三十三話 摺合せ
4日後、俺達は第1分隊と合流した。
今はバーレル街道沿いの宿場町にいる。
ダン上等兵達はハイダーロードに入ったという話だが、狭いハイダーロードでは幌馬車が速度を出せない。
距離を稼ぎたいなら間違いなくバーレルに戻っているはずだ。
第1分隊の連中に俺達が命令違反をしてここにいる事を伝えたが、反応はあっさりとしたものだった。
「そんな事より隊長が心配です。早く移動を再開しましょう」
そう言って俺を急かすのは、第1分隊の分隊長ダニエルだ。
「おい、ちゃんと話し聞いてたか?他の隊員ともよく話し合って、」
「その必要はありません、隊長を拐われたのは我々第1分隊の責任です。途中で抜けようなんて考えている者は1人もいません」
第1分隊の奴等は顔を見合わせ頷き合う。
分隊長が言うから・・・という雰囲気では無さそうだな。
皆納得しているようだ。
「そうか、ならばこれ以上は何も言わないさ」
両手を上げ降参する。
「・・・俺や第3分隊の時は半強制に近いやり方だったのに、随分と副長殿は優しいんですね」
側で聞いていたケネスが、呆れたように呟いた。
こいつ、まだ根に持ってやがるのか。
「あれは時間が無かったんだ。許してくれ」
「まぁ、どっちにしても皆付いてきますよ。ナイツ隊長を見捨てる奴なんてアイソセレスにいるわけ無いですから」
「・・・」
ナイツが隊長になりたての頃、俺は苦言を呈した事がある。
あまり部下に肩入れし過ぎるなと。
上官は、誰かを切り捨てるような苦渋の選択を迫られる時がある。
そんな状況で判断を鈍らせれば、部隊全体が窮地に追い込まれてしまう。
だが、ナイツは笑いながら俺の言葉を否定した。
その時は自分が最初の犠牲者になると。
あいつが正しいとは今でも思っていない。
だが・・・全てが間違いだとは言い切れないな。
翌日。
俺達は移動を開始した。
バーレルをひたすら進み、各街で情報を収集する。
第3分隊9人の内5人は、他の分隊を呼び戻すため各地に散らばっており、第1分隊Aチームは他のチームのサポートをさせる。
実質動ける人間は9人になる。
確かにバーレルは大陸最大の街道だが、俺達は中央に向かっている。
通行人も街の規模も、段々と少なく小さくなっていく筈だ。
人が少ないという事は、それだけ探しやすくなる。
9人もいれば充分だ。
街中の野営地で夕食を食べている時、皆に今後の動きと俺の考えを伝える事にした。
「有力な情報を掴んだら、それを頼りに対象に接近する。だがこちらから襲撃をかける事はしない」
皆食事の手を止め、俺の方に顔を向けた。
「人質交渉をする・・・という事ですか」
皆を代表するかの様にダニエルが言う。
「そうだ」
「・・・その必要が?」
疑問の声をあげたのはAチームの1人だ。
彼等はダンと直接対峙し、そして目の前でナイツを掻っ攫われた。
納得しないのは当然だろう。
「人質救出での強襲はリスクを伴う。交渉でうまく事が運べばそれに越した事はない。それに向こうはそれを望んでいる。お前達が殺されなかったのも、完全に武装解除されなかったのも、その為だ」
俺達は快楽殺人集団じゃない、血が流れないのであればそれに越した事はない。
「・・・」
しかしAチームの者達は、どうにも納得いかないという顔をしていた。
「そうだな、では多数決で決めようじゃないか。何しろ俺たちゃもう軍を抜けたんだ」
軍隊というのは完全な上下社会だ。
上からの命令は絶対だし、もし逆らえば重い厳罰が待っている。
アイソセレスは若干違う雰囲気があり、命令に対し下の者が意見する事もあるが、完全に拒否するという事はない。
だが我々は軍人で無くなってしまった。
これからは俺の命令に従う必要など、どこにも無い。
「ちょっと待ってください」
声の主は・・・ケネスだ。
「俺はウジール軍を辞めたつもりはありませんよ」
こいつ、何が言いたいんだ?
「俺達は副長の「自分で考えろ」という命令に従っただけだ。命令違反をして軍を抜けたのは副長1人だけですよ」
「・・・」
「だから俺達はまだ軍人のままだ、そしてその指揮をとれる人間はここに1人しかいない。違いますか?」
・・・なんだその無茶苦茶な論法は、理屈が全然合ってないぞ。
何故ケネスはこんな発言をしたのか。
理由は簡単だ。
ここで仲間割れをすれば、アイソセレスは分解して無くなってしまうかもしれない。
それを防ぐ為には軍隊としての規律や関係を続ける必要がある。
「それも・・・そうだな。申し訳ないが副長には全ての責任を負ってもらおう」
ダニエルがケネスの意見に賛同する。
「Aチームもそれで良いだろ?なに、1発くらいダンを殴れる機会はあるさ」
「・・・わかりました。俺達もアイソセレスだ、副長の指示に従います」
ケネス以外のAチームは、不承不承と言った感じだが、皆頷く。
「第3分隊も同意見ですね」
ケルテックまでそんな事を言い出した。
「お前ら・・・」
「という事で、俺達はまだ副長の部下のままだ。命令に従いますよ」
俺の方を向き、ケネスが嬉しそうに言う。
「・・・他の奴らもそれで良いのか?」
全員を見渡し、皆の顔を確認する。
反対する者は、いなかった。
「そうか・・・こんな事になってもまだ俺の指揮下にいたいってのか・・・飛んだ大馬鹿野郎どもだな。後で後悔しても知らんぞ」
酷い奴らだ。
この俺を泣かせようとするなんて。
それなのに・・・なんて事だ、俺は今から期待を裏切らなければならない。
夜、皆が寝静まったのを見計らい起き上がる。
少しずつ暖かくなって来たとはいえ、夜は冷え込みが厳しい。
皆簡易テントの下で毛布にくるまって眠っている。
ランタンに灯りをつけ、目的の人物に近付いた。
「あ、副長」
歩哨の為起きていたそいつの肩を叩く。
「命令だ、ションベンに付き合え」
ランタンの灯りに目を細めて俺を見る。
「何ですかそれ、1人で行けば・・・」
「いいから行くぞ」
ケネスは不思議がりながらも俺の後を付いて来た。




