十七話 要救助
「早く襲撃しないかなって期待して待ってたのに、なかなか来ないから焦っちまったよ」
「・・・ソルデン・・・」
間近で見るソルデンは、少々童顔だがやはり冴えない普通の男だった。
「ソルデン?・・・ああ、あんたと仕事してた頃はそんな名前使ってたな」
頭に硬いものが押し付けられる。
銃口だろう。
「いきなり動いたりしないでね。撃鉄起こしてあるから引き金が軽くなってる」
真後ろに立ち銃を構えるているのは女だ。カリマーが言っていた相棒だろう。
「そんじゃ、あんたの拳銃を渡してく・・・」
ソルデンが構えたままになっている私の銃に手を伸ばそうとして、動きが止まる。
「こいつは・・・」
「どうしたの?」
「・・・なんでもない。さあ、渡してくれ」
拳銃を掴み取ろうとするが、私は手を離さなかった。
「やめろって、素直に渡してくれよ」
「・・・このまま撃て」
「何?」
ソルデンや女に言っているわけではない。
私の前方に部下達はいる。
部屋の左右に分かれ、銃を構えたままの姿勢で止まっている。
少しだけ体をひねり、こちらに銃を向ければ、すぐに発砲出来るだろう。
「聞こえなかったのか?私ごとこいつらを撃て」
「・・・隊長」
誰も動こうとしない。
「早くしろ!」
「・・・なぁ、部下に無茶な命令するなよ」
ソルデンが困ったように呟いた。
無茶なものか。作戦遂行に犠牲は付き物だ。
それが私の命なら誰も辛い思いをしないで済む。
「お願い、みんな銃を下に置いて」
女が懇願するように言った。
「・・・」
長い沈黙の後、
皆、銃を床に置いた。
2つの溜息が聞こえる、一番安堵しているのはこの2人だろう。
「こっちへ蹴ってくれ」
ソルデンの足元に銃が集まってくる。
「あんたもだ。渡してくれ」
力を込めていた手を緩める。
握っていた拳銃は、簡単にソルデンの手に渡ってしまった。
「ユーリ」
「は、はい!」
どこかに隠れていたのだろう、ユーリがやって来て床に散らばっている銃を回収し始めた。
「・・・あ」
一瞬だけ目が合う。
「・・・あなたは」
ユーリはそのまま動かなくなってしまった。
「ユーリ!何してる!」
「ご、ごめんなさい!」
集めた銃を抱えて後ろに下がってしまう。
やはり、覚えていたか。
「じゃあ隊長さん以外はそこに入ってもらおうかね」
ソルデンがテーブルの下を指差した。
そこには人1人が入れるくらいの穴が空いていた。
「ここら辺は人の味を覚えた熊が出るらしくってな、脱出用の地下通路だ。安心してくれ、中は意外と広い」
隊員達が私を見つめてくる。
こうなった以上抵抗は無駄だ。素直に従うしかないだろう。
小さく頷く。
皆苦渋の表情で私を見る。
作戦の失敗は機を逃した私の責任だ、責められて当然だろう。
「それから出口には近付かないでくれ。あっちは、」
真後ろから爆音が響く。
「!」
「塞ぐのに爆薬を仕掛けといたからな・・・て、言わなくても大丈夫か」
全ては計画通り・・・という事か。
多分これ以外にも様々な対策を取っていたんだろう。
完全に読み間違えた私の負けだ・・・。
ソルデンはテーブルをひっくり返し穴を塞ぎ、何処から持って来たのか、釘とハンマーでテーブルの端を固定し始めた。
「なに、時間をかければこじ開けられるさ。頑張ってくれ」
まるで朝の挨拶でもするような気軽さでそう言うと、最後の釘を刺し終わったのか、ハンマーを投げ捨てて近付いて来た。
「悪いが縛らせてもらうよ」
後ろ手に縛られる。
「隊長さんにはしばらく付き合ってもらうから。あ、腕キツかったら言ってね?緩めるからさ」
・・・なんなんだこいつは。
キツかったら言ってくれ?
別に暴力的な扱いを望むわけじゃないが、やり口が甘過ぎる。
それに一番おかしいのは、
「何故部下達の腰に下げている拳銃を奪わなかった?あいつらが他にも武器を持っているのはわかっていただろ」
普通なら考えられない事だ。
「勿論知ってたさ。でもさ、さっきも言ったろ?ここら辺は人の味を覚えた熊が出るって。流石に丸腰じゃ危ないだろ」
何を言ってるんだこいつは。
「あんまり気にしないで。こいつのやり方が甘いのは、今に始まった事じゃないから」
後ろの女が何かを諦めたようにそう言った。
大きな溜息が出る。
私はこんな男に負けたのか。
「君らねぇ、殺伐としたのがそんなに好きなわけ?敵を作らない最適な方法は優しくする事だよ?」
笑わせるな。私は十分お前の敵だ。
荷馬車に乗せられる。
「・・・」
中にいたユーリが私を睨んでくる。
当然だろう。屋敷の人々を殺したのは他でもなくこの私だ。
我々の馬の馬具を外し、尻を叩いて逃していたソルデンが、荷台に乗り込んで来た。
「じゃあ行きますか。出してくれ」
御者台に座る女に声を掛けると、馬車が動き出す。
「久しぶりだな、ナイツさん。誰かを生け捕りに出来れば良かったんだが、まさか隊長自らが捕まりに来てくれるとは思わなかったよ」
「・・・私をどうするつもりだ?」
人質を取っても殆どメリットは無い筈だ。
それどころかウジールの深部を知る私が捕らえられた事で、アイソセレスだけでは無く他の部隊も使って追ってくる可能性がある。
「色々さ、情報を提供してもらったり、盾になってもらったり。上手くいけば交渉の材料になってもらえるかもな」
「全て無駄だ。捕らえられた私に価値など無い。勿論情報を喋るつもりもない」
「どうかな?情報はともかく、人質の価値は十分あると思うが。少なくともあんたの部下にはな」
「あれは・・・」
「昔一緒に仕事して思ったんだが、あんたらは決して仲間を見捨てない。さっきの一件で確証は得られた」
確かにアイソセレスは仲間意識が強い。それは過酷な任務に臨む時、隣にいる者に対し絶対の信頼を感じ、命を預ける事が出来るようにだ。
「要救出対象がいる場合、いきなりの強襲は行わず、先ずは犯人と交渉して信頼関係を築く。違うか?」
甘い男だと考えていたが、どうやらそれだけでは無いらしい。
さっき部下達を殺さず、武器を全て取り上げなかったのはこの為か。
死者も負傷者も出ていない。
我々の間にまだ強い遺恨は残っていない、という事か。
「あ、そうだ。忘れるとこだった」
「?」
「そういやボディーチェックがまだだったな!」
立ち上がり笑顔で近づいてくる。
武器を取り上げられるのは別に構わないが・・なぜそんなに嬉しそうなんだ?
え?まさか・・・こいつ・・・
馬車が急停止し、立っていたソルデンは体勢を崩して前方に吹っ飛んだ。
「イデェ!おい!何やってんだ!」
荷台に入って来た女が倒れたままのソルデンに思いっきり蹴りを食らわす。
「ギャッ!」
「今変なこと考えてたでしょ」
「考えてない!ただお触りしようとギャッ!や、やめて!」
何発も蹴りを入れられ動かなくなるソルデン。
女は満足したのか蹴りを止めて私の方に近付いて来た。
「ごめんね。こいつ変態のクズ野郎だからさ」
「そ、そうか」
「私が調べるよ。人質になってもらったけど、ひどい事はしないから安心して」
「あ、ああ」
「同じ女同士、何かあったら私に言ってね」
女は可愛らしく微笑んだ。
本当になんなんだこいつら・・・




