。
「・・・レッドロックの野営地に行くぞ」
俺に背を向けて言い放つ。
「おう」
胸元を見ると、服がびしょ濡れになっていた。
・・・心に戦慄が走る。
これは・・・早いうちに「治療」しなければ。
傷が深くなる前に。




