二十話 駆引き
小国シュタイアーの首都マドセン、そこから南東に二日。
名も無き廃村で依頼主と会い、ユーリを引き渡す。
それが目的地であり、依頼内容だという。
果たして本当なのか。
確かめる術はない、信じるしかないだろう。
「で、私をどこまで連れて行く気だ?」
「んーそれはホーグに聞かないとわかんないかな」
揺れる荷馬車の中で、ヴェルサと話す。
銃のレクチャーを終えた後、またバーレル街道に戻り移動を開始した。
ユーリはホーグと御者台に座り、馬車の扱い方を教わっている。
「・・・以前ホーグに聞いた時は、お前にに聞かないと分からないと言っていたぞ」
「あ、そうなの?じゃあ教えられないって事で」
「そうか」
教えない理由・・・
このままだと、いずれ殺されるか何処かに置き去りにされるだろう。
だがそれを口にしないのは、やはり私を仲間に引き入れたいと考えているから。
今迄の態度や待遇から、それが一番可能性として高い。
無駄な事を。
「ねぇ、仮に私達がウジールに捕まったらどうなっちゃうの?」
突然ヴェルサがそんな事を聞いてきた。
「ユーリは以前より厳しく監禁されるだろうな。お前達2人は・・・寛大な処置をしてもらうよう、私から言ってやってもいいぞ」
「苦しまずに処刑してやってくれって?」
「意外と悲観的なのだな。だが、最悪そうなるだろう」
「・・・」
ヴェルサは黙り込んでしまった。
だが、衝撃を受けた顔はしていない、どちらかというと平然としている。
2人共それなりの覚悟をしてユーリを脱出させた筈だ、当然だろう。
「じゃさ、ナっちゃんは私達をどうしたい?」
「どうしたい、と言われても・・・ナっちゃん?」
何だそれは。
「あれ?西部では言わないの?仲良くなった友達同士は愛称をつけて「ちゃん」付けするんだよ。東部じゃ普通なんだけど」
聞いた事もない。それに、
「お前と私がいつ友達になった」
「私は友達と思ってるよ!」
にこやかな笑顔で躊躇なく言い切った。
思っていた通りだ。
こいつらは私の戦意を消失させて、可能であれば協力者として利用するつもりだ。
だがヴェルサの笑顔を見ていると、これが策略だとわかっていても、少しだけ心が弾んでしまう。
私はこんなにも弱い人間だったか?
それとも彼女に何か特別な力があるのだろうか。
頭が混乱し、思わず目をそらしてしまった。
「何処の世界に友人の両手を縛って拘束する奴がいるんだ。そもそも私達は敵同士だぞ」
「私のこと・・・嫌い?」
えらく直球で来たな!
「ホーグとどんな打ち合わせをしたのか知らないが、そんな台詞で心を許すと思ったら大間違いだ」
「うーん、確かにナっちゃんを仲間にできたら心強いって話はしたけど、それだけじゃないよ」
ヴェルサは優しい微笑みで私を見る。
「私あなたの事好きだよ。だって良い人だもん」
「・・・」
「ユーリを見る時の顔、自分で気が付かなかった?謝りたい、助けたいって顔してたよ」
「それは・・・非道を働いたのは事実だし、立ち直ろうとする者に手を差し伸べたいと思うのは、人として当然だ」
人の生き死にに携わる仕事をしていると、どうしても心が荒んでしまう。
だからこそ、自分を見失わず正しくあろうとする。
そうだな・・・きっと彼らも同じなのだろう。
世の中には、どうしようもないくらいの悪党が確かに存在する。
人の持ち物や命を奪っても、何ら感情の動かない、頭の作りが根本的に違う人間だ。
だが強い志を持つ者に、そういった輩はいない。
例えばアイソセレスの隊員達がそうだ。
彼等は国を愛し、国民を愛し、大切な家族を愛し、その気持ちが強いからこそ、自ら死地に赴く。
そして心を病み、壊れてしまう。
だから自分を守る為に、正しい人間たれと前を向いて歩いていくのだ。
ヴェルサやホーグが何故このような仕事をしているのかは分からない。
だが、何か強い「志」があるからこそ、ユーリの救出なんて無謀な依頼を受けたのだ。
「・・・似た者同士なのだな。私達は」
「そうだね」
「でも、残念だが敵同士なんだ」
「・・・そうだね」
寂しそうな顔でヴェルサが呟く。
「私とホーグは、ユーリを助けたいの」
「同感だな、あの少年はウジールに監禁されたり、殺されたりしていい人物ではない」
彼女の瞳に絆されて、つい余計な事を言ってしまった。
「私達、一歩だけ近付いたね」
「・・・そう、だろうか・・・」
何処からが演技で何処までが本音なのか、正直分からない。
はっきりと分かるのは、ヴェルサは危ない女だという事だ。
このまま一緒にいれば、間違いなく私は陥落されてしまうだろう。
翌日、大きな街に食料や衣料品を買いに行くことになった。
といっても拘束された私を連れて入る事はできない。
街の手前で荷馬車を止め、ヴェルサとユーリが買い出しに行き、私とホーグは馬車で待機する。
衣服など洗濯すればいいだろうと考えてしまうが、洗うよりも新しく買った方が効率的らしい。
流石フリーランスで働いている者は金があるな。
服や下着の交換というのは決して馬鹿にできない大切な事だ。
確かに緊急時などは一週間以上着たまま、履いたままな時もある。
だが、出来うる限りこまめに替える。
身につけたままにしておくと、痒みや悪臭でストレスが溜まり、正常な判断力が低下する恐れがある。
特にウジール軍は、幼少期から豊かな生活をしてきた者が多い為、2日に一度の交換を推奨されていた。
「見目麗しいナイツお嬢様にぴったりの下着を買ってくるよう、ヴェルサに言ってあるから安心してくれ」
爽やかに微笑んでいるつもりみたいだが、どう見てもいやらしく笑っているようにしか見えない。
というか、何故下着限定なんだ?
「人質の下着事情を心配する誘拐犯なんて前代未聞だな」
「まぁそう言うなよ、せめて女性らしく扱ってあげようという心遣いさ」
「そんなもの無用だぞ。軍に入ってから女である事は捨てている」
「でも周りはそう思わないぞ。実際あんたは美人だし」
それは知っている。
この顔で命拾いした事は何度もあるし、部下達には女扱いするなと言ってあるが、陰で色々と言われている事も、知っている。
だが、自ら女を捨てているんだ。
顔や性別を利用しようと、他人にどう思われようと、関係ない事だ。
まぁ、確かに女っ気の少ないアイソセレスでは、多少気を使っていたし、気を使われていたが。
そういや偵察任務で長期間着替えなかった時も、ノベスキーに言われたな。
着替えた方がいいんじゃないですか?と。
でもあいつ、なんで私と話した後、物凄い鼻を擦ってたんだ?
・・・もしかして・・・私の体臭って・・・キツイ?
「その・・・私は臭いか?」
「俺は好きだぜ!」
・・・こいつに聞いた私が馬鹿だった。
小一時間ほど経っただろうか、道の向こうからヴェルサ達が歩いて来た。
大きめの袋を担ぐ二人組。
ヴェルサと・・・綺麗なドレスを着た少女。
思わずホーグと目を合わせる。
「あれ・・・誰だ?」
不思議そうな顔でホーグが聞いてくる。
誰と言われても・・・どう見たって、
「ユーリ・・・だと思うが・・・」
「なんで女の子になってんだ?」
「さぁ・・・」
近付くに連れて顔がはっきりと見えてくる。
間違いなくユーリだ。
「そ、その、遅くなりました」
ユーリが身を捩らせ、顔を赤らめて下を向く。
女性の私から見ても、その姿は可愛らしく、そして艶めかしかった。
「おい、お前の仕業か?」
ホーグがヴェルサに詰め寄る。
「い、いや、私も面白半分で着てみたら?って進めたんだけどさ、なんか本人が気に入っちゃったみたいで・・・」
「あ、あの、変装した方がいいかなって思ったんです。やっぱり・・・変ですよね」
「そ、そうか・・・変装ね。いいんじゃないかな?それに、ほら、凄く似合ってるし!」
「ありがとう、ございます」
2人とも顔を真っ赤にして見つめ合う。
確かに可愛いし、美しい。
だが男だ。
ホーグは瞬き一つせず、まるで自分の目に焼き付けるように、熱い視線を注ぎ続けている。
あ・・・もしかして、
「セオドル上等兵が言っていたんだが」
「セオドル?」
ホーグは女装したユーリから目を離さない。
「お前が同性愛者だって・・・」
「は?!なんでそんな!・・・あ、あの時の・・・いや!それは咄嗟についた嘘で!ユーリを悲しませないように俺は!」
私を睨み、まくし立てる。
しかし今の状況では全く説得力が無い。
「え・・・気持ちは嬉しいですけど・・・その・・・困ります」
「同性愛は恥ずかしい事ではない。もっと胸を張っていいんだぞ」
「嘘・・・私のこと・・・騙して・・・」
ヴェルサは特に衝撃を受けたようで、身体が震え出し、そのままへたり込んでしまった。
「おい!信じるなよ!」
ヴェルサが無言のまま腰の拳銃を抜き、自分の頭に銃口を押し付ける。
「何してんだ!やめろ!」
ホーグが駆け付け拳銃を取り上げようとする。
「あ・・・そうか・・・私が死んだらあんたを殺せないもんね」
ヴェルサは虚ろな目でホーグを見上げる。
「は?」
「約束でしょ?一緒に死のう」
「馬鹿言うな!てか信じるな!俺はノーマルだ!」
あまりの展開に、私とユーリは動けないでいた。
「黙って見てないでなんとかしてくれ!」
そう言われても・・・
「腕を縛られている人間に何が出来るんだ?」
「僕が止めに行ったら、余計に拗れる気が・・・」
「ああっクソ!兎に角落ち着け!」
「一緒に死の?一緒に、一緒に・・・」
意外とヴェルサは危ない奴だったんだな・・・
結局誤解が解けるまでの数時間、その押し問答は続いていた。




