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笑菓  作者: 千葉焼き豆
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三十話 想い人2

ただ待ち続ける、実に性に合わない仕事だ。


 一週間前、部下の一人にダン上等兵についての情報を持たせ、隊長の元に向かわせた。

 俺の勘が正しければ、多分ナイツはカリマーに会いに行った。

 そしてそのまま前線で陣頭指揮を執るつもりなんだろう。

 あのお嬢様とはガキの頃からの付き合いだ。

 何を考えているかなんて、簡単に分かる。


 誰よりも先頭に立ち、誰よりも多く傷付く。

 昔っからそうだ。

 俺がどんなに引き止めても決して止まろうとしない、結果アイソセレスの隊長にまでなっちまいやがった。


 俺の、いや、俺達の苦労も知らないで・・・




「全員いるな」

 戦略準備室にいる部下達の顔を見る。

「じゃあ報告してくれ」

 俺の元に留まっている第三分隊の連中は、この一週間石城都市内の捜索と情報収集をしていた。

 遠くに逃げたと思わせといて、実は足元に隠れていた・・・なんてのはよくある話だ。

 そして街を探すついでに、ダン上等兵と共犯者の情報を手に入れる。

 まぁ、何もしないよりはマシ程度の気休めだ。


 一人が立ち上がる。

 第三分隊長のケルテックだ。

「まずダン上等兵の事ですが、潜入前に仕立て屋で礼服を作っていました」

 前線の兵士で持つ者は少ないが、本部である石城で働く者は、どんな下級の兵士でも礼服は必ず持っている。

「それで依頼書を見せてもらったのですが、書式はちゃんとしたものでした」

 野戦服は認識票を取り外し中古市などに出す場合もあるが、軍そのものを表す礼服は別だ。

 偽造が出来ないよう、尉官以上の者に依頼書を書いてもらい、指定した仕立て屋でしか作ることが出来ない。

「偽造された依頼書だと教えたら、仕立て屋の主人はかなり慌てていましたね」

 それはそうだろう、もし偽造書類に騙されたなんて知れたら、指定の解除もあり得る。

「その事を誰かに話したか?」

「いえ、我々の仕事ではないですから」

 わかっているじゃないか。

「因みに採寸をした店の娘が、ダン上等兵の事をよく覚えていたので判明しました。随分と下品な冗談を終始喋っていたとか」

 意外だな。

 わざわざ目立つ行動をとって、何を考えている?


「ダン上等兵については以上です。後は協力者の情報があります」

 お、そっちも調べがついたのか。

「銃砲店で大量の弾と火薬、数丁のライフル銃、そして鍛冶屋で中古の幌馬車を買った女がいました」

 長距離移動の準備をしていた訳だな。

 しかし、

「それだけなら協力者かどうかわからんだろ」

 ケルテックが少し困ったように苦笑する。

「そうなんですが、同じ女と思われる人物が、・・・その・・・風俗店で、特殊なプレイ用の道具を買っていました」

「あ・・・」

 逃走ルートのベランダに放置してあった麻袋。

 あの中身を見た時は、大いに笑わせてもらった。


 ・・・ん?

「ダン上等兵はわざわざ女に買いに行かせたのか?」

「そういう事に、なりますね」

 それはまた・・・

「酷いな」

 あんな物、男だって買うのを躊躇うぞ。

「それがですね、女は淡々と顔色一つ変えず買っていったらしいです」

 どんな女だよ・・・。

「恥を知らないのか、それとも度胸があるのか」

 どちらにしても、意図的なら明らかに愉快犯だ。

 いい性格してやがる。

「で、情報だけか?」

 俺が出した命令は、情報収集と「ダン上等兵の捜索」だ。

「・・・それらしき人物の目撃情報はありませんでした」

 ま、そうだろうな。


 全ての報告が終わったのか、ケルテックが席に座る。

「・・・お前ら、今の話を聞いてどう思う?」

 皆お互いの顔を見合わせて、黙り込んでしまう。

「あの、ノベスキー副長の感想は?」

 隣に座る隊員が、俺を見てそんな事を聞いてきた。

 俺に振るのかよ・・・

「そうだな・・・面白い奴・・・だよな」


 セオドル上等兵の話を聞いてからずっと思っていたが、ダンという男は随分と洒落の分かる人物のようだ。

 殺伐とした仕事をしていながら、ユーモアを忘れない。

 一緒に酒を呑んだら、さぞかしうまいだろう。


 勿論叶わぬ夢だ。

 俺達は今から奴を捕らえ、最悪殺す事になる。


「しかし、ろくな情報がないな・・・」

 聞き込み調査なんて、本当なら情報局の仕事だ。

 しかし奴らは今、フォーサイス関連に忙しく、こっちに回せる人員はあまりいない。

 多分、これ以上待っても情報局からは何も降りてこないし、石城都市を調べても何も出てこないだろう。

 俺達のお嬢様が動き出してから8日。

 未だ発見の報は届いていない。

「俺達も動くか・・・」

 人手が足りないんだ、早く捜索に加わらないと。


 皆にその旨を伝えようと立ち上がった時だった。

 誰かが乱暴に扉を開けて入って来る。

「副長!」

 ケネス?・・・第1分隊は隊長と一緒じゃなかったのか?

「お前、なんで此処に・・・」

 ケネスは息を切らせなが、青白い顔で俺を見る。

「隊長が、ナイツ隊長が対象に拉致されました!」

 室内が一斉に騒がしくなる。

「静かにしろ!・・・で、いつ何処で?」

「4日前、トムソンの先にあるハイダーロードです」

「敵は何人だ?」

「ダン上等兵と女が一人、それとユーリフォーサイスが・・・」

「他の第1分隊は?」

「対象を追跡中です」

「こっちに戻るまでに他の分隊にあったか?」

「いえ、皆バーレルから離れた地に分散してますから・・・」

「わかった、お前は休め。どうせ不眠不休で来たんだろ?」

 ケネスが顔を歪める。

「しかし・・・」

「命令だ、わかったな」

「・・・はい」

 渋々ながらもケネスは引き下がった。

 今、こいつを連れて行くことはできない。

 それは第1分隊の奴らも一緒なんだが・・・今一番近くにいるのだから仕方ないだろう。

「ケネス、この事を他に知る者は?」

「・・・我々第1分隊だけです」

「それならまだ内密にしておけ、ここにいる全員もだ」

 皆無言で首肯する。

 おそらく情報局あたりはもう嗅ぎつけているだろう。

 だがあいつなら事の重大さを感じて、上に報告するよりも、先ずは俺に話を通す筈だ。


 状況が変わってしまった。

 一刻も早く行動しなければ。




「副長は随分と冷静ですね」

 装備を整えながら、第三分隊のタウルスが俺に話しかけてきた。

「不測の事態はいつものことだ、慌てたってしょうがないだろ」

「それは、そうですが・・・隊長が拉致されたんですよ?」


 俺達居残り組も救援に向かうと伝えた時、皆興奮状態になってしまった。

 勢いよく席を立つ者、気合を入れたのか大声を上げる者、行動は様々だが気持ちは同じだろう。

 ナイツは優秀だし、理不尽な命令もフォーサイス以前は無かった。

 何より部下を家族のように愛している。

 だから皆に好かれているし、忠義も厚い。

 女で顔が良いなんてのは、おまけみたいなもんだ。

「副長は個人的に隊長と親しいから、もっと憤慨するものと思ってましたよ」

 ・・・聞き捨てならんな。

「その言い方だと、まるで俺とあいつが付き合ってるみたいじゃねぇか。断じてそんなことないからな」

 タウルスが少し驚きながらも、微笑んでこちらを見る。

「そこまでは言ってませんよ。でも幼馴染ですよね?」

「・・・まぁな」

 幼馴染というより、妹みたいなもんだ。

 俺とは9歳離れているし、あいつのオムツだって変えたことがある。

 恋愛感情なんて蟻の耳糞ほども持ってはいない。


 それに、今は俺の上官だ。

「心配じゃないんですか?」

 そんなの、

「心配に決まってるだろ、だがなタウルス、忘れるなよ。俺たちゃ軍人だ。それも特殊部隊だぞ。死ぬ事も仕事の内なんだ」

「それは・・・わかっています」

 タウルスが神妙に頷いた。

「でもまぁ、慌てないのにはもう一つ理由がある」

「え?どんな?」

 意味深な笑顔でタウルスを見る。

「・・・今は言えん」


 流石に予感を口に出すのはマズイだろう。




 俺は全ての段取りを終えて、待機している皆の元に向かいながら、今後の対応を考えていた。

 第1分隊と合流した後、第3分隊と交代し、第1分隊は後方で待機。

 ナイツ達の捜索は、バーレルを中心として狭い範囲に集中しよう。

 発見したら、接触を試みる。

 そして・・・


「ノベスキー少尉、元帥閣下がお呼びです」

 頭の中の思考が一瞬で霧散する。

 ファブリック付きの伝令官だ。


 こいつはデジャブか・・・。

 嫌な予感しかしない。

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