二十二話 変化
朝からナイツの様子がおかしい。
ユーリの方をチラッと見ては視線を反らす。
ずっとその繰り返しだ。
昨晩何かあったのはわかっている、ユーリがナイツに近付き、なにやら囁いているのを俺はこっそり見ていた。
一体なにをしていたんだ?
もしかして・・・愛の告白?
いや、まさかなぁ。
確かにユーリは年の割に大人びた子だ。
でも流石に恋愛がどのうのこうのって話はまだ早いだろう。
それに多少打ち解けたとはいえ、まだナイツに対し複雑な感情を抱いている。
昨晩の事だって、もしかしたら襲うんじゃないかってちょっと不安になったから様子を伺っていたんだ。
何を言ったのかわからないが、結果としてナイツは挙動不審になった。
新たな問題にならなければいいんだが・・・
「ユーリ、俺とヴェルサは御者台で大切な話がある。荷台でナイツの相手をしてやってくれ」
「え、僕が?・・・でも」
不安そう、というより自分で大丈夫か心配しているようだ。
昨日の見張り中眠ってしまったのを気にしているらしい。
「大丈夫だよ、誰しも失敗はある。大切なのは失敗から学ぶ事だ」
頭を撫でながら励ましてやる。
「あ・・・ありがとう、ございます」
ユーリは安心したような、嬉しそうな、そんな顔で俺を見る。
ユーリはいつもと変わらない。
一生懸命で真っ直ぐで、ドレスの似合う可愛い男の子。
問題はナイツだ。
なんと言うか、不安というより怯えてる感じがする。
「その、私と2人きりはユーリに負担じゃないのか?」
ユーリの心配を口にしているが、態度と口調は明らかに2人きりになりたくないと言っていた。
「大人だろ、ユーリが不安にならないように気を使ってくれよ」
「・・・わ、わかった」
随分と弱気だな。
こんなにしおらしいナイツを見たのは初めてかもしれない。
ちょっと可愛いかも。
しかし、どんなことを言えばこんな弱気になるんだろうか。
・・・まったく想像出来んな。
「ちょっと聞いてるの?!」
パラが荒い口調で俺に聞いてくる。
どうやら荷台の2人に気を取られていて、話し掛けられたのに気が付かなかったようだ。
「あ、すまん。で、なんの話だ?」
「ナッちゃんの事!どうするの?」
待ち合わせ場所の廃村には二週間と経たないうちに到着するだろう。
それまでにナイツをどうするのか。
パラは随分と気にしていた。
「最後まで付き合ってもらうさ、てか廃村の事はナイツも知ってるしな。ショーシャにユーリを引き渡し、その後で解放する」
「・・・やっぱり仲間にはなってくれないのかな」
人間ってのはどんなに表面を取り繕っても、根っこの部分ってのは隠しきれるものじゃない。
俺達はそういう部分を嗅ぎ分ける能力に長けていたからこそ、今迄生き残って来れた。
そんな俺達が同じ結論に達している。
ナイツは真っ当で優しい人間だ。
出来る事なら敵対したくない。
「ま、無理だろうな。軍人さんにとって命令てのは絶対だから」
「そうだよね・・・」
このままだと、またナイツ達に命を狙われる事になる。
それはどうしても避けたかった。
しかし、良い案が出て来ない。
「焦ってもしょうがないさ。もしかしたら状況が変わるかもしれないし、気長に待とう」
「そうだよね。気持ちが変わってくれるかもしれないし」
現在進行形で変わりつつあるみたいだが、どっちの方向に変わっているのか分からないので黙っておく。
バーレル街道を外れ、小さな脇道へと入る。
この道はハイダーロード程ではないが、いくつかの小国を巡る細かい道に分かれている。
しばらく進んで行くと、ひたすらに草原が広がる地帯に出た。
小高い丘があるだけのほぼ真っ平らな草原を、蛇行しながら続いている田舎道。
シアー街道に似たのどかな道だ。
ここら辺は草原を利用した放牧が盛んで、牛やら羊やらが草を食んでいる姿がちらほら見える。
「人の気配が無いね」
辺りを見渡してパラが呟いた。
「四六時中見てるわけでも無いだろう、なんかあれば牧畜犬が教えてくれるしな」
そんな他愛も無い話をしながらも、俺は後ろを振り向き荷台の2人を観察する。
移動を開始してから約半日、2人は一切の会話をしていないようだった。
ユーリは緊張気味に、ナイツは不安げに、視線を泳がせて居心地悪そうにしている。
やっぱり気になるな。
「なぁ、あの2人、昨日の晩なんかあったみたいなんだが」
とりあえずパラに相談してみる事にした。
「なんかって、何?」
「夜中にナイツが大声出してユーリの事起こしてくれただろ?その前に2人で内緒話してた」
「何話してたの?」
「それがわからないから気になってるんだよ」
パラは少し考えるそぶりを見せていたが、何か思いついたのか、俺の方を向いた。
「もしかして・・・愛の告白とか?」
四年も一緒にいると思考って似るんだな。
「・・・まさかね、それは無いか」
自問自答して終わってしまう。
「じゃあなんだって話だよ、ナイツの様子が朝からおかしいのは気が付いていたか?」
「うん、ユーリ見て気まずそうにしてたよね」
「何を言われれば、あんな可愛くなっちまうんだ?」
「可愛くって・・・なにそれ」
不機嫌そうに言う。
ヤキモチとは嬉しいじゃないの。
パラに意見を求めても、答えは出そうに無い。
もう直接聞くしかないのかな。
そう思い、荷台にいる2人を見る。
「なぁ、お二人さん」
「は、はい!」
「何だ?」
同時に返事をする。
「あ、眩し・・・」
突然ユーリの左目だけ、太陽の光に照らし出された。
「?」
薄暗い幌馬車の中に、一筋の光が射し込んでいる。
幌に小さな穴が空いたのだ。
次の瞬間、光の筋が二本に増えた。
『!』
ナイツと目が合う。
「ホーグ!」
「わかってる!おい!速度を上げろ!」
パラが手綱を揺らし馬を走らせる。
「どうしたの?!」
「襲撃だ!とにかく、」
馬が前のめりに倒れる。
俺は御者台から放り出された。
「う・・・痛え・・・」
咄嗟に受身をとり、なんとか大怪我は免れた。
しかし身体中が痛い。
「ねえ!大丈夫?!」
同じ様に放り出された筈のパラが駆け寄ってくる。
「お前こそ大丈夫なのかよ・・・」
「私はあんたみたいに鈍臭くないの!こっち来て!」
倒れている馬の側まで引っ張られる。
「銃声はこっちからしてる」
指差した方向は馬車の向こう側だ。
パラは俺を襲撃者から守る為に、遮蔽物に入れてくれたようだ。
流石だな、どんな時でも最善の対処をする。
・・・なんて感心している場合じゃないな。
「荷台の2人は?」
確認しようとすると、丁度ユーリに肩を貸してもらい、ナイツが荷台から降りて来た。
腕を縛っていた縄は解かれている、おそらくユーリが解いたのだろう。
「顔が・・・」
ナイツの額からは鮮血が流れていた。
「幌馬車じゃ防弾にならん。早くこっちに来るんだ」
目の前の地面が弾け飛ぶ。
僅かの時間を置いて遠くから銃声が聞こえた。
4人とも地面に這いつくばり、馬の陰に入った。
「自分で出来る?」
パラが袖を破りナイツに渡す。
「・・・ありがとう」
受け取ったナイツはそれを額に巻いた。
止血程度にしかならないが、今はそれで我慢してもらおう。
「マイラが・・・」
目の前に倒れている馬を見つめ、パラが呟く。
「苦しまずに逝ったみたいだな」
前足に被弾して、そのまま転倒したらしい。
そして転び方が悪かったのか、首があらぬ方向に曲がっている。
「ずっと一緒だったのに・・・」
パラが涙を浮かべ、馬の背中を撫でる。
だから名前なんかつけるなって言ったのに。
「ホーグさん、泣いてるんですか?」
・・・ユーリ坊ちゃん、言わなくていいから。
「そんなことよりナイツ、これはあんたの部下か?」
「・・・多分、そうだろう」
随分と歯切れが悪い。
そりゃそうか、自分がいるのにいきなり撃ってくるなんて相当なショックだ。
部下がやっているなんて思いたくないだろう。
「じゃあ、次にどう出てくるかわかる筈だ。教えてくれ」
「何故教える必要がある?完全に詰みだ、諦めるんだな」
流石に言わないか。
「じゃあ襲撃者が使ってる銃はなんだ。それくらいなら教えてくれてもいいだろう?」
「金属薬莢式の狙撃銃だろう。有効射程はおおよそ600メートル」
「やっぱりフォーサイスから盗んだやつか・・・」
着弾から銃声まで1秒ほどの時間差があった。
と言う事は狙撃地点からターゲットである我々まで、大体400〜500メートルの距離がある。
そんな長距離からここまで正確に撃てる銃なんてそうそうない。
「で、これから相手はどう動くかだが・・・どう思う?」
パラに話を振ってみる。
「普通なら側面から攻撃してくるよね。私達動けないし、格好の的なんじゃない?」
て事は、
「完全に詰み・・・か?」
「だから言ったろ?」
この田舎道を選んだ理由は二つある。
その中の一つが、草原は隠れる所が少ないので敵を簡単に見つけることができる、てな理由だ。
その代わり相手からも見つかりやすくなるが、こっちにはナイツがいる。
問答無用で襲って来ることはないはずだ。
そう思って選んだルートだったが、まさか長距離狙撃でなんの挨拶も無しに撃って来るなんて想定外だ。
大体そんな銃持ってるなんてズルイぞ、ズル過ぎる。
「ムカついてきた。死ぬ前になんか仕返ししたい」
「何するの?」
「そうだな、ちょうど男女が二組いるんだ。ここで屋外4Pプレイをして、相手を悔しがらせるってのはどうだ?」
「最低過ぎて返す言葉も無いな。いっそ私の手で殺してやろうか?」
「殺すなら私がやるよ。長い付き合いだし、私の方がいいよね?」
2人して恐ろしい事言いやがって。
「・・・嘘に決まってるだろ。なんで女って奴はこう冗談が通じないのかな。ユーリもそう思うだろ?」
そう言ってユーリを見る。
彼は青い顔をして、信じられないものを見るような目で睨んでいた。
「なんでそんな冗談が言えるの?命を狙われてる時に・・・」
まぁ真っ当な考えだな。
「こんな時だからこそ、冗談を言うんだよ」
死を目前にした時、絶望し全てを諦めてしまえば何も考えられなくなる。
そうならない為には冗談の一つでも言って笑い合うのが一番だ。
何度も死線を掻い潜ってきた俺やパラ、そして多分ナイツもその事をわかっている。
だが命を狙われた経験の無いユーリには理解できないかもしれないな。
「安心しろよ。どんな事があってもお前だけは守ってやるからな。それが俺達の仕事だ」
ユーリが一瞬だけ泣きそうな顔になる。
だが頭を振って顔を上げた。
「・・・お願いします」
「おう、任せろ」
「絶対にショーシャさんの所に連れて行ってあげるからね」
2人してユーリの頭をクシャクシャになるまで撫でてやる。
俺達の最後の仕事だ。
必ず成功させてやる。




