十八話 憎しみ
既に陽は落ち、辺りは暗闇に包まれている。
だが馬車の速度は落ちない。ひたすらに道を走る。
ハイダーロードを進むのかと思ったが、どうやらバーレル街道に引き返しているらしい。
追跡者の足止めは済んだから移動速度を優先したのだろう。
「で、だ。ナイツ中佐殿に色々聞きたい事があるわけだが」
腹を押さえながらソルデンが話しかけてきた。
さっきの蹴りがまだ効いているのだろう、苦しそうな顔をしている。
「口を割るつもりは無いが、喋るのが辛いなら後にしたほうがいいんじゃないのか?」
「いや、大丈夫・・・あいつ本気で蹴りやがって。冗談が通じないのはなんとかなんないのかな・・・」
本当に冗談だったのだろうか?目は本気だった気がするが。
「それでなんの話だったかな。えーと、あ、これか」
ソルデンは私から奪った拳銃を取り出した。
「あんたが持っていたこの拳銃と、そこに転がってる頂いた銃。これあれだろ?フォーサイスで見つかったってやつだろ?」
フォーサイスという単語に反応したのか、ユーリがこちらを向いた。
「これが?!」
「多分な」
床に転がっているライフル銃を手に取る。
「こりゃ凄え代物だ。多分俺達が知る工業技術じゃ作れない」
「え・・・じゃあ誰が・・・」
「それはわからん。でも間違いなくウジールで作られたものではないな。そうだろう?」
「・・・」
こちらに話を振ってくるが、勿論何も答えない。
「今回の依頼はわからん事が多くてそれなりに不安要素だったんだが、特に難問だったのがフォーサイスの一件だった。何を掘り出したか、何故フォーサイス家は潰されたのか。この銃を見た時、全部わかっちまった」
私の方を向き、さっきとは違う笑い方をする。
「なぁ、あんたらはこいつを独占したくて屋敷の人達を皆殺しにしたんだろ?この銃のことを知る者は屋敷内でも一部だった。元にユーリは知らなかったしな。だがフォーサイス国内にはいるかもしれない、だから見せしめに殺したんだ。次はお前だ、と脅す為にな」
いやらしい笑い顔のまま私に詰め寄ってくる。
追跡している最中から思っていたことだが、こいつは性格が悪い。
人の事を弄んで喜ぶタイプだ。
「そんな理由で・・・僕を優しく受け入れてくれた・・・殺されて・・・」
ユーリは絶句してしまう。
違う、命令されただけだ。
それを望んだのは私じゃない。
そんな台詞が口から出そうになり、慌てて口をつぐむ。
私は軍人だ、受けた命令を否定も肯定もしない。
それに何か言ったところで、ユーリの苦しみが和らぐ訳じゃない。
「ユーリがあんたを見た時の反応でわかったんだが、どうやらフォーサイスでの惨劇はアイソセレスの仕業らしいな」
「・・・」
「教えてくれよ、無抵抗な人間を殺すってのはどんな気分だ?」
「・・・」
「泣きながら命乞いしてる相手に銃を突き付けて何も感じなかったのか?」
このクソ野郎が、何も感じない訳ないじゃないか!
・・・しかし何も言えない、言ってはならない。
鬼畜にも劣る残虐行為をしたのは本当のことだ。
「なんか言ったらどうだい?」
「やめてください!」
か細いが、強い意志を感じる声がした。
ユーリだ。
「やめる必要が何処にある?お前も何か言ってやればいい」
ユーリがこちらを向くが、すぐに目線をそらす。
「僕は・・・何も言いたくない・・・」
そんなユーリをソルデンは黙って見ていたが、何か思いついたのか、楽しそうに口を開いた。
「お前はこいつをどうしたい?大好きだった人達を殺した張本人だぞ」
なんて事を聞くんだこいつは。
殺したいに決まってるだろ。
私なら躊躇なく殺す。
自分の手で復讐出来るのなら、間違いなくやるだろう。
「・・・わからない・・・わからないよ。僕はこの人が憎い、でも何をしたいかなんて・・・」
「お前の手で殺してもいいんだぞ?」
「そんな事しない!」
ユーリは即答した。
「ホーグさんはこの人に死んで欲しいの?!」
「いや、折角苦労して人質にしたのに、死んじまったら困る」
「じゃあなんで!」
「お前にはこの人を殺める権利がある。そうは思わないか?」
ソルデンが私を見る。言われるまでもない。
「その通りだ。復讐の是非はともかく、私はユーリに殺されても文句は言えないだろうな」
「そんな・・・そんな権利なんて何処にも無い!誰かが誰かを殺していい権利なんて!」
「俺達は肉を食う。あれは生きた動物を殺してるが、何が違うんだ?」
「そんな極論で誤魔化さないでよ!食べる為に殺すのとは違う!」
「じゃあもう一度聞くが、どうしたい?俺はユーリがどんな答えを出したとしても、それに従うよ」
ユーリは今にも泣きそうな顔で俯いてしまう。
そして震えた声で、
「許せないし、憎いよ・・・でも・・・もう誰にも悲しい思いをして欲しく無い。だから・・・ナイツさんに約束して欲しい・・・」
そう言って顔を上げ、私の瞳を見る。
「・・・あなたの力を、もう悲しい事に使わないでください。誰かを守る為の力に・・・なってください」
それは実に稚拙な答えだった。
奪う事と守る事は表裏一体だ。
どちらにも正しい行いがあり、どちらにも正義がある。
我々のような稼業をしている者なら誰でも知っている事だ。
だがユーリの顔に、瞳に映った強い決意に、圧倒されて言葉が出ない。
この少年はどんな人生を歩んできたのだろう。
どんな経験を積めば、自分の感情を押し殺して、憎い相手にこんな事が言えるのだろう。
ユーリは強い。
彼の強さに、自分の矮小さが浮き彫りになってしまう。
今度は私が目をそらす番だった。
ソルデンからさっきまでの下品な笑みが消え、辛そうな顔に変わる。
「ユーリ、ごめんな・・・本当にごめん」
まるで私の代わりに謝罪をする様に呟いた。
「ナイツ、ユーリは必ず依頼主に届ける。あんたには色々協力してもらうからな」
ソルデンが私を見る。
だが首肯出来ない。
私には立場と任務がある。
どうしても取り除く事が出来ない大きな壁だ。
決して我々が相容れる事は無いだろう。
その時、何かの違和感を感じた。
さっきまでソルデンが持っていたライフル銃。
今はまた床に置かれている。
これは・・・まさか・・・偶然か?
それもともソルデンは・・・
バーレル街道に入った。
この街道で野営する者はあまり多くない。
短い間隔で街が連なっているし、場所によっては無料で使える野営地が街中にあったりする。
だから街に入れない訳ありの者達が、街道沿いで野営をする。
つまりソルデン達の事だ。
私がいる以上、もう人のいる場所には入れないだろう。
食事を済ませ、ソルデン以外の2人は既に寝息を立てている。
驚いた事に私の分も皆と同じだけ食事を用意してくれた。
人質にはあまり食事をさせないのが普通だ。ギリギリの食料を与え、常に空腹にさせておく。
そうすれば逃亡する気力と体力を奪う事ができるからだ。
「ソルデン」
ただ2人して黙っているというのも息が詰まる。
何か情報を掴めないかと声をかけてみた。
「あ、「ソルデン」は随分昔に使ってた名前だからな。今はホーグ、そんでこいつがヴェルサ」
眠っている女、ヴェルサを指差した。
「どうせ偽名だろ」
「そうだけど、なるべくなら統一した方がいいだろ?ユーリも俺たちの事をそう呼んでるし。短い間だが共に旅する仲間だ、名前がいくつもあったら面倒だろ」
「お前達と旅をするつもりはない」
それに名前の事などどうでもいい。
なるべく答えやすそうな質問をしてみるか。
「ユーリはフォーサイス家の子供じゃないな?」
「僕を受け入れてくれた、か。口止めはしといたんだが、まぁしょうがない」
「・・・影武者か」
「ちょっと違うみたいだが、結果としてそうなったらしい。てか、あんまり驚かないのな」
予想はしていた。ウジールにユーリ フォーサイスの顔を知る者は少ない。
いや、ほぼいないと言っていいだろう。
特にフォーサイス家が隠していたわけではない。
ただ、ユーリ個人との接点が無かっただけだ。
「フォーサイスとは遠縁だと言っていたな。訳あって養子になったらしい」
「では本当のユーリは何処にいる」
「それを知ってどうする?」
ホーグが訝しげな顔をする。
流石にこれ以上は無理か。
「・・・ただの好奇心だ」
「じゃあこれ以上は言えないな」
まぁそうだろうな。
「ちなみに本名その他は話してくれなかった。何か事情があるみたいだけどな。俺達もそんなに信用されてないってことだ」
苦笑交じりにホーグが言う。
本当か嘘か、その顔からは知ることが出来ない。
「後な、ユーリは自ら身代わりを引き受けたそうだ。健気でいい子だよなぁ」
そうやって同情を買い、私を籠絡しようという魂胆なんだろうが、話にならない。
「さっきのあれもそうだが、お前はあからさま過ぎて、正直全く効果か無いぞ」
「なに、そのうち効いてくるさ」
そう言って笑うホーグの顔は、裏表が無い軽やかなものに見えた。
まぁいい、話を聞く機会はこれからもやってくるだろう。
その時は、洗いざらい全てを吐いてもらう。
全ての謎は、きっとこいつが握ってる。




