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笑菓  作者: 千葉焼き豆
追撃
26/43

二十六話 処理

 銃声がした。

 打ち合わせ通り、五連射。


「ヴェルサさん!」

「うん」

 アレックス達は無事敵を倒せたみたいだ。

 よかった・・・

「早く!」

 ユーリが立ち上がろうとする。

「待って!まだ安全かわからないよ。私が最初に顔出すから」

「は、はい」

 もしかしたら、まだ敵がいるかもしれない。


 思い切って立ち上がる。

 攻撃は・・・無い。

「もう大丈夫だよ」

 ユーリは無言で立ち上がると、おじさんの所に走って行った。

「・・・」

 私もユーリの後を追う。


「おじさん!」

 開いたままの口と目は、苦しそうに歪んでいた。

 ユーリが肩を揺する。

「お願い!死なないで!」

 誰が見たって一目瞭然だ。


 羊飼いのおじさんは、既に事切れていた。


「お願い・・・」

「ユーリ、おじさんは・・・」

 もう死んでいる、そう言おうとするけど、どうしても口に出せなかった。

 肩に置いた手を静かに離し、そのままユーリは動かなくなる。

「・・・僕が逃げたから・・・おじさんを殺したのは・・・あのままウジールにいれば誰も死なないで済んだのに・・・」

 ユーリはそう言って私を睨む。

「2人はこんな事になるって知ってたの?!誰かが死んじゃうってわかってたのに、僕をウジールから連れ出したの?!」

「・・・ごめん、最初に言わなくちゃいけなかったのに、言えなかった。きっとこれからも誰かの死を見ることになると思う・・・」

 なるべく感情的にならないように、抑揚の無い声で話す。

 ユーリは絶句し俯いてしまった。

「でも私達は君を必ずショーシャさんに引き渡す。それが仕事だからね」


 残酷な事を言ったと思う。

 でも、うわべだけの嘘をついたってしょうがない。

「あのままウジールにいれば、確かに誰も傷つかなかったかもしれない。でも動き出した以上、もう後戻りはできないよ」


 ユーリは顔を上げ、また私を睨んだ。

「だったら!」

 胸倉を掴まれる。

「ここで僕を殺してよ!これ以上誰か死んじゃう前に僕を殺して!」


 憎しみの顔、それは誰に向けての感情なのか。

 きっと本人もわからないんだと思う。


 掴んでいた手をそっと解き、私の両手で包み込む。

「それは出来ないよ。たとえ何人死んだとしても、ユーリの四肢が切り落とされたとしても、「生きて」ショーシャさんに届ける」

「!」

 私の手を振り解く。

 まるで化け物を見るような目だった。

「憎んでいいよ。それだけの事をしたと思ってるし、それだけの事を言ったと思ってる」

「・・・」


 アレックスと出会う前、まだ諜報組織にいた頃。

 私は情報漏洩を防ぐ為に、ある親子を見殺しにした事がある。

 両親と5歳の女の子、幸せそうな家族。

 助けようと思えば助けられた、だけど組織の意向で出来なかった。

 それから同じような事が何度か続いて、私の心は何も感じなくなってしまった。

 人として間違った事をした、でも諜報員として間違っていない。

 そんな風に考えて、思考停止したんだ。


 その後アレックスと出会いフリーランスになった事で、誰かを見殺しにしたり無関係な人を巻き込むことは少なくなった。

 でも全然無くなったわけじゃない。

 そんな事がある度に、アレックスは私を慰めてくれたけど、心の中では苦笑していた。

『これくらいじゃ何とも思わないよ、だって間違った事はしてないから』

 そう思って、アレックスの言葉を聞き流していた。


 でも知ってるんだ、本当は間違ってるって。

 ただ頭がおかしいだけ。


 だからユーリ、私は化け物なんだ。

 君は何も間違ってないよ。


「憎むなんて・・・出来ないよ。ヴェルサさん、良い人だもん」


 何処かで聞いたような台詞。

 ・・・そうだ、私がナっちゃんに言った言葉だ。


『私あなたの事好きだよ。だって良い人だもん』


 人としての道を踏み外し、でも軍人として正しい行動をとった彼女に、私は共感を覚えた。

 だから私みたいな化け物になる前に、助けなきゃって思ったから言ったんだ。


 その台詞をユーリは言ってくれた。

 本当は罵詈雑言をぶつけたいだろうに。


 もしかして、この子は私を化け物から人間に戻してくれるかもしれない。

 そんな調子のいい事を考えてしまう。


 最低だな。


「ごめん・・・ありがとう」

 それ以上の言葉が出なかった。




 日が暮れて辺りが闇に包まれる頃、アレックスとナっちゃんが戻って来た。

 手には杖の様な何かを持っている、多分狙撃していたライフル銃だ。

「おっさんは?」

 再開するなりアレックスが聞いてくる。

「・・・駄目だった」

「そうか」

 わかっていたかの様に頷く。

「で、ユーリは?」

「おじさんの側にいる」

 羊飼いのおじさんはユーリと2人で荷台に安置した。

 そのまま放置する訳にはいかない、何処かの村にでも行って遺族を探さなくちゃ。

「大変だったろ?」

 私を見て不安そうに呟く。

「大丈夫だったよ。ユーリは強い子だからね」

 私の頭に手を置いてアレックスが微笑む。

「お疲れ様、辛い仕事を押し付けちまったな」


 ユーリに何を言ったのか、何を言われたのか、大体わかっているんだろう。

 今回の依頼を受けるって決めたのはアレックスだ。

 私よりも辛いはずなのに、それを決して表に出さない。


 もっと寄り掛かってくれてもいいのに。

 そうしてくれないと、私も寄り掛かれないよ。


 そんな思いを込めて、アレックスの胸に顔を埋める。

「・・・お?」

 しばらくそうしていると、彼の腕が背中に回り、そのまま手が下がってきてお尻を・・・

「ギッ!」

 思いっきり足を踏んづける。

「この変態!場所と雰囲気をわきまえろ!」

「え・・・そういう展開なのかと」

「な訳あるか!」

 何でこんな奴に惚れたのかな・・・

「仲が良いのは結構だが、時間が無い。先を急ぐぞ」

 少し呆れ顔でナっちゃんが言う。

「妬くなよ、俺には先約がいるんでね」

「お前に思う所は何もない、嫉妬を感じるとしたらヴェルサに対してだ。そうそうお目にかかれない良い女だぞ」


 なんかナっちゃんの雰囲気が変わった気がする。


「・・・なんかあったの?」

「ああ、俺達の捕獲は諦めるそうだ」

「え?!」

 ・・・有難いけど、随分唐突な。

「ファブリックに愛想が尽きたらしい、襲撃者が傭兵部隊のレッドロックだったんだ」

「あいつらウジールに雇われてたの?」

 あんなクソみたいな連中を使うなんて、ファブリックとかいう司令官は何を考えてるんだろう・・・

「ナイツはもうファブリックを信用できないから、受けた命令も拒否するってさ」

「そういう事だ、いずれ奴は我々アイソセレスの手でウジールから追い出そうと思っている」


「・・・そっか・・・」


 隠してるつもりなのか、それとも隠すつもりがないのか。

 口裏を合わせているのがはっきりとわかった。


 何を隠してるんだ?


 私に・・・言えない事があるっていうの?

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