三話 家族
首都マドセンには日暮れに到着した。
今回は必要性をあまり感じなかったので、一緒に街に入る。
ひとまずセーフハウスで一休みだ。
なんてことはない住宅街の一角、他と見比べると多少見劣りするが、それ程貧相でもない二階建ての一軒家だ。
「久しぶりだから埃がひどいね」
パラが顔を歪めながら呟く。
一階と二階は普通の家具や調度品が置いてあるが、隠し扉の先にある地下室がこの家の本体だ。
セーフハウスと言っても大したものは置いていない。衣服、包帯や傷薬などの医療品、盗聴や侵入用の道具、旅の道具一式、銃と火薬と弾、全てが埃やサビから守るように厳重に梱包されている。
一応非常食用に、「元干し肉だった物」も置いてあるが、一年以上放置してあるから流石に食べられないだろうな。
後、銃の雷管は取り扱いが難しいので置いていない。下手にまとめて置いておいて、何かの衝撃で発火したら火事になりかねない。
「少し窓を開けるか」
ここいら近辺では、俺達は旅芸人の夫婦ということになっている。だからたまにしか家にいなくてもそれ程怪しまれない。
窓を開けて換気をし、溜まった埃を掃除する。
小一時間ほどで多少マシになった。
2人ともテーブルに座り一息つく。
「ごはんはどうする?」
「もう酒場くらいしかやってないな。ちょっと飲みながら食べるか」
まるで夫婦の会話だな。
まぁ今は夫婦を演じているので不都合はないけど。
翌日の朝、旅支度を済ませ、預けてある馬を取りに行く。
シュタイアー常備軍詰所。
木造の塀で囲まれたその場所は、街を少し外れた、あまり人通りのない寂れた所にある。
塀と同じ様な木造の扉の前に、守衛が立っていた。知った顔だ。
「ボーグさん!お久しぶりですね」
「おはようライド。元気そうだね」
「ええ、三食仕事付きですからね。ヴェルサさんもお元気そうで」
「おはよう。朝からお疲れ様」
「もしかして、馬を使うんですか?」
「ああ、ついでに、君の叔父さんの顔を見ようと思ってね」
「そうですか。ベルダン大佐も喜ぶと思いますよ。そうだ、僕が案内しますよ」
ライドは扉を開けて、俺達を中に案内する。
「守衛の仕事は?」
パラがもっともな意見をする。
そうだな、サボりは感心しないぞ、ライド少年よ。
「実は自主的にやってるだけなんですよ。大佐はどうせ誰も来ないからいらないって言うんですけど、急な伝令が来た時に困りますから」
あのおっさんは相変わらずいい加減だな。
詰所の敷地内を歩く。
閑散としてあまり人の気配がない。
「他の兵士は?」
「みんな街の巡回任務に向かいました。いつもは僕も行ってるんですけどね。今日は守衛当番なんです」
人手不足とは聞いていたが、まさかここまでとは・・・この国大丈夫か?
しばらく歩いていると、他とは雰囲気の違う建物に到着した。
ライドが扉を叩く。
「大佐!ベルダン大佐!お客様です!起きてください!」
え、まだ寝てるの?部下はみんな仕事してるよ?
「大佐!まだ寝てるんですか!?」
「うるさい!寝起きに騒ぐな!」
マジかよ本当に寝てやがった。
中から鍵を開ける音がする。
「それに!2人きりの時はベルダン叔父さんと呼べと!あれほど・・・」
乱暴にドアが開きヒゲだらけの男が顔を出す。
「あの、ホーグさんとヴェルサさんがお見えになってます。叔父さん」
「お?おお!ヴェルサ!それとホーグか!久しぶりだな!」
「ちょと声大きくない?もっと静かに話そうよ・・・」
耳を塞ぎながら抗議するが、何処吹く風だ。
「相変わらず細かい事を気にする男だな!キ◯タマついてるのか!?」
「あんた、そのうち自分の部下か俺に殺されるぞ」
「いつでも殺しに来て良いぞ!ハハッ!」
駄目だこいつ・・・
このヒゲが顔なのか顔がヒゲなのかわからんおっさんは、シュタイアー常備軍の首都警護隊隊長をやっているベルダン大佐だ。
案内してくれたライドの叔父さんでもある。
ベルダンと初めて会ったのは、この国が隣国からちょっかいを出されて、小競り合いを繰り返してた時期だ。
国力も兵力も足らないシュタイアーは、負け戦に次ぐ負け戦でかなり疲弊していた。
当時俺達はシュタイアーに雇われて、停戦合意の調整をやっていた。
その時、護衛兼監視役として付いていたのがベルダンだった。
相手国との会談を終えた帰り、ベルダンは頼みもしないのに弟家族のいる村に連れてってやるとか言い出した。
別にいいって言ってるのに近くだから寄っていけと、半ば無理矢理連れて行かれたのどかな農村は、敵の軍に襲われていた。
隣国の正規軍じゃない。
民間軍事会社と言われているが、なんてことはないただの傭兵集団だ。
村人も抵抗しなかったわけじゃないとは思うが、何しろ戦いを飯の種にしている奴らだ、到底勝ち目はない。
俺達は近くの林に隠れて、様子を伺う事にした。
ベルダンは激高して突進をかますと思ったが、意外にも冷静だった。
そして夜まで待ち、夜襲をかけた。
正直俺とベルダンだけでは成功しなかっただろう。
だがこっちにはパラがいる。こいつは諜報員としての能力は並程度だが、戦闘に関しては桁外れに優れている。
射撃の腕が良いとかそういうことではなく、戦闘中の観察力、判断力が的確で、最短の時間と労力で最大の結果を出せるように動くことができる。
多分経験ってのもあるだろうな。以前諜報機関に勤めていた時、特殊作戦に参加した事もあるらしい。
傭兵どもを無力化した後、村の中を生き残りがいないか探したが、酷いものだった。
家は荒らされ、人々は無惨にも体のあちこちを撃ち抜かれ殺されていた。
おそらく辱めを受けたのだろう、裸に剥かれて放置されている女性の死体を見た時は、流石の俺も嫌悪感を覚えた。
そしてそんな中にライドはいた。
他の死体に混じり死んだフリをしていた彼は、発見された時、口の周りが真っ赤に染まっていた。
唇を噛み切っていたのだ。
助かった村人はライドを含め10人。
皆絶望と怒りで震えていた。
「殺してやる、1人残らずだ、必ず見つける」
ライドは目の前で両親を殺された怒りから、誰よりも憎悪の闇が深いようだった。
「憎いか?親父とお袋さんを殺した相手が、そんなに憎いのか?」
静かにベルダンがライドに問う。
「当たり前だろ!叔父さんは憎くないのかよ!」
次の瞬間、ベルダンにフルスイングで顔面を殴られ、ライドの体が吹っ飛んだ。
「な、何すんだよ!僕に八つ当たりしてどうすんだよ!」
「敵が憎いか?」
「ああっ!憎いさ!殺してやる!絶対に殺してやる!」
またしてもフルスイング。見てるこっちの方が痛くなっちまうような殴り方だった。
「ふざけんな!なんで殴られなくちゃ」
「敵が憎いか!」
無表情のまま、問答無用で顔面を殴る。
結局ライドが気絶するまで続けられたが、残りの村人はベルダンの迫力に押されて、憎しみよりも恐怖が上回ってしまったようだった。
今思うと、あれはライドをたしなめるというより、他の村人を落ち着かせる為だったのかもな。
やり方としてどうなの?と、思うところもあるが。
結局そのまま俺達は、後処理をする為に3日ほど村に滞在し、遺体の埋葬やら焼けてしまった家屋の解体やらを手伝った。
その間、ベルダンはずっと無表情で何の感情も見せないままだ。
ライドはそんな自分の叔父に失望しているようだった。
3日目の朝、後処理を終えた俺達は、亡くなった人の為に簡易的な葬儀を行なった。
誰かがすすり泣く声がする。
その声は段々大きくなり、終いには咆哮のような叫び声に変わった。
ベルダンだ。大の男がなりふり構わず泣きじゃくる。
弟夫婦の墓に縋り、名前を呼びながら顔をグシャグシャにして泣き叫んでいる。
当たり前だ。肉親が殺されて、悲しくないわけがない。殺した相手が憎くないわけがない。
だがベルダンはそれを口に出して言うことを許さない。自分にも他人にもだ。
言ってしまえばそれが連鎖反応を起こして、周りを不幸にする事を知っているから。
ひとしきり泣いた後、ベルダンはいつもの調子に戻り、屈託のない笑顔でライドに告げた。
「俺について来い。軍でお前を鍛えてやる」、と。
ライドはこれで復讐の機会ができたと思ったんだろうが、いい意味で期待を裏切られたようで、今ではベルダンに似た強い精神を鍛え上げ、あの頃の憎悪は微塵も感じない。
「預けてた馬を取りに来たんだ。まさか食っちまってないだろうな?」
「肉は好きだが馬は食わん!奴らには世話になってるからな」
以外に律儀。まぁ知ってたんだけどね。
「馬を厩舎から出しときますね」
と言ってライドは厩舎に走っていった。
それを見ていたベルダンが、
「あいつお前らに謝りたいとか言ってたぞ」
なんて事を言い出して、俺達は首をひねる。
「え?なんで?別に何もされてないししてないぞ。ヴェルサは?」
「私もないけど、うーん」
考え込んでしまった。
「停戦合意の事だ。あいつは戦争が終わったことで、もう復讐の機会が失われたと思ったらしい。それで停戦の立役者であるお前らが憎かったんだと」
「ああ、なるほどね」
「でも今は違うんでしょ?謝りたいとか言うくらいだし」
「そうだ。ライドは変わった。憎しみや悲しみは当然ある、だがそれを強い意志で抑え込み、前を向けるようになった。結構苦労したがな。何と言っても俺の甥っ子だ」
そう言って軽快に笑うベルダンの顔は、晴れやかなものだった。
「人は変われるんだ。そうだろう?ホーグ、いや、アレックス。お前もそろそろ変わったらどうだ」
パラの方をチラチラと見ながら、俺にそんな事を言ってくる。思わず目をそらしてしまった。
「なんのことやら」
「意味がわからないか?」
「わかってるから、はぐらかそうとしてるんだよ」
パラの方を盗み見る。私に振るなって顔してる!
「お前の人生だ、好きにすればいい。だが1人だけの人生じゃなくなった時は覚悟しろよ!」
「あ、ああそうだな」
なんと返答していいかわからず、曖昧に相槌をうってしまった。