十二話 開始2
「怖くないか?」
俺の後ろにおぶさっているユーリに声をかける。
「大丈夫です。め、目を閉じてますから」
「よし、いいというまで閉じておくんだ。いいかい?」
「は、はい」
さっき登ってきたロープに掴まり、今度は降下する。行きと違うのは背中にユーリをおぶっていることだ。
降下するにはどうしても両手を使わなければならない。ユーリを支えてあげることはできないのだ。
だが彼自身が作ったシーツ製のロープで、俺の胴体と繋がっている。これで落ちることはないだろう。
目を瞑っているのはパニック防止の為だ。暴れられると流石に危ない。
ゆっくりと降りていく。だが登る時の3倍以上の速さだ。
俺、この高さ登ってきたんだよな。偉いよなー
ほんの数分でベランダに到着する。
「さ、下に着いた。目を開けていいよ」
シーツのロープを解き下におろしてやる。
「はい。ありがとうございました」
「その言葉はまだ早いよ。君を依頼人に引き渡してから、また言ってほしいな」
「はい」
出会ってすぐユーリは依頼人の名前を聞きたがったが、落ち着いてからゆっくり話すと言ったら、彼はすぐに理解してそれ以上何も聞いてこなかった。
確かにショーシャの言う通り賢い子だ。
それとも12歳ってこんなもんなのかな?自分の時なんてもう覚えてないしなぁ。
「あの、この袋は?」
「あ、それは・・・」
セオドルが置いてくれた麻袋を疑問に思ったのか、ユーリが中を見る。
ロープと金具はもう出したから、中に入っているのは偽装用のアイテムだけだ。
確かなんだったかな。ローソク、鞭、張り型、浣腸用シリンジ、そんなもんか?
しかしこれ買ったのパラなんだよな。どんな顔して買ったんだろう・・・ヤベ、興奮してきた。
「え・・・これは、その・・・」
「安心してくれ。これは偽装用で別に使うわけじゃない」
「は、はあ」
顔が真っ赤だぞ。てことはつまり、
「・・・君はこれが何のために使うものなのか知っているのか?」
「!知りません!全然全くこれっぽっちも!」
知ってるな。フォーサイス家の皆さんはこんな子供に何を教えているんだか。それともこれも貴族の嗜みってやつなのか?
なんにしても少々騒ぎすぎたな。気を付けないと。
例のヤリ部屋は俺とセオドルの歩哨担当じゃない。てことは他の歩哨がいるはずだが、暗黙の了解で周辺は近付かない事になっている。
だからそこまで警戒して移動すれば後は安心だ。
「行くよ」
「お願いします」
ユーリの手を繋ぎ小走りで移動する。
セオドルの姿は見えない。俺の計算だともう既に3階を巡回して、また二階に移動しているはずだ。
構わず進み続ける。
後少しでヤリ部屋に到着するところまで来た。とりあえずは一安心だが、気を緩めてはいけない。まだまだ道程は遠い。
一番の問題は、今から使用する2人、あるいは今迄使用していた2人に見つかる事だ。夜明け前の時間帯だからと言って全くいないとは限らない。
角を曲がり個室が並ぶ通路に出た。ヤリ部屋だ。
ヤバい!人影が見える。
どうやら1人のようだが・・・ん?1人?
セオドル・・・あいつ。ノゾキかよ・・・
どうしたもんかな。
ユーリの顔を見る。不安そうに俺を見つめる顔は、どう見ても女の子だ。
それしかないか。
「おい」
「!ウヘェい!ダ、ダン!」
「お前最低だぞ」
「いやこれはお前がうるさくないかと心配で様子見をしようとして歩いてただけの前段階で」
「息継ぎしろよ。まったく、誰にも言わないからもう二度とするなよ」
「へ?お、おう・・・」
「この先の部屋使うからどいてくれ」
「わ、わかった・・・てか相手の女小さく・・・子供?え?あ、家族用宿舎、だ、誰かの子?それにあんなの使う・・・変態」
頭の中で大妄想大会が始まっているようだが、俺達は急いでるんだ。
「おい!」
「は!」
「愛の形は色々だ。違うか?」
「そ、そうだな!変な事考えて悪かった。彼女さんもごめんね」
セオドルの横を通り過ぎる。
ここでふと考えてしまった。
上手く騙せたが、ユーリはどう思ってんのかな?
これが逆で男顔の女だったらどうだ?
当然傷つくだろう。それも俺が利用したと気が付いたら、相当ショックだ。
どうせもうセオドルとは二度と会わないんだ。別にどうって事ない。
「なぁ、勘違いしてるかもしれないから言っとくけどな」
「なんだ?」
「「彼女さん」じゃない。「彼氏さん」だ。間違えんなよ」
「・・・は?え?!ええ!!お前!」
無視して脱出口のある部屋へと向かう。
じゃあな、セオドル。お前最低野郎だがいい奴だったよ。
目的のヤリ部屋には使用中の表示がされている。でもこれは俺が予め掛けといたやつだ。
中に入る。簡素な作りだが、まぁその名の通りヤるだけだからな。
ベッドを横にずらし、例の石畳を持ち上げた。脱出口から光が漏れる。
ランタンを持ったパラだ。
「・・・うわァ、かわいい・・・」
第一声がそれかよ・・・
「俺への労いの言葉は?うまくいったね!とかお疲れ様!とか」
「初めまして。私ヴェルサ パックマイヤーと言います。よろしくね」
「あ、ユーリ フォーサイスです」
「挨拶は後だ!行くぞ!」
「拗ねてんじゃないよ。大人気ない」
だったら俺にもっと優しくしてくれよ・・・とは恥ずかしくて口が裂けても言えないけどな。
脱出通路はそんなに狭くなかった。俺が立って歩けるということは、平均的な成人男性は殆んどが問題ないってことだ。
ただ足元が悪い。凹凸と石だらけでかなり酷い有様になっている。
ユーリは俺とパラで交代しながらおぶって行くことにした。
俺達は悪路に慣れているが、12歳の貴族様ではうまく歩けないだろう。
ここからは時間との勝負だ。いかに早く石城都市を、ウジール国を離れるか。それが生死を別ける。
通路を抜けて森林地帯に出た。もう既に太陽は登り切っていた。
馬車は少し離れた場所に置いてあるらしい。
追う側に見つかっている場合、脱出口と移動手段は近くにあった方がいいが、見つかっていなければなるべく離しておいた方がいい。まぁ場合によりけりなんだが。
急いで馬車まで向かう。
久しぶりに見る馬は相変わらず元気そうだった。
「よう馬、また世話んなるぜ」
「そこまで親しげに言うんだったらもうマイラって呼べばいいのに」
いいの。こいつは馬なの。
「俺とユーリは荷台に乗るぞ。詳しい話は移動中にする。いいね?」
「わかりました」
「本当にバーレル街道でいいの?」
「下手に策を講じて手間取るよりも、今回は兎に角スピード命だ。人がいなければ飛ばしてくれ」
「わかった」
全員乗った事を確認し、馬車を走らせる。
今回の作戦で一番危険なミッション「ウジールからの逃亡」が始まった。




