二十四話 対応
撃たれた者を助けようと近付くと、同じ様に撃たれる。
有りがちな手だが非常に有効だ。
そして反吐がでるほど残酷でクソみたいな手法でもある。
羊飼いのおっさんは胸と口から大量に血を流し、苦悶の表情で踠いている。
「そのまま動くな!必ず助ける!」
俺の叫び声に応える様子は無い。
身体をバタつかせ痙攣する。
暫く手足を震わせた後、動かなくなった。
多分、もう・・・
本当は殺さずに、俺達が助けに行くのを狙ってたんだろう。
だが狙撃手は特定の部位に当てられるほどの腕はなかった。
だから致命傷に至る箇所に命中し、殺してしまったんだ。
「この・・・人殺し」
ユーリがナイツを睨む。
「人殺し!おじさんが何したの?!ただ僕達を助けようと近付いただけなのに!何で殺したの?!」
ナイツは今にも泣きそうな顔でユーリを見る。
「私は・・・」
それ以上言葉が出て来ない。
こんな事ナイツが望むわけない、それはわかってる。
しかしユーリの暴言を咎める事は出来なかった。
ユーリが言わなかったら、俺が言っていたかもしれない。
黒い衝動が渦巻いて、暴れ出したくなる。
駄目だ、感情を抑え込み冷静にならなければ。
怒りなんてクソの役にも立ちゃしない、兎に角頭を切り替えよう。
全ての状況と皆の状態、そしてわかっているだけの情報で最適解を見つけ出す。
・・・よし、動くぞ。
「ヴェルサ、ユーリを頼む」
「どうするの?」
「羊の群れに紛れて森林まで行く」
羊達は丁度森林に向けて歩いている、上手くいけば狙撃手まで辿り着けるかもしれない。
「森の中に敵がいたらどうするの?」
「多分大丈夫だ。敵は1人の可能性が高い。そうだろう?」
ナイツの方を向き声を掛ける。
「・・・お前は・・・」
「ナイツ、あんたも一緒に来て手を貸してくれ」
「なんで?!」
そう声を上げたのはユーリだった。
「ユーリ、ナイツはこんな事望んじゃいない。お前だってわかってるだろう?」
「・・・それは、そうかもしれないけど・・・」
「狙撃してる奴を倒したら連続して5発銃を撃つ。そしたらユーリ、お前はおっさんの所に行け。まだ生きているかもしれない」
ユーリの顔が途端に明るくなる。
「生きてるの?!」
「可能性の話だ、だけど今はやれる事をやろう。誰かを恨んでる暇なんてないんだ」
「・・・わかりました」
やっぱりユーリは良い子だ。
パラとの間にこんな子供が生まれたら、さぞかし自慢できるだろうな。
「ヴェルサ、ユーリを頼む」
「わかった。死なないでね、あんたが死んだら私も死ななくちゃいけないんだから」
色んな意味でパラも良い女だ。
こいつに惚れて良かった。
「行こうぜ」
ナイツが頷く。
反撃開始だ。
四つん這いになり羊の陰に隠れ前進する。
移動しているのがバレても羊達が防弾の役目をしてくれる。
撃たれる羊は可哀想だが、人間様優先ということで許してもらおう。
移動速度はかなり遅いが、焦りは禁物だ。
見つからないよう慎重に移動する。
後少し・・・
後ろを振り向く。
ナイツが神妙な面持ちでついて来ていた。
あ、順番逆にすればよかった。そうすれば形の良い尻を拝めたのに。
そんな事を考えている合間に森林まで辿り着いた。
どうやら見つからずに済んだみたいだな。
周辺を見渡す。
誰もいない、やっぱり敵は1人だ。
アイソセレスほどの部隊なら、少人数で事を起こすなんて愚は犯さない。
ナイツも同じ考えだろう。
最小単位で四、五人。俺達を襲った時の人数だ。
ナイツを見ると、複雑な心境がそのまま顔に出ていた。
「・・・お前は襲撃者がアイソセレスじゃないと思っているのか」
「側面攻撃できる人数がいない時点でほぼ確定だ。あんたもそう思ってんだろ」
俺から視線を逸らし、困った顔をする。
「人数だけで考えればな・・・しかし、ファブリックから交戦規定を無視しろと言われている」
て事はつまり・・・
「民間人を犠牲にしても良いってことか?」
マジかよ。
「だが、私の部下に喜んで無抵抗な人間を殺すような者はいない!そんな奴は・・・絶対に!」
随分と信頼してるんだな。
「じゃあやっぱりアイソセレスじゃない。つまり「俺達」の敵だ。手を貸してくれるな?」
「・・・わかった」
ナイツは小さく頷いた。
だが使っている武器は間違いなくフォーサイスから奪った銃だ。
もし、狙撃してる奴がアイソセレスだったら・・・どうするつもりだろう。
いや、彼女を信じよう。
・・・そうだな、信用の証を渡しておくのも悪くない。
ズボンの裾を上げ、単発拳銃を取り出し雷管を付ける。
「こいつを持っておいてくれ。1発だけだから護身用くらいにしかならないけどな」
「・・・いいのか?」
ナイツは渡された拳銃を見つめ、戸惑いの声を上げる。
「あげないからな?後でちゃんと返してくれよ」
「わかっている」
そう言ってナイツは微笑んだ。
苦笑以外の笑顔を初めて見た気がする。
思ってた通りだ。
笑うと魅力が十倍増しになる。
「・・・それとな」
「なんだ?」
「さっきの言葉、悪かった。俺も頭に来て理性が吹き飛んじまった。本気で言ったわけじゃない」
「ああ、わかっている」
「ユーリもあんな事言ってたが、目の前で人が死んで混乱していただけだ、許してやってほしい」
「許すも何も、間違った事は言ってないさ。私は人殺しだ」
きっとフォーサイスでの事を言っているのだろう。
軍人が上官から受ける命令ってのは、一般人が想像するよりも遥かに強い強制力がある。
拒否すれば銃殺刑になりかねない。
でも、ナイツは自分が死にたくないから命令を受け入れたわけじゃない、と思う。
軍人としての心情、信念があったからこそ、実行したんだろう。
でも、彼女がその命令に縛られ、苦しんでいる姿を見ると、どうしてもその理不尽さに腹が立ってくる。
そんな腹立たしさと、さっきの微笑みに絆されて、思わず謝ってしまった。
こんなの自己満足でしかない、余計にナイツを傷つけるだけだ。
「じゃあクソ野郎をぶっ飛ばしに行きますか」
そう言って気持ちを切り替え、前を向き歩き出す。
「・・・ありがとう」
後ろで小さく呟く声がした。
2人か3人でこの道を監視中、俺達を発見。
1人が狙撃で足止めをして、他の奴は応援を呼びに行った。
それが俺とナイツで出した答えだ。
「でも正体がさっぱり分からん。どこかの野盗かなんかだとしても、高性能な狙撃銃なんて何処から手に入れたんだ?」
「ウジールが横流しをしているとでも言いたいのか」
「別にそんなことは言ってないさ。ただ相手の素性が分からないってのは、正直おっかない」
森林地帯といっても目的の丘まで続いてるわけじゃない。
俺達は背の高い草木や、雨水で僅かに掘り下げられた溝に入り、這いつくばりながら前進する。
そして移動中に敵の正体を考察することになったんだが、今の所納得できる答えは出ていなかった。
「ウジールの他の部隊とか?」
「思いたくは無いが、可能性はある。だが、追跡任務をこなせる部隊なんか、うち以外にないぞ」
「情報局は?」
「確かに情報局員がオペレーターをする事もあるが、基本的にあそこは情報収集と分析が専門だ、あまり荒事には手を出さない」
「そうか・・・」
結局答えは出なかった。
しかし、一つだけ同じ結論に至った事がある。
「誰が襲撃者だとしても、ファブリックが絡んでいるんだろうな」
「・・・間違いないだろう」
それだけははっきりと言える。
今更後悔しても仕方ないが、厄介な奴を敵に回しちまったな・・・
物音を立てないように、慎重に慎重を重ねて歩く。
狙撃手がいるであろう小高い丘は目の前にある。
俺もナイツも身体中泥だらけの傷だらけだ。
なにしろほぼ全ての行程を匍匐前進で来たからな。
「2人して背後から行くか?」
見つからないように小声で話す。
「いや、二手に分かれよう。お前は背後、私は側面からコンタクトする」
「大丈夫なのか?」
側面からだと敵に見つかりやすい、かなり危険だ。
「私が注意を引く、その内に背後から撃ってくれ」
囮ってことか、益々危険だ。
「なら俺が側面から行くよ、女を危険に晒したなんて相方にバレたら殺されかねん」
「その時は潔く殺されてくれ。悪いが側面から行かせてもらうぞ」
さらっとひでぇこと言いやがるな!
「本当に1人なのか確証が無い。その場合お前が見つかるのはマズイんだ」
「なんでさ」
「私は単発拳銃しか持ってない」
そういう事か。
「じゃあ俺の6連発と交換しよう」
腰の回転式拳銃を取り出す。5連発プラス散弾1発だ。
「・・・お前は馬鹿か?」
「何おぅ?」
「兎に角頼む、行かせてくれ。銃だけが理由じゃない」
何があるってんだ。
「どうしても最初に確認したいんだ。間違いなく違うとは思うが、万が一私の部下だったら・・・真意を確かめたい」
もしアイソセレスだったら、何故民間人を撃ったのか問い詰めたい。
そういう事らしい。
と、見せかけて裏切るつもりか?
いや、信じるって決めたんだ。
疑うのはよそう。
「わかったよ。だが、もし危険を感じたらすぐに逃げてくれ」
「了解した」
日が暮れるまで後一時間。
それまでに決着をつけなければ。
背後から近付くといっても、もしかしたら1人が後ろを警戒しているかもしれない。
幸い雑草が生い茂っているので、伏せていれば見つからない筈だが、音を立てないで移動するのはかなり難しい。
それでもゆっくりと確実に登って行く。
ナイツが動き始めるのは約30分後、それまでに移動を完了しなければならない。
ゆっくりと少しずつ、音を立てないように・・・
どれくらい経ったのかわからないが、やっと頂上近くまで来ることができた。
敵の姿は・・・此処からだと見えないな。
拳銃を確認する。
雷管と弾頭を目視、ちゃんとあるな。
装填したのは昨日だ、発射薬は湿気っていない筈。
撃鉄を動かそうと思ったが、やめておく。
敵が何処にいるのかわからない、もしかしたら近くにいて、撃鉄を起こす音を聞かれるかもしれない。
拳銃を両手で持つ。
後はナイツが動き出すのを待つだけだ。
緑の匂いを孕んだ風が駆け抜けて行く。
気持ち良いな。
これから殺し合いを始めようってのに、丘の上は平和そのものだ。
ずっとこのままだったら良いのに。
思いっきり寝っ転がって眠りたい・・・
「私だ!アイソセレス隊長のナイツ中佐だ!誰かいるんだろう?!」
そんな願いはナイツの叫び声で霧散してしまった。
「彼らは降伏すると言っている!攻撃を中止してくれ!」
反応は無い。
変わらず静かな時間が流れる。
一点を集中して見てはいけない、全体を眺めるように観察する。
ほんの数メートル先で何かが動いた。
・・・見つけたぞ、どうやら1人らしい。
「隊長・・・ですか?」
発せられた声に身体が硬直する。
まさか、アイソセレスなのか?
相手が立ち上がり、姿をあらわす。
手には拳銃を持っていた。
「ホーグ!」
ナイツの叫びに答えるように立ち上がり両腕を伸ばす。
右手を前方に、左手を手前に押し銃を両手に「溶接」する。
こちらに気付き、驚いた顔をするのがはっきりと見えた。
照準を合わせ引き金を引く。
立て続けに5連射。
爆音と共に目の前が煙で真っ白になった。
気にせず撃鉄を散弾に切り替え狙い続ける。
煙が引くと、その先にはうつ伏せで倒れている男がいた。
狙いをつけたまま近付く。
何発命中したかは分からないが、首筋にえぐられたような銃創があった。
「倒したか」
丘の上まで登って来たナイツが声をかける。
「多分な」
相手は倒れたまま、全く動かない。
「私が狙っている。ホーグ、お前が確認してくれ」
「なんで俺?」
そんな疑問を物ともせず、ナイツは単発銃を構え男に向けた。
「わかったよ・・・」
倒れていたとしても、油断は出来ない。
完全に無力化したことを確認するまでは警戒し続ける。
拳銃を地面に置いて、体の下に手を入れ仰向けに転がす。
目を見開いて驚いたまま硬直した顔は、まだ生気があるように見えた。
脈と呼吸を確認。
完全に止まっている。
「ほぼ即死だな。しかし声だけでよく自分の部下じゃないってわかったな」
「当たり前だ、全員の声を聞き分けられなければ、隊長なんて職にはつけん」
アイソセレス部隊は確か50人前後だったと思ったが、その全員の声を覚えてるってことか。
流石隊長殿だな。
続けて所持品と身体を調べていく。
腕をまくると赤いタトゥーが現れた。
「こりゃあ・・・レッドロックだ」
「なんだそれは?」
聞き慣れない単語にナイツが眉を寄せる。
「中央で活動してる傭兵部隊だ。悪名高い事で有名でな、自分達では民間軍事警備会社とか言っているが、俺から言わせれば唯の強盗団だ」
レッドロック。
報酬額が安いことから、特に貧乏な国では重宝されている。
だが、安い理由がとんでもない。
敵対した相手国の町や村から略奪をして報酬にしている。
ライドの村を襲ったのもこいつらだ。
「何故だ・・・そんな奴らにファブリックはあの銃を渡して・・・」
ナイツが死体のそばに落ちている銃を見る。
杖のように細長いライフル銃だ。
上に筒状の何かが付いている、多分照準器だろう。
「もうファブリックの事で頭を悩ますのやめようぜ・・・何考えてるかなんて絶対わかりっこない」
「いや、そういうわけにもいかないんだ・・・」
声のトーンが変わった。
不思議に思い、ナイツの方を見る。
彼女は、
「手を上げてくれ」
俺に銃を向けていた




