表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑菓  作者: 千葉焼き豆
交錯
36/43

三十六話 分岐点

小高い丘の頂にケルテックを埋葬する。

 戦友の死は何度か経験しているが、この虚空な気持ちに慣れる事はない。


 隊員の1人が埋葬したケルテックの上に金貨を置く。

 すると他の奴らも同じ様に金を置き始めた。

 はした金じゃない、それなりの額だ。

「何やってんだ?」

 近くにいたタウルスに声をかける。

「いや、分隊長に金を借りていまして・・・」

 借りてただと?

「・・俺が見る限り、ほぼ全員が置いてるみたいだが」

「多分借りてない奴なんていませんよ。金に困ったらケルテック分隊長に頼めってのは有名でしたから」

 確かに呑む打つ買うから一番遠い所にいる奴だった。

 オフになったら家族の元に直行していたしな。

 だが、

「ケルテックは小遣い制だったんだぞ?そんな奴から金を借りるなんて・・・」

 なんて恥知らずな連中だ!

「それは知っていましたが・・・『一番正しい金の使い方だ』とか言って喜んで貸してくれるもんだから、つい・・・」

 ケルテック・・・お前・・・お人好しにも程があるぞ。

 そんな文句を言いたくても、本人は土の下だ。

 その事実に虚しさだけが募る。


 ・・・やはり、慣れないな。




「隊長達はこれからどうするんです?」

 野営地に戻ってくるなり、シュバルツとダニエルの2人が声をかけてきた。

「とりあえずここでケネスの帰りを待つ」

「・・・あいつはレッドロックの居場所を突き止めに行ってるんですね?」

 ダニエルが少し安堵したように言う。

「そうだ」

 ようやく俺の思惑に気付いたらしいな。


 連れションの時、俺はケネスにケルテックが怪しい事を伝え「外」から監視するよう命令した。

 最初は訝しんでいたが、事情を包み隠さず説明し、ケルテックの無実が証明されるならと受け入れてくれた。

 しかし、昨晩の一件が起きてしまった。

 だが、最悪の事態に備えてケネスとは事前に打ち合わせをしておいた。

 万が一の時は尾行し、敵の居場所を突き止めろ、と。

「俺の予想だと、そう掛からずに戻って来る筈だ」


 間違い無くレッドロックは俺達の近くにいる。




 ケネスが姿を現したのは、昼に差し掛かる直前だった。

 皆の歓迎の声を制止し、俺の元に駆けつける。

「奴ら俺達の目と鼻の先にいましたよ。完全に舐められてますね」

 些か憤慨気味にケネスが報告する。

「人数は?」

「100人前後ですが、その内80人ほどは何処かに向かいました」

 多分目的地は廃村だろう。

「しかしやけに中途半端だな、残りの20人は何だ?」

「少しだけ話し声を聞き取れたんですが、どうやら本隊と合流するみたいです」

 ・・・本隊は別にいるのか。

 クソッ、ピターゼンからもっと情報を聞き出しとくんだったな。

「80人はユーリ達の元へ行ったと思うんですが、俺達もそっちに向かうんで?」

「ああ、俺と隊長はな」

「・・・は?」

 そうか、こいつはケルテックが撃たれた後の経緯を知らないのか。

「アイソセレスは解散だ。これ以上巻き込まれると、お前らの家族に危害が及ぶかもしれん」

 確かケネスにも石城都市に住むお袋さんがいた筈だ。

「何を・・・言ってるんです。ここまで来て解散だなんて・・・」

「お前らの家族に何かあっても俺や隊長は責任を取れん、もうそういう立場じゃないからな」

「じゃあケルテック分隊長の仇は誰が?!」

 声を荒げてケネスが叫ぶ。

「復讐は無意味だ。そう私が決めた」

 後方から声がする。

 そこには虚ろな目をしたナイツが立っていた。

「隊長・・・」

「これからの行動は救う為のものだ、それ以外に意味を持たせない」

「そんな理想論を、」

「甘い考えなのは承知している、だが私が決めたんだ」

「・・・」

 ケネスが俺を見る。

 そんな困ったような目で見られても、俺だって困るぞ。

「・・・まぁ良いですよ、俺も付き合います」

 諦めたように肩を上げ、ケネスが呟く。

 ん?付き合うだと?

「おい、お袋さんはどうするんだ。俺達と行動するって事は・・・」

「言ってませんでしたっけ?お袋は元軍人ですよ。それも前線で戦ってた兵士でしたから、万が一襲われても大丈夫ですよ。それに・・・」

 ケネスは今までの明るいトーンから、急に沈み込んだ口調に変わる。

「ケルテック分隊長に言ってたじゃないですか、家族だって」

「あれは・・・」

「本当の家族じゃ無いなんて理屈は通用ませんよ」

「・・・」

 ナイツは絶句し、言葉を失ってしまう。

「まぁそう言う事ですから、皆付き合いますよ。そうでしょう?」

 ケネスがナイツの背後に視線を移す。

 そこには、いつの間にかやって来たダニエルとシュバルツがいた。

「分隊ごとに話し合ったんですけどね、誰もウジールに戻りたがらないんですよ。どうやら馬鹿野郎供に付ける薬は無いらしい」

 シュバルツがそう言って苦笑する。


 ナイツの表情を伺おうとしたが、俯いて表情を読み取る事は出来ない。

「・・・家族なんて言った私が馬鹿だった。本当にお前達は・・・」

 立ち上がり俺達に背を向ける。

「・・・私の罪に、付き合うというのか?」


 ケネス、シュバルツ、ダニエル、そして俺は、お互いの顔を確認する。

 4人とも笑って頷く。

「当たり前だろ」

 皆を代表して俺が答える。


 ナイツがこちらを振り向く。


 初めて見る表情・・・これは・・・何だ?


 ナイツが駆け寄り、俺に抱きついた。

「お、おい」

「少しだけ・・・」

 それだけ言って、顔を胸に埋めて動かない。


 これは・・・どうしたらいいんだ?

 助けを求めて3人を見る。

 『やってらんねぇ!』という顔をしているように見えるんだが・・・何故だ?!

「ま、まぁ、落ち着け」

「・・・」

 なんか言ってくれよ。

「じゃあ、俺たちはこれで。移動の準備をしときます」

「おい!待てよ!」

「無粋な真似は嫌いでして」

「どう言う意味だよ!」

 俺の叫びを無視して3人は行ってしまった・・・。




 一体どれくらい経ったのか、短いようで長いような、静寂の時間が流れる。

「もういいだろ、いい加減離れろよ」

 そう言うと、あっさりとナイツは離れてしまう。

「・・・レッドロックの野営地に行くぞ」

 俺に背を向けて言い放つ。

「おう」


 胸元を見ると、服がびしょ濡れになっていた。


 ・・・心に戦慄が走る。


 これは・・・早いうちに「治療」しなければ。

 傷が深くなる前に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ