一話 開始
ダン ウエッソン。
ウジール国辺境生まれ。
24歳でウジール国軍に入隊。
一年の基礎訓練を終えて、二等兵として第3大隊第24中隊同盟国派遣軍へ配属、同盟国と隣国との戦争に参加した。
半年後、戦闘回数が5回以上に到達したことで一等兵に昇進。
しかしその1ヶ月後、左足を撃ち抜かれ負傷。無事回復したが、足の一部に障害が残ってしまう。
本人は前線での勤務を希望したが、周りの説得により後方へと送られ、そのままウジール国本部である「石城」の警備部隊へと転属、階級も上等兵へと昇進。
そして今に至る。
と、書類上はなっている。
同じ歩哨仲間のセオドルが、いやらしい笑い顔で近付いてきた。
「例のプレゼント、ベランダに置いといたぜ。しかしあれだな!お前そういうシュミだったんだな!」
あ、やっぱりこいつ中身見やがった・・・
流石国の心臓部だけあり、この石城で歩哨を務める兵士は優秀だ。
だが兵士として優秀だからと言って、中身がそれに追随するかと言うと話は別だ。このセオドルみたいにな。
「大丈夫だって!誰にも言わないからよ!で、誰に使うんだ?これから行くんだろ?ヤリ部屋によ!」
この城には兵士が寝泊まりする宿舎が併設されている。勿論男女別だ。
だが、人目を盗んで抜け出す連中は性別を問わずワンサカいる。
まぁ兵隊さんなんてのは若い奴ら多いし、体力も有り余ってるし。
「・・・後で紹介してやるよ」
本当こいつは品がない。それにやたらと馴れ馴れしい。たった3ヶ月の付き合いなのに、まるで昔ながらの大親友みたいなツラしやがる。
まぁそこがこいつの良いところなんだけどな。
「しかしお前大丈夫なのか?あんなの使って声とか漏れるだろ?ヤリ部屋ったってあんまり大きな声だと怒られるぞ?それに、ほら、悲鳴とか」
「そこら辺は上手くやるからあんまり想像しないでくれよ・・・」
「わかったわかった。楽しんでこいよ!」
「ああ、お前も仕事サボるんじゃないぞ」
有意義かつ知的な会話を終えてセオドルに歩哨を引き継いでもらう。
あいつは基本、喋る時ハイテンションだから付き合うと疲れが溜まってしょうがない。もう少し落ち着いて喋れないもんかね。まるでどこぞの大佐殿みたいだ。
でもまぁ、これで顔を合わせるのも最後かと思うと、ちょっと寂しいかな?
時刻は夜明け三時間前。セオドルが言っていたベランダは三階にある。人影は無し。当然だ、ここは俺とセオドルの担当だからな。
今頃はまだ欠伸しながらニヤけたツラで一階を歩いてるだろう。
三階に登りベランダに出た。予定通り大きな麻袋が置いてある。
『女性用宿舎いにる俺の女とヤリ部屋で会いたい。ついてはプレゼントを渡したいんだが、大き過ぎて自分の宿舎に寄って持って行くとなるとちょいと面倒くさい。かと言って歩哨中持ち歩くのはマズイ。だから俺とお前が歩哨を引き継ぐ時に持ってきてくれないか?直接渡すと引き継ぎ中何やってんだって思われるから、三階のベランダにでも置いといてくれ。あ、中身は見るなよ?プライベートなものだからな』
いやほんと五月蝿いのなんの。セオドルはいつ女なんか作ったんだどんな女だもうやったのかと、しつこく聞いてきやがって。誤魔化すのに苦労したぞ。
肩から下げていた前装ライフルを下ろし、袋を開ける。
よし、全部入ってるな。ああいう男だが、友人の物をチョロまかすようなクソ野郎じゃ無いことくらい知っているからな。心配はしていなかった。
ベランダを見渡す。それ程広くはない。兵士達はベランダと言っているが、実際には攻城された時ここから銃を撃ち下ろす為の場所だ。
だから柵は無く、大人の胸ぐらいまでの高さがある分厚い石の仕切りに銃眼が幾つか空いているだけだ。
上を見る。目的地は8階、最上階だ。
最初は外壁をよじ登る事を考えた。だがどうやっても登りきれないと判断した。
敵が攻めてきた際、登れないように外壁には一切の突起物が無いのだ。
じゃあ室内から行くしか無いのか?
こっちも論外だ。この城は基本、重要施設は地下に集中している。
だから階が上がるに連れて警備が厳重になるなんてことはない。
だが最上階は別だ、捕虜収容室がある。歩哨も鍵もたんまりだ。
歩哨を全員無力化して鍵を全部開けて、なんてチンタラやってたら必ず誰かに見つかるだろう。
じゃあどうすればいいか。
簡単だ、上から手助けして貰えばいい。
真上にある最上階の窓。話によると上流階級の捕虜を収容しておく部屋らしい。
しばらく眺めていると、少し揺らめいた気がした。すかさず火打ち石を取り出し、見えるようにかざして打ち付ける。
待つこと数分、白い布切れが降りてきた。
多分シーツか何かをつなぎ合わせたものなのだろう。
麻袋から長めのロープを取り出し布切れの先端に結び、もう一度火打ち石を打ち、合図を送る。ゆっくりとロープが上がっていく。
さて、ロープを伸ばしている間に次を準備だ。
袋から先ほどより短めのロープと金具、そして厚手の革手袋を取り出す。ロープを両足と胴体に巻き付け、金具をヘソの真上くらいに取り付ける。
8階まで到達したのだろう、上に持ち上げていたロープが止まっている。
少しすると僅かに持ち上がった。多分設置完了の合図だろう。
垂らしているロープを金具に絡め、思いっきり引っ張る。大丈夫そうだ。
外壁に足場はない。ほぼ腕だけで登ることになりそうだ。
正直かなりしんどい。一つ深呼吸をする。革手袋をはめて足を外壁にかけ、ロープにつかまり登り始めた。
6階くらいまで来たところで少し小休止する。
腰の金具に絡めたロープと両足の三点だけで体を支え、手を離す。
思ったよりきついぞこれ・・・後半分?行けるの?いや、行かないといけないんだけどさ。
5分ほど手を休めてまた登り始める。
10分後、目的の部屋に到着した。
窓は鉄格子もはまってないし、人1人が出入りできるほど広いものだ。
なんでも上流階級用だから脱出や自殺の心配は無いそうだ。
だったら歩哨も鍵もいらないだろうよ・・・
部屋を見渡す。指定していた通り部屋に明かりはついていない。うっすらと見えるのはテーブルやベッドくらいか。
それと、
「手紙の方、ですよね?」
小さい人影がひとつ、テーブルのそばにあった。
「少しだけ明かりをつけよう。こう暗くっちゃ何にもできない。ランタンとかあるよね?」
「え、あ、はい。あります」
小さい影がテーブルの下に手を伸ばして何かを取り出した。
「全部消しちゃうと、何かあった時に大変だから」
僅かに灯るランタンだ。
明かりが漏れないようにテーブルの下に隠してあったらしい。
確かに部屋を暗くして欲しいと頼んでおいたが、明かりを全部消してしまっては万が一の時に困るからな。
「ほんのちょっと明るくすればいいよ。あーもうちょっと、いいね、そんな感じ」
ランタンの灯りで小さい影が照らされる。
幼さは残っているが澄んだ美しい顔をしている。こりゃ将来が楽しみだ。
でもまぁ、もし美人になっても俺は興味ないけどな。
「手紙に気が付いてくれて助かったよ。正直侵入ルートがなかなか見つからなくて困ってたんだ」
「あの、でも何で勘定桶なんかに」
勘定桶。
用を足す為の桶のことだ。
大体はトイレに木製の桶が置いてあり、そこで催すわけだ。
何で「勘定」なのかは俺にもよくわからない。
「この部屋に出入りする物で一番手頃だったんでな」
「なら食事とかでもよかったんじゃ・・・」
「使用する食器を特定できなかった。でも勘定桶ならこの部屋専用だろ?」
「まぁ、そうですけど」
どうにも納得いってないらしい。可愛い顔して細かい事を気にする子だなぁ。
だがわからないこともない。多分手紙は随分と湿っていたんだろう。
しかしそれは想定内だ。
個室に備え付けてあるトイレの勘定桶はそこ専用である事が多い。
多分個室イコール個人って事なんだろう。
必ずではないが少なくともこの上流階級用捕虜収容室の勘定桶は専用のものだった。
汚物が溜まった勘定桶は、回収係が定期的に回収に来る。
回収した後中身を他の容器に捨てて、勘定桶の方はそのままだと木材が腐ってしまうので、暫く天日干しした後、また戻される。
ちなみに回収された汚物は農家に肥料として売っているらしい。
俺は天日干ししている最中、湿気で取れるように弱いノリを付けた手紙を桶の下に貼り付けておいた。
そして戻された桶は用を足す事でまた湿気を帯び、ノリが剥がれて手紙が落ちる。
回収の為に持ち上げるとその下に手紙が置いてあるって寸法だ。
回収の時に回収係に見つかってしまう可能性は低い。
何故なら個室から収容室の入り口までこの子が持って行き、回収係に渡してる事は調べてわかってたからな。
「勘定桶渡す時にさ、恥ずかしそうにしてんだよ!可愛い顔してさ!それがたまんねぇんだよ!」って回収係のおっさんが嬉しそうに話してたのは、内緒にしておいた方がこの子の為だろうな。
「勘定桶の話は置いとくとしてだ、確認しなくちゃならない事が幾つかあるんだけど」
「は、はい」
「名前は?」
「ユーリ フォーサイスです」
「年齢は?」
「え、と、12歳です」
「出身地は?」
「フォーサイス自治国、です」
「最後に、これは俺個人が聞きたいってのもあるんだが、」
「はい?」
「君、本当に男の子だよね?」
「は、はい。一応・・・男です」