三十四話 再確認
「副長、起きて下さい。トラブル発生です」
翌日の朝、ダニエルの声で目を覚ます。起き掛けが野郎の顔ってのは、正直気分のいいもんじゃ無いな。
毛布を退かし起き上がると、まだ空は白み始めたばかりだった。
「起床の時間には早過ぎないか?」
「ですからトラブル発生です」
ダニエルの顔を見ると、明らかに動揺している。
「ケネスの姿が見えません」
「うんこじゃないのか?」
「それにしたって長すぎます。俺は1時間前から起きてましたが、戻って来る気配が無いんです」
手を顎に当てて考え込む。
「・・・まさか・・・いや、あり得るな」
「何か心あたりが?」
「まぁな、皆を起こして集合させてくれ。話がある」
叩き起こされて文句を言う者もいたが、ケネスが消えたと伝えると、皆大慌てで起き上がり俺の元に集まって来た。
「ケネスがいないってのは、どういう事なんです?」
不安そうにケルテックが俺の顔を見る。
「お前らに伝えてない事がいくつかある。それを今教えておこうと思う」
「こんな朝早くに?」
隊員の1人が不満そうに呟いた。
「そうだ。ケネスがいなくなった今だからこそ、早急に話す必要がある」
皆不安そうに顔を顰める。
そりゃそうだ、状況から見てどう考えても良い話な訳がない。
「アイソセレスがダン上等兵の捜索から外されて、その後釜についたのはレッドロックという傭兵団だ。何でも相当なクソ野郎共らしい」
「他の部隊では無く傭兵団・・・何でそんな連中を?!」
ダニエルが吐き捨てるように叫んだ。
「知らん、決めたのはファブリックだ。おそらくレッドロックはダン上等兵諸共、うちの隊長を殺すだろう。だから俺は命令違反をしてまでここに居るんだ」
最初からダンがナイツに手を掛けるとは思っちゃいない・・・色んな意味でな。
だから慌てずにいたんだが、ファブリックはレッドロックなんていう、とんでもない爆弾を投入しやがった。
「話を聞く限り、人質の命なんて虫ケラ程度にしか考えてないような連中だ」
皆が騒めき立つ。
「話はまだ終わっちゃいないぞ、ここからが本題だ。情報局の人間から聞いたんだが、どうやらそのレッドロックとファブリックに通じている内通者がアイソセレスの中にいるらしい」
全員の顔色が一斉に変わる。
・・・最近のこいつらは動揺したり驚いたり、見てて飽きないな。
「何故そんな大切な情報を黙っていたんです?」
「内通者を炙り出そうと思ってな。知らない方が相手もボロを出し易い」
半分は嘘だ。
だが、ここは嘘を貫かなければならない。
「俺は昨晩、歩哨に立っていたケネスと連れションをした。これは俺のミスなんだが・・・その時ケネスに内通者の話を漏らしちまったんだ、そしてあいつは消えた。俺の言いたい事分かるよな?」
「・・・ケネスが内通者だった」
普通に考えればそうなるだろう。
「多分な、自分だとバレる前に逃げ出したんだ。口を滑らした俺の大失態だ、まさかケネスだったとは・・・」
「で・・・どうします?」
ダニエルが聞いてくる。
何を心配しているのか一目瞭然だ。
「安心しろ、あいつを取っ捕まえて殺す暇なんてこっちには無い。朝飯を食ったら出発するぞ」
ゆっくりと一人一人、全員の顔を見渡す。
そして俺は・・・違和感に気が付いた。
街道を東へと進みながら、立ち寄る街で情報収集をする。
その内有益な情報が手に入るだろうと思っていたが、上手い事ダン達の足取りは追えなかった。
多分ナイツがいる関係で、街の中には入れないのだろう。
だが何処かで立ち寄る筈だ。
奴がどういった計画を立てていたのかは分からないが、人質がいるという事は余計な負担になっている。
必ず買い出しに街へ寄るだろう。
そして1週間後、流石にもうそろそろ何か掴まないとやばいなと思っていた矢先、その情報は入って来た。
「二、三日前だったかな、子供連れの女性でしたよ。多分姉弟じゃないかな」
隊員の1人が一つの情報を掴んで来た。
今いる街の衣料品店に、とても「特徴のある」客が来たという。
「最初は姉妹かと思ったんですが、下の子は男の子でしたね。びっくりしましたよ、顔も可愛らしかったし声も女の子みたいでしたから」
「何故男だと気付いたんです?」
「女性用のドレスをお姉さんが勧めてたんですよ。そしたら恥ずかしそうにしながら、男なのに着ていいのかって聞いていまして。それで、ああ男の子だったんだって」
ユーリだ。
あの少年とはフォーサイスの屋敷で一度だけ会ったが、その美しさを俺は忘れる事が出来ないでいた。
・・・勿論変な意味では無い。
「何処へ向かったのか聞きましたか?」
「いや、たいした話はしなかったんでね」
「そうですか、有難うございます」
謝礼金を渡し店を出ようとした所で、ふと疑問に思い店主へ顔を向けた。
「ところでそのドレス、その子は買ったんですか?」
「うちで試着してそのまま着て行きましたよ。いやぁ凄い似合ってたなぁ!」
「・・・あ、そう・・・」
店外へと出た途端、大きな溜息が出る。
馬鹿か!何故そんな目立つ事を?!
現に俺達が嗅ぎ付けたぞ!
ダンの野郎も相当だと思っていたが、仲間の女もイかれてやがる。
流石SMグッズを平然と買う神経の持ち主だ。
それにユーリもユーリだ、喜んで着るなよ!
それともあれか?追跡者をおびき寄せる為にワザとやったのか。
・・・いや、多分違うな。本当に面白半分で着せたんだろう。
まぁいい、情報は掴んだ。
この先にいるのは間違い無い。
後は接触する前に、こちら側の問題を片付ける必要が、
「なんだ、随分近くまで来てたんだな」
・・・聞き覚えのある声がする。
目の前に、馬に跨る女がいた。
「・・・ナイツ隊長」
「バーレルを走って来ればそのうち会えると思っていたが、まさかこんなに早く合流出来るとは思わなかったぞ」
そう言って笑顔のまま馬を降りる。
「・・・取り敢えず聞きたい事が一つ、何故ユーリは女装を?」
ナイツが不思議そうな顔をする。
「今それを聞くのか?・・・まぁいいが。あれは、ガッ!!」
右ストレートを顔面に喰らったナイツが後方へ吹っ飛んだ。
「こっちがどれだけ心配したと思ってんだ!それを飄々と現れやがって!」
なんなんだこの女は!
済ました笑顔で呆気なく登場しやがって!
ナイツが鼻を両手で抑えながら立ち上がる。
「確かに捕らえられたのは私のミスだ、殴られても仕方ない。だが、」
「そういう事言ってるんじゃねぇ!これは八つ当たりだ!お前は悪く無い!」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
「お前に万が一の事があったら・・・俺はオヤジさんに合わせる顔が・・・」
感情を剥き出しにしてこいつを怒鳴るなんて、何年振りだろうか。
多分俺は恥ずかしいのだろう、ナイツの顔がまともに見れない。
「・・・死んだ人間との約束なんて、意味無いだろ」
そんな事はわかってる。
でもな、
「交わした以上は違えない」
「・・・とりあえずだ、周りを見ろ」
諭すようにナイツが言った。
此処は衣料品店を出たばかりの大通りだ。
人々が遠巻きに俺達を眺めている。
「・・・行こうか」
「そうだな」
ここが公衆の面前だって事を忘れていた・・・。
ナイツと再会した隊員達は、またしても顔色を様々に変化させ俺を楽しませてくれた。
皆に囲まれ、掛けられる言葉一つ一つに応えて俺達のお嬢様は和かに微笑んでいる。
まるで女王蜂に群がる働き蜂だな。
「酒だ!酒持ってこい!」
あ?
誰だ、ふざけた事言ってる奴は。
「おい、私達はまだ作戦行動中だぞ」
お、流石だな。
場に流されず空気を読まない。俺の知っているナイツだ。
「飲みすぎないよう、程々にしておけよ」
「お、おい聞いたか!お許しが出たぞ!」
・・・あいつは今なんと言った?
「隊長、流石に飲酒はマズイのでは?・・・てか、どうしちまったんだ?いつものお前なら酒なんて絶対に許さないのに」
後半は小声で話しかける。
「これからは補給も後ろ盾も無い、相当な苦労、苦痛を味わう事になる。今日くらいは良いだろう。お前も下ネタの一つくらい言ったらどうだ?」
そう言ってナイツは片目を瞑り笑みを浮かべた。
「・・・」
驚き過ぎて言葉が出ない。
こいつがウィンクするのを初めて見たかもしれない。
「捕まってる間に何があった」
「何も無いさ。ただ、真面目一辺倒ではつまらないと気が付いたんだ」
なんてこった。
恨むぞ・・・俺達の、俺のお嬢様を可愛くしてくれやがって。
その晩、最初の歩哨は俺が立つ事になった。
何しろ飲んでいないのは俺とナイツ、それに自称下戸のケルテックくらいなもんで、他の奴らは浴びるように酒を煽り、そのまま寝てしまった。
全く・・・アイソセレスの名が泣くぞ。
周囲の警戒をしながら、皆と合流する前にナイツと交わした状況確認を思い出す。
あいつが語った内容を、俺はどう受け止めればいいんだろうか。
そこがはっきりしなければ、他の奴らに伝えることもできない。
普通なら馬鹿げた話と一蹴して終いになるような、無茶苦茶な話だ。
だが、信じざるを得ない。
それだけの「証拠」をナイツは持って来た。
そして全て真実なら、俺達の力じゃどうしようもない。
だからこそダン・・・アレックスに力を貸してもらう訳だが、あいつは何処までこちら寄りなのだろう。
もしかしたら、既に八方塞がりなのか?
そんな事を悶々と考えていると、誰かが近付いて来る気配した。
「交代するぞ、お前も休め」
ナイツだ。
「まだ眠れそうに無いのでこのまま続けます。隊長こそ移動続きでお疲れでしょう、もっと休んで下さい」
「いや、十分に休んだからな。もう大丈夫だ」
そう言って俺の隣に座り込む。
暫くは沈黙を守っていたが、正面を向いたまま徐にナイツは口を開いた。
「・・・先ずは我々の問題を解決するべきだ」
どうやら昼間の続きを話したいらしい。
「内通者、ですか」
「そうだ」
ナイツも俺と同じ考えのようだ。
敵に情報が漏れている状態で動くのは、やめておいた方がいい。
「因みに聞きますが、アレックス達の目的地は?」
「・・・シュタイアー国とベルグマン王国の国境付近にある宿場町だ」
「ここからだと半月と少しですな・・・それまでになんとかカタをつけないと」
ナイツが大きく溜息をつく。
「部下を疑うなんて、あまり乗り気になれ無いんだが・・・どうしたらいい?」
何言ってんだ、図々しい。
「心の整理は人任せにしたら駄目だろ。それに、俺だってやりたかないよ」
「そうだな・・・」
肩に何かが置かれ、少しだけ重くなる。
それがナイツの頭だと気が付くまで、少し時間がかかった。
「昔みたいに兄ちゃんの背中を追いかけていた頃が懐かしい・・・」
こいつが俺を「兄ちゃん」と呼ばなくなって随分と時が経つ。
今更その名で呼ぶなんて・・・
「後戻りは出来ないって、何度も言ったろ」
「知ってるさ、それに戻る気もない」
「だったら、」
その頭をどけろと言いかけて、言葉が止まってしまった。
見えているわけじゃないが、多分泣いている。
「怖い・・・のかもしれない」
か細い声でナイツが呟いた。
「俺達の知る常識を遥かに超えた事態だ、怖くもなるさ。だけどな、なんとかなる。俺が保証するよ」
これまでだって死んじまいそうな作戦は何度もあったんだ、今回が特別なんて絶対に思わない。思う理由が無い。
「今まで通り、訓練通り、確実にこなしていこうぜ」
「・・・そうだな、ありがとう」
肩から頭を離して、ナイツは立ち上がった。
「お言葉に甘えてもう少し休ませてもらうぞ、辛くなったら私かケルテックに言え」
「了解」
いつもの調子に戻ったな。
何故か、少し寂しい。
翌日、移動開始直前にナイツが皆を集め、追跡対象が護衛対象に変わった事を説明した。
「不満に思う者もいると思う。どうしても納得いかないというのであれば、離脱しても構わない。私は決して責めはしない」
まぁ、ここまで来て離れて行く者はいないだろう。
案の定、不満を言うでも無く、何事もなかったかのように隊員達はついて来た。
ナイツは何時もの生真面目そうな顔で、先頭を走る。
本当は不安だったんだろう。
僅かに足が震えていた。
隊員達の事はもう大丈夫だ。
この後合流する奴らもいるが、さほど心配はない。
俺と違ってナイツは皆に慕われている。
最後まで付き合ってくれるさ。
となると、次の問題は・・・
とっとと片付けないとな。




