十六話 接近戦
ケネス達第一分隊Aチームに、現在尾行中の相手がダン上等兵である事を伝えると、皆一様に驚いた顔をした。
そして考える事も同じだった。
「尾行がバレている。きっと罠に違いない」
私も全く同意見だ。
わざわざ宿に泊まって動きを止めているのは、追跡者の人数と能力を調べる為だろう。
宿に泊まり、他の宿泊客や建物の周囲を監視する。
我々もよくやっている手法だ。
そして可能と判断したら、追跡者を襲撃し足を封じる。
その内に何処かへと逃げてしまえば、相当な時間稼ぎになるはずだ。
ここで逃げられたら捜索は一からやり直しになる。
また部隊を分散して探さなければならない。
情報を持った私がこの街で部下達と合流し、その街でソルデン達はのんびりと宿に泊まっている。
どこから意図的でどこから偶然なのかは分からない。
だが間違いなく尾行に気付き、何か事を起こすつもりだ。
相手のカードはテーブルに出ている。
伸るか反るか、私がカードを切る番だ。
翌日、ソルデン達が移動を開始したのを確認した後、チーム全員を集める。
そして私の判断を打ち明けた。
「敵の準備が整う前に、我々の方から仕掛ける」
尾行を続けている限り、必ず襲ってくる。 ならば襲われる前にこちらから襲撃する。
後手よりも先手の方が圧倒的に戦いの主導権を握ることが出来るからだ。
「不安があるのはわかっている、それに人数も決して十分とは言えない、だが尾行に気付かれている以上、我々だけでやるしかない」
苦渋の選択だ。しかしやらなければ襲撃を受けるのはこちら側になる。
部下達は静かに私の話を聞いていた。
だが、少し様子がおかしい。
「申し訳ありません。俺達の尾行がバレなければ・・・」
なんだ、そんな事を気にしていたのか。
「相手は諜報員だ。それに対して我々は戦闘員、遅かれ早かれ気付かれていたさ」
そのタイミングが悪かっただけだ。彼らに落ち度はない。
しかし落ち込んでいては本来の力を発揮出来ない。
早いうちに気持ちを立て直しておかないと、任務に支障が出てしまう。
「これからが我々の見せ場だ。強襲と制圧、相手にアイソセレスの恐ろしさを教育してやろう」
「・・・わかりました」
皆の顔色が変わった。
優秀な部下達だ、必ずやり遂げてくれると信じよう。
ソルデン達を追い、街道を走る。
尾行といっても後ろから追跡するわけじゃない。
対象の前方に回り込み、動きを観察しながら尾行する。
追われている者は背後を気にしながら逃走する、だから後ろではなく前方で追跡するのが基本だ。
まぁソルデン達に効果がない事はわかっているがな。
部下達が奴等の監視を始めたのは、私と合流する半日前だという。
それが当日には尾行に気付き、対応策を練ってきた。
専門ではないにしろ、我々も追跡任務は初めてではない。それなりに経験がある。
だがソルデンはさらに一枚上手だ。
そんな奴に尾行の定石なんか意味が無い。
これはブラフだ。
こっちはまだ尾行がバレていないと思っている。
そう相手に思わせる為の偽装工作。
どれほど効果があるかわからないが・・・
昼前にソルデン達の荷馬車に追いついた。
十分に距離を取り、尾行再開だ。
「ケネス」
「了解」
ケネスは馬を走らせ1人で先に進む。
前方に回り込むのは1人だけだ。
私を含む残りの4人は後方で追跡する。
勿論ここからでは追跡対象もケネスも見えない。万が一の時は銃を発砲し知らせるように言ってある。
「上手くいけば今日中に襲撃のチャンスはやって来る。気を引き締めておいてくれ」
そう言って残った隊員の顔を見つめると、皆緊張した面持ちで頷いた。
もしかしたら、明日言葉を交わせない者がこの中にいるかもしれない。
そう考えると不安と恐怖で足がすくむ。
だがそんな臆病風を振り払い、前を向き馬を走らせた。
全ての状況をコントロールし、主導権を握る。
そうすればこちらの勝利だ。
あと一時間程で日が暮れようかという時間になった。
今の所動きは無い。
この先バーレル街道を進んでいくと、小さな街に着くはずだ。
今日も宿か?
ファブリックからは交戦規定を無視しろと言われているし、部下達にもそう言ってある。
だが、なるべくなら民間人の犠牲は出したくない。
何の関係もない人々を巻き込みたくない、というのは勿論だが、それよりも士気の低下が心配だ。
皆フォーサイスでの一件で相当なショックを受けた。
これ以上同じ事が続けば、組織として成り立たなくなる危険がある。
もし今日も街で一泊するなら、襲撃は中止したほうがいいな。
そんな事を考えていると、誰かが正面から馬を駆り近付いて来た。
ケネスだ。
「どうした?」
「対象はバーレル街道を外れハイダーロードに入りました!」
ハイダーロード。
小国群を網の目のように繋げる細い街道。
バーレル街道から入ると暫くは森林地帯を通る一本道だが、最初の街以降は縦横無尽に道が伸びる。
標識が無い別れ道も多く、初めて通る者は必ず迷うと言われている。
襲って来ると見せかけて、ハイダーロードで撹乱するつもりか。
いや・・・挑発されている?
早くしないとハイダーロードに逃げ込むぞ、ということか。
何を用意しているのか正直分からない。
だが、その準備が終わる前にこちらから攻撃するまでだ。
一瞬の差で勝敗が決まる。
我々も、相手もだ。
今しかないだろう。
「これから強襲をかける。皆準備をしてくれ」
部下達は顔を強張らせ強く頷いた。
包んでいた布を取り、支給された銃に弾を込める。
フォーサイスでの元凶であり、ファブリックから渡された忌々しい代物だが、今回は頼らせてもらう。
こいつがあれば少なくとも撃ち負ける事はない。
銃の準備が終わると、皆耳栓を取り出した。
銃声は鼓膜に衝撃を与え、一時的に音が聞こえなくなる。
だからこその耳栓なのだが、大声で喋らないと言葉が通じない欠点もある。
「耳栓をする前に聞いてくれ。無抵抗で降伏するなら生かして捕らえる。だが抵抗するなら射殺して構わん」
『了解』
ウジールを、アイソセレスを敵に回した後悔は後で聞いてやる。
だから・・・大人しくしていてくれよ。
「行くぞ!」
全力で馬を走らせバーレル街道を走る。
「右です!」
ケネスが叫ぶ。
「ハイダーロード」と書かれた小さな看板を通り過ぎ右の道へ入った。
バーレルと比べると細いが、騎乗した状態で横三列になれる程には広い。
「二列横隊!」
前列3人、後列2人の陣形になりハイダーロードをひた走る。
まだソルデン達の荷馬車は見えない。
もうそろそろ日が暮れる、早くしないと暗闇で銃撃戦になってしまう。
双方に被害が出るのはどうしても避けたい。
随分と長く走っているように感じるが、実際にはものの数分程度だ。
道の左右は段々と植生が濃くなってきている。
相手もこちらも視界が悪い。
襲撃する我々としては好都合だ、なるべくなら直前まで気が付かれたくない。
ゆるいカーブを抜けると道は一直線になった。
遠くに荷馬車が見える。
「建物があります!」
荷馬車の右隣、木々の合間に小さな小屋があった。
狩猟者が拠点にするための小屋だ。
ソルデン達は今から入ろうと扉を開ける所で我々に気付いたのか、何か叫びながら中に入って行った。
「マスターキーは?!」
「あります!」
「貸せ!」
部下の1人が三本の銃身を束ねた銃を取り出し、それ受け取る。
室内突入用の散弾銃だ。
全速力で走り小屋の目の前まで来た。
急停止し、馬から降りる。
建物の壁沿いに一連に並ぶ。
先頭は私だ。
肩をか叩かれる、準備完了の合図だ。
ドアノブと2つの蝶番を散弾銃で撃ち抜く。
銃声が鳴り響き、真っ白な煙が視界を遮った。
構わずにマスターキーの銃床で扉を叩くと内側に倒れた。
「突入!」
後ろに並んでいた部下達が室内へと入って行く。
私もマスターキーを地面に落とし、銃を構え突入した。
小屋の中は狭いものだった。椅子とテーブル、それに小さなかまどがあるくらいで他には何もない。
「クリア!・・・です・・・」
一目でわかる。人影は何処にもない。
クソ!抜け穴か!
「来るの遅いよ」
「全員動くな!」
その声は、私の真後ろから聞こえた。




