十四話 理不尽
そもそも今回の騒動は最初からおかしなことばかりだった。
そして残念な事に、アイソセレス部隊はその発端から関わっている。
ファブリックが最初に出した命令は、
「フォーサイス自治国が非常に危険な武器を大量に手に入れた。それを回収しろ」
というものだった。
フォーサイス自治国とウジールは、他の同盟国とは繋がり方が違う。
簡単に言ってしまえば親戚みたいなもんだ。
そんな親戚の家に押し入って、武器を取り上げろという。
何を馬鹿なと思った。
だがファブリックは本気だった。
自分も我々に同行しフォーサイスに行くと言いだしたのだ。
最上級司令官が直接赴くなど前代未聞だ。
皆困惑したが、実際にフォーサイスが隠していた地下の大空洞を目の当たりにした時、ファブリックの正しさを痛感した。
ただ事じゃない。
この世に存在していいものじゃない。
そう本能的に感じたのは、多分私だけではないだろう。
異形のモノ。それが一番相応しい表現だろうか。
あの時の光景は今でも忘れることが出来ない。
そして大空洞は何層かに分かれており、最下層には大量の武器が隠されていた。
武器とわかったのは、それが銃の形をしていたからだ。
だが我々の知る銃とは根本的に違う。
後にアイソセレスの手で性能試験を行ったが、有効射程、命中精度、連射性、全てにおいて比べ物にならない程高い能力を持っていた。
フォーサイス自治国首領、アラン フォーサイスは自分が責任を持って封印すると言っていたが、ファブリックはそれを拒否し、回収する事を命じた。
頑として首を縦に振らないアランに対し、ファブリックは射殺命令を私達に下したのだ。
しかも彼だけじゃない。
たった1人、ユーリ フォーサイスを除いて屋敷にいる全員を皆殺しにするよう命令した。
私達は軍人だ。
上官命令で死ねと言われれば命令通り死ぬしかないし、殺せと言われればどんな相手でも殺すしかない。
何度もファブリックに確認した、覆せないかと。
何度も、何度も。
しかしファブリックは命令を取り下げなかった。
大空洞や武器の事を知っている者が1人でもいれば、いずれ外部に漏れて取り返しのつかない事になると。
それならば我々はどうなんだ、我々も知ってしまったんだぞ。
そう言いたかったが、ファブリックの顔を見て諦めてしまった。
まるで感情のない能面のような顔。
ファブリックに恐怖を感じたのは、多分この時が初めてだったと思う。
私は特に信頼する何人かを呼んで、これから行う残虐行為の説明をし、可能なら付いてきてほしいと頼んだ。
命令はできなかった。命令すれば彼等は拒否する事が出来ない。
しかし断る者は1人もいなかった。
皆、私の頼みなら断れる筈がないと言って、笑顔で私に付いてきてくれたのだ。
ファブリックが指示した武器の使用と交戦規定。
これは我々がフォーサイスで受けた、クソみたいな命令を否定し、無駄にするに等しいものだ。
「・・・俺達は誰のために軍にいるんです?無抵抗な人間を殺すために、死ぬ程キツイ訓練をしてきたんですかね。今まで戦って来たのは誰のためなんです?」
ノベスキーが私に詰め寄ってくる。
顔こそ平静を装っているが、憤りの声色は隠せていない。
「別に殺せと命令しているわけじゃない。ただ今回はある程度、民間人の犠牲を許容するというだけだ」
「殆ど変わりませんよ。それに武器のことも納得いきません。俺達に虐殺まがいの事をさせたのは、あの武器を世に出さない為だった筈だ。それを今度は使えと?ファブリックの野郎はふざけてるんですかね?!」
「・・・私から言える事は何も無い。命令通り行動してくれ」
ノベスキーは私を見て何か言いたそうにしていたが、言葉が見つからないのか、口を開くことはなかった。
「・・・わかりました」
納得はいっていないだろう。だが理解はしてくれた筈だ。
このままでは、いずれ我々も選択をする時が来るだろう。
だが、今ではない。
兎に角、目の前の任務に集中しなければ。
先ずは人相書きの件だ。
「・・・皆困惑してますよ。いったいどういう事なんです?」
人相書きの謎は、まだ解明されていないままだ。
捜索するにはユーリ フォーサイスの人相書きがある。それを頼りに探せばいい。
しかし謎が解明されないままというのは、かなり不安が残る。
敵の手口がわからないというのは、目隠ししたまま崖っぷちを歩くようなものだ。無謀以外の何者でもない。
だが任務を放棄する事はできない。
与えられた人員と装備、そして掴んだ情報を使って遂行しなければ。
「情報局が今調べているが、判明すればこちらに連絡するように言ってある。だからそれまでこの件は保留にしよう」
「・・・今回は不安要素ばかりですね。正直降りたくなってきました」
「降りたければ降りればいい。私は止めないぞ」
「じゃあ無理ですね。隊長が振り向いてくれないなら意味が無い」
ノベスキーが苦笑しながら呟いた。
悪いな。私の下についたのが運の尽きだと思ってくれ。
一通りの説明を終えた後、皆にチーム編成を説明する。
アイソセレスは10人前後の分隊が6チームで構成された、全員で56名の部隊だ。
その分隊を2つに分け、4、5人の12チームを作る。
それぞれのチームには各方面に散ってもらい、脱走者を捜索してもらう。
「フォーサイス方面はどうします?」
「特に人為を集中させる必要は無い。それよりもバーレルとガード街道方面に集中させてくれ」
「やはり隊長もフォーサイスは絡んでないと考えてます?」
「いや、フォーサイスに行くとしても、一直線で逃げると思うか?お前ならどうする」
「間違いなく避けますね」
「そういう事だ」
そしてウジールから出るには大きく分けて2つしかない。バーレルとガードの街道を行くルートだ。
石城都市から南に三日ほど馬を走らせれば
ハイゼンベルグという港町があり、そこから航路で逃げるルートもあるが、ハイゼンベルグは軍港の町だ。
既に早馬で通達が行っているので、そちらに任せることにした。
何しろ人数が足らない。可能性の高い場所に人員を集中させた方がいい。
「それから私はバーレル街道のチームに同行する。ノベスキーの部隊は石城で待機。情報局や他のチームから連絡があった場合、私に伝令を出してくれ」
「俺ですか?残るなら隊長の方が適任だと思うのですが」
「やる事がある。追跡任務の成否に関わる重要な事だ」
奴に話を聞こう。私の勘が正しければ、これで相手の素性がわかる筈だ。
各チームは民間人に変装し行動を開始した。
私もバーレル街道担当の第一分隊、第二分隊と共に移動する。
全員騎乗し、街道を走る。
相手の移動速度はわからないが、のんびりとしているわけがない。こちらも急がなければ追いつけないだろう。
「隊長、少々よろしいでしょうか」
併走しながら話しかけてきたのは、第二分隊の分隊長シュバルツだ。
「皆不安がっています。人相書き、交戦規定と渡された武器。今回は何かが違うと」
アイソセレスは実戦で鍛えられた者達ばかりだ。
そんな奴らでも、今回の一件は理不尽や不可解な事が多すぎて参っている。
マズイな、このままでは本来の力を発揮出来ず、作戦が失敗する可能性もある。
「心配するな、いつものように訓練通りやれば全て上手くいく。余計な事は考えずに作戦に集中しろ。他の者にもそう伝えておけ」
「・・・了解しました」
解明されない謎、頼りない情報、ファブリックの思惑、全てが不安を掻き立てる。
いかんな、私自身が怖気付いては部下が不安になるのも当たり前だ。
手綱を握り締める。
どんなことがあっても、部下達を犬死させるわけにはいかない。絶対にだ。
四日後、国境を超えウジールを出た。
部下達とは既に別れている。今頃はバーレル街道周辺を捜索しているだろう。
私は街道を外れ、北へと向かう。あまり使われることのない、細く蛇行した道だ。
半日ほど馬を走らせ、人気の少ない町に到着した。
この町は20年ほど前までゴールドラッシュに沸く活気ある町だった。
だが今は掘り尽くされ、一攫千金を狙う者達は去ってしまった。それ以来人口は減り続けている。
寂れた酒場の隣、廃屋と見間違えそうな建物の前に馬を止める。
扉の上には「カリマー銃砲店」と書いてあるが、擦れてほとんど読むことはできない。
まだ生きているだろうか。
2年前に訪れた時も、半分死んだような目をしてたからな。
扉を少しだけ開けて顔だけ中に入れる。
「おい、生きてるか」
中は意外と綺麗だった。陳列棚には銃器類が並べられ、その何れもが綺麗に磨かれていた。
どうやら生きているみたいだな。
室内に入る。
「いないのか?」
返事はない。気にせず店内を歩く。
カウンターの奥、日の当たらない暗闇にその男はいた。
「マヌケな強盗だな。こんな所に金があるわけないだろうが」
白髪に白い髭、体を曲げてライフルを構える老人が、警戒した目でこちらを睨んでいる。
「忘れたのか?ナイツだ」
ハンズアップして老人に近付く。
「・・・あんたか」
ライフルを向けたまま私の顔を見る。
「繁盛しているようだな」
「引退してもこうやって会いに来てくれる馴染み客は多いしな。で、今更になって俺を殺しに来たのか?」
「まさか、そのつもりがあるなら今頃あんたは土の中で隠居生活だ」
「ふん、どうせいらん厄介ごとを持って来たんだろう?」
ライフルを下ろし、あからさまに面倒臭そうな顔をする。
「まぁな」
否定はしない。何しろ本当に厄介な仕事だからな。
何でも屋のカリマー。
ウジールが隣国と睨み合っていた頃、アイソセレスに雇われていた外部協力者。簡単に言えば情報屋だ。
「何でも屋」というのは、情報だけでなく必要な物資や人員も手配してくれる事から付けられたあだ名だ。
だがカリマーの真髄はやはり情報力だろう。
特に大陸中央の小国群については独自のルートがあるらしく、かなりの情報量を誇っていた。
年齢を理由に2年前引退したが、今でも色々な情報は入ってくるはずだ。
「じいさん、あんたに聞きたいことがあって来たんだ。勿論報酬は出す」
「金なぞいらん。老後を満喫する分は持っとる。それに必要以上あるとろくな事にならんからな」
「じゃあ何が欲しい?」
「別に何もないが・・・そうだ、お前と久し振りに飲もうじゃないか。隣の酒場に行こう」
このじいさんは昔と変わらんな。2年前も最後に会ったのはこの町の酒場だった。
「年寄りの楽しみに付き合ってくれ。そうしたらお前の知りたい事を教えてやろう」
隣の酒場に移動した私達は、一番端のテーブルに座り呑み始めた。
店主がグラスを磨きながら、時折こちらの様子を伺っている。
「気にするな。余所者は殆ど来ないんでな、お前が珍しいんだ」
それ以外の意図もありそうだが、流石に直接文句を言うのはマズイな。
仕方がない、無視して早速カリマーに話を聞こう。
「大陸中央の人脈で聞きたいことがある」
「中央か、もう付き合いはないが、今もそれなりに話は入ってくるからな。それで?」
「国に所属していないエージェントやオペレーター、そんな奴らで近頃おかしな動きはないか?」
大陸の西端と東端はそれぞれ大国があり、非常に豊かで人口密度も高い地域だ。
だが中央地域は小国がひしめき合い、貧弱国も多い。
貧乏な為常備軍を持てず、戦時には民間軍事会社から兵士を雇う。
情報収集もそうだ。このじいさんのような情報屋を雇ったり、訳あって組織から抜けたスパイを雇って諜報活動をする。
時には敵国との停戦協定や人質交渉なんかも任されるらしい。
元諜報員の方が敵国に顔がきくから。という事らしいが、他人事ながら信頼できるのか心配になってしまう。
カリマーはそんな奴らと繋がりがあり、昔はアイソセレスも少なからず世話になった事がある。
「そうだな・・・中央地域は今安定してるから、職を探してウジールの同盟国に移動している傭兵団がいくつかある。とは聞いているな」
傭兵団・・・おそらく無関係だろう。
捕虜を脱出させるのに変装して潜り込む、なんて回りくどいことはしないはずだ。
「諜報員は誰か動いてないか?例えばフリーランスになったばかりの奴が、ここら辺で仕事を探してたとか」
「いや、聞かないな・・・でも確か半年ほど前に、西方には滅多に来ない奴がバーレル街道の街にいたらしい」
「・・・そいつの話をもう少し詳しく教えてくれ」
どうやら勘が当たったらしい。




