二十三話 狙撃
兎に角やれる事はやっておこう。
最善を尽くさずにくたばるのは真っ平御免だ。
先ずは俺とパラで両側面を警戒する。
狙撃ポイントの対角線上は味方撃ちの可能性があるのでおそらく来ないだろう。
そうだ、敵が来る前に確認しなくちゃならない事があった。
「ナイツ、ユーリを生きて捕獲しろって命令は本当なのか?」
ナイツは目を閉じて沈黙してしまう。
しばらくの間そうしていたが、決心したのか俺の方を向いた。
「嘘だ。生死不問と言われている」
やっぱりな。
「だが私は生きたまま捕らえたかった。ユーリも、お前達もな」
多分本当だろう。
生きていれば情報を吐かせたり、上手いこと操って二重スパイにしたりと利用価値がある。
まぁ、それだけが理由じゃないだろうけどな。
「じゃあ・・・皆殺し?」
パラが溜息をつきながら呟く。
「可能性は高い。最初に言っただろ、私には人質としての価値は無い」
「そうかなぁ・・・」
相手の心理を読み間違えた事はほとんど無いんだけどな・・・
まぁいいか、とりあえず狙撃手の位置を特定しよう。
「パラ、地図は持ってるか」
「ん」
懐から紙の束を取り出す。
等高線と植生の濃さを記した地図だ。
この名も無き田舎道を逃走ルートに選んだもう一つの理由。
それは俺たちがこの周辺の詳細な地図を持っていたからだ。
「今は・・・ここかな?」
パラが地図を指差す。
「で、銃声がしたのはこっちだから・・・」
ここからおおよそ四、五百メートル。
・・・あった。
丁度狙撃に適した小高い丘だ。
「多分この丘だな」
「隠れながら近付けないかな」
「そうだな・・・」
地図と周辺の地形を見比べる。
「あそこの森に入ることが出来れば、見つからないで行けるかもな」
前方のちょっとした森林を指差す。
ここから100メートルといったところか。
「そこにたどり着くまでに狙撃されるぞ」
ナイツが会話に入ってくる。
「全力で走ればなんとかならない?」
動標的に弾を当てるには偏差射撃をしなければならない。
腕の立つ人間なら1発目で当てる事が出来るかもしれないが、普通は外す可能性の方が高い。
「連発出来るんだぞ、初弾を外しても次の
弾で修正してくる」
そうか・・・再装填の必要が無いんだよな。
てか、アドバイスしてくれるのは有難いが、こいつは俺達に助かって欲しいのか?
さっきは教えてくれなかったのに。
そう突っ込もうと思ったが、やめておく。
ここに来てようやく俺達の味方になりかけているんだ、水を差すのは良くないな。
次に装備の確認をする。
狙撃から逃れる為に急いで隠れたから、手元にある銃は身につけていた物だけだ。
火薬や弾丸、ライフル銃は全て荷馬車の中にある。
なんとも心もとないが取りに行くわけにもいかない。
これだけで対応するしかないな。
状況の確認を終え、最後に対策を考える。
「一番有効なのは夜まで待って動くってのだな」
日が暮れるまで後四時間程度だ。
それまで我慢して暗くなったら逃げる。
だが、
「夜まで待ってくれないだろうな・・・」
「だよね・・・こっちから動くこともできないし。どうするの?」
戦闘はパラの得意分野だ。
そんな彼女にわからないことが俺にわかる筈もない。
「敵がアイソセレスだとして、最小単位が四、五人。側面攻撃をかけるとして一方向からだろう」
「普通そうだろうね」
狙撃ポイントの対角線上から敵が来ないのと一緒だ。
仲間に流れ弾が当たらないように、挟撃は避ける。
「だったら逆方向に逃げればいい」
「・・・それだけ?」
「それだけ。皆で固まって走れば撃たれる確率は下がるはずだ」
さっきはユーリを安心させる為にあんな事を言ったが、正直分が悪い。
だが、何事もやってみなくちゃ結果はわからない。
起死回生の逆転劇はいつだってそこら中に落っこちてるもんだ。
さて、相手さんの出方を待ちますか・・・。
二時間が経過した。
まだ動きは無い。
普通なら何かあってもいい頃合いだ。
「あんたの部下は焦らしプレイが好きなんだな」
「いや・・・様子がおかしい」
ナイツが考え込む。
「訓練通り行動しているなら、側面か正面から攻撃があっていい筈だ」
じゃあなんで仕掛けて来ない?
「もしかして、」
「なんか来た!」
ナイツの声をパラの叫びが遮る。
「敵か?」
「・・・違うっぽい。あれは・・・羊?」
パラが見張っていた方向に顔を向ける。
確かに羊の群れが近付いて来ている。
群の最後尾にいるのは・・・冴えないおっさんだ。
「凄えなアイソセレスは、通りすがりの羊飼いにしか見えんぞ。完璧な変装だな」
「あれは私の部下じゃない。全くの無関係な人間だ」
ヤバイな、このまま俺達の方に来たら巻き添えを食うかもしれん。
「威嚇射撃して逃げてもらう?」
パラが拳銃を取り出す。
「あっちも銃を持っていたら反撃されるかもしれん。やめといたほうがいいぞ」
「・・・そっか」
そんなやり取りをしている合間にも、羊達の鳴き声は段々と近付いてくる。
「とりあえず大声出して警告してみるのはどうですか?」
ユーリが提案してきた。
それしかないか。
「4人で一斉にやるぞ」
顔を見合わせ頷きあう。
「せーの!」
「こっち来るな!」「逃げて!」「立ち去れ!」「危ないです!」
『・・・』
「・・・「逃げろ!!」に統一しよう」
また顔を見合わせ頷きあう。
「せーの!」
『逃げろ!!』
俺達の声が届いたのか、こちらを凝視する。
「なんダァ、荷馬車壊れたんケェ?助けてやっから落ち着けヨォ」
・・・羊飼いのおっさんは中央訛りで喋りながら羊の群れを追い越し、手を振ってこっちに小走りで走ってきた。
羊の鳴き声で聞き取れないのか?
「危ないつってんだよ!引き返せ!」
狙撃手がナイツの部下なら、民間人を撃つような事はないと思うが、流れ弾に当たる事だってあるんだ。
このままじゃ、
「あ?」
おっさんの胸が微かに震え、そのままうつ伏せに倒れる。
まさか・・・そんな・・・
「・・・撃たれた?・・・」
そう呟いたのはナイツだった。
「おじさん!」
「駄目!」
ユーリが立ち上がろうとするのを隣にいたパラが押さえつける。
殺意ある銃弾・・・何の関係もない民間人が・・・
「おい!」
ナイツの胸ぐらを掴む。
「アイソセレスはご立派な部隊だな!任務の為なら何してもいいのかよ!」
ナイツに表情は無い。
まるで能面のような顔で俺を見つめる。
「俺はあんたの人間性を信用してた!だから部下だって・・・でも見当違いみたいだな!」
言葉で殴りつけるように叫ぶ。
ナイツの無表情が僅かに変化した。
まるで親に怒られて泣きそうになった、子供のような顔。
「おじさんが!」
パラが叫ぶ。
おっさんはいつの間にか仰向けになっていた。
「が・・・・ゴブッ・・・グ」
「まだ生きてる!」
銃弾は人体に命中すると、一瞬大きな空洞を作り体内をズタズタにしてしまう。
胸に被弾したという事は、肺を破壊され気道内に血液が流れ込んでいる。
今おっさんは、自分の血液で溺れ、もがき苦しんでいるんだ。
「早く助けないと!」
ユーリが涙で顔をグシャグシャにして訴える。
「立ち上がったら撃たれるよ!」
小柄なパラの体型では、ユーリを抑え込むのに限界がある。
子供とはいえ12歳だ、2人の体格差は殆ど無い。
「ユーリ!お前が勝手な事をすれば、俺達も危ないんだぞ!」
「でも!」
「もし助けに行くなら、お前とあのおっさんを俺が撃ち殺す!」
恐怖と怒りがないまぜになった顔をして俺を睨む。
「そんな無茶苦茶なこと!・・・」
「無茶でも苦茶でもない!お前が助けに行けば、間違いなく敵はお前を撃ち殺す!だったらその前に俺が殺してやる!」
「・・・」
動きを止め大人しくなった。
「・・・う、ううっ」
声を噛み殺して涙を流し続けるユーリ。
「・・・ごめん」
何でパラが謝るんだ。
それは俺のセリフだろうが。
羊達が倒れている主人の横を何事もなかったかのように通り過ぎ、俺達も無視して歩いて行く。
「・・・違う」
ナイツの呟きだけが虚しく響いた。




