十九話 取扱い
捕らえられてから一週間が経った。
暫く時間が経てば油断するだろうと考えていたが、中々気を緩めてくれない。
だが必ず逃亡の機会はある。
焦らず待つしかない。
あれからユーリとは会話らしい会話をしていない。
どうも私といるのが気不味いようだ。
だが、両手を縛られている私の為に、食事の世話してくれるようになった。
それも自分から言いだして、だ。
彼の心は懸命に変わろうとしている。
私も善良とまではいかないが普通の人間だ。
ユーリの気持ちに応えてやりたい。
だが私達は敵同士だ。
その板挟みで、私の心は彼とは逆に荒んで行く。
ヴェルサとは他愛の無い話をするようになった。
お互い女の少ない世界で暮らしている身だ、似たような苦労や失敗を経験している。
勿論気を許すつもりは無い。
私を取り込もうと親しく接しているだけだ。
だが、やはり同性というのは安心してしまう。
女である以上、色々な生理現象に悩まされる、彼女に頼るのは仕方がない事だろう。
その点についてはヴェルサがいてくれて良かったと思う。
ホーグは様々な手で私から情報を引き出そうとしているが、今の所成功はしていない。
そして時たま下ネタを私に振ってはヴェルサに叩かれている。
追跡を警戒しつつも皆落ち着いている。
どうやら逃亡の旅は順調のようだ。
何処に行くのだろうか。
どこまで連れて行く気なのか。
そして、部下達は何処まで来ているのか。
早く状況を打開しなければ。
「なんじゃこりゃ・・・」
バーレル街道から少し離れ、人気のない草原に我々はいた。
前方には一本の木が立っており、そこから紐で吊るされたガラス瓶が垂れ下がっている。
ホーグ達が取り付けたものだ。
今から一時間ほど前、
「私達から奪った銃の取り扱いを教える。その代わり目的地を教えてくれ」
そんな提案をホーグ達にしてみた。
あれから荷台の隅にまとめて置かれている銃達だが、今の状態はかなり危険だ。
引き金を引くだけで弾が出る「ホット」な状態になっている。
私は兎も角、ユーリあたりが暴発事故で死んでしまったら、流石に寝覚めが悪い。
それに私は目隠しをされていない。
つまり目的地を知られても問題は無いという事だ。
交換条件としては妥当なところだろう。
「まぁいいんじゃないかな。あんたが逃げなけりゃ問題ない話だ」
意外とあっさり承諾してくれた。
多分目的地に着くまでに、私を仲間として引き入れる考えなのだろう。
そう簡単に行くとは思えないがな。
「なんじゃこりゃ・・・」
そう言ったのはヴェルサだった。
弾はガラス瓶を僅かに外れ、木の幹に着弾した。
距離はおおよそ100メートル、外しはしたが中々の腕前だ。
「やるじゃないか。うちの隊員でも最初の一発は明後日の方向に飛んで行ったぞ」
「いや、そうじゃなくて・・・なんか横に飛んでったし、煙は殆ど無いし・・・反動も強いし・・・」
耳栓を外しながら私の方を向く。
「紙薬莢は知っているな?」
「知ってる、というか使ってるけど」
「紙を金属にしたものだと言えば分かり易いか?」
紙薬莢はあらかじめ1発分の弾と火薬を燃えやすい薬品が染みた紙で包んだものだ。
紙の端を破り銃口から押し込む事で、火薬と弾丸を同時に装填する事ができる。
その紙を金属に変え、そのまま銃身後部から装填できるようにしたのが金属薬莢だ。
また薬莢が燃焼ガスの圧力で膨張し、薬室に張り付く事で、銃身後部からのガス漏れを防ぐことができる。
「全然分かり易くないし・・・」
「横に飛んで行ったのが金属薬莢だ。弾頭が発射されると自動的に排出される」
「・・・自動的?」
「そうだ。続けて撃ってみろ」
「続けて撃てるの?!」
衝撃の連続らしい。
当然だろう。それほど驚異的な銃なのだ。
耳栓を付け直し、立て続けに3発撃つ。
2発目で瓶に命中し粉々に四散する。
「・・・凄いな。たった4発でここまで上達する者は、」
「なんなのこれ!何発連射できるの?!」
感心してあげた声を、叫び声が遮る。
「・・・用心鉄の前にレバーがあるだろ。それを押してみろ」
ヴェルサが言われた通りにレバーを押すと、下に突き出していた突起物が斜めに傾く。
「前方に回すようにすると、そいつが取れる」
「あ、取れた・・・中に入っているのは弾?」
「そうだ、その中に30発入れることができる。無くなるまで撃ち続けられるぞ」
「・・・こんなのズルイじゃん」
ズルイ、か。確かにそうかもしれない。
前装ライフルを1発撃つ間に、何十発と撃ち返すことが出来る。
「弾が入ったその箱を、ウジールでは弾倉と呼んでいた」
「誰が名付けたんだ?」
ずっと私の横で黙って見ていたホーグが聞いてくる。
「弾倉の事か?確かファブリック元帥だったかな。上手い名だと思ったから、皆弾倉と呼ぶようになった」
「そうか・・・」
「あの、煙が少ないのは何故ですか?」
今度はユーリが聞いてきた。
「火薬の成分が違うからだろう、それに威力も有効射程も我々の知る銃より数倍上だ」
「やっぱりズルイじゃん・・・」
ヴェルサが呆れ声で呟いた。
「まぁ一番ズルイのはこんなのが何千丁もウジールにある事だけどな」
「・・・そんなにあるとは言っていないが」
ホーグがまたあのいやらしい笑い顔になる。
「特殊部隊とはいえ末端の兵士が持っているんだ。相当な数がなきゃ持ち出さないだろ?」
・・・カンのいい奴め。
「独り占めして何処に戦争を吹っかけるのかな?」
「ウジールは無益な戦争をする程愚かでは無い。それにファブリック元帥も優秀な指導者だ、そんな事は考えない」
「ファブリックが何を考えているかなんて誰にもわかりゃしない。あんたもそう思うだろ?」
全くその通りだが、流石に肯定はできない。
「おっかない所だよウジールは。血を見ないと気が済まない奴等の集まりだ」
「いい加減にしてよ!なんでそんな言い方しかできないの?!」
怒りを露わにしたのは、意外にもユーリだった。
「ホーグさん性格悪すぎ!」
「な、なんでユーリ坊っちゃまが怒ってるわけ?」
ホーグが珍しくたじろぐ。
「女の人には優しく!」
「お、おう」
完全にホーグの負けだな。
ちょっと気分が良い。
「ねえ!そっちで話し込んでないで使い方教えてよ!」
ヴェルサが叫ぶ。
「そ、そうだ教えてくれよ」
ホーグが話を逸らそうと便乗してくる。
「そうだな。ヴェルサ、まだ撃つのか?」
「ううん、もうやめとく。弾がもったいないし。ホーグとユーリは撃つ?」
「いや、操作方法だけわかれば十分だ」
「・・・僕も大丈夫。失敗して怪我しそうだし」
もう少し撃たせて弾数を減らしたかったが無理そうだな。
「そうか、では撃ち終わる時の手順を説明する。弾倉はもう外してあるから、後は薬室の弾を取り除いてくれ。横に大きなレバーがあるからそれを引くんだ」
「これ?」
レバーを引くと未発射の弾が勢い良く飛び出してきた。
「それで薬室内はクリアだ。ちゃんと弾が入ってないか目視で確認してくれ」
「んー、よし、入ってない」
「レバーから手を離すと遊底が前進する。そうしたら引き金を引いて内部の撃鉄を落としておく」
銃口を前に向けたまま引き金を引く。
「中でカチンって音がしたよ」
「それで撃鉄が落ちたから、最後に安全装置をかけておしまいだ」
「安全装置ってどれ?」
「さっき引いたレバーの斜め下に動かせるパーツがあるだろ。それを一番上まで持ち上げれば安全装置がかかる」
「これか。ん、あれ?一ヶ所引っかかるところがあるんだけど」
安全装置を動かしながらヴェルサが首を傾げる。
「そこのポジションは引き金を引いている間ずっと弾が出続ける。反動が凄いからあまりお勧めは出来んな」
「は・・・いや!驚いてないよ!」
驚き過ぎて一瞬思考が停止したらしい。
気を取り直したヴェルサが、下に落ちた未発射の弾を拾って眺めている。
「もしかして薬莢の底に付いてるのって雷管?」
「そうだ。金属薬莢に弾と火薬、そして雷管をまとめて詰め込んである。だから別々に装填する必要もない」
「なんか今迄一生懸命弾込めしてたのが馬鹿みたい・・・」
そう言ってヴェルサは溜息をついた。
「こいつも撃っとくか?」
ホーグが懐から拳銃を取り出した。
私が持っていたやつだ。
「これは回転式拳銃なの?」
「金属薬莢式だがな。それと面白い仕組みがある。私が持っていた筒はあるか?」
「これか?」
やはり懐から取り出す。
「それは銃口に付けて銃声を弱くする減音装置だ」
「あ、やっぱり?」
「嘘?!」
「凄いですね」
三者三様の反応を見せる。
「取り敢えず1発だけ撃ってみるか」
減音装置を取り付けた拳銃をヴェルサが構える。
「ねぇ、本当に耳栓要らないの?」
「安心しろ、もし間違ってたら俺がセクハラしてやる」
・・・どういう理屈で考えればそうなるんだ?
ヴェルサは前を向き撃鉄を起こす。
パシンッと独特の音が響き、少しだけ銃が跳ね上がった。
「・・・ほんとに音が静かになった・・・ほんとに静かになったよ!」
「お前は子供か・・・」
ホーグが呆れ顔で呟く。
「あの筒を付けると何故音が静かになるんですか?」
「銃声は銃口から出た燃焼ガスが空気を震わせて、あんな大きな音になるんだ。だからガスをなるべく空気に触れないように、あの筒で覆ってやれば音が静かになる」
「だが回転式拳銃だろ?シリンダーギャップからのガス漏れはどうなってる」
不思議そうな顔でホーグが言う。
回転式拳銃はシリンダー前部と銃身後部に僅かな隙間があり、それをシリンダーギャップと呼ぶ。
普通の回転式拳銃ならそこから燃焼ガスが吹き出し、音は静かにならない。
だがこの拳銃は違う。
「引き金を引くとシリンダーごと少し前進して隙間を埋めてくれるんだ。それに金属薬莢もシリンダーギャップまで延長されているから、ガスで膨張してシーリングしてくれる」
「よくできてるな」
確かにな。
しかし、だからこそ、
「私はこの銃達が怖い」
それは初めてフォーサイスの大空洞を見た時と同じで、未知のものに対する恐怖だ。
誰が作ったのか、何故あんな大量に隠されていたのか。
「ホーグ、お前は怖くないのか」
「不思議には思う。誰が何のためにってな。それとフォーサイスがあの地に自治国を作ったのは百数十年も前だ。てことは、少なくとも百年は地下に放置されてた事になる。それなのにサビひとつないし、銃床や先台は木製なのにまったく腐っていない。どうやって保存していたんだ?」
「確か大きな筒のようなものに入っていたな、奇妙な形だった。材質も製法もよくわからないが密閉性は高そうだったぞ」
ホーグは考え込んでいるようだったが、何を考えているのかその顔からは読み取れない。
「・・・俺の仕事じゃないからな・・・」
「何か言ったか?」
「いや、何でもない」
・・・まただ。
何を隠してやがる。
近いうちに行動を起こそう。
その時は必ず教えてもらうからな。




