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笑菓  作者: 千葉焼き豆
追跡
20/43

二十話 駆引き

 小国シュタイアーの首都マドセン、そこから南東に二日。

 名も無き廃村で依頼主と会い、ユーリを引き渡す。

 それが目的地であり、依頼内容だという。


 果たして本当なのか。

 確かめる術はない、信じるしかないだろう。




「で、私をどこまで連れて行く気だ?」

「んーそれはホーグに聞かないとわかんないかな」

 揺れる荷馬車の中で、ヴェルサと話す。


 銃のレクチャーを終えた後、またバーレル街道に戻り移動を開始した。

 ユーリはホーグと御者台に座り、馬車の扱い方を教わっている。

「・・・以前ホーグに聞いた時は、お前にに聞かないと分からないと言っていたぞ」

「あ、そうなの?じゃあ教えられないって事で」

「そうか」


 教えない理由・・・

 このままだと、いずれ殺されるか何処かに置き去りにされるだろう。

 だがそれを口にしないのは、やはり私を仲間に引き入れたいと考えているから。


 今迄の態度や待遇から、それが一番可能性として高い。


 無駄な事を。


「ねぇ、仮に私達がウジールに捕まったらどうなっちゃうの?」

 突然ヴェルサがそんな事を聞いてきた。

「ユーリは以前より厳しく監禁されるだろうな。お前達2人は・・・寛大な処置をしてもらうよう、私から言ってやってもいいぞ」

「苦しまずに処刑してやってくれって?」

「意外と悲観的なのだな。だが、最悪そうなるだろう」

「・・・」

 ヴェルサは黙り込んでしまった。

 だが、衝撃を受けた顔はしていない、どちらかというと平然としている。

 2人共それなりの覚悟をしてユーリを脱出させた筈だ、当然だろう。


「じゃさ、ナっちゃんは私達をどうしたい?」

「どうしたい、と言われても・・・ナっちゃん?」

 何だそれは。

「あれ?西部では言わないの?仲良くなった友達同士は愛称をつけて「ちゃん」付けするんだよ。東部じゃ普通なんだけど」

 聞いた事もない。それに、

「お前と私がいつ友達になった」

「私は友達と思ってるよ!」

 にこやかな笑顔で躊躇なく言い切った。


 思っていた通りだ。

 こいつらは私の戦意を消失させて、可能であれば協力者として利用するつもりだ。


 だがヴェルサの笑顔を見ていると、これが策略だとわかっていても、少しだけ心が弾んでしまう。


 私はこんなにも弱い人間だったか?

 それとも彼女に何か特別な力があるのだろうか。


 頭が混乱し、思わず目をそらしてしまった。

「何処の世界に友人の両手を縛って拘束する奴がいるんだ。そもそも私達は敵同士だぞ」

「私のこと・・・嫌い?」

 えらく直球で来たな!

「ホーグとどんな打ち合わせをしたのか知らないが、そんな台詞で心を許すと思ったら大間違いだ」

「うーん、確かにナっちゃんを仲間にできたら心強いって話はしたけど、それだけじゃないよ」

 ヴェルサは優しい微笑みで私を見る。

「私あなたの事好きだよ。だって良い人だもん」

「・・・」

「ユーリを見る時の顔、自分で気が付かなかった?謝りたい、助けたいって顔してたよ」

「それは・・・非道を働いたのは事実だし、立ち直ろうとする者に手を差し伸べたいと思うのは、人として当然だ」


 人の生き死にに携わる仕事をしていると、どうしても心が荒んでしまう。

 だからこそ、自分を見失わず正しくあろうとする。


 そうだな・・・きっと彼らも同じなのだろう。


 世の中には、どうしようもないくらいの悪党が確かに存在する。

 人の持ち物や命を奪っても、何ら感情の動かない、頭の作りが根本的に違う人間だ。


 だが強い志を持つ者に、そういった輩はいない。

 例えばアイソセレスの隊員達がそうだ。

 彼等は国を愛し、国民を愛し、大切な家族を愛し、その気持ちが強いからこそ、自ら死地に赴く。

 そして心を病み、壊れてしまう。

 だから自分を守る為に、正しい人間たれと前を向いて歩いていくのだ。


 ヴェルサやホーグが何故このような仕事をしているのかは分からない。

 だが、何か強い「志」があるからこそ、ユーリの救出なんて無謀な依頼を受けたのだ。


「・・・似た者同士なのだな。私達は」

「そうだね」

「でも、残念だが敵同士なんだ」

「・・・そうだね」

 寂しそうな顔でヴェルサが呟く。

「私とホーグは、ユーリを助けたいの」

「同感だな、あの少年はウジールに監禁されたり、殺されたりしていい人物ではない」

 彼女の瞳に絆されて、つい余計な事を言ってしまった。

「私達、一歩だけ近付いたね」

「・・・そう、だろうか・・・」


 何処からが演技で何処までが本音なのか、正直分からない。

 はっきりと分かるのは、ヴェルサは危ない女だという事だ。

 このまま一緒にいれば、間違いなく私は陥落されてしまうだろう。




 翌日、大きな街に食料や衣料品を買いに行くことになった。

 といっても拘束された私を連れて入る事はできない。

 街の手前で荷馬車を止め、ヴェルサとユーリが買い出しに行き、私とホーグは馬車で待機する。

 衣服など洗濯すればいいだろうと考えてしまうが、洗うよりも新しく買った方が効率的らしい。

 流石フリーランスで働いている者は金があるな。


 服や下着の交換というのは決して馬鹿にできない大切な事だ。

 確かに緊急時などは一週間以上着たまま、履いたままな時もある。

 だが、出来うる限りこまめに替える。

 身につけたままにしておくと、痒みや悪臭でストレスが溜まり、正常な判断力が低下する恐れがある。

 特にウジール軍は、幼少期から豊かな生活をしてきた者が多い為、2日に一度の交換を推奨されていた。


「見目麗しいナイツお嬢様にぴったりの下着を買ってくるよう、ヴェルサに言ってあるから安心してくれ」

 爽やかに微笑んでいるつもりみたいだが、どう見てもいやらしく笑っているようにしか見えない。

 というか、何故下着限定なんだ?


「人質の下着事情を心配する誘拐犯なんて前代未聞だな」

「まぁそう言うなよ、せめて女性らしく扱ってあげようという心遣いさ」

「そんなもの無用だぞ。軍に入ってから女である事は捨てている」

「でも周りはそう思わないぞ。実際あんたは美人だし」


 それは知っている。

 この顔で命拾いした事は何度もあるし、部下達には女扱いするなと言ってあるが、陰で色々と言われている事も、知っている。


 だが、自ら女を捨てているんだ。

 顔や性別を利用しようと、他人にどう思われようと、関係ない事だ。


 まぁ、確かに女っ気の少ないアイソセレスでは、多少気を使っていたし、気を使われていたが。

 そういや偵察任務で長期間着替えなかった時も、ノベスキーに言われたな。

 着替えた方がいいんじゃないですか?と。

 でもあいつ、なんで私と話した後、物凄い鼻を擦ってたんだ?


 ・・・もしかして・・・私の体臭って・・・キツイ?


「その・・・私は臭いか?」

「俺は好きだぜ!」

 ・・・こいつに聞いた私が馬鹿だった。




 小一時間ほど経っただろうか、道の向こうからヴェルサ達が歩いて来た。

 大きめの袋を担ぐ二人組。


 ヴェルサと・・・綺麗なドレスを着た少女。


 思わずホーグと目を合わせる。

「あれ・・・誰だ?」

 不思議そうな顔でホーグが聞いてくる。

 誰と言われても・・・どう見たって、

「ユーリ・・・だと思うが・・・」

「なんで女の子になってんだ?」

「さぁ・・・」

 近付くに連れて顔がはっきりと見えてくる。

 間違いなくユーリだ。


「そ、その、遅くなりました」

 ユーリが身を捩らせ、顔を赤らめて下を向く。

 女性の私から見ても、その姿は可愛らしく、そして艶めかしかった。

「おい、お前の仕業か?」

 ホーグがヴェルサに詰め寄る。

「い、いや、私も面白半分で着てみたら?って進めたんだけどさ、なんか本人が気に入っちゃったみたいで・・・」

「あ、あの、変装した方がいいかなって思ったんです。やっぱり・・・変ですよね」

「そ、そうか・・・変装ね。いいんじゃないかな?それに、ほら、凄く似合ってるし!」

「ありがとう、ございます」

 2人とも顔を真っ赤にして見つめ合う。


 確かに可愛いし、美しい。

 だが男だ。


 ホーグは瞬き一つせず、まるで自分の目に焼き付けるように、熱い視線を注ぎ続けている。

 あ・・・もしかして、

「セオドル上等兵が言っていたんだが」

「セオドル?」

ホーグは女装したユーリから目を離さない。

「お前が同性愛者だって・・・」

「は?!なんでそんな!・・・あ、あの時の・・・いや!それは咄嗟についた嘘で!ユーリを悲しませないように俺は!」

 私を睨み、まくし立てる。

 しかし今の状況では全く説得力が無い。

「え・・・気持ちは嬉しいですけど・・・その・・・困ります」

「同性愛は恥ずかしい事ではない。もっと胸を張っていいんだぞ」

「嘘・・・私のこと・・・騙して・・・」

 ヴェルサは特に衝撃を受けたようで、身体が震え出し、そのままへたり込んでしまった。

「おい!信じるなよ!」

 ヴェルサが無言のまま腰の拳銃を抜き、自分の頭に銃口を押し付ける。

「何してんだ!やめろ!」

 ホーグが駆け付け拳銃を取り上げようとする。

「あ・・・そうか・・・私が死んだらあんたを殺せないもんね」

 ヴェルサは虚ろな目でホーグを見上げる。

「は?」

「約束でしょ?一緒に死のう」

「馬鹿言うな!てか信じるな!俺はノーマルだ!」

 あまりの展開に、私とユーリは動けないでいた。

「黙って見てないでなんとかしてくれ!」

 そう言われても・・・

「腕を縛られている人間に何が出来るんだ?」

「僕が止めに行ったら、余計に拗れる気が・・・」

「ああっクソ!兎に角落ち着け!」

「一緒に死の?一緒に、一緒に・・・」


 意外とヴェルサは危ない奴だったんだな・・・




 結局誤解が解けるまでの数時間、その押し問答は続いていた。

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