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笑菓  作者: 千葉焼き豆
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三十二話 急ぎ足

 密告者か・・・。

 勿論それ以外の可能性も否定出来ない。

 しかし、この場合一番最悪の事態を想定して動いた方がいい。

 つまり、アイソセレス内部に目を向けるべきだろう。

 自分の部下を疑うなんてのは・・・当たり前だが気分のいいもんじゃない。


 しかしどう炙り出す?

 ・・・そうだな、少々荒治療だがやってみるか。

「ピターゼン、無理を承知で頼みたい事がある」

「ナイツの為ならなんでもやるってツラだな。そんなに惚れてんのか」

 どいつもこいつも・・・

「俺とあの女は別にそういう仲じゃない。あいつの親父に昔頼まれたんだよ、娘を守ってくれって。故郷に帰った時ボコボコにされたくない」

 意味深な笑みで俺を見る。

「そういう事にしておいてやるよ」

 そういう事も何も、本当の事なんだがな・・・

「で、やってくれるのか?」

「さっき俺に迷惑がどうのって言ってなかったか?・・・まぁいいさ、任せとけ。その代わり必ずナイツを助けて戻って来てくれよ」

「・・・ああ」


 残念だが、これが今生の別れだ。

 すまんな、借りは返せそうにない。




 ピターゼンと別れた後、俺は改めて作戦準備室に向かった。

 室内に入ると、既に第3分隊の連中が集まっている。


 皆覚悟の決まった目だ。

 これならきっと大丈夫だろう。


「ケルテック、ケネスを連れて来てくれ。今すぐにだ」

「はい!・・・はい?」

 ケルテックは不思議そうな顔をする。

「早くしろ!」

「り、了解しました!」


 今は緊急事態だ、全てのタイミングを完璧に合わせなければならない。

 その為には、行動の速度を上げるしかないんだ。


「あの・・・お呼びでしょうか」

 ケネスを連れてケルテックが戻って来た。

 よし、これで石城にいる奴らは全員だな。


「聞いてくれ、俺達はダン上等兵捜索の任務から外された。これから無期限の待機に入る」

『え?!』

「聞け!」

 騒ぐ前に牽制をかける。

 今は押し問答なんてしてる暇はない。

「俺は命令を無視して捜索を続行するつもりだ、捕まったら間違いなく銃殺刑だろう。お前達は自分の判断で行動しろ。以上だ」

「ち、ちょっと待ってください!」

 扉に向かおうとする俺を、ケルテックが呼び止めた。

「ケルテック、お前には妻子がいたな。今日はもう家族の元に帰れ。何も聞いてないと押し通せば大丈夫だ」

「・・・」

「他の奴らも自分の事だけ考えろ!」

 そう叫び、退出する。


 廊下に出た途端、俺は全速力で走り出した。

 3分程で厩舎に到着する。

 アイソセレス専用の厩舎には、装備を括り付けた馬達が静かに待っていた。

 ケネスの馬にも大きな荷物が付いている。

 あいつ、直ぐにでも出発出来るようそのままにしておいたんだな。

 予想通りだ。


 急いで厩舎から馬を連れ出し跨る。

 本当なら石城から出ないと馬に乗ってはいけない規則だが、今回は破らせてもらおう。

 手綱を打ち、城外へと続く道を全力で走る。

 途中何人かに驚きの顔と怒鳴り声で迎えられたが、笑顔で手を振って誤魔化した。


 城外へと出る。

 石城都市は一応城塞都市だ。

 だが石城から一番大外の城門までは、ほぼ一本の大きな通りで繋がっている。

 遥か昔からウジールは大国だった。

 籠城戦なんて考えていない、ただ国力を誇示する為の都市だ。


 まるで今のウジール軍と同じだな。

 常に複数の戦線を維持し、圧力で外交する。

 いずれ手痛い教訓を得るだろう。

 それがいつになるのか、どんな形になるのかは分からないが。


 後ろを振り返ると、騎馬の一団が走ってくるのが見えた。

 第3分隊とケネスだ。

 ・・・全員付いて来やがって。

 

 ここ迄は思惑通り動いている。

 後はピターゼンがうまくやってくれるのを祈るだけだ。


 速度を落とし後続の者達と合流する。

「こんな時にお馬の稽古か?俺に近付くと同罪だと思われるぞ」

 ケネスが横を走りながら俺を睨み付けてきた。

「副長はこんな悪どいやり方しない人だと思ったんですけどね!」

「何の話だ?俺は各自で判断しろと言ったはずだが」

「悩む暇もありゃしませんでしたよ!」

 反対側にケルテックが近付いて来る。

「それよりも、このままでは城門を閉められてしまいます。どうするおつもりで?」


 石城の最上階の更に上には監視塔があり、万が一の時はそこから狼煙を上げて都市の人々と警備兵へ知らせる事になっている。

 年に何回かは抜き打ちで訓練もあり、特に城門を管理する警備兵は、少しでも対応が遅れて門を閉じ忘れると、減俸処分や降格もありうる為常に警戒している。


 俺達は相当ド派手に動いてしまった。

 ここで狼煙が上がれば都市内に閉じ込められてしまう。


 だが、

「安心しろ、手は打ってある」

 ピターゼン、頼りにしてるぜ。


 大通りには沢山の人々が行き交っていた。

 全力で走る俺達を迷惑そうに眺めているが、何かの訓練だとでも思っているのか、怪訝そうな顔をする者はいない。


 我々軍人が守るべき人々。


 俺達は誰のために軍にいるんです?・・・か。

 ナイツにぶつけた台詞を思い出す。

 今やっている事が誰の為なのか、正直分からない。

 ナイツの為、自分の為、軍の為、どれでも無いようでどれでも有るような気がする。

 だが、根本の所は変わらない。

 全てを引っくるめた「国の為」だ。

 この言葉は危ういバランスの上で成り立っている、使い方次第で毒にも薬にもなってしまう。


 俺は、正しい処方が出来ているのだろうか。

 ・・・考えても無駄だな、どうせ答えは無いんだ。




 最後の城門を抜けるまで、狼煙が上がることは無かった。

「うまく・・・出れましたね」

 ケルテックが不安そうな顔で呟いた。

「後悔してるのか?」


 アイソセレスは一番危険を伴う部隊であり、一番拘束時間の長い部隊でもある。

 入隊した者は、恋人や配偶者がいた場合まず間違いなく別れる。

 そんな中、ケルテックは仕事と家庭を上手く両立させていた。

 正直俺なんかには真似出来ない、尊敬に値する男だ。


「後悔なんて、アイソセレスに入る時済ませていますよ」

 苦笑して答える。

「・・・すまんな。こんな事になっちまって」

「いえ・・・謝るのは俺の方です」


 それは家族を持つ者としての謝罪だろうか。

 もしそうなら、こんなに悲しい事はない。


 未だ追っ手の姿は見えない。

「副長!」

 ケネスが後方を指差し叫ぶ。

「・・・やるじゃないか」

 豆粒程に小さく見える石城から、白い煙が立ち上がっていた。

 このタイミングで狼煙を上げれば、城門の警備兵は門を締めるだろう。

 後は簡単に想像が付く。

 どこの部隊が来るのかは分からないが、追手と警備兵とで開ける開けないの一悶着が起きる。かなりの時間稼ぎになってくれるだろう。

 ピターゼンは俺の期待を超える働きをしてくれた。

 もし再開の機会があれば、高い酒と女を奢ってやれるんだがな・・・。


 ピターゼン、この恩は一生忘れないぞ。


「このままバーレルを走る!第1分隊と合流するまでは小休止も無いと思え!」




 動き出しちまったな、もう後には引けない。

 まぁ、今更か。

 あのお嬢様と前に進むって決めたんだ。

 何処までも行ってやるさ。

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