二十六話 処理
銃声がした。
打ち合わせ通り、五連射。
「ヴェルサさん!」
「うん」
アレックス達は無事敵を倒せたみたいだ。
よかった・・・
「早く!」
ユーリが立ち上がろうとする。
「待って!まだ安全かわからないよ。私が最初に顔出すから」
「は、はい」
もしかしたら、まだ敵がいるかもしれない。
思い切って立ち上がる。
攻撃は・・・無い。
「もう大丈夫だよ」
ユーリは無言で立ち上がると、おじさんの所に走って行った。
「・・・」
私もユーリの後を追う。
「おじさん!」
開いたままの口と目は、苦しそうに歪んでいた。
ユーリが肩を揺する。
「お願い!死なないで!」
誰が見たって一目瞭然だ。
羊飼いのおじさんは、既に事切れていた。
「お願い・・・」
「ユーリ、おじさんは・・・」
もう死んでいる、そう言おうとするけど、どうしても口に出せなかった。
肩に置いた手を静かに離し、そのままユーリは動かなくなる。
「・・・僕が逃げたから・・・おじさんを殺したのは・・・あのままウジールにいれば誰も死なないで済んだのに・・・」
ユーリはそう言って私を睨む。
「2人はこんな事になるって知ってたの?!誰かが死んじゃうってわかってたのに、僕をウジールから連れ出したの?!」
「・・・ごめん、最初に言わなくちゃいけなかったのに、言えなかった。きっとこれからも誰かの死を見ることになると思う・・・」
なるべく感情的にならないように、抑揚の無い声で話す。
ユーリは絶句し俯いてしまった。
「でも私達は君を必ずショーシャさんに引き渡す。それが仕事だからね」
残酷な事を言ったと思う。
でも、うわべだけの嘘をついたってしょうがない。
「あのままウジールにいれば、確かに誰も傷つかなかったかもしれない。でも動き出した以上、もう後戻りはできないよ」
ユーリは顔を上げ、また私を睨んだ。
「だったら!」
胸倉を掴まれる。
「ここで僕を殺してよ!これ以上誰か死んじゃう前に僕を殺して!」
憎しみの顔、それは誰に向けての感情なのか。
きっと本人もわからないんだと思う。
掴んでいた手をそっと解き、私の両手で包み込む。
「それは出来ないよ。たとえ何人死んだとしても、ユーリの四肢が切り落とされたとしても、「生きて」ショーシャさんに届ける」
「!」
私の手を振り解く。
まるで化け物を見るような目だった。
「憎んでいいよ。それだけの事をしたと思ってるし、それだけの事を言ったと思ってる」
「・・・」
アレックスと出会う前、まだ諜報組織にいた頃。
私は情報漏洩を防ぐ為に、ある親子を見殺しにした事がある。
両親と5歳の女の子、幸せそうな家族。
助けようと思えば助けられた、だけど組織の意向で出来なかった。
それから同じような事が何度か続いて、私の心は何も感じなくなってしまった。
人として間違った事をした、でも諜報員として間違っていない。
そんな風に考えて、思考停止したんだ。
その後アレックスと出会いフリーランスになった事で、誰かを見殺しにしたり無関係な人を巻き込むことは少なくなった。
でも全然無くなったわけじゃない。
そんな事がある度に、アレックスは私を慰めてくれたけど、心の中では苦笑していた。
『これくらいじゃ何とも思わないよ、だって間違った事はしてないから』
そう思って、アレックスの言葉を聞き流していた。
でも知ってるんだ、本当は間違ってるって。
ただ頭がおかしいだけ。
だからユーリ、私は化け物なんだ。
君は何も間違ってないよ。
「憎むなんて・・・出来ないよ。ヴェルサさん、良い人だもん」
何処かで聞いたような台詞。
・・・そうだ、私がナっちゃんに言った言葉だ。
『私あなたの事好きだよ。だって良い人だもん』
人としての道を踏み外し、でも軍人として正しい行動をとった彼女に、私は共感を覚えた。
だから私みたいな化け物になる前に、助けなきゃって思ったから言ったんだ。
その台詞をユーリは言ってくれた。
本当は罵詈雑言をぶつけたいだろうに。
もしかして、この子は私を化け物から人間に戻してくれるかもしれない。
そんな調子のいい事を考えてしまう。
最低だな。
「ごめん・・・ありがとう」
それ以上の言葉が出なかった。
日が暮れて辺りが闇に包まれる頃、アレックスとナっちゃんが戻って来た。
手には杖の様な何かを持っている、多分狙撃していたライフル銃だ。
「おっさんは?」
再開するなりアレックスが聞いてくる。
「・・・駄目だった」
「そうか」
わかっていたかの様に頷く。
「で、ユーリは?」
「おじさんの側にいる」
羊飼いのおじさんはユーリと2人で荷台に安置した。
そのまま放置する訳にはいかない、何処かの村にでも行って遺族を探さなくちゃ。
「大変だったろ?」
私を見て不安そうに呟く。
「大丈夫だったよ。ユーリは強い子だからね」
私の頭に手を置いてアレックスが微笑む。
「お疲れ様、辛い仕事を押し付けちまったな」
ユーリに何を言ったのか、何を言われたのか、大体わかっているんだろう。
今回の依頼を受けるって決めたのはアレックスだ。
私よりも辛いはずなのに、それを決して表に出さない。
もっと寄り掛かってくれてもいいのに。
そうしてくれないと、私も寄り掛かれないよ。
そんな思いを込めて、アレックスの胸に顔を埋める。
「・・・お?」
しばらくそうしていると、彼の腕が背中に回り、そのまま手が下がってきてお尻を・・・
「ギッ!」
思いっきり足を踏んづける。
「この変態!場所と雰囲気をわきまえろ!」
「え・・・そういう展開なのかと」
「な訳あるか!」
何でこんな奴に惚れたのかな・・・
「仲が良いのは結構だが、時間が無い。先を急ぐぞ」
少し呆れ顔でナっちゃんが言う。
「妬くなよ、俺には先約がいるんでね」
「お前に思う所は何もない、嫉妬を感じるとしたらヴェルサに対してだ。そうそうお目にかかれない良い女だぞ」
なんかナっちゃんの雰囲気が変わった気がする。
「・・・なんかあったの?」
「ああ、俺達の捕獲は諦めるそうだ」
「え?!」
・・・有難いけど、随分唐突な。
「ファブリックに愛想が尽きたらしい、襲撃者が傭兵部隊のレッドロックだったんだ」
「あいつらウジールに雇われてたの?」
あんなクソみたいな連中を使うなんて、ファブリックとかいう司令官は何を考えてるんだろう・・・
「ナイツはもうファブリックを信用できないから、受けた命令も拒否するってさ」
「そういう事だ、いずれ奴は我々アイソセレスの手でウジールから追い出そうと思っている」
「・・・そっか・・・」
隠してるつもりなのか、それとも隠すつもりがないのか。
口裏を合わせているのがはっきりとわかった。
何を隠してるんだ?
私に・・・言えない事があるっていうの?




