二十九話 微動
崖の上から廃村の様子を伺う。
今は私1人だ。
ユーリとアレックスはここから歩いて一時間ほどの所で待機している。
崖は村を半分取り囲むような半月状をしており、突き出した箇所が2つある。
どちらも監視するにはいいポイントに見えるが、実際には半月の真ん中、一番窪んだ場所が最適だ。
全体を見渡せるし、退路を確保しやすい。
身を隠しながら廃村を見下ろす。
待ち合わせ場所に指定した小屋の前に、その人物はいた。
ショーシャさんだ。
胸の前で両手をきつく握り、廃村の入り口をずっと眺めている。
不安そうに、待ち遠しそうに。
監視を始めてから3日、アレックスと交代で見張り続けているけど、全く怪しい行動は見せていない。
彼女は全く動かず、三日間朝から晩まで動かず立ち尽くしている。
予定では今日の夕方まで監視を続け、何もなければ切り上げる。
作戦の練り直しだ。
「あの、二人は何をしてるんですか?」
野営地で焚き火を囲みながら夕食を食べている最中、ついに我慢できなくなったのか、ユーリが私達に聞いてきた。
「気にするな、襲撃を警戒して見回りをしてるだけさ」
アレックスが軽い感じで返答する。
まぁ間違ってはいない、ただ警戒している相手が違うけど。
「そう、ですか」
釈然としない口調で言うと、ユーリは私達を見る。
「もう3日もここに留まっているのは警戒してるから?」
「そうだ、最後の最後でミスを犯したくない」
「僕は・・・早くショーシャさんに会いたい・・・」
寂しそうに呟いて下を向いてしまった。
私達が動かない理由は2つある。
先ず、ユーリかショーシャさんに何かしらの動きがあるまで監視していたいという事。
どちらかが私達に対して非協力的、あるいは敵対的行動を取るならば、そこを突いて裏を探れるかもしれない。
特にショーシャさんは我々が監視している事を知らない。
怪しい動きがあればと思ったけど、結局何も掴めないままだ。
そしてもう1つは、ナっちゃんが合流していないという事だ。
アレックスはあまり戦闘が得意じゃない、となると最悪私一人で戦う事になる。
流石にそれではこちらが圧倒的に不利だ。
アイソセレスが来てくれれば、相当な戦力になる。
でも、そろそろ限界か。
私達を目指しているのはアイソセレスだけじゃ無い。
いつレッドロックの連中が襲って来てもおかしくない状況だ。
アレックスの方に顔を向ける。
すると、同じ様にこちらを見て小さく頷いた。
どうやら考えてる事は同じみたいだ。
「よし・・・明日には動こう。ユーリ、ショーシャさんの所に行くぞ」
アレックスはそう言ってユーリの方を向く。
「明日・・・明日会えるの?!」
満面の笑みで立ち上がる。
「本当?!」
「ああ、明日で今回の旅も終わりだ。色々大変だったけど、よく我慢したな」
アレックスが頭を撫でると、ユーリはまるで子猫のように目を細めて喜んだ。
ショーシャさんとの再会が余程嬉しいのだろう。
初めて依頼主がショーシャさんだと教えた時、ユーリは驚きと嬉しさで嗚咽を漏らしながら泣いていた。
ショーシャさんはユーリの教育係だったらしい。厳しい時もあるけど、困った時一番に助けてくれたのが彼女だと言っていた。
屋敷の人々は全員殺されたと思っていたユーリにとって、それは最高のサプライズだったようだ。
あの時の涙と今の嬉しそうな顔、どちらも嘘があるようには見えない。
それにショーシャさんの方も、全くと言っていいほど怪しい動きはない。
アレックスを疑う訳じゃないけど、二人が怪しいというのは本当なのかな・・・
不安が大きく膨らんでいく・・・
ユーリが眠りについた後、今後の方針を決める事にした。
「大丈夫かなぁ・・・」
素直な気持ちが言葉に出てしまう。
「ユーリとショーシャを会わせて何が起きるのか、全く未知数なのは怖いが、仕方ないだろう。これ以上は待てない」
珍しく真剣な表情でアレックスが言う。
「で、どうするの?」
心配の種はいくつもあるけど、此処まで来たらどうしようもない。
どうなっているのかを考えるより、どう動くかを考えよう。
「いつもと同じさ、俺とユーリで廃村に行く。パラは崖上からあの狙撃銃で監視してくれ」
アレックスが幌馬車を指差す。
襲撃騒動の時、敵から拝借した狙撃銃は荷台に置いてある。
あの後試射をしてみたところ、銃本体よりも照準器の性能に驚かされた。
仕組みはわからないが、筒型の照準器を覗くと、狙撃対象が大きく見えたのだ。
これなら遠距離から監視しても状況がはっきりわかる。
「わかった。何かあったら狙撃銃で援護するから」
「ああ、頼む。それと俺も例のライフル銃を持って行く、何かあった時は発砲するよ」
「了解・・・でもさ・・・」
「どうした?」
アレックスが心配そうに私の顔を覗き込む。
「何もなければ良いよね・・・」
「今回ばっかりは保証できないな・・・」
こんなに不安要素ばかりの仕事なんて、二人でフリーランスになってから初めての事だ。
更に最悪な事に、依頼主と救出対象が信用出来ないときてる。
何が原因かって・・・目の前にいるこの男のせいだ。
刺激が欲しいばっかりに、実力行使での人質救出なんて経験の無い依頼を受けて、超大国のウジールを敵に回して、今も細い糸を綱渡りするような危険な賭けに出ようとしている。
・・・本当に私が付き合う必要あるんだろうか?
言うまでもない。
あるに決まってる。
アレックスから答えは貰った。
私が望む以上の答えを。
だからどんな結末が待っていようと、最後までこの人と一緒にいるんだ。
そうだ、ついでだし言わなくちゃいけない台詞を、今言っておこう。
「そういやまだ言ってなかったね」
「ん?」
「・・・アレックス・・・愛し、ムグゥ!」
口を両手で押さえ込まれる。
「バカヤロウ!そんな事今言ったら縁起悪いだろ!」
なんじゃそりゃ。
「いいか、戦場に向かう前に重要な台詞を言ったり、やり残した事があると必ず死んじまうんだ。気を付けてくれよ!」
私の口から手を退かし、少し怒ったように言う。
「・・・そんな迷信知らないんだけど」
「俺の地元じゃ有名なの!お前の友達認定した奴を誰でもちゃん付けするのと一緒だ。あれだってお前の故郷限定だろ」
え、東部地域では普通だと思ってた・・・
「兎に角、全部終わったらいくらでも好きなだけ言わせてやるから、今は我慢してくれ」
そう言われてもなぁ。
「タイミングってのがあるでしょ?今がそん時だと思ったから言おうとしたのに、次なんてないかもね」
「え・・・無いの?そんな事・・・言わないでくれよ」
アレックスが少し寂しそうに呟く。
しょうがない、サービスしてやるか。
「アレックス」
私の声に反応し振り向いた瞬間、顔を近付ける。
そしてそのまま唇を重ねた。
「・・・ウッ!」
離れようとしたところで頭を押さえ付けられる。
う・・・動けない・・・。
「!」
舌を入れてきやがった!
「ヴッ・・・グボッ」
い、息が・・・
そうだ!両手はフリーなままだ!
アレックスの首に手を回し思いっきり締め上げた。
「ギ・・・」
そのまま数秒の後、やっと頭を押さえていた手が離れる。
『ゲホッ・・・殺す気か!』
全く同じタイミングで同じ台詞が出た。
流石愛し合う同士・・・なのかなぁ?
「この変態野郎!次やったらタマ潰すぞ!」
「四年間我慢してたんだ!ディープキスくらいさせろよ!」
え・・・それって、
「四年間ずっと、私のこと・・・」
「ああ、そうだよ!一目惚れだ!残念だったな、お前より先に俺が惚れてたんだ。三年前俺について来るって言い出した時、心ん中じゃ小躍りしてたさ」
知らなかった・・・
「じゃあなんでずっと黙ってたの?」
「そりゃお互い様だ。お前だって黙ってたじゃないか。まさか気持ちを知らないとでも思ってたか?」
それは・・・ないけど。
組織を抜けてついていったのも、ずっと一緒だったもの、こいつが好きだったからだ。
勿論直接言ったことはない、でも私の気持ちをアレックスが察しているのは、なんとなくわかっていた。
「最初っから相思相愛じゃん・・・私だって一目惚れだったんだから」
なんとなく目を合わせ辛くなり、顔を逸らす。
「あ、そうなの?・・・て、こういう話は今したら駄目だって!やめやめ!」
そう言ってアレックスは立ち上がった。
「続きは全部終わってからな。その時は、お前の全てをもらうぞ」
かっこいい事言ってくれるじゃないの。
「そっちこそ覚悟しててね。搾り取ってやるから」
負けじと笑顔で言い返す。
「あの・・・」
「!・・・ユ、ユーリ・・・」
どうやら騒ぎ過ぎたらしい、ユーリが起きてしまった。
「僕、オシッコに行きたいんだけど・・・」
「ど、どうぞ!行っておいで!」
ユーリは逃げ去るように茂みへと入って行った。
「いつから聞いていたんだろう・・・」
「さぁ・・・聞いてみるか?」
「聞けないよ・・・」
少なくとも最後のやり取りは聞いてたよね・・・
滅茶苦茶恥ずかしい・・・。
翌日。
日の出と共に廃村へと向かう。
人間が一番動けなくなる早朝が良いという考えからだ。
ユーリは朝弱いが、出発を告げても嫌がらなかった。
早くショーシャさんに会いたいのだろう。
「じゃあ行ってくる」
「おう、よろしく頼むな」
廃村の手前で幌馬車を降りる。
30分後に行動開始だ。
狙撃銃を肩に担ぎ、ライフル銃を手に持つ。
これだけ持っていれば、万が一の時も対処できるだろう。
「・・・なぁ」
歩き出そうと足を踏み出した途端、御者台に座るアレックスに呼び止められた。
「何?」
「・・・いや、何でもない。気を付けて」
「うん。そっちもね」
それだけ言って再び歩き出す。
なるほどね、昨日言っていた迷信はこれか。
気を付けなくちゃいけないのはアレックスの方じゃん・・・。
崖上は陽当たりが良いのか植生が濃い。
鬱蒼と茂る森の中に足を踏み入れる。
森に入った途端、違和感を感じた。
・・・誰かが通った形跡がある。
獣道の足跡、草木の倒れ方、その何れもが複数の人間が森に入ったことを物語っていた。
足跡から推測するに、多分四人以上、重い荷物を担いでいる成人男性、それなりに訓練を受けた軍関係者か元関係者。
多分レッドロックだ、アイソセレスなら、こんな痕跡を残すなんて失敗はしない。
あまりにもタイミングが悪過ぎる。
ずっと監視されていた?
それなら襲撃するチャンスは他に幾らでもあった筈だ、本当に偶然が重なったのだろう。
でも、何で廃村が目的地だと知られてしまったのだろうか。
誰かが情報を漏らした?
・・・ナっちゃん?
彼女を疑う気持ちは微塵も無いが、誤って漏洩してしまった可能性は充分にある。
太い倒木を見つけ影に隠れる。
どうすればいい。
アレックスに伝えようにも既に廃村に向かっている。
発砲して危険を知らせるか?
・・・怪しいとわかっていても、ショーシャさんは依頼主だ、一人残して私達だけ撤退するのは、雇われた身としては避けたい。
狙撃銃を地面に下ろし、ライフル銃に弾倉を取り付けレバーを操作する。
最初の一発だ。
その一発で全てが決まる。
間に合うか?
・・・いや、間に合わせる。
何があってもアレックスを守るんだ。




