十三話 想い人
ダン ウエッソン上等兵とユーリ フォーサイスを捕らえろ。なお生死不問とする。
その命令が我々アイソセレスに伝えられたのは、脱走事件から一時間後の事だった。
抑止力として捕らえていたフォーサイスの人間を、殺してしまっていいのかと疑問に思う所だが、レジスタンスに確保されて活動に弾みがつくのを恐れたようだ。
酷い話だ。利用するだけ利用して、敵に渡るとなれば殺していいなんて、胸糞悪くなる。
だがこちらも仕事だ、私情は挟まない。
ダン上等兵の素性は、すぐに情報局の人間が調べ始めた。
新兵訓練所、所属していた派遣軍、出生地、わかる限りの場所へ伝令を出し、知らせを待つ。
だが我々はそんなもの待ってはいられない。直ぐにでも追わなければならないのだ。
そこで情報局と一緒に、警備部隊の者達を取り調べる事になった。
城内警備部隊隊長サイガ中尉。
彼は軍人然とした態度で我々の前に座っている。
「彼を最初に見た時の感想は?」
「・・・前線を経験した者特有の雰囲気は持っていたな」
「だから派遣軍からの転属という書類に疑いを持たなかったと?」
「ああ、それに書式も封蝋もちゃんとしたものだった。疑う方がおかしいだろう」
「しかし中尉、あなたが受け取った書類も、あなたが会った人間も偽物だったのです」
「・・・」
「何か気になる行動はとっていませんでしたか?」
「確か2ヶ月ほどたった後か、外出許可を出されて驚いたのを覚えている。ここの者達はあまり城外に出たがらないからな」
おそらく脱走の準備をしていたのだろう。
もしかしたら外部に協力者がいたのかもしれない。
「他には?」
「いや、無い。なにせ目立たん男だったからな。直接話をしたのも2、3度程度だ」
「そうですか・・・」
有益な情報は無さそうだな。
情報局の男が自分の出番だと言わんばかりに一歩前に出て、紙とペンを取り出す。
「では、ダン上等兵の似顔絵を描きますので、特徴を言ってください」
途端にサイガ中尉の眉間にシワがよる。
「特徴・・・と言ってもなぁ。特徴がないのが特徴みたいな男だったからな」
「思い出す範囲で構いません。まずは目からいきましょう」
眉ひとつ動かさず、情報局員はペンを走らせる。
これ以上何も聞き出せそうにない。私は退出する事にした。
他の警備兵は待機室で取り調べを受けている。
そこへ向かおうとしていると、1人の男が近づいて来た。
「ナイツ隊長、サイガ中尉の方はどうでしたか?」
私の部下でありアイソセレス副隊長のノベスキー少尉だ。
「進展はない。多分何も情報は出ないだろうな。そっちは?」
「さっき始まったばかりですからね。でも今尋問している奴は、ダン上等兵と一番親しかったらしいですよ。行ってみますか?」
「最初からそれを言えよ。行くよ」
「そういうと思って呼びに来たんですよ」
ノベスキーはそう言って軽く微笑んだ。
こいつは私のことをよく知っている男だ。何をしたいのか、何を知りたいのか、言わずとも先に用意してくれる。
2人で揃って待機室に行く。
「しかし今回の脱走事件、やっぱりフォーサイスの仕業ですかね」
「さあな。それを知りたいからこうやって動かずに情報を集めてるんだ」
「俺はなんか違う気がしてなりませんよ。全く無関係ではないでしょうけど」
「予想は往々にして外れるもんだ。気をつけた方がいいぞ」
「わかってますよ」
私もそんな気がしているとは言わなかった。
憶測を部下に言うのはあまり褒められたことではないからな。
待機室では件の人物が取り調べを受けていた。
ダン上等兵と一番親しかった者。名前はセオドル コッホ。階級は上等兵。
取り調べを担当するのはアイソセレスの隊員と情報局の局員一名ずつだ。
しかしどうにも様子がおかしい。2人してセオドルに怒鳴っている。
「だから!ダン上等兵は捕虜を脱走させるために変装してたんだよ!何度言ったらわかるんだ!」
「じゃあなんですぐ脱走させなかったんです?!おかしいじゃないスか!」
「知らんよそんなこと!計画とかあったんだろ?!」
「いいや違いますね!ダンはその捕虜に人質にされたんだ。間違いないスよ」
「捕虜つっても12歳の子供だぞ!」
これでは尋問にならない。
まったく、尋問訓練はしているはずなのに、何をやっているのか。
「おい、落ち着け」
「あ、ナイツ隊長・・・申し訳ありません」
第一分隊のケネスか。いつもは声を荒げるような奴じゃないのに、よっぽど腹が立ったのだろうな。
「このままじゃ尋問が拷問になってしまうぞ」
「拷問だなんて!そんな事は・・・」
反応したのは情報局員だった。こいつらは仕事をスマートにこなすのが好きな連中だ。それが悪い事だとは思わないが、どうも荒事を嫌悪している所がある。
「私が尋問を代わろう。いいかな?」
情報局員は何か言いたそうな顔をしていたが、素直に席を譲った。
席に座り、セオドルの目を見る。少し動揺しているようだ。
「私はアイソセレス隊長、ナイツ中佐だ。名前くらいは知っているだろ?」
「ナイツ中佐・・・アイソセレスの・・・」
動揺が怯えに変わった。
「セオドル上等兵、君はダン上等兵と親しかったんだってな」
「は、はい。一番の親友ですよ」
「君は騙されていたんだぞ?それでも親友と呼ぶのか?」
「まだダンが本当に脱走を手伝ったとは・・・」
信じたいと言う気持ちはわからないでもない。
だが事実としてダン上等兵は捕虜を連れて脱走したのだ。
彼には現実を見てもらわないといけない。
「はっきり言おう、セオドル上等兵、君には共謀の疑いがかけられている。このままだと軍法会議行きだぞ」
「え!軍法会議?!それは勘弁!」
セオドルとダンの歩哨担当区域は脱走経路と重なっている、そしてセオドルとダンは親しかった。
共犯者だと思うのは当然だろう。
「だが協力的な態度を示せば、私から君は騙されていただけだと、上層部に口添えをしておこう。どうだね?」
「わ・・・わかりました。俺はダンに騙されていた」
「では、どんな些細なことでもいい。ダン上等兵の事で知っている事を教えて欲しい」
「あいつの事で・・・あ」
何か思い当たることがあるようだな。
「いや、これは・・・でも・・・」
「どうした?事件に関わりがない事でもいい、話してみろ」
「いや、でも・・・うーん」
煮え切らない奴だな。
こっちは時間が無いんだ、とっとと吐いてもらおう。
「このままだと、本当に軍法会議だぞ?」
「え!ちょ、ちょっと待ってください!い、言いますよ!言えばいいんでしょ?!本当は隠しておきたかったけど・・・あいつは」
「あいつは?」
「あいつは・・・ホモだったんですよ!それも相当な変態です!最後に見た時、小さな子供と2人でヤリ部屋に入って行きました!」
「な!・・・」
私は絶句し、吹き出してしまった。
待機室から出た私とノベスキーは、今後の対応を検討することにした。
「いやぁホモの変態ですか。傑作ですね」
ノベスキーが嬉しそうに呟く。
「別に同性愛は悪いことじゃないさ」
結局それ以上の事は聞き出せる事なく、セオドルの尋問は終わってしまった。
ダン ウエッソン上等兵。
一体どんな奴なのか。
軍事大国ウジールを敵に回してどうするつもりだ?
騙してた仲間に冗談のような大嘘をかまして何の意味があったんだ?
今、どこで何をしている?
追跡者は追う相手の事を想う。
まるで最愛の想い人のように、だ。
だが実際に出会った時、殺し殺される間柄になる。
「しばらく待って人相書きを情報局から提供してもらったら、行動開始だ」
「配置はどうします?」
「分隊を2つに分けて4、5人編成で斥候に出す」
「やはり人手が足りませんか。アイソセレス以外の手を借りては?」
「追跡はデリケートな作業だ。訓練していない者を使えば取り逃がすことになる」
「わかりました。非番の者にも招集をかけます」
歩きながら打ち合わせをしていると、後ろから声をかけられた。
「ナイツ中佐、元帥閣下がお呼びです」
ファブリック付きの伝令官だ。
「ファブリック元帥が?」
「はい。至急訪ねるようにとの事です」
「・・・ノベスキー」
「呼ばれているのは隊長殿ですよ?」
やっぱり駄目か・・・
「わかったよ。すぐに顔を出すと伝えてくれ」
「わかりました」
伝令官はそれだけ言うと行ってしまった。
「嫌な予感しかしませんね」
「・・・私の心を読むなよ」
最上級司令官ファブリック元帥の執務室は、石城の最下層である地下4階にある。
暗い通路を歩き、何の変哲も無い扉の前で止まる。
表札は出ていない。
軽くノックする。
「どうぞ」
扉を開けると、さっきの伝令官が机に座り書類仕事をしていた。
どういう仕掛けかわからないが、室内は外からの明かりを取り入れているらしく、とても明るい。
「中でお待ちです」
「わかった」
伝令官の横を通り過ぎ、扉の前に立つ。
「ナイツです」
「・・・入って下さい」
室内から抑揚のない声がした。
「失礼します」
何の飾り気もない部屋。
その中央に置かれた机の奥に、ファブリックはいた。
「作戦行動中に呼び出して悪かったね」
正直、私はこの男が怖い。
人畜無害そうな中年の男。
外見からは「機械化ファブリック」の異名は伝わってこない。
だが、少々禿げ上がった頭の中は、恐ろしい程に「何か」が詰まっている。
そのアンバランスさ、異様さが恐ろしい。
「いえ、今は部下が進めてますから」
勿論そんな感情はおくびにも出さない。
「優秀な部下を持つと辛いですね。自分の仕事を取られてしまう」
「・・・まったくです」
冗談を言っているのだろうが、抑揚が無いせいで冗談に聞こえない。
「ですが流石に組織の長がいないと皆不安がります。申し訳ありませんが、早速用件の方を」
とにかくこの男との会話を早く切り上げたかった。
「おお、そうですね」
ファブリックはゆっくりと部屋の端を指差した。
「もうそろそろあれを解禁しようと思いましてね。今回の追跡任務で是非とも使ってもらいたい」
木箱に入れられ油紙で包まれたそれは、私も見たことがあった。
確かに性能試験を行なって運用法を考えたのはアイソセレスだ。
だが、これを世間に知られない為に、フォーサイスは潰されたんじゃないのか。
それなのにもう実戦で性能検証しろと?
「人数分用意しています。全員に持たせるように」
「・・・追跡任務ですので、使用する機会はほぼ無いと思われますが」
無駄と分かっているが、一応の抵抗を試みる。
「今回、一切の交戦規定を無視して下さい。これは命令です」
「!」
アイソセレスは非正規戦闘を主とする部隊だ。
だが、ある程度の自主的な規定は存在する。
今回はそれらを一切無視しろという。
無関係な民間人を殺してもいい、という事だ。
反論したい。だが私も軍人だ、それが出来ないことは重々承知している。
「・・・わかりました」
嫌な予感しかしない、か。
本当に当たっちまいやがった。
執務室を退出し、隊員達の集まる作戦準備室へと向かう。
気が重い。
強力な武器を持たされて、喜ぶ者もいるだろう。
だが交戦規定はどうだろうか、ファブリックの指示だとわかっていても、それを承諾したのは私だ。
私の事を軽蔑するかもしれない。
皆、国や国民を守りたいとアイソセレスに志願した者達だ。好き好んで人殺しをする奴なんか1人もいない。
全員私が面接し、選抜したんだ。絶対にいない。
そんなあいつらに、今から民間人を何人犠牲にしてでも、任務を全うしろと言わなければならない。
気が重くならない訳がない。
作戦準備室には殆どのアイソセレス隊員が揃っているようだった。
少し騒がしいな。何時もは談笑してはいても、こんなに騒々しくはない。
もしや、例の武器がすでに到着しているのか?
「あ、ナイツ隊長」
ノベスキーの言葉に、皆の目が一斉にこちらを向く。
「何を騒いでいる?」
「それが、情報局からダン上等兵の人相書きが届いたんです・・・」
なんだ、武器の話じゃないのか。
・・・人相書き?
「それがどうした?届けるように私が言ったのは、お前も知ってるだろう」
「ええ、もちろん知ってます。ですが・・・その人相書きが、その、おかしいんです」
「おかしい?」
「取り敢えず見てください」
ノベスキーから紙の束を渡される。
警備兵全員に聞き取り調査をして書かれた人相書きだ。
「なんというか、本当に特徴が無いな」
それでこんなに騒がしかったのか?流石に動揺しすぎだろ。
「他の絵も見てください」
言われた通り他の人相書きを見てみる。
次の人相書き、次の、次の、次の、次の・・・・・
「・・・なんだこれは?」
「確かに複数人で聞き取りしながら描いたみたいですが、これはあり得ないでしょう?情報局の奴らも混乱してましたよ」
確かに全ての人相書きが、特徴の無いありふれた顔だった。
だが同じなのはそこまでだ。
他は全て違う。目も、鼻も、口も、全然違う。
ダン ウエッソン上等兵。
お前は一体、何者なんだ。




